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9 冒険で手に入れたもの

 というわけで、望遠鏡で見える陸地を目指して出発だ!乗組員は、私とエミリーとダズン、後は水の魔力と風の魔力の高い領民三十人。火と土は工業系で需要があるけど、水と風は割と暇人なのだ。

 家族はお留守番だ。二歳児は連れて行けない。


 アンネリーゼは初めて王都に往復二ヶ月の旅をしたのが二歳のときだったことを忘れている。

 リーナはもうちょっと話が理解できるようになれば、魔道エンジンの魔力をもらうのに最適なんだけどね。リーナの水の魔力は私の百倍あるので。


「お嬢様…、怖いです…」

「大丈夫ですよ、エミリー。何度も作り直して、転覆しない形に仕上げたんですから」


 設計図なんてない。都度修正しながら形を作り上げた。同じものはできない。でも領民の大工はこの船をまねて作ってくれるはず。



 三時間ほど南下したところで、


「見えてきた!」

「えっ?どこですか?」


 アンネリーゼの目は、光の精霊のお節介によりかなり強化されている。一方でエミリーには肉眼では見えないようだ。


「じゃあ、望遠鏡で見てみて」

「はい。ああ、陸で見たときよりずいぶん大きく見えるようになりました!」

「そうですね。でも…、なんだか小さいような…」


 どうしよう…。当てにしていた陸地が、こんな小さな島だったなんて…。


「はぁ…、とりあえず上陸してみましょう」

「はい!」


 望遠鏡で見る限り人影はない。砂浜の奥にはジャングルが広がる。小さいといっても、すぐに反対側が見えるような島ではない。

 砂浜は浅そうなので、この船は付けられない。陸に上がるための()()()船を出して、私とエミリーとダズン、領民二人、合計五人で上陸した。


「誰もいませんね」

「静かに!」


 ジャングルの奥から黄色い声が聞こえる…。女性の悲鳴?

 アンネリーゼは、光の精霊のお節介により聴覚も超人化している。


 うう…、思ってたんと違う…。他の大陸を見つけて、交易の交渉とかするつもりだったのに、まさかジャングル探検だなんて。誰がドレスでこんなところに入るのだ。まあいいや、破けてもすぐに直せるし。


「お嬢様!どちらへ!?」

「こっちに悲鳴を上げている人がいます」

「ちょっとお嬢様!こんな険しい森に入っては、怪我をしてしてしまいます!お嬢様、待って~」


 アンネリーゼはひょいひょいと木や草を飛び越えて、奥に行ってしまった。エミリーは早々と追いかけるのを諦めて、あとをダズンに託した。




 アンネリーゼが走って行った先で見たものは…。全長二メートルの大きな白い芋虫だ!うわっ、キモっ…。

 魔物といえば輸入した素材だけのお付き合いであり、生きた魔物に会ったのは初めてだ。こんな巨大な虫のようなものがいたなんて…。

 芋虫はアンネリーゼに気が付いた。そして口から何やら白いものを噴射してきた。


「うわぁ…」


 アンネリーゼは若干たじろいだが、アンネリーゼの動体視力と反射神経、運動能力をもってすれば、避けるのはたやすかった。

 アンネリーゼはスカートの影に影収納の扉を開いて、中から刃引きのショートソードを取りだした。鞘は収納に置いてきた。ふふっ、スカートの中に武器を隠し持っているってかっこいいでしょう。

 っていっても、スカートをめくり上げて、手を入れて取り出さないといけないから、意外に面倒。もうちょっと短いスカートならめくり上げなくていいから楽なんだけど。ミニスカートでも作ろうかなぁ。


 アンネリーゼはスパイ映画のエージェントを想像しているが、スカートにこんなに長い剣を隠しているようなエージェントはいない。

 影収納はなんでも持ち運べて便利なのだが、何かの影になっている面にしか扉を開くことができない。そこで、最も身近で手頃な大きさの影は、自分のスカートなのである。アンネリーゼのスカートにはいろいろなものが詰まっていて夢いっぱいなのである。と本人は思っている。


 しかし…、剣で切ったら、体液が飛び出したりしてばっちぃなぁ…。というか、刃引きの剣だから、叩きつけるだけなんだよね。対人でも流血沙汰は避けたし、同じ方法を使おう。

 剣に高圧電流を流して相手に触れるだけだ。どの部位に当てるのがいいかな。構造が分かるのは哺乳類と鳥類くらいまでだ…。虫の構造は分からない。適当でいいや。

 芋虫の横に回り込んで、芋虫にペタッとショートソードを当てた。当てる寸前から空中放電し、芋虫の動きは止まった。

 ふう、汚さず済んでよかった。



 何これ、卵?芋虫の?少し光沢がある白で、まん丸の塊だ。直径二メートルくらいだ。嫌だなぁ…、燃やしちゃおうか…。


「ひいいいぃぃ…」


 あれ…、声…。女の子の声。卵の中から声が聞こえるよ!


「中にどなたかいますか~?」

「えっ?外に誰かいるのかしら?」

「助けてくださいまし!」


 二人いるのかな?剣で卵をコツコツと叩こうとしたら、ふにゃっと潰れた。あれ…、柔らかかった。というか布?


「穴を開けますので、少し離れてくださいね」

「「はい!」」


 うーん、剣を突き立てたけど、柔らかいくせに丈夫で、穴が開かない。のれんに腕押し状態。あ、私の剣には刃がないんだった。それにしても丈夫な布だぁ。布か!

 布なら土魔法で整形できる!えいっ!布でできた卵を上から分解して、綺麗に折りながら積み上げていった。


 そうしたら、卵から二人の美しい女の子が生まれた!なんてメルヘン!でも二人は怯えた様子で抱き合っている。

 一人は腰ほどまである金髪で、とても上等なドレスを着ている。お姫様というのにふさわしい。ボロボロだけど。

 もう一人は銀髪で、これまた上等なドレスを着ている。銀髪なんてファンタジーな髪色あったんだね…。まあ魔法や魔物の存在するファンタジー世界だしね。私と同い年くらいなのに、お尻を隠すほど長くて、少しウェーブがかっている銀髪が色っぽいなぁ。


 魔物に襲われている女の子を助ける!なんて、王子様的展開で燃えるわぁ。私は王子じゃなくお嬢様だけど。あ、でも魔物を倒したかっこいいところは見てもらってないよね。残念。


 こんなジャングルにドレスで入っている自分は非常識だなぁと思っていたけど、ドレスの子もわりといるんだね。

 この世界の常識は私の理解を超えたものが多いけど、割と受け入れてきたつもりだ。娘の着替えを覗く父親とか、他人のおまたをまじまじ見るご婦人とか…。

 でもノーパンだけはいただけない。パンツを開発したからには、ノーパンには戻れない。

 この子たちはとても綺麗なのにノーパンなんだろうなぁ。この子たちにパンツをはかせてあげたい。


 っと、パンツの話は置いておいて…。


「もう大丈夫ですよ。芋虫は退治しました」

「えええっ?ほんとうなのですか?私の剣では刃が立たなかったのに…」


 金髪の女の子は、ドレスの腰にショートソードを携えていた。姫騎士?かっちょえー!あ、私もか。


「わたくしの魔力も尽きかけで、攻撃魔法撃つこともできず…。って、あ、あなた!そ、その馬鹿げた大きさの精霊は何ですの!?」

「えっ?これは私の精霊ですよ」

「えええ…」


 銀髪の子は私の火の精霊や水の精霊を指さしてきーきー言っている。家族以外で精霊が見える人、初めて会った!

