6 幼女伯爵
「さて、王城に参ろうか」
「はい、おとうしゃま」
先日買ったドレスをエミリーに着せてもらった。これはかなり可愛い。
前世の自分の姿は思い出せないし、もちろんドレスなんて着たことない。
そして、今の自分はまだまだ幼女だけど可愛い!素材が良いからおしゃれできるのが嬉しい。将来はお母様のような美人になるんだ。今からとても楽しみだ。
お母様のドレスは、お母様が九歳の時にお父様から贈られたドレスだ。いくら成長のために余裕を持たせたからといって、三年前のドレスは厳しい。
胸元が今にも爆発しそうだ。あまり使わないから新品に見えるけど、生地は劣化しているので、突然破けたらどうしよう。
それに、令嬢向けの可愛らしいドレスであって、婦人向けではない。十二歳の婦人というのに無理があるのだが…。
ああ、謁見するのにお母様の格好もおかしいなぁ…。でも仕立屋にお母様の着られるドレスはなかったからしかたがない。全部お父様のせいだ。
王城の敷地へは馬車で入門する。謁見の予約をしてあるので、スムーズに入門できた。
一行は謁見の間を通り過ぎて、王の寝室に通された。
「面を上げよ」
王はベッド上で身体を起こしている。白髪混じりの老人だ。六十歳くらいだろうか。
この部屋にはもう一人、四十代くらいの宰相がいる。んー、そっくりだ。息子?宰相は王より豪華な服を着ている。王は床に伏せているのだから、ごてごてしたものを着ないか。
「用件は、娘への爵位の譲渡だったな。しかし…」
「はい。本日は、私の持つ子爵位を、娘のアンネリーゼに譲るために参りました」
王に用件は伝えてある。お父様が応える。
王は考え込んでいる。そりゃ、爵位を譲る娘が幼女だなんて予定外だよね。
私が爵位を継げることを示さねばならないか。
「メタゾール子爵家が長女、アンネリーゼにございます」
初めて噛まずに言えた!ドレスをつまんで腰を低くして、カーテシーもうまくできたかな。
「ほう…」
ロイドステラの王、マイザーは驚愕した。娘に爵位を譲ると聞いていたが、現れたのは幼女だ。何の冗談かと。
しかし、この幼女の所作や物言いはどうだ。十五歳のひ孫娘にも引けを取らぬ。
「そなた、齢は?」
「二つになります」
「二歳か…」
メタゾールの娘はおかしな治療魔術を使うという噂を聞いている。
有能な魔術師には功績に応じて爵位を与えることはあるが、だからといって二歳の幼女が魔術師というのも冗談が過ぎる。
ならば試すしかないか。
「そなたに何ができる」
「陛下のお体の不調を取り除くことができます」
アンネリーゼは考えた。ベッド上の王に謁見するというのはどういうことなのか。王は何か病気なのではないかと。しかし、アンネリーゼは病気を見抜くことができるわけではない。
アンネリーゼに見える黒ずみは、筋肉の動きや姿勢から血流の悪いところが分かるという、アンネリーゼ自身のカイロプラクターとしての能力を超人化したものであって、医者が病気を診断する能力ではないのだ。
それでもアンネリーゼは王の不調の原因を推察した。老衰であると。背中全体が黒ずんでいる。内臓を動きを活発する背骨の関節の筋肉が凝り固まっている。そのため、内臓の活動が風前の灯火だ。一年もしないうちに心臓が止まるだろう。あえて病名を付けるなら、老化による心不全、臓器不全だ。
王は知っている。自分の寿命が近いことを。この世界の治療魔術は怪我を治すものであるため、治療魔術師ではこの不調を取り除けないことは分かっている。高名なポーション薬師もさじを投げた。
「それでは頼もう。我の不調を治してくれ」
「陛下!このようなわらべの戯れ言をお聞きになるのですか?」
宰相が王に助言した。
「よいのだ」
このような幼女が自分を害するなど想像できないが、先ほどからの物言いを考えれば油断ならない。
しかし自分の寿命はもう尽きる。仮に、ここで幼女にとどめを刺されるようなことがあっても悔いはない。王はそう考えていた。
「近う寄れ」
「はい。それでは、殿下のベッドに上がり、お体に触れることをお許しください」
「よかろう」
宰相や兵士は一触即発だ。何かあればすぐに刃を向けるだろう。
息子、娘への爵位の譲渡は無条件でできるけど、二歳の幼女じゃすんなりいくわけないよね。
何か功績を挙げなければ。そのためにも、ここで怯えて引き下がるわけにはいかないのだ。とアンネリーゼは考えていた。
「うつ伏せにおなりください」
「こうか?」
「それでは参ります」
「×××!」
「陛下!どうなさいましたか!」
快感の顔は、苦痛の顔に見えなくもない。宰相は心配になってしまった。
