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5 カルチャーショック

 一ヶ月後、私の生活は勉強だらけになってしまった。

 治療院は週に一日、四時間だけ開くことにした。はっきりいって私の趣味の時間だ。前世では毎日十時間くらいやってたのになぁ。規模を小さくして目立たないようにやるしかない。

 あーあ、私はただみんなの背中を押していたいだけだったのになぁ。どうしてこうなった。



 しかし、雇われた教師のうち、一部はすぐにお役御免となった。


 読み書きの教師は憤慨した。教える対象が二歳児とはどういうことだ!読み書きなど覚えられるワケないと思っていたら、この二歳児は一部の語彙は足りないが、まだ口も回ってないが、まるで大人のように話すし、読み書きもすでにほとんどできるではないか。

 早々、読み書きの教師の役目は終わった。やはり、憤慨して去っていった。


 算術の教師は門前払いされた。教えるつもりが、逆に教えられてしまった。当たり前だ。この世界の算術は、小学三年生レベルだ。四則演算に毛が生えた程度だ。

 アンネリーゼは前世の学歴を覚えていないが、少なくとも高校数学は終わらしている。


 魔術の教師は、まず、アンネリーゼの魔力の高さに目をむいた。こんなに魔力の高い者は見たことがない。それにもかかわらず、魔法の基礎知識や生活魔法、それからファイヤボールなどの、基本的な攻撃魔法をほとんど知らなかった。だが、少し教えるとすぐに理解してしまった。

 メタゾール子爵家の人脈で雇えるような教師では、早々役目を終えてしまった。


 礼儀作法の教師は、アンネリーゼの姿勢の良さに驚いた。とても二歳児の姿勢とは思えない。良い姿勢が健康を作り上げるのだ。それは自然と人間にとって美しく見える。

 お手本を見せた所作やダンスはすぐに覚えてしまう。アンネリーゼは相手の動作をまねるのではない。筋肉の使う手順を覚えるのだ。結果的に、相手の動きを完璧にまねることができる。

 おかげで、教えることなど早々なくなってしまった。


 以上、四人の教師が一ヶ月と経たずにお役御免となった。



 一方で残った教師もいる。


 ポーション薬学は化学に近いが、魔力を流す行程がある。それって電気分解みたいなものかな?

 魔法を帯びた素材ある。それって原子番号と違う概念の物質?それとも魔力が化合している?

 他にも、魔物の角や爪を使った漢方薬のようなものもある。ってか魔物って何?思わぬところで生物の勉強ができそうだ。

 ポーション薬学は楽しそうだ!


 剣術は…、剣術?二歳の、しかも娘に剣術とはこれいかに…。呼ばれた教師はなんの冗談かと思ってやってきたが、その考えをすぐに改めた。剣と同じ重さに仕立てた木刀を幼女が軽々と振り回しているのだ。

 なぜならアンネリーゼは光の精霊の加護で、ゴリラ並みの力が出せるのだから。光魔法に身体強化があることは知られている。かくいう剣術の教師も、それなりに身体強化を使いこなしている。しかし、それを二歳の幼女が使いこなすとは、いったいどういうことなのか。

 筋も良い。教えたことはすぐ覚える。アンネリーゼは相手の筋肉の動きをまねることができるからだ。さらに、相手の筋肉の動きから、次の行動を予測できるため、常に一手先を読んだ動きをする。教師は心躍った。

 しかし、幼女相手に本気を出していいものか。どうしても手加減しがちだったが、あるとき誤って、本気の力で木刀を腕に当ててしまった。幼女の細腕を確実に骨折させてしまったと思ったのだが、幼女はケロッとしている。

 これも光の精霊の加護によるものである。もちろん、本人はそれを認識していない。身体を丈夫にする魔法も知られており、戦士の間ではよく使われる。しかし、これまたどうして二歳の幼女がそれを使いこなしているのやら。

 その後も恐る恐る何カ所か当ててみたが、幼女は痛がる様子がない。教師は存分に剣を振るい、技を伝授できるようになった。



 残りは、前世でも嫌いだった政治、経済、地理、歴史…、つまり社会科。まあ、ゆっくりやっていこう…。アンネリーゼはうなだれた。




「アンネよ…。私はおまえに爵位を譲る」

「それは前に聞きまちたが…」

「ではロイドステラの王都へ行こう」


 ロイドステラ。それがこの国の名前だ。地理の授業と歴史の授業で習った。


「はぁ?今しゅぐでしゅか?」

「もはや私よりおまえの方が知識は上だ。算術や作法など、私が根を上げたものを一瞬で終わらせてしまった…。おまえはなぜ、あれだけ早く計算ができるのだ…」


 二歳児の知識が上ってどういうことなのやら…。そりゃこの世界の者に私が理系の学問で負けるとは思えないけど、地理とか歴史とか関係ないよね?

 お父様は十六歳だけど、この世界では義務教育もないしなぁ。


「いえ…、肝心なしぇいじやけいじゃいはまだまだこれからでしゅが…」

「それらも私が一ヶ月で諦めたものだ」

「えええ…?諦めないでくだしゃい。そんなので当主がちゅとまるんでしゅか?」

「私はもともと爵位を継ぐ予定ではなかった。四年前に父と兄が死んで爵位を継いでから、ろくに領を発展させられずにいたんだ。それをあっさりとおまえが発展させたんだぞ」

「これは発展というのでしゅかね…」


 治療院の収入など微々たるものなのだが、領民が元気になったおかげで、一人当たりの税収が格段に上がったのだ。


「爵位には利点もあるぞ。第五王子や伯爵家三男なんぞには嫁がなくてよくなる。もしおまえを手に入れようと思ったら、メタゾール子爵家に婿養子に入らなければいけなくなる。そうすると、婿よりもおまえの方が立場は上になるぞ」

「しょうだとしてもですね、婿をむげにあちゅかうと、本家からあちゅりょくがかかるでしょう」

「それもそうか…」


 うーん、お父様は人間関係に疎すぎる。個人経営のお店をやってた私だってそれくらい分かる。


「アンネちゃん、私からもお願いするわぁ」

「おかあしゃま…」

「私はもともと貴族ではなく、商家の出なの。私たち、二人とも貴族の勉強なんてしてないのよ」


 そうだったんだ…。貴族って貴族と結婚しなくてもいいのか…。

 じゃあ、私が着ているワンピースは、お母様が商家に住んでいた頃のお古?


「いいでしょう。おとうしゃまとおかあしゃまがそこまでおっしゃるのなら、私はこの領を発展させてみたいと思いましゅ」

「ほんとうか?」

「ほんとうなの?」

「ええ。でも、おとうしゃまに楽はさしぇませんよ。おとうしゃまの経験も頼りにしていましