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1、カフェの真ん中で婚約破棄を叫ばれたら

 

 うららかな昼下り。

 ここは、最近できたばかりの街で評判のカフェ。

 店内は常に人々で満席状態だ。

 

 人々の話し声、食器の音、オープンテラスから入ってくる大通りを行き交う人々の喧騒、それらが混ざりあった賑やかな店内、その中央付近のテーブルに座っている男女一組から不穏な会話が漏れてきた。

 

 

 「イザベル、お前との婚約を解消する。」

 「なんですって?」

 「結婚は止めだ。」

 「ど、どうして?!もう、結婚式の日取りも決まって準備も進んでいるのに!私が何をしたっていうの?」

 「他に好きな人が出来たんだ。」

 「そんな、でも、私達は家同士が決めた正式な婚約者で・・・」

 「しつっこいな!お前だって本心では、俺と結婚したいと思ってないだろうが!」

 

 それを否定出来ずに狼狽えた正面の婚約者を苦々しげに見やった中肉中背、金髪碧眼の見目の良い男は吐き捨てるように続けた。

 

 「彼女のお腹には、俺の子がいるんだよ。」

 

 それを聞いた瞬間、婚約者の女性、イザベルは手元の紅茶を相手の顔めがけてぶちまけた。

 

 がっしゃーーん!ぱりーん!

 

 男が自分をかばうためにテーブルクロスを引っ張ったために、乗っていた花瓶やカップが次々と床に落ち砕け散った。

 

 「なんですって?!私という婚約者が有りながら、私と結婚の準備が進んでいるというのに、貴方はそんなことなさってたのね?・・・そう。」

 

 無表情になったイザベルは、彼女が手に持っていたため一つだけ無事に残っていたカップをコトリ、とクロスのなくなったテーブルに置いた。

 彼女は頬にかかっていた細い薄茶の髪を手で背に流し、細めの青い目で真っ直ぐに男を見つめ、静かに尋ねた。

 

 「ゲラルト様、お相手はどなたです?」

 「レナーテ·ナイセ侯爵令嬢だ。伯爵令嬢のお前とは格が違う。」

 「あの?!・・・貴方より十も年上の方ではありませんか!しかも、ニ度も離婚している・・・。」

 「そうだ。どちらの婿とも子ができなかったからな。だから、俺との間に子ができたといったら侯爵夫妻も大変喜んでくださった。直ぐに結婚する予定だ。」

 「まあ。私との婚約を解消する前に向こうのお家とお話を?ナイセ侯爵家は私との婚約をどう言っていたのです?」

 「そ、それは、もう解消したと説明してだな・・・。順序は逆でも今からそうなるのだからいいだろーが!」

 「一応、順序がおかしいということはお分かりでしたのね。それはよかった。」

 「なんだその言い方は。お前は大人しく俺との婚約破棄を受け入れればいいんだよ!」

 

 男は、激怒して立ち上がるとイザベルの前に行き胸ぐらを掴み上げた。

 そんな暴力を受けても、彼女は眉一つ動かさず相手を見つめていた。その眼差しにはもはや一片の愛情もなく、蔑みしか含まれていなかった。

 

 「いいえ、私は大人しくなんてしませんよ。正当な権利としてゲラルト様とナイセ侯爵家に慰謝料を請求致します。」

 

 イザベルは最早この男と結婚したいとは露ほども思っていなかったけれど、はいそうですかと破棄を受け入れるのは戦わず負けたようで嫌だった。

 

 「なん、だと?!慰謝料だ?そんなもの払わねえからな!今この場でお前との婚約は破棄だ、俺とお前はもう他人だ!」

 

 自分より弱いと思ったものに対しては強気に出る、どうしようもなく低俗なこの男へイザベルは軽蔑の眼差しを向けた。

 

 

 本当ならこの男の次兄と結婚する予定だった。その人は優しくて大人でとても良くできた人物だったが、長男が跡を継げなくなったために跡取り娘の自分とは結婚出来ないと婚約を解消した。

 だが、イザベルの家との縁が切れることを惜しんだ彼と彼の親に頼まれ彼女は断れず、三男のゲラルトが婚約者になったのだった。

 

 あの時、こんな男は嫌だときっぱり断っていれば、こんな衆人環視の中で婚約破棄騒ぎなんていう恥を晒さずに済んだのに。

 

 明日、学園内はこの話で持ちきりだろう。そして私は婚約者を十五も年上の女性にとられた間抜けな女として影で笑われるんだわ。

 

 そのことを考えただけで、イザベルは憂鬱になってきた。学園は小さな社交界だ。こういう話はあっという間に、面白可笑しく拡散されていく。

 思わずため息が漏れた途端。

 