 でも、いちばん大きいのは光の精霊なのだけど、そっちは見えてないのか。

 精霊は、自分の魔力の高い属性のものしか見えない。だから、この銀髪の子は光の魔力は高くないのだろう。


 女の子たちのしゃべりには少しなまりがある。いや、なまりが違うというか…。例えば、交流電源の周波数が六十Hzの地域と五十Hzの地域くらい違う。というか、もしかしたら違う国の人?あ、名乗ってないじゃん。


「申し遅れました。私はロイドステラ王国のアンネリーゼ・メタゾール伯爵です」

「えっ?伯爵?伯爵令嬢ではなく?」

「私が伯爵本人です」

「私と同じくらいの女の子が伯爵なんて素敵…」


 なんか自慢してるみたいでかっこ悪い…。


「ロイドステラ王国でしたか…?そのような国、存じ上げませんわ…」


 銀髪の子が口を開いた。やっぱり違う国の子なんだ!


「この島はあなた方の国の領地なのでしょうか?」

「わかりません…。たぶん違います」


「失礼ですが、お名前を伺っても?」

「えっと…」

「わたくしたちは…」


 二人は後ろを向いてこそこそと相談を始めた。でも丸聞こえなんですけど。


 聞こえるのはアンネリーゼの耳が超人レベルだからなのだが、本人は気が付いていない。


「姫様、違う国の方なら話しても大丈夫なのでございませんこと?」

「そうね。この子が助けてくれなかったら、どのみち私たち終わっていたものね。この子に運命を委ねるのも悪くないわね…」


 金髪の子はやっぱりお姫様か!お姫様オーラが半端ないもんな。


「私は…、ヒストリア王国の第五王女、セレスタミナといいます…」

「わたくしは、ヒストリア王国、エッテンザム公爵家が三女、カローナ・フェイナ・エッテンザムと申します。いえ、今は勘当された身…ただのカローナですわ…」


 セレスタミナ様とカローナ様は揃って、ドレスをつまんでうやうやしくカーテシーで挨拶してくれた。ドレスはボロボロでも、とてもさまになっている。これはきっと本物の王女と公爵令嬢だ。


「私は継承者争いで殺されそうになったので、勘当されてしまったカローナとともに逃げてきたのです」

「それで、海を渡ったのですか?」

「ええ…、追っ手が迫っており、時間もなかったので、偶然見つけた舟を漕いで…」

「えええ…、見渡すかぎり陸地などありませんが…」

「私、体力には自信があるのよ!」

「わたくしは魔法に自信がありますわ!」

「さっきの魔物は強くて倒せなかったけど、今までは海でも森でも二人でやっつけてきたのよ」


 この子たち、たくましいな。ほんとうにお姫様と公爵令嬢?


「それは大変でしたね……。あ、静かに…」


 人の足音が近づいてくる。足音の方向に目をこらしてみると…、ダズンだ。脅かさないでよ。


「はぁはぁ…、お嬢様!やっと見つけました…。一人では危ないですよ…。ってうわっ!魔物!」


 ダズンは疲れ果てていて、汗びっしょりだ。私の倒した芋虫を見て驚いている。


「大丈夫です。もう死んでいますよ。それと、他国の貴人を保護しました」

「なんと!傷だらけですね。船に戻って、手当てしましょう」

「はい。っとそのまえに…」


 二人を包んでいた布の卵…、折りたたんだけど、これってまるでシルクみたい!ってかシルクじゃん!

 もしや…、さっき芋虫が私に飛ばしてきたやつ…、これもシルクじゃん!ってことは、芋虫は(かいこ)!巨大なお蚕様!

 キモっとか言ってごめん!途端に可愛く見えてきたよ!あああ、殺しちゃってごめん…。でも凶暴なのか…。養殖できないかな…。むー…。

 あれ…、じゃあ二メートルの巨大な蛾もいるのかな…。そっちは可愛くなさそうだ…。出会いませんように…。


 とりあえず、卵状だったやつをたたんだ分と、私に飛ばしてきたやつを影収納に格納した。スカートの中がまたロマンいっぱいに近づいた。


「ダズン、こちらはセレスタミナ様で、そちらはカローナ様です。カローナ様を抱えてさしあげて」

「はい。お嬢様」

「私はセレスタミナ様を」

「えっ?あわわわわ」


 私はセレスタミナ様をお姫様抱っこした。この子、間近で見るとやっぱり可愛い!お姫様は半端ないわー。

 それに反して、身体は結構引き締まってる。剣も持ってるし、鍛えてるのは間違いない。まあ抱っこしなくても、見ただけで分かってたけどね。


 セレスタミナは、まさか自分と同じくらいの女の子にひょいっと抱えられるとは思っていなかったため、あわあわしているだけで言葉が出ない。

 なんて柔らかくて綺麗な肌なの?そして、とても凜々しいお顔…。髪の毛は全く汚れがなく、さらさらつやつや。

 惚れてしまいそう…。ダメよ!私には決めた人が…。


「ダズン、何をやっているのですか。お二人はお怪我をなさっているのですよ。早く連れ帰りますよ」

「はぁはぁ…、はい…」


 ダズンは駆けつけたときにすでに息も絶え絶えだったのに、帰りは少女を抱えていて、もはや体力はゼロに近い。


「ごめんなさい。あなたもお疲れでしたね」


 アンネリーゼは片膝を上げて、抱えているセレスタミナを片腕と膝で支えた。そして、もう片方の手でダズンの背中を指圧した。


「×××!」


 もちろん消音魔法付き。

 ダズンは全身の血流が巡り始め、まるで水洗トイレのように疲労が流し去られた。


「ありがとうございます、お嬢様!」


 このために生きていると言っても過言ではない。酒も女もいらない。お嬢様の一押しは他のどんな快楽にも勝る。

 ダズンに限らず、大多数はこのように考えていた。


 カローナは、ダズン呼ばれる執事が疲労しているにもかかわらず、自分も足が棒になるほど疲れていたため、下ろしてくれと言えずにいた。そして、顔が突然緩んだことに疑問を持ったが、その後は先ほどまでの疲れた顔とは打って変わって、シャキッとした顔になり、キビキビと動き出したことに、さらに不思議に思った。




