11、お茶会の客人
次の休日はさわやかに晴れた。
午後になると直ぐイザベルがヴェーザー伯爵家の馬車で迎えに来てくれて、兄の昔のお茶会用の服を着た私は緊張で引きつった顔の兄達に見送られてそれに乗り込んだ。
「制服姿じゃないノアも新鮮で素敵ね。」
「そう言ってくれるのは君だけだよ。」
イザベルの心の底からの賞賛に長年の癖でプロポーズしてしまいそうになる。
ああ、本当になんで私は男じゃなかったんだろうか。残念でならない。
私の嘆きに気が付かない彼女はせっせと今日行く公爵邸について話してくれた。とても広くて大きな木もあって幼い頃は公爵家の子供達と木登りをしたり、池で泳いだりしたらしい。そんなに広いのかと私は呆れた。それに比べたら我が家はミミズの額ほどしか庭がない。
またお茶会について、珍しい人が来てるかもしれないけれど驚かないようにと告げられ、私はわかったと答えつつも内心誰だろうと大いに首をひねっていた。
そりゃ公爵家のお茶会だ、内輪とはいえ色々な人が来てるだろう。しかし、イザベルも知らない珍しい客っていうのはなんだ?まさか人外でもいるのか。
■■
「イザベル!いらっしゃい!待ってたよ!」
公爵邸に着いて直ぐにイザベルの婚約者のパトリック殿が飛び出してきた。
淡い金色のふわふわっとした髪を揺らして彼女に飛びつく様子は子犬そのものだ。かわいいけれど、婚約者と言われれば悩むかもしれない。
彼を受け止めたイザベルは優しい笑顔で挨拶を返している。彼女がいつも言っている通り、今は確かに姉弟に見える。
「パット、こちらが私の大事なお友達のノア・ロサ子爵令嬢よ。」
「本日はお招きに与り光栄です。」
「初めまして!パトリック・ハーフェルトです。貴方のことは婚約者のイザベルからいつも聞いていました。お会いできて嬉しいです。」
さすが挨拶はしっかりしている。イザベルのことを婚約者と言った瞬間だけ顔が崩れかけていたが。
「初めましてロサ子爵令嬢、私はエミーリア・ハーフェルトよ。お会いできてとても嬉しいわ。」
続けて柔らかい声がして噂のハーフェルト公爵夫人が目の前に現れた。
青いドレスに身を包み、流行の形に髪をまとめた彼女は、話に聞いていたように背が高く繊細な美しさを持った人だった。
自由を満喫して人生楽しみ尽くしてやる、と意気込んでいる線の太い私の母親とは対極だ。
そして私は、初めて見る珍しい灰色の髪と目よりも、その優しい眼差しに心臓が跳ねた。
パトリック殿と同じ目の色なのに雰囲気がまるで違う。彼を夏の明るさとすれば、彼女は春になるかならないかの控めだけど確かな暖かさだ。
挨拶を交わしている間、失礼とは思いつつ引き込まれるようにその瞳をジッと見つめてしまう。
でも公爵夫人は気にせず真っ直ぐに見返してくれ、ニコニコしながら私達を会場に案内してくれた。
お茶会は公爵家の屋敷に近い庭にセッティングされていた。
もう招待客の大半が来ているらしく点々と置かれているテーブルがそれぞれ賑わっている。
「さて、あと一人来てないのだけど遅れると連絡があったから、もう始めてしまいましょう。」
公爵夫人が可愛らしく手を合わせて宣言し、そのお茶会は始まった。
残念ながらハーフェルト公爵は、このお茶会には出ないらしい。
私はイザベルが他の招かれている人々にパトリック殿の婚約者として紹介されるのに、一緒についてまわって挨拶をすることにした。
■■
一通り挨拶が終わり、飲み物を手に会場の隅のベンチに腰を下ろす。
木陰のこの場所は涼しい風が吹いていて、うっすらとかいた汗が引いていく。
上を見れば高く晴れ渡った青空、ぐるりと周囲を見れば巨大なお屋敷と遠くの森、池、植物園かと見間違うような植栽の庭園。
そのあまりの広大さに目眩がする。うちの敷地が一体いくつ入るのだろう。しかもここは城に近く繁華な街もすぐ側にある、国の一等地だ。
これを代々維持してきたハーフェルト公爵家の資金力と権力に思いを巡らせながら、私はお茶を飲み干す。
内輪とはいえ、名だたる貴族夫人達にパトリック殿の婚約者として紹介され緊張していたイザベルは、挨拶まわりを無事に終えて今は離れたテーブルでパトリック殿と二人で菓子を摘んで何やら楽しそうに会話している。