 「イザベル、婚約解消おめでとう!ねえ、そこのクズ。俺のイザベルからその汚い手を直ぐに退けてくれない?さもなきゃ暴行罪で即捕まえちゃうよ?」

 

 突然第三者の声が割り込んできて、驚いたゲラルトがイザベルから手を離した。そして当事者達は、ぽかんと声の主を見下ろした。

 

 そこには肩までの長さの淡い金の髪を一つに結んだ、可愛らしい顔の少年が灰色の大きな目で真っ直ぐにイザベルを見上げていた。

 

 「・・・パット?!何で此処に?」

 

 目を丸くしているイザベルに、にこっと笑いかけた少年は彼女の手をとってうやうやしくキスをした。

 

 「ねえ、イザベル。俺と婚約して?俺は貴方を絶対に裏切らないよ。それに俺が貴方に代わってそいつらから慰謝料取り立てるから、貴方はもうこんなクズ達と関わらなくていいよ。」

 

 婚約破棄の話だけでもいっぱいいっぱいだったイザベルは、新たに湧いてきた次の婚約の申し込みに頭がおかしくなりそうだった。

 

 「そんな、いきなり言われても・・・。」

 「六年前から申し込んでるのだから、いきなりじゃないでしょ?前の婚約者はいい人だったから諦めたけど、こいつは貴方を不幸にしかしない。いつか絶対取り返すって決めてたんだけど、今婚約解消してくれてよかった!次は俺の番だよね。」

 

 「そんな、順番なんて・・・。」

 「はははっ、ちょうどいいじゃないか。中身がお子様のイザベルにはそのガキがお似合いだ。とっとと婚約してやれよ。」

 「俺が今必死で口説いているんだから、もう無関係のクズ男は口を出さないでくれる?」

 

 戸惑うイザベルをバカにしきった態度で口を挟んできたゲラルトを、パットが下から鋭く睨んで言いきった。

 

 その迫力に思わず後ろに一歩下がってしまったゲラルトは自分が子供相手に一瞬でも怯んだことを恥じ、それを隠そうと今度はパットの襟首を掴んで持ち上げた。

 

 「この、クソガキが!いきがって大人をバカにするとこんな風に痛い目に遭うんだぞ。分かったか!」

 

 足が床からうんと離れた状態まで宙づりにされて怒鳴りつけられても、パットは平然としてゲラルトを見返している。

 

 「やめて!こんな小さい子になんてことするの?!」

 

 イザベルが必死になって止めようとしたが、それがまたゲラルトの嗜虐心を煽った。

 更に高くパットを持ち上げて、にやりと笑う。

 

 「躾けられてない子供にはこうやって教えてやるのが大人の仕事だろ。イザベル、お前のそうやって偉そうに俺に小言を言ってくるところがうざったかったんだよ。どけよ!」

 

 その瞬間、がんっという衝撃がきてイザベルは床に倒れ込んでいた。

 

 「イザベル!」

 「お前もこうなりたくなけりゃ、大人しくしな。」

 

 ゲラルトの肘打ちをくらい、ふっ飛ばされたイザベルを見た瞬間、パットは空いている手で自分を持ち上げているゲラルトの手首を掴んで全力で捻り、さらに体を大きく揺らして蹴りを入れた。

 

 「痛えっ!」

 

 そんな反撃をくらうと全く想像していなかったゲラルトは直ぐに手を離し、パットは華麗に着地し、同時に足払いを掛けた。

 

 当然それも予想していなかったゲラルトは、あっさりと引っかかり無様に床に倒れた。

 直ぐさま倒れた男の胸に足を乗せて力を込め動きを封じたパットは、怒りを隠さず言った。

 

 「か弱い女性に手をあげる男は、この世に存在する価値はないって父上が言ってたよ。俺の大事なイザベルを傷つけたお前は消してもいいってことだよね?」

 

 ぎゅっと足に力を込めたパットへ、イザベルの制止の声が飛んだ。

 

 「やめて、パット!貴方はそんなことしちゃ駄目よ。」

第一話をお読みいただき、ありがとうございます。


この作品は「色褪せ令嬢は似合わない婚約を破棄したい」シリーズのスピンオフになります。

パットがイザベルに婚約を申し込んだ話は「色褪せ令嬢は似合わない婚約を破棄したい 第49部分番外編 いつかの、未来3」になります。

この話だけで単品で読んでも全く問題ないので、読んでもいいなと思った方は題名上の青い字のシリーズ名から行けますので、よろしければポチッと・・・。


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