「お嬢様!よくぞお戻りに!」

「ただいま、エミリー」

「そのお二人はどちら様ですか?」

「お二人は、他国の貴人です。こちらがセレスタミナ様、そちらがカローナ様です。丁重におもてなしします」

「はい!」


 船着き場に帰ると、エミリーが心配そうに待っていた。


「お二人はここに座って少々お待ちください。エミリーは船から石けんとタオルを持ってきてください」

「かしこまりました」


 アンネリーゼは土魔法で砂を加工して、背もたれ付きの椅子を二つ作り上げた。

 石けんはポーション薬学にレシピがあったのだ。王都で普通に使われているものと同じ。とくにすごいものではない。でも、化学的な原理ではなく、魔法的な原理で洗浄する。使い方によっては肌荒れの原因となるのは、化学的な石けんと同じである。


「土魔法ですのね!」

「はい」

「こんな形状を一瞬で!」


 カローナは精霊に愛された者である。偶然、火の精霊と水の精霊と風の精霊に魔力を与えたために精霊が付いてくるようになったが、育て方が分かっていないため、小さいままである。魔力の補助は役に立たないが、イメージの補助はそれなりに役立っている。

 ちなみに、土の精霊と光の精霊は付いておらず、本人の魔力も高くないので、アンネリーゼの巨大な光の精霊を見られない。


 二人を座らせた後、アンネリーゼは土魔法を使って一秒で浴室を作り上げた。脱衣所付き。


「「ええええ……」」


 アンネリーゼの土魔法に二人は驚愕した。家人や領民は六年も見続けていて慣れたものである。


 アンネリーゼは浴室に入って、バスタブを生成。バスタブに水魔法と火の魔法でお湯を貯めた。さらに、浴室の上部に設置したタンクにもお湯を貯めた。

 シャワーも付いている。レバーを倒せばタンクに貯めたお湯が出る。残念ながらゴムの魔物の素材は持ってきておらず、ホースのようなものは作れないので、シャワーは壁に固定である。しかも、土を固めて細い穴をたくさん作るのは難しいので、じょぼじょぼ出るだけである。

 アンネリーゼはこの程度の施設なら、もはや一分で作れる。あっという間にできあがった建物に、二人の少女は驚くばかりだ。


「お風呂の準備ができましたよ~」

「「お風呂!」」


 二人は豊かな王宮暮らしだった。しかし、ヒストリア王国でもお風呂は贅沢であり、王族でも一ヶ月につき一度程度。しかし、カローナは火魔法と水魔法の達人であるため、毎日セレスタミナと一緒にお風呂に入っていた。

 セレスタミナはアンネリーゼに抱かれたときに、アンネリーゼの髪の毛を見て、もしやと思ったら、案の定お風呂にありつけたというわけだ!セレスタミナのお風呂センサーは伊達ではない。


「どちら様がお先に入られますか?」

「「もちろん一緒で!」」

「もちろん?」


 もちろんというのは、当たり前ということだ。常識なのかもしれない。一緒に入るのが常識かぁ…。むふふ…。アンネリーゼは不適な笑みを浮かべた。


「うわー…」

「お風呂ですわ…」

「何日ぶりかしら…」

「ええ…」


 二人は湯気の立つ浴槽を見て涙した。この世界では王族だって一ヶ月に一度でも風呂に入ればいいところであるが、毎日入っていた二人からすれば、数日入れなかっただけでも耐えがたいことであった。


「お嬢様、石けんとタオルです」

「ありがとう、エミリー」


「お二人はこちらでお召し物をお脱ぎください」

「「はい!」」


 息ぴったりである。ドレスは簡単に脱げるものではないので、アンネリーゼがセレスタミナの脱衣を、エミリーがカローナの脱衣を手伝った。


「それでは、お背中を流しますね」

「えっ?アンネリーゼ様が流してくださるの?」

「はい!」


 いつの間にか裸になっているアンネリーゼ。一緒に入るのが当たり前なんだからいいよね。アンネリーゼはこの世界の常識に馴染んできた。

 セレスタミナは体中小さな傷だらけである。アンネリーゼはセレスタミナの身体を洗いながら、一つ一つ傷を癒やすことにした。そして、


「ああああん…」

「どうなさいましたか!」


 セレスタミナは連日の逃走劇や、過酷なジャングルでの生活で疲労が溜まっていた。アンネリーゼの目にはセレスタミナの身体の至る所に黒ずみが見える。これは押しがいがある!

 消音魔法を忘れた!お姫様の声が可愛いから聞いてみたかったとかではないんだからね!

 傷を治したセレスタミナ様の肌ってとても綺麗…。そしてお胸は私と同じくらいの膨らみがある。


 ちなみに、石けんで髪の毛を洗ってしまうと痛んでしまうのだが、アンネリーゼの治療魔法は髪の毛も補修できる。オイルを塗るまでもなく、しっとりさらさらで輝く髪の毛を手に入れられるのだ。


 その間に、エミリーがカローナの身体を簡単に洗っている。カローナはうらやましく見ている…、セレスタミナの身体を触っているアンネリーゼのことを。助けてもらったとはいえ、会ったばかりに娘が私のセレスタミナ様の身体を触っているなど言語道断!

 けっして、気持ちよさそうにしているセレスタミナのことをうらやましがっているのではない。セレスタミナの身体を触っているアンネリーゼのことがうらやましいのだ。


「それでは、セレスタミナ様は湯船にお浸かりください」

「はい…」


 セレスタミナは目がうつろだ。


「次はカローナ様のお体を流しますね」

「は、はい…」


 カローナはセレスタミナより傷が少ないが、筋肉痛が酷い。セレスタミナは剣を扱うので筋肉がそれなりに付いていたが、カローナはかなり運動不足である。


 ご令嬢というのは一般的に運動不足である。その中でもカローナは生粋の運動不足である。

 本来なら、ろくに筋肉の付いていないカローナがジャングルを逃げ回るなんて不可能であった。カローナの身体には、とくに足に濃い黒ずみが見える。これも押しがいがある!


「あはああああんん…」


 また消音魔法を忘れちゃったよ。うふふっ。とても色っぽい声…。お母様に匹敵する。

 カローナ様の果実…、リンゴがなっている。背丈は私と同じくらいなのに、胸もお尻も大きくてすごく大人っぽい…。色白で肌も綺麗…。


 浴室の外に漏れるあえぎ声。六年前は屋敷からよく聞こえたもんだ…。あるときからあまり聞かなくなったなぁ。領民の船乗り二人は懐かしんでいた。


「それではカローナ様も湯船でおくつろぎくださいね」

「はい…」


「エミリー、お二人がのぼせないように見ていてあげてね」

「はい」


 セレスタミナとカローナは洗脳状態である。湯船でくつろげと言われたら、死ぬまでくつろいでいることだろう…、なんてことは、さすがにない。でもぼーっとして眠ってしまいそうだから、見張っていてもらうことにした。


 その間に二人のドレスを直してしまおう。破れたりほつれているところがたくさんある。装飾の多い立派なドレスだなぁ。やっぱり王女と公爵令嬢だね。

 おっと、私のもジャングルで暴れたから破れているね。まとめてリメイク。このドレス自体を材料にして、同じドレスを作りなおす。汚れは材料から除く。これで新品同様だ。


 二人のドレスにはシルクは使われていない。ロイドステラ王国の生地と同じだ。王家と公爵家でこれなのだから、やはりこの島はヒストリア王国の領土ではないんだろうな。ということは、この島は私のものだ!


 これと同じものを作る!でも汚れやほつれは再現しない!なんて、いい加減な指示でドレスを整形できるのは、土の精霊が育っているアンネリーゼだけである。



「ダズン、私は少し出かけます」

「はっ?お嬢様、危険です」

「さっきも大丈夫だったでしょう。私の護衛をしたかったら、もう少し鍛えてください」

「は、はい…」


 ダズンのプライドはズタズタだ。でも、お嬢様の一押しをいただくために、もっと精進せねば。


「お二方がお風呂から上がられたら、船に戻っても構いません。ここも安全とは限りませんし」

「お嬢様はほんとうに大丈夫なのですか…」

「心配しなくても大丈夫ですよ」

「はい…」



「お二人とも、そろそろ上がられてはいかがでしょうか」

「はっ!はい!」

「わたくしも上がりますわ!」


 エミリーが声をかけずに放っておいたら、ほんとうに死ぬまで入っているところだったようだ。


「あら…、ドレスが綺麗になっているわ…」

「おかしいですわ…。ここ、破れていたはずなのに…」


「アンネリーゼ様が直していたようですよ」


「えええ…、あの方は服飾もできるのね…」

「あら…、セレスタミナ様の傷もなくなっていますわ」

「えっ?ほんとうだわっ!?」


「それは、アンネリーゼ様がお体を洗っている間に、治していたようです」


「ええっ?あの方は治療魔法も使えるのね!」

「あれだけの土魔法をお使いになるのに、治療魔法も使えるなんて…」


「ねえ、身体がとても軽いわ!」

「そうですわね!何日も走り回ってヘトヘトでしたのに」


「それもアンネリーゼ様が癒してくださったんだと思います」


「あの方はいったい…」

「そんな魔法、聞いたことありませんわ…」


「ねえカローナ、あなたの髪、見たこともないくらい輝いてるわ」

「セレスタミナ様こそ…」


「それも、アンネリーゼ様が治してくださったのですよ」


「アンネリーゼ様は何でも治してしまいますのね…」

「すごいわ…」


「さあ、着るのをお手伝いしますね」

「よろしくね!」

「お願いしますわ!」


 エミリーは考えていた。お嬢様は、どうやらこのお二人が気に入ったみたいですね…。このお二人は、快感のあまり記憶が飛んでしまっているけど、何度か施術されるうちにお嬢様の虜になることでしょう。

 お嬢様は人をたぶらかすのがほんとうにお上手です。私は次はいつご褒美をいただけるのやら…。



「あら、お嬢様は?」

「それが…お一人で森に入っていかれました…」

「それでどうしてあなたがここにいるの?」

「付いてきたければ、もっと鍛えろと…」

「なんとふがいない…」

「その通りだ…」


 エミリーに問い詰められたが、ダズンは言い訳のしようがない。

 今のところ、アンネリーゼについて行けそうなのは、メリリーナだけである。



 アンネリーゼを置いて、一行ははしけ舟で沖にある本船に戻ることになった。セレスタミナはアンネリーゼがいないことに気が付いた。


「あの…アンネリーゼ様は?」

「森の中を探索しているようです…」

「えええ?そんな…、危険です!何で一人で行かせたのですか!」

「はい…、家人失格でございます…」


「それで、探しにいきませんの?」

「アンネリーゼ様の(めい)は、あなた方二人を安全な船まで連れて行くことにございます」

「だからといって置いていくわけには…」


 セレスタミナとダズンの押し問答は続いた。

 そのとき空から降ってきた。アンネリーゼが。


「あれーっ?まだ戻っていなかったんですか?」

「お嬢様!今、空から降ってきませんでしたか?」

「はい、私、風魔法で飛べたんですよ!」


 そんなことができるのは、風の精霊が育っているアンネリーゼだけである。どこに浮力を加えれば飛べるか、複雑な力学計算を精霊がカバーしてくれるのである。もちろん、流体力学の知識があって、風の流れのシミュレーション映像でもイメージできるようなエンジニアは、精霊の加護なしで飛べるかもしれない。


「えええっ?危ないですよ!」

「パンツをはいてるから大丈夫ですよ!」

「そ、それならだいじょ……、えぇぇ…」


 飛行魔法!さっき開発した!風を下から起こして浮力を得るから、スカートがめくり上がっちゃうんだよね。パンツをはいていないと使えない魔法だった…。


「でも、このはしけ舟では、六人が限度ですねえ。やはり私抜きで行ってください」

「でもお嬢様が!」

「私は飛んでいきますので」

「はい…」


 一行は結局、アンネリーゼ抜きではしけ舟にのって、本船まで戻った。アンネリーゼはスカートをパラソルみたいに膨らませながら、先行して船まで飛んでいった。


「あの方は風魔法で飛んでらっしゃいますのね…」

「スカートの中が丸見えかと思ったら、何かをはいているわ。あのお召し物は何かしら?」

「あれはパンツです」

「パンツ?」

「お嬢様が考案なさった、女性のためのお召し物です」

「はぁ」

「たぶん帰ったらお嬢様が熱心に説明してくださいますよ」


 セレスタミナは、宙に浮くアンネリーゼを見ながら思っていた。良い脚とお尻をしているわ…。カローナほどじゃないけどね!私のカローナはすごいんだから!