イザベルはともかく、パトリック殿は二人で話したいだろうと、私は気を利かせてちょっと一人で休んでくると言い置いてきたのだ。
このお茶会に私のような男装の子爵令嬢は場違いなはずなのに、招待されている夫人達は皆のんびりした雰囲気で、『あら、お似合いね。』とか『姪から話を聞いたことがあるわ。お噂以上に素敵ね。』と穏やかな反応で私は逆に居心地が悪かった。
ハーフェルト公爵夫人に至っては『本当に動き易そうでいいわねえ。私も夫の服を借りて着てみようかしら。』と本気で検討していた。
「・・・長閑すぎる。」
「まあ、確かにハーフェルト公爵夫人は呑気だよね。でも、ああ見えて、実はそれなりに経営の才を持っているし、公爵家を切り回してるのはあの人なんだよ。まさに人は見た目によらないってのを地でいってるよね。ところで、君の隣に座っていいかな?」
ポロッとこぼした呟きに返事があって私は飛び上がった。
なんで公爵夫人のことだとわかったんだ?!
「私は夫人のことを言ったわけではなく、ただここの雰囲気が長閑だと呟いただけです。」
私の不用意発言で我が家を没落させるわけにはいかないと、必死で発言を打ち消しながら振り向けば、挨拶の時には居なかった青年が私を見下ろしていた。
逆光でよく見えないその人は私が隣に座る許可を出す前に勝手に横に座り、空になったカップと引き換えにお茶のおかわりまで手渡してきた。
いや、頼んでないのだが。と思いつつも何故か抗えず差し出されたものを受け取った。
「毒も薬も入れてないから安心して?」
「それはそうかもしれませんが、見知らぬ相手から無理やり渡されれば警戒もします。」
「僕のこと知らない?」
その言葉で顔を上げて隣の相手をよく見る。
しっかり鍛えられた引き締まった身体、目立つ赤い短髪に吸い込まれそうな深い緑の目。そのはっきりした顔立ちに何処か漂う威厳・・・?!
「ク、クラウス王子殿下?!なんでここに?!」
ガタンっと立ち上がって離れようとした途端、手の中のお茶が溢れて全部私の服に掛かった。
「大丈夫?!火傷してない?!」
「もう温くなっていたので、火傷はないのですが、これではもう帰らないと・・・」
失礼します、と言いかけた私の身体が宙に浮いた。
はっ?今、私はどうなっている?
「エミィ叔母様!僕のせいで彼女の服にお茶が掛かってしまいました。着替える部屋を貸してください。」
「あら、大変!ウータ、部屋へ案内してあげて。」
私が人生初のお姫様抱っこに呆然としている間に王子がことを進めていく。
そういえばクラウス王子はハーフェルト公爵の甥になるんだっけ。でもなんでこのお茶会に来てるんだ?!
まさか、イザベルが驚くなと言っていたのはこの人のことか?
「ノア?!まあ、なんてこと。私の着替えが馬車にあるからとって来るわ。大丈夫、締め付けない形のドレスがあるの。」
イザベルが慌てて走り寄ってきた。
「それには及ばないよ、イザベル嬢。僕に任せておいて。」
「それは出来ません。彼女は未婚の女性で、クラウス王子殿下は男性です。」
「イザベル、まさか私と殿下の間で何か起こると思うか?あり得ないよ。」
王子の謎の圧に怯えつつも私の方を心配そうに見てきたイザベルにそう軽く返せば、王子の腕がピクリと動いた気がした。
「ですが、殿下。イザベルの言う通りでもあります。何も無くても外聞は悪い。私は自分で歩けるので一人で行きます。降ろしてください。」
いつまでも男に抱きあげられているなどという醜態を晒していたくない。
王子という身分に気を使って穏便に、でもきっぱりと言ったつもりだったのに、王子はムスッとした顔で私の発言を無視して歩きだした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ヒーロー登場。小さい頃の彼が「溺愛されすぎ公爵夫人の日常。第六章 6−1」にちょこっとだけ登場しております。物好きな方は覗いてみてください。
題名の上のシリーズ名から行けます。