「よ、よい。続けろ」
消音の魔法は押した直後しか使っていないので、王の声は宰相に届いた。
「はい」
「×××!」
この歳になると、使わなくなって枯れてしまった筋肉がたくさんある。その付近にはだんだん血が供給されなくなって老化していくのだ。
その使われなくなった筋肉を低周波治療器の魔法で強制的に使わせると、詰まっていたものが流れ始める。
アンネリーゼは新しい治療方法を開発していた。火魔法の分子振動による加熱でお灸をするのだ。ちなみに電子レンジで猫を乾かしてはならないので、せいぜい十度や二十度加熱するだけである。
患部を暖めることで血管を拡張し、詰まっていたものを流すことができる。
それをさらに、親指で押し流す。こうして、王の血流は劇的に改善した。それによって、王の内臓、とくに心臓が活発に動き出す。
脚や手の関節も同様にほぐしていく。最後に、全身をもみほぐして終了だ。
本当は足技も使いたかったんだけど、王を踏みつけるのは気が引けたので、指と腕だけでマッサージしてしまったのだけが心残りだ。
「はぁ~…」
「陛下!」
王は顔がとろけていた。
「貴様、何をした!」
「よ、よいのだ。とても気持ちが良いのだ…。天にも昇りそうだ…」
「なりませぬ!まだ天に昇っては…」
ぐ~~…。王のおなかが鳴った。皆、音の方向を向いたが、口をつぐんだ。
「身体が軽い!腹が減った!」
「はぁ?お待ちください!急に動いてはお体に触ります」
王はベッドから出て立ち上がった。何ヶ月も寝たきりだったのでふらふらだが、活力に満ちあふれている。
ぷ~~…。王が立ち上がったときに、それは鳴り響いた。あたりに沈黙が走る。
王は代謝が活発になったのだ。ツボというのは内臓を動かす神経物質が溜まっていることもあり、押し流すことで急に内臓が動き出したりする。胃が動き出すことでおなかがぐーと鳴ったり、腸が動き出すことでおならが出たりするのだ。
アンネリーゼにとってはよく見る光景なので、笑ったりしない。他のものは笑いをこらえているようだが。
「このような格好で済まぬな。そちのおかげでまるで若返ったようじゃ。感謝する」
「身に余る光栄でございます」
あと数ヶ月で老死と思われた王は、数年分の若さを取り戻した。
「あとは、よく食べて、よく動いてください。それが調子の良い身体を作り上げます」
「分かった。そちの力、しかと見届けた。子爵位の譲渡であったな。許可しよう」
「ははっ!」
「そして、我の身体を治した功績を称えて、そちを伯爵に陞爵させる」
「ははっ!」
って、ええええっ?思わず流れで返事しちゃったけど、今とんでもないことを言われたような…。
「それでは、新たな領地を与えよう。地図を持って参れ」
「お、お待ちください。私は、今のメタゾール領だけで十分でございます」
私はメタゾール領もいらないんだけど。
「ふむ。あの土地は子爵領としても少し狭いが、さすがに伯爵領とはとても言えんな。幸い、領地の周辺には何もなかろう。周辺の地域を新たな領地として与える」
「は、はい…」
何もない土地なんていらないよ…。いや、農地にはなるか。帰りがけに買う種や苗を栽培しよう。
しかし、周辺と言われただけで、どこまでなのか全く示されてない。いったいどういうことやら。
そもそも、他の領地や王都は城壁があって、明らかにそこが領地の境界だと分かるのだけど、メタゾールには城壁も門もない。どこまでがメタゾール領なのかすら分からない…。
お父様からメタゾール子爵家のバッジをもらうのかと思ったら、新しく作り直してもらうことになった。お父様のバッジは、舟のマーク、というか家紋の周りに黄色い円が描かれていたのだが、これが子爵位を表していたらしい。そこで、私は舟のマークの周りに伯爵位を表す、緑の円が描かれたバッジをもらった。
っていうか、船のマーク、ダサいよ。
この家紋は馬車にも描いてあるのだけど、黄色い円で囲われているのだ。帰ったら緑に塗り替えなければならない。
伯爵がそれより低い子爵の黄色を表示することはそれほど問題にはならないが、逆に本来より高い身分を表示することは重罪になる。罰として爵位を下げられたとき、乗ってきた馬車には下げられる前の色を表示してあるので、帰りには馬車に乗って帰れないということが、たまにあるらしい。
というわけで、アンネリーゼは子爵になる予定が、伯爵になった。土地以外にも運営のための予算が増えるらしい。運営予算っていったって、領から国に納めている税がほんの一部戻ってくるだけだが。
ふう、すごく緊張したけど、なんとか噛まずに喋れたぞ!ミッションクリアだ!