「この船は…すごく大きいですね…」

「そうですか?これは一号機で、今後はもっと大きいものを作ろうと思っているんです」

「もっと大きい船ですか!」


 ロイドステラ王国もヒストリア王国も、小さな漁船が少しあるだけで、キャラックサイズの帆船など存在しない。




 本船に戻り、メタゾール領への帰路に就いた。


「ちょっ…、この船、すごく速くないですか?」

「ひいいぃぃ…」

「大丈夫ですよ~」


 本来なら数日かけて往復するような距離だったが、船は時速八十キロと、モーターボート並の速度で走っていたので、一日で往復できたのであった。



 帰り着いた頃には夜になっていた。


「船乗りの皆さん、本日はご苦労様でした!これは日当です」

「アンネリーゼお嬢様のためとあれば、いつでも駆けつけます!」


 日当の袋をもらうと、アンネリーゼに背を向ける船乗り。はたから見ればかなり無礼だ。でも…、


「×××!」


 日当とは別に、ご褒美一押しである。これがあるからアンネリーゼ様の僕はやめられない!

 領民はアンネリーゼを神にように崇拝しているのである。アンネリーゼが頼めば何でもやってくれる。




「お母様、お父様、ただいま戻りました」

「ねーね!」

「リーナぁ!ただいま!」

「お帰りなさい、アンネちゃん」

「よく無事で戻ったな」


 屋敷に戻ると、速攻でメリリーナがドッジボールのように飛んできた。これを受けられるのはアンネリーゼだけである。

 精霊の見えるカローナは、メリリーナに着いている二メートルの巨大な水の精霊に目を見開いた。アンネリーゼの光の精霊を見ることはできていないので、こんなに大きな精霊を見たのは初めてである。


「お母様、お父様、遭難していた他国の貴人を保護することにしました。身分の高い方なので失礼のないようにお願いしますね」

「まあ、大変だったのですね。そちらのお二方ですね。私はリンダです。アンネリーゼの母です」

「私はゲシュタールです。アンネリーゼの父です」


「セレスタミナ……ヒストリアです。ヒストリア王国の第五王女です…。跡継ぎ騒動に巻き込まれて殺されそうになり、逃げてきました…。私はこの国では何の身分もない身。お気遣いいただかなくてけっこうです…」

「ヒストリア王国の元エッテンザム公爵家のカローナです…。わたくしも勘当された身なので、お気遣いいただく必要はございません…」

「まあまあ、大変だったのね…。お二人とも、こんなぼろ屋だけど我が家だと思ってくつろいでくださいね。お風呂はあるのよ!」

「「お風呂!」」


 二人はお風呂という言葉に目を輝かせた!まあ、アンネリーゼがいつでもどこでもお風呂を作れることを目の当たりにしているので、あるとは思っていたが。

 無人島でお風呂に入ったけど、潮風でベタベタだわ。さっそくお風呂に入りたいわ!


「それでお風呂を入れてきますね」

「よろしくねー」


 アンネリーゼは、二人がお風呂と聞いて目を輝かせたのを見て、気を利かせた。

 二人をお風呂に案内した。


 そしてなぜか脱衣所で一緒になってドレスを脱いでいるお母様。他国の貴人を裸でもてなすのは、この世界では当たり前なんだろうな。うん、分かってきた。

 私もすでに一緒になってドレスを脱いでいる。


 二人はしばしば一緒にお風呂に入っていた仲であるが、この親子はよくもまあずけずけと一緒にお風呂に入るなぁと若干呆れぎみだった。でも、助けてもらったし、お風呂まで入れてもらって、文句も言えない。

 むしろ…、アンネリーゼ様ってとても綺麗…。セレスタミナはアンネリーゼのことをカローナ並に綺麗だと思い、カローナはアンネリーゼのことをセレスタミナ並に綺麗だと思った。二人はアンネリーゼを仲間に加えてもよいと思った。

 それに、リンダ様…。アンネリーゼ様のお姉様…だっけ?自分たちと違って、完全な大人の体つきをしている。綺麗な肌、大きな胸、くびれた腰、理想のプロポーション。しかたがない、リンダ様も仲間に加えてあげるわ!二人は顔を向き合わせ無言でうなずき合意した。


「アンネちゃん~、私を先に洗ってよ~」

「お客様が先です。お母様は後です」

「ちぇー」


 えっ?お母様?お姉様じゃないの?あ、さっき赤ん坊もいたっけ…。とても二児の母に見えない。


「リーナもぉ!」

「リーナもあとでね」


「リーナちゃんっていうのね!」

「元気な子ですわね!」


「セレスタミナ様、お背中を流しますね」

「はい!」


 あれ…、デジャブ…。昼間もお風呂に入ってアンネリーゼ様に身体を洗ってもらって…、そのあととても良いことがあったはずなのによく覚えていない…。


「ああああん……!」


 昼間に血流を良くしてもらったので、今度は昇天するほどではなかった。けど、極楽…。身体を洗ってくれているだけじゃないのかしら?

 暖まったり、ビリッときたり、ぐいっと押されたかと思うと、体中にじわりと気持ちよさが広がる…。


 アンネリーゼはまたもや、ついうっかりわざと消音魔法を忘れていた。てへっ!


 カローナは、セレスタミナがもだえているのを見て、昼間も同じものを見たのを思い出した。なんだか記憶が曖昧…。


「それでは次はカローナ様です」

「は、はひ!」


 思い出した。昼間も同じことをされて、気持ちよさのあまり天に昇ったのだった。あ、待っ…


「あはあ~ん…!」


 昼間ほどではないけど、気持ちよさが全身に広がる。身体を洗ってくれているように見せかけて、いったい何をやっていますの?勘当されてから今までの辛い気持ちまで洗い流されてゆく…。


「アンネちゃん!」

「はいはい」


「セレスタミナ様、カローナ様、湯船でごゆっくりください」

「あ、はい」

「は、はい」


 二人は気持ちよさのあまり、ぼーっとしていたら、メイド…エミリーに促されて湯船に入った。


「あああん…」


 そして、アンネリーゼに背中を現れている母君…リンダがもだえているのを見て、自分たちが何をされていたのかを振り返っている。別段、たいしたことはやっていない。何やら親指を立てて、背中いろいろなところを触っている。ただくすぐっているようにも見えるが、リンダの反応は明らかに異なる。

 自分もあのようにもだえていたのか…。思い出すだけで…、またやってほしい…。ああ、アンネリーゼ様…。


 信者のできあがりである。


 ああ、アンネリーゼ様…、好きっ!

 否、信者とは違うものができあがった!




 お風呂のあとは夕食。夕食を先にしてもよかったのだが、二人がお風呂マニアだったので。

 メタゾール家の料理は、ここ数年で農産物も増えてかなり改善されたが、あまり近代化の進んでいない分野である。

 でも二人は、数日間ジャングルでろくなものを食べてなかったので、例え平民料理に毛が生えたようなものであっても、美味しくいただいた。


「アンネリーゼ様は八歳なのですね!私とカローナと同い年です!」

「それは素敵な偶然です!私は同い年のお友達が増えて嬉しいです!」

「ふふっ、これからは仲良くしてくださいまし!」

「もちろんです!」


 同い年でこのプロポーション…。お姫様と公爵令嬢は違うなぁ。アンネリーゼは自分はまだまだだと思った。


「でも…、よろしいのでしょうか。わたくしたちはこの国で何の身分もない身。ここに置いていただくのであれば、メイドなどとして働くべきでは…」

「ふふっ、お二人にはいろいろとやっていただきたいことがあります。メイドより重要なお仕事です」

「はぁ」

「でも今しばらくはゆっくりお休みください。辛いことがたくさんあったのでしょう」

「はい…」


「私もこんなに可愛い妹が二人もできて嬉しいわっ」

「お母様、お二人は私と同い年なのですよ。妹はないでしょう…」

「えー、いいじゃない。アンネちゃんと私、姉妹に見えるでしょ!」

「そうですね!リンダ様はお綺麗です!」

「そうですわ。わたくしもリンダ様が姉君なのか母君なのか混乱したくらいです」

「ほらー、アンネちゃんもお姉様って呼んでちょうだい」

「うーん、わかりましたお姉様」

「はい!よくできました」

「「「「あははは」」」」


 アンネリーゼも、リンダのことを姉と呼ぶのはまんざらでもなかった。年齢差も十しかないし、母親というよりちょっと年の離れた姉といったほうがしっくりくる。


 ゲシュタールは美しい妻と、可愛い娘、そしてその友人がキャッキャうふふしているのを微笑ましく思いながら眺めていた。




「セレスタミナ様はこちらのお部屋で、カローナ様はこちらのお部屋をお使いください」

「あの…、私たち、お部屋は一つでけっこうです」

「でも、ベッドはシングルなので狭いですよ」

「それが良いです」

「へっ…、わ、分かりました」


 アンネリーゼは知っていた。お風呂も二人一緒。寝るのも二人一緒。この二人、できてる!



 皆が寝静まった夜…。枕を抱えたセレスタミナとカローナ。

 トントン。セレスタミナはアンネリーゼの部屋をノックした。


「いないのかしら。えいっ」

「ちょっ、セレスタミナ様ぁ…」


 ホストの部屋を勝手に開けちゃう子。暗殺者やスパイと間違われてもしかたがない。


「あら、いないじゃない!」


 勝手に扉を開けた上に逆ギレのセレスタミナ。


「じゃあ、リンダ様と一緒に寝かせてもらいましょうか」

「リンダ様の包容力も捨てがたいわね。そうするわ」


 二人はリンダの部屋を求めて屋敷をうろうろ。


「ここですかね」

「たぶん」

「ちょっ、だからノックを…」

「あっ…」


「あらぁ、セレスちゃんとカローナちゃんも、おっぱいが恋しいのね」


 セレスタミナとカローナは見た。見てしまった。二人は途端に顔を赤らめた。

 ノックもせずに扉を開けてしまったリンダの部屋には…、リンダのおっぱいをくわえているアンネリーゼ…。メリリーナはベッドの反対側ですでに寝ている。


「ふがっ…」


 アンネリーゼは思わず、おっぱいをくわえたまま、変な声を上げてしまった…。

 アンネリーゼは頭の中が真っ白になってしまった。自分がいつまでも母乳をもらっていることは、家人はみんな知っていること。でも、他人に知られたからには…


「くっ…ころ…」

「ほらぁ、いらっしゃいな」


 アンネリーゼはくわえていた胸をリリースした。そしてなにやらつぶやいたが、リンダに遮られた。


「えっ…、あっ…はい…」

「はい…」


 リンダはアンネリーゼがくわえていたほうの胸をぺろんと出したまま、両手を広げて、


「二人とも、さあ」


 寄ってきた二人を抱きしめた。


「もう大丈夫よ。怖くないわ。私があなたたちのお母さんよ」


 涙が溢れた。

 父である王と正妻が殺された。次に上位の王位継承権を持つ王子や王女が殺されていった。

 次は私の番だ。妾であるお母様は私を逃がして殺された…。もっとお母様と一緒にいたかった…。


 涙が溢れた。

 いわれのない罪を押しつけられて、家に迷惑をかけないようにするため、家を出ることになった…。もっと家族と暮らしていたかった…。


 二人の鳴き声に驚いて、メリリーナの目がパチリと覚めてしまった。


「ねーね?」

「しーっ」


 アンネリーゼはメリリーナを抱きながら、泣いている二人を抱いているリンダを見ていた。

 この人は年齢や外見はともかく、やっぱり母なんだ。自分とメリリーナを産んだれっきとした母なんだ。

 自分は前世で成人していたから、精神年齢はリンダより上だと思っている。でもこの人は年齢じゃない、母の包容力を持っているんだ。それは私が持っていないものだ。


 ふふっ、二人には気の済むまでお母様を貸してあげるよ!

 だから…、私がおっぱいをくわえていたことは忘れてね!


 その日は、お母様の両サイドにセレスタミナとカローナが寝た。

 私はメリリーナと一緒に、自分の寝室に戻って寝た。



「あら、おはよう。よく眠れたかしら?」

「お、おはようございます…」

「あの…、わたくし…、昨日は大変失礼しました…」

「ふふっ、今日も一緒に寝ましょっ」

「「えっ」」

「ほんとうよぉ」


 ゲシュタールがどこで寝ていたのかは誰も知らない。




 数日後…。


「アンネリーゼ様…、リンダ様の母乳の出が悪いの…」

「わたくしたちの分を、もう少し残しておいてくださいませんか?」

「えっ…、飲んでたの…」


 あれから二人には見られないように飲んでいたのに、忘れてなかったか…。しかもまさか二人が夜にお母様と寝るときに、母乳をもらっていたなんて…。


「もっと出るように鍛えてみますね…」

「鍛える?まあ、よろしくね!」

「よろしくおねがいしますわ!」


 お母様の乳腺はすでに異様に発達している。今はメリリーナを産んで二年だけど、その前は私を産んでから六年間も母乳を絶やすことなく出し続けていた。

 もっと乳腺への血流を増やすか。血管を増やして太くしよう。


 もはや、カイロプラクティックはもちろん、医療の範囲すら超えているが、アンネリーゼのざっくりとした願いは、光の精霊によって叶えられた。むしろ、母乳量を増やす、だけでも叶えてくれるが、本人は知らない。