アンネリーゼたちが帰ったあと、王は寝室で宰相である第一王子と話していた。
「あれが噂の治療魔法を使う令嬢か…」
「父上、本当にお体は大丈夫なのですか?」
「まるで十年前に戻ったようじゃ」
この世界の六十歳は、食べ物や医学の問題で、前世の人種に換算すると八十歳程度の健康年齢である。それが十歳若返って七十歳程度にはなったようだ。
しかも、血行が良くなり、臓器が働くようになったので、これからますます若返り、最終的には前世の人種の六十歳程度になる見込みである。
「若返ったということですか?」
「そうじゃな。若い頃のように元気になった」
「それは治療魔法の域を完全に超えております」
「噂では、メタゾールの領民は元気になり、生産が活発になったということであったな。意味が分かった」
「第五王子はこの情報を知っていたのでしょうかね」
「サレックスか…。あやつは目ざといからの…」
「しかし、これで第五王子はアンネリーゼ嬢に手を出しにくくなりましたね」
「ああ。ゲシュタールもそれを目論んで爵位を継がせたのであろう。しかし、それがまだ二歳の幼子だったとは…」
「はい。あの幼子の振るまいはとても二歳児とは思えません」
「それに、あの治療魔法じゃ。神でも宿っているのではあるまいか?」
「そうですね…。なのでできれば囲っておきたいところですが」
「土地はいらんと言うし、金になびくこともなさそうじゃのう。男はどうじゃ」
「二歳児は男になびかないのではないでしょうか」
「それもそうじゃな…。何か手立てを考えておこう…」
「はい」
「それと、あの者の力は口外するでないぞ」
「分かっております」
果たしてアンネリーゼがカイロプラクティックの仕事に落ち着くことができる日はやってくるのだろうか。
アンネリーゼは謁見までの十日間で王都の散策を終わらしていたので、すぐに帰路についた。
帰路では…、盗賊が増えた…。なんで…。
王都のハンターギルドでやらかしていたからである。十日もやれば目撃者もそれなりにいるというものだ。
王都でかなりのものを買い込んでいたので馬車が狭い。異次元収納でもあればいいのに…。と思ったら、それは現れた。
「アンネよ…、これはどういうことだ…」
「え、えっと…」
なんで私のしわざだと決めつけるんだ…。私は行く先々で事件起こすトラブルメーカーではない。
足の踏み場もなかった馬車の床が抜けた。一メートルくらい下に荷物が落っこちている。
馬車を止めて外から見てみる。明らかに、地面に穴が開いているようには見えない。あくまで馬車の床から下に一立方メートル程度の空間がある。
そして、アンネリーゼは気がついた。精霊から魔力が流れていることに。それも今まで用途の分からなかった黒い精霊から黒の魔力が流れている。
光魔法があるくらいだから、この黒い魔力による魔法を闇魔法、黒い精霊を闇の精霊と名付けよう。
異次元収納はものの影を入り口にして、異次元空間への扉を開くという魔法だった。よし、影収納と名付けよう。
異次元空間はいくらでも広げられるし、いくつでもスペースを分けられるけど、体積に応じて維持に魔力を消費するみたいで、一立方メートルを超えると私の魔力回復速度を超えてしまい、そのうち魔力が尽きて異次元空間に入れたものが出てきてしまう。
また、扉を開きっぱなしなのも、扉の大きさに応じて魔力を消費するし、扉を開いたまま移動させるのにも魔力を消費するようだ。
闇の魔力に限ったことではないが、魔力が空の状態から全回復するのには、起きているときは十二時間、寝ているときは六時間かかる。つまり、魔力の回復速度は総量に比例する。起きているときの回復速度の範囲内で消費し続ければ、半永久的に魔法を持続させられるのだ。
用途も分からずに闇の精霊も育てていたんだけど、もっと育てなきゃなぁ。それに、他の闇魔法も探さなきゃだ。やらなきゃいけないことがいっぱいだ。
「買ったものをここに入れていいのですか?」
「はい。ここならものがいっぱい入りましゅ。それに重くならないので、馬車も速くはちれましゅ」
「お嬢様、また可愛らしいしゃべり方に戻ってくださいましたね」
「わざとじゃないでしゅ。それに、噛まないようにしゅるにはちゅかれるんでしゅよ…」
とりあえず、一立方メートルでもかなりのものを詰め込める。帰りの町や村で、作物の種や苗をたくさん買いこんだ。
余計に詰め込めるようになったら、途中でお金が足りなくなるほど買い込んでしまったので、それぞれの町のハンターギルドで、ハンターたちを指圧してお金を稼いだ。
というか、ハンターギルドって各町にあるんだね。ないのはうちの領くらいだ…。
帰ったらハンターギルドを作ろうと思ったけど、うちの領の周辺には魔物が出ないので、ハンターの需要がないらしい…。
買い物以外にも、町並みや産業など、いろいろ見て回った。王都がいちばんだったけど、どこの町もうちの領に比べると文化が進んでいるから…。
ハンターギルドでお金を稼いだことによって、だいぶ余裕ができた。これなら…、
「あら、アンネちゃん、またドレスを買うの?」
「あい」
王都から少し離れた町で仕立屋に入った。
「いらっしゃいませ」
「十二ちゃいくらいの中古のどれしゅ、ありましゅか」
「この町の伯爵様のご令嬢が十四歳のときに着ていたというドレスならございますが…」
「しょれだ!」
「こちらになります」
「おかあしゃま、試着してみてくだしゃい」
「ええ?私?えっ?もしかしたらドレスを買ってくれるの?」
「そうれしゅ」
「アンネちゃん…、ううぅ…」
お母様…、ちんちくりんなドレスしかなくて、あまりにも可哀想なので…。
ほんとうは謁見の前に買ってあげたかったけど、王都の仕立屋には置いてなかったのでしかたがない。
お母様は顔を潤ませて喜んでいる。そんなに嬉しいか…。嬉しいよね…。
「奥様…」
「丈が少し長いわ。ウェストはもっと締めて。胸はちょっときついわ」
「かしこまりました」
ふふふ、お母様は私が育てた。そこらの寸胴な十四歳児の伯爵令嬢のドレスは、ボンキュッボンな十二歳児のお母様にはそのままでは入らないようだ。
「ちょうど良いわ」
「奥様…、大変お綺麗です…」
「おかあしゃま、可愛い」
「ありがとう…、アンネちゃん…」
「あい、金貨三十枚れしゅ」
「…、はい、締めて三十枚。お買い上げありがとうございます」
「アンネちゃん…、よかったの?」
「ひちゅような分はのこちてあいましゅ」
「アンネちゃん…、ほんとうにありがとう!」
お母様は私を抱き上げて、くるりと舞った。お母様…、ほんとうに可愛いよ…。私、お母様と結婚してもいいよ!
これは初任給で親孝行ってやつだ!貴族の給料じゃないけどね!