 そして、自分の飲む分を減らすとか卒乳するという発想がまったく思い浮かばないアンネリーゼであった。



「アンネちゃん…、最近胸がきついの…」


 乳腺のさらなる魔改造の結果、お母様の胸をまた成長させてしまった…。お母様の胸はドレスからこぼれ落ちそうだ。


「調整しますね。生地を持ってきますので、しばしお待ちを」


 土魔法にかかれば、ドレスでも何でも、粘土のように継ぎ足せるのだ。成長に合わせてドレスを大きくするなんて、お茶の子さいさい。ここ最近、新しいドレスを作ってない。着た切り雀に逆戻りだけど、いつも新品同様だ。

 あ、飽きたらバラしてデザインを変えればいいのか。なんで同じ形にこだわっていたんだか。


「アンネちゃんも一緒に寝ましょ!」

「そうですね。リーナもそろそろお母様が恋しそうですし」


 木材を継ぎ足して、ベッドをダブルサイズからキングサイズに拡張した。シーツも二枚合成した。


 セレスタミナ様とカローナ様は、お母様のおっぱいをくわえながら、横目で私の方を見ている。この二人は、私とリーナを差し置いて、図々しいな!ベッドは広くなったけど、お母様が足りない…。

 恐ろしい発想が浮かんだ…。やめやめ!お母様は貸し出し中だからね!私は後でもいいよ!


 恐ろしい発想と思っているうちは大丈夫だ。でも、それが当然とか可能だと思ったら、光の精霊は実行してしまうかもしれない。リンダはいつまで人間でいられるだろうか…。




「アンネリーゼ様…、その…」


 セレスタミナ様の足下には…、血…。


「あああ、忘れていました…」


 パンツと魔導ナプキンについて説明した。


「これは画期的ね!」

「でしょう。私はパンツを広めたいのですよ」

「これがパンツなのね!素敵だわ!」


 その数日後にカローナも違和感を訴えたので、ナプキンをあらかじめ付けさせた。そしたらそれはやってきた。この二人も早いなぁ。体格も私と同じくらいだし、まさかとは思ってたけど、やっぱりだった。

 カローナ様はお尻が大きいので、フルバックだと野暮ったい。かといってTバックにしてしまうと、パンツを見せるファッションという目的が果たせないので、ハーフバックにしよう!


「カローナ様、素敵です!」

「そ、そうかしら…」


 ふふふ…、この二人にはパンツとブラを活かしたファッションの広告塔となってもらうのだ。まずはパンツを普段使いしてもらおう。



 ブラも開発しなきゃな。お母様で試したいんだけど、胸を隠すようなものはいらないって…。お母様のメロンはいつもたっぷんたっぷんと揺れていて、今にもドレスからこぼれ落ちそうだ。でもお母様は事故を装ってポロリしたい世代の人間なのかな…。

 私もセレスタミナ様も、まだまだブラが必要なほど育ってないけど、カローナ様のリンゴにはブラが必要だ。八歳でこのリンゴはどうなのよ!とにかく早くブラも開発せねば!




「セレスタミナ様、カローナ様、精霊を育てましょう!」

「精霊を、えっ?」

「育てるですって?」

「簡単です。カローナ様は精霊が見えているのでしょう。カローナ様には火と水と風の精霊が付いていますが、土と光は付いていませんね」

「ええ。わたくしには土の精霊と光の精霊は見えませんわ」

「それでは、こうやって手で触れながら…、ほら、土の魔力を流して」

「こう?」

「おめでとうございます。これでこの子はあなたについてきますよ」

「えええっ?何も見えませんが…」

「ああ、そうでした…。土も光も魔力を鍛えていけば、そのうち見えますよ」


「ねえ、二人とも、ずるいわ!私にも分かるように話して!」

「セレスタミナ様は、こう、手をかざして…、今です!光の魔力を!」

「えいっ!どうかしら?」

「おめでとうございます!」

「よく分かんないけど、やったわ!」


 その後、二人に、電気と闇を除く全精霊を付けて、育て方を教えた。電気はうちの領の学校で物理を勉強してから。闇は…、今のところ私しか使えない…。フィクションでいいから何か考えないとだ。


 カローナ様は、火と水と風の魔法の天才だ。セレスタミナ様は魔法は苦手だけど、光魔法の身体強化だけは、無意識にけっこう使いこなしていた。


「カローナ様のファイヤボールは大きいですね!」

「いえ…、わたくしよりも、アンネリーゼ様のファイヤボールは小さくて青いのに、なぜあれほど物を焼き尽くすのが早いのですか…」

「それはですね…」


 炎の温度と色の関係などを教えた。やはり、私の考えたカリキュラムで物理化学を学んでほしい。




「セレスタミナ様、今日は剣のお稽古をしませんか?」

「ぜひ!」


 セレスタミナ様は、会ったときから腰に剣を携えていた。練習していて分かったけど、技や駆け引きは私より圧倒的に上だ。


「アンネリーゼ様…、私の剣の流儀を知ってるの…?まるで私の流儀と同じ動きをするし…」

「いいえ、初めてです。セレスタミナ様の剣技は、私が習った先生に比べると、かなり洗練されていますね!私もマネさせてもらいました!」

「そんな簡単にマネられると落ち込むわ…」


 アンネリーゼの相手の筋肉の動きから次の行動を予測する技は、さらに磨きがかかっていた。鎧や服で隠れていても、魔法の黒ずみと同じ原理で、筋肉の動きを読めるようになったのだ。