三百万円もしたけど、可愛いお母様の笑顔のためだ。安いもんだ。
婦人用じゃなくて令嬢用のドレスだけど、お母様は十二歳の可愛い少女なので可愛いドレスのほうがいい。
十四歳なら結婚する人もそれなりにいるだろうから、婦人用のドレスがあってもおかしくないけど、ここには可愛いのしかないから、それでいいのだ。
「おかあしゃまは綺麗なのに、あんなちんちくりんじゃ可哀想れす。謁見の前に買えなくてごめんなしゃい…」
「アンネちゃんは悪くないわ。ゲシュタールったら、結婚したときに一着買ってくれただけで、そのあと何もくれないのよ」
「甲斐性なしでしゅね」
「まったくよ!」
ちなみに女性の衣服専門店なので、ゲシュタールは外で待ちぼうけである。今頃くしゃみしていることだろう。
お母様のドレスを脱がせて、馬車の影収納にしまった。容量ギリギリだ。でも、良い買い物をした。王都の流行よりは少し古めだけど勘弁してね。
「それではここらで昼食にしましょう」
行きと同じように、街道を少しそれて昼食のための休憩だ。
まずいパンや干し肉を食べてしばらくすると…、
「お嬢様、どちらへ行かれるのですか?」
「もう…。お花ちゅみ!」
いちいち聞かないでほしい。見守ってくれるなら黙って付いてきてほしい。
ああ、私は二歳の幼女だから、ふらふらとどっかに行ってしまうと思われているのかな。
土魔法で便器を作って…。はぁ~…。このまま奈落の底にぼっとんできればいいのに。奈落…。影収納!って、他の荷物にうんちが付いてしまいそうだ…。いや待てよ。影収納っていくつでも作れるじゃん!ぼっとん専用影収納…。でも、うっかり解除したり、魔力を切らしたら…。中身が出てきて大変なことに…。ダメだ…。やめておこう…。
結局、洋式便器のような岩は増え続けるのであった。
道草食っていたから、領に着くまでに二十五日かかった。はぁ…、私はただみんなの背中を押していたいだけなのに、なんで領地なんか…。
帰ったらすぐ、新たな家庭教師を雇った。魔道具師だ。お父様が魔道具というものを知らなかったので、魔道具師というのも教師として挙がっていなかった。メタゾール家は原始人にもほどがある。
帰り道すがら、他にもまだ知らない学問があるかも知れない思いながら町を見て回ったけど、とりあえず魔道具以外に勉強したいことはなかった。
ほんとうは私は領地運営なんかしたくないので、優秀な人に全部任せたい。まずは私が勉強をして、必要な知識を選別して、領民に学ばせたい。前世の一般教養程度はタダ同然で与えたい。
この世界では、知識を広めようという考えがない。秘匿としておいた方が、自分だけ良い思いができるからね。お偉いさんはこんなんばっかだ。
何はともあれ、私はまず、みんなに魔法を教えたい。建築にもポーションにも魔法が必要だ。
まずはみんなに魔力を高めてもらいたい。魔力を高めるには魔法を使って魔力を消費をするのが基本だ。筋トレみたいなもんだ。でも、用もないのに魔法を使い続けるのは難しい。
今回の遠征で分かったけど、私が魔力をあげている精霊は私に付いてくる。魔力で餌付けされて、ペットみたいになってるのかな。
他にも小さな精霊はいっぱいいるんだけど、魔力の高い者にしか精霊は見えないらしくて、精霊が見えるのは私だけみたいだ。でも、精霊に魔力を与えるのは、いちばん簡単な魔力トレーニングなんだよね。
そこで、みんなに精霊を付けてあげることにした。
「おかあしゃま、こっちでしゅ」
「こうかしら?」
「そこで、光の魔力を流してみてくだしゃい」
「あああ…、はぁはぁ…」
「魔力の流ししゅぎでしゅかね」
「そうみたいね…」
「じゃあ今度はこっちで火の魔力でしゅ」
「ええ…、えい!はぁはぁ…」
精霊のところに手を掲げさせて、魔力を流させた。よし!餌付け成功!
「これでじぇんぶの精霊がちゅきました。あとは、手を掲げて魔力を流すと、精霊が寄ってきて魔力を吸ってくれましゅ。毎晩寝る前に、すべてのぞくしぇいの魔力を気絶寸前まで出し尽くしてくだしゃいね」
「分かったわ」
残念ながら、電気の精霊と闇の精霊は付けられなかった。電気とか異次元の概念を理解できていないせいなのか、電気の魔力と闇の魔力の存在を認識できないみたいだ。
お母様に続いてお父様、エミリー、ダズン、他の使用人全員に精霊を付けて、毎晩魔力を精霊に与え尽くしてから寝るように言いつけた。
そして、領民。だいたいみんな十日に一度の周期で治療院に来てくれるので、それ乗じて精霊を付けてあげて、魔力訓練を言いつけた。領主命令は絶対なのだ。だけど、みんな快く受け入れてくれた。
赤ん坊には火と土の精霊を付けられなかった。電気と同じように、イメージできないものの魔力を認識できないみたいだ。むしろ、赤ん坊に火を使わせたら火事になりかねない。
こうして領民みんなの魔力を底上げしつつ、知識を付けて開発に役立ててもらうために、学校を作った。私、箱物を作るのだけは得意だよ。家具はともかく、建材がタダだし、土地もスカスカだからね。
教師は、私が門前払いした読み書きや算術の先生も呼び戻した。礼儀作法も貴族相手の商人には役に立つだろうし雇った。もちろん、各科目一人だけじゃ三百人もの領民に教えられないから、何人か同じ科目の教師を雇った。
まずは、私の知識の進んでいる学問については、私が教師を教育した。数学や理科などだ。
ほんらいは教師というのはいわゆる家庭教師だ。貴族、または裕福な商人の跡継ぎなどを一対一で指導するものだ。前世の学校みたいに何十人も相手に教えるなんてのはどの教師も初めてだ。まずは、私が率先して教師をやって、教え方というのを教師に覚えてもらった。
三歳以上の領民は強制入学で、学費は無料。毎日最低一時間、最大で六時間のあいだで授業を受けられる。ろくな産業がないので、一時間くらい拘束しても問題ない。というか、私がやれと言えば、喜んでやってくれる。みんな六時間フルで勉強していく。ちょっと狂信的で怖い。
魔道具とポーション薬学は、私が一通り学んだあと、前世の電気回路や化学の知識を組み合わせて新しい体系の学問にした。魔道具師とポーション薬師も私の与えた知識に関心を示して喜んで協力してくれた。
魔道具といえば王都の家電屋で買ってきたやつがあった。暖房、扇風機、ガスコンロ。ガスコンロはうちの料理人にプレゼント。是非料理の幅を広げてほしい。
メタゾールは四季による気温の変化が穏やか、摂氏十五度から二十五度くらいでしか変化しないから、私はあまり寒いとも暑いとも思ったことがない。だから暖房はいらないんだけどね。どちらかというと、魔道具の勉強のために分解したくて買ってきたのだ。
家人や領民に魔力トレーニングを課してからしばらくして、魔力検査なるものをやった。
精霊を付けたときに測っておいた魔力に対して、どれくらい魔力が向上しているか調べたところ、若い者ほど魔力の上昇率が大きく、精霊の成長率も高い。
だが、子供は辛いトレーニングなどしないものである。筋肉を使い続けて負荷をかけることが筋肉の発達に繋がると認識できる子供などなかなかいない。
魔力が尽きかけてくると、疲労感や不快感があるため、子供はなかなかトレーニングを続けることができない。この点においては、アンネリーゼのように乳児のときから魔力を使い果たして気絶しているような者は不快感が少ないらしいのだが、アンネリーゼのように言葉を理解する乳児は他に存在しないので、子供の成長は偏りが大きかった。
お母様とお父様はちょっと魔力を鍛えたら、精霊が見えるようになった。見える精霊は、魔力を鍛えた属性の分だけだ。火と水と風は早いうちに見えるようになったけど、光は若干時間がかかった。土はまだ全然だ。土魔法というのは貴族に不人気らしい。
電気に至っては、学校で電気の勉強を学ばせてから初めて魔力が発現したようなので、なかなか精霊が見えるようにならない。