「わたくしはどうすればよいですか?」

「カローナ様は、光魔法の身体強化を鍛えましょう」

「光魔法ですか…」


 カローナ様は、めちゃくちゃどんくさい。箸よりも重い物を持ったことのない生粋のお嬢様だ。この世界に箸はないけど。




「セレスタミナ様、カローナ様」

「ねえ、私、もう王女じゃないのよ。様なんていらないわ」

「わたくしもとっくに公爵令嬢ではありません」

「じゃあ、セレス、カローナ」

「ふふっ。アンネ!カローナ!」


「え、えっと…、セレス…様」


 カローナはセレスタミナといつも一緒にいたが、セレスタミナのことを敬称なしで呼んだことなどなかった。


「ダメよ!」

「セレス!」

「良いわ!」


「私は?」

「アンネ!」

「はい!」

「ふふっ、私たち、姉妹ね!」


「そのことなのですが、セレスとカローナを、私の姉妹ではなく、養女にしようかと思います」

「「ええええっ?」」

「お二人をデビュタントパーティでお披露目したいのです」

「表舞台に出て大丈夫かしら…」

「大丈夫ですよ。ヒストリア王国なんて、誰も知りません」

「なるほど…」


 でも、この二人の言葉は、少しなまりが違うだけで、ロイドステラ王国の言葉とほとんど同じなんだよね。というか、メタゾールと王都の違いくらいしかない。

 数百年前に海を渡ったのだろうか。それなら、互いに存在を認識していてもいいし、遠洋に出られる船がありそうなものだけど…。


「でも、なぜわたくしたちを…?」

「ふふふ…、お二人には私の作ったドレスを着ていただきます。お二人とも、私が努力しても届かないような絶世の美女ですから、広告塔になっていただきます」


 新しいドレス…。ブラジャーとパンツをアピールするためのドレス…。どうすれば卑猥にならず女性の魅力を引き立たせることができるか、じっくり考えている。


「美女だなんてそんな…、うふふ…」

「二年間でもっと綺麗にしてみますよ」

「えへへ…」


 公爵令嬢より王女の方が崩れてるなぁ。

 私とお母様の美貌は、私の整体技術により成り立っているけど、セレスはデフォで傾国の美女だ。

 そして、カローナも全く運動していないのに、スタイル抜群だ。

 やはり遺伝子にはかなわない。

 でも、この二人を整体技術で磨いたら…。ここ数ヶ月ですでに効果が現れてきている。今後が楽しみだ!


 そんなわけで、私は二人を王城に連れて行き、元平民の養女として迎える手続きをした。こんな綺麗な子は、なかなか平民にいないと思うけどね!

 ついでに、王の寿命が尽きかけていたので、また十年延命してきた。でも今回は陞爵させてくれなかった。高い爵位は虫除けに便利なのだけど。




「アンネリーゼ様!ごきげんよう!」

「お泊まり会のご招待、ありがとうございます、ヒルダ様。シンクレア様もごきげんよう」

「ごきげんよう、アンネリーゼ様!ヒルダ様!」


 お泊まり会のためプレドール邸を訪れた。セレスとカローナも連れて。


「そちらの方々は…」

「セレスタミナ・メタゾールです」

「カローナ・メタゾールです」

「二人は、私の養女なのです」

「「ええええっ!」」

「とても綺麗な子なので、思わず拾ってきてしまいました」


 元の国に帰すとか考えないで、速攻で保護するって決めちゃったもんな。二人は私のものだ。


「拾ってきたって、猫じゃあるまいし…」

「でも、本当にアンネリーゼ様級…、いえ、それ以上に…。あっ…」

「よいのですよ。私では足下にも及びませんから」

「すねないでください!」

「「「「「うふふふ、あはははは」」」」」


 私は一番でなくてもいいよ。可愛い子を見られればそれでいい。


「ねえ、ヒルダ様とシンクレア様のことを、ヒルダとクレアと呼んでいいかしら」

「もちろん!私もセレスと呼ばせてください!それから、カローナ!…アンネ!」

「そうね、付き合い長いのに、仰々しかったですね!」


 同年代のお友達が増えて楽しいな!


 ヒルダとクレアは三年前に出会ったときと比べると成長した。

 ヒルダは頑張って大人になろうとしている、おませな女の子という感じだ。五歳の時からかなり大人びてたけどね。

 クレアは相変わらず童顔で背も低い。八歳にもなってさすがに噛んだりしないけど、言葉遣いもちょっと幼い。ポニーテールも子供らしくて可愛い。

 でも成長したなあ。もうお茶もこぼさないし、カップも割ったりしない。お漏らしもしない。たぶん。


「でもアンネ、お茶会やお食事会ならともかく、ベッドが足りないわ…」

「ベッドは持ってきましたよ」

「はぁ?」


 もともと置いてあったベッドを影収納にしまって、持参したキングサイズベッドを出した。


「何これ…、魔法なの…?こんな魔法あるんだ…」

「はい」

「アンネの魔法には初めて会ったときから驚かされっぱなしだよね」


 クレアがこぼしたお茶や割ったカップのことだ。そんなこともあったね。そんなに驚くことだったかな。闇魔法と違って誰でも使える魔法だったはず。


「同い年の女の子五人で寝るなんて初めてだわ!」

「五人で一緒、楽しいね!」


 ベッドはヒルダとクレアにも大好評だ!


「それでは失礼します…」

「ああああん……」

「えっ…、アンネ、ヒルダに何をしているの?」

「じゃあ、クレアも…、えいっ!」

「ああん…」


 ふふふ…。またついうっかりわざと消音魔法を忘れてた。けっして可愛い女の子のあえぎ声を聞きたいんだからね!


「またお泊まり会、呼んでくださいね!」

「是非!」


 ヒルダとクレアは、昨夜の記憶がおぼろげだ…。でもとても良かった…。お泊まり会をもっとやりたい!

 その後一ヶ月ごとお泊まり会を開くことになった。二回目からは二人の記憶が残るようになり、二人はますますお泊まり会を開きたがるようになった。

 ふふふ、これで二人を美しく改造すれば、広告塔が増えるぞ!

■セレスタミナ・ヒストリア(八歳)

 ヒストリア王国の第五王女。お家騒動により国を追われ逃げてきた。

 メタゾール家の養女となった。

 腰の長さの金髪。お姫様にふさわしい上等なドレス。

 剣を扱うのでそれなりに筋肉が付いている。


■カローナ・フェイナ・エッテンザム(八歳)

 ヒストリア王国、エッテンザム公爵家の次女。冤罪により勘当され、セレスタミナとともに逃げてきた。

 メタゾール家の養女となった。

 お尻を隠すほどの長さの少しウェーブのかかった銀髪。

 八歳とは思えない大きなリンゴを携える。胸もお尻も大きくてとても大人っぽい。色白で肌も綺麗。


■ヒルダ・プレドール(八歳)

 アンネリーゼの友達。大人になろうとしているおませな女の子。


■シンクレア・テルカス(八歳)

 アンネリーゼの友達。八歳になっても童顔で背が低い。ポニーテール。


■領民の船乗り


◆無人島

 メタゾール領から時速八〇キロの船で三時間。


◆ヒストリア王国

 セレスタミナとカローナの母国。ボートを漕いで来られる距離なのだろうか。

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