魔力は遺伝するというのはよく知られている。両親の精霊を見る能力は、普通の視覚に埋もれてしまってほとんど見えない程度だったが、少し鍛えるだけで、十分精霊が見えるようになった。リンダもゲシュタールも、それなりの魔力の持ち主だったのだ。
アンネリーゼが胎児として生まれたばかりのときも同程度の魔力だったが、視覚がなかったので精霊がよく見えたのである。精霊を見る力と普通の視覚は干渉しないといっても、視覚ばかりに頼っていると、精霊を見る力に気がつかないのである。
「アンネちゃん…、あなたの光の精霊はすごいわね…」
「そうだな。私たちの背より大きい」
精霊は最初、ピンポン球くらいだ。でも私の光の精霊は直径二メートルくらいある。というか邪魔だ。普通の視覚とは別なのが幸いである。他の属性はバスケットボールくらいだ。
「私は生まれる前から精霊を鍛えていたようでしゅ」
「生まれる前から…。それがおなかの中で放出していた魔力ね」
「そうみたいでしゅ」
そして、忘れた頃にそれはやってきた…。
「メタゾール家の長女はいるか!」
こいつはプロフ伯爵家三男、ロキシンだ。エミリーを殺しかけたやつ。忘れもしない。
私は剣を取った。同じ轍は踏まない。
後ろにはお父様とお母様もいる。大丈夫。私はみんなを守る。
二歳の幼女に守られている親と使用人。かなり絵づらがおかしいが、アンネリーゼが剣術を鍛えていることをみんな知っているので、この状況に誰も疑問にいだかない。
「メタゾール家には長女はおりません。私がアンネリーゼ・メタゾール伯爵ですが、何のご用ですか?」
「またおまえか。長女を用意しておけと言ったのに、理解できなかったようだな。やむを得まい。まずはおまえを無礼討ちにしてやる」
私は学んだ。無礼討ちは、無礼を働いた平民を貴族が罰することだ。そして、貴族の息子というのは貴族のくくりではあるが、貴族の権限を持っていない。貴族の予備軍だ。息子に平民を罰する権限はない。
ただし、貴族の息子に対する無礼は親である貴族に対する無礼と考えることができるので、処罰の対象となる場合が多い。この辺りのことを理解していない者が多すぎる。
そして、私はお父様から爵位を受け継ぎ、さらに陞爵して伯爵となった。つまり、私が貴族の権限を持っていても、ロキシン権限を持っていないのである。私がこの狼藉者を罰する権限を持っているのである。
法律的にはそれでよいのだが、実際のところ、このアホを殺してしまうと、プロフ伯爵家から様々な手段で攻撃を受ける可能性がある。ここからは法律の問題ではない。政界で圧力を受けたり、戦争をしかけられる可能性がある。
それに…、私は前世の倫理観から、人を殺すのをためらっている。ここは気に食わない者を平気で殺すことが許されているような世界であり、王都に行くだけでも死の危険があるような世界である。
でも、私は刃引きの剣を持っている。今日はロキシンが剣を抜いたら、殺さずに再起不能にしてやる。
そして、早くもその機会は訪れた。
ロキシンは剣を…抜くための筋肉を動かし始める。遅いんだよ。次の動作が丸わかりだ。
私はロキシンの剣が鞘から完全に離れたのを見計らって、ロキシンの腰に剣を当て、剣越しに電気の魔法で高圧電流を流した。
「あぎゃああ」
ロキシンは崩れ落ちた。気絶させてはいない。だがロキシンは立ち上がれない。なぜなら、私は上半身から下半身に向かう背骨の重要な関節の筋肉を、電撃で無理矢理に酷使させて、血管を詰まらせた。これによって、上半身から下半身への神経物質の流れを遮断した。つまり、下半身不随にしてやった。まあ、雷に打たれて身体の一部が麻痺するのと同じだよ。
逆にいうと、ここを押して詰まっているものを流してやれば、下半身不随を治せる可能性もある。だけど、この状態のまま放っておくと、下半身の筋肉は衰えて、だんだんリハビリが困難になる。
「あ、脚が動かない…。何をした!」
「下半身を麻痺させました」
「なん…だと…」
はぁ…、こういうことをしに来る前におしっこは済ませておいてほしい。下半身不随になったからお漏らししている。
「貴族の権限を持たないあなたは剣を抜き、メタゾール伯爵である私を害そうとしました。よって、私はあなたを罰しました」
「おまえが…伯爵だ…と?」
「ええ。先日父から爵位を譲渡された後、陞爵しましたよ。これが証拠です」
この紋章が目に入らんかー!ってやつだ。でも緑の円の中に船を描いたこのマークはとてもかっこ悪い。
「バカな…。おまえのようなガキが…」
「こういうことはあなたが爵位を継がないとできないんですよ。そして、三男のあなたはその可能性のかけらもないのでしょう。もう少し勉強した方がよいですよ。もっとも、もはや勉強の機会は訪れませんがね」
「くそっ。おまえら、なんとかしろ!」
ロキシンはお抱えの兵士二名に向かって命じた。しかし、兵士は怯えていて動く様子がない。無理もない。この幼女は、主人が剣を抜いたあとに剣を抜いたにもかかわらず、主人をたった一撃で伸したのだ。自分たちでかなうはずがない。
私はロキシンの這っている床に影収納の扉を開いて、ロキシンを影収納に落とした。
「うわあああ」
「あなたたち二人はこれを持って帰って、プロフ伯爵に報告しなさい」
ロキシンの罪状を記した手紙を渡した。エミリーを切ったことも書いてあるよ。
「破いてウソの報告をしたら、首はありませんよ」
「「ひっ…」」
「さっさと帰ってください」
「「はいっ」」
兵士二人は慌てて去っていった。
はぁ…。こんなやつに食料を与えたくないんだけど、兵士がプロフ領に戻ってまたやってくるまでに、最短六ヶ月かかるんだよね。生かしておかないと人質にならないし、殺しちゃうと報復されそうだから、なんか喰わせないとなぁ…。
プロフ伯爵領って、領民が一五〇〇人もいて、そのうち兵士が何人か知らないけど、攻め込まれたらうちなんてひとたまりもない。
こんなお漏らしくんのために影収納を維持するのはもったいないので、こいつのための牢を地下に作ろう。私、箱物を作るのは得意だよ。
水洗じゃないけど、うちの下水に通じてる便器は用意してあげよう。下半身不随だから用を足せるか知らないけど。
はぁ…。これってまた忘れた頃になんかやってくるよね。そういや第五王子ってどうなったのかな。さすがに王子に同じやり方は通用しなそうだ。私が爵位を得たことって、第五王子への牽制になるのかな。面倒ごとばかりで嫌になっちゃう。
いつになったらカイロプラクティックを本業にできるのかなぁ。
王都や途中の街でハンターを治療できたのは楽しかったなぁ。やっぱり、ハンターが必要になるような魔物の出る領地をもらった方がよかったか?いや危険はないにこしたことないよねえ。
領地の発展と領民の教育を進めていて、忘れていた。案の定それはやってきた。
「失礼します!メタゾール伯爵はいらっしゃいますか?」
「またあなたたちですか…」
やってきたのは兵士二名。以前来たやつらだ。
「ひっ…、プロフ伯爵からの手紙をお持ちしました!」
「はぁ」
今回はおかしな人は来ていないようだ。
封を開けてみると…。ロキシンのことはこちらの裁量に委ねると…。見捨てたか。ボンクラだしね。いらない子だったんだろう。子が子なら親も親。機会があれば簡単に子を捨ててしまう。酷い世界だ。
ほんとうは賠償金や餌代を請求したいところだけど、領地規模の違いもあるし、これで済んでよかったか…。
うちはまだまだ発展し始めるどころか、発展のための人材を育て始めたばかり。吹けば飛ぶような伯爵領だ。大事にならずに済んでよかったよ…。
私はロキシンを閉じ込めた地下牢に行き、無言でロキシンの下の床に影収納への扉を開き、ロキシンを影収納に落とした。そして、領から少し離れた魔物の出る森へ行き、馬車の影からロキシンを取り出して、ロキシンを置き去りにして森を去った。
下半身が動かず、痩せこけて体力もないロキシンがどうなったかは知らない。
■マイザー・ロイドステラ(六十歳)
ロイドステラ王国の王。
この世界の人間の平均寿命は六十歳。老死しかけのところをアンネリーゼに若返らせてもらった。
■宰相(四十代)
王の息子かもしれない。
■魔道具の家庭教師
■ロキシン・プロフ
アンネリーゼに無礼を働いた罪で、下半身不随にされ、魔物の住む森に放置された。
■プロフ家の兵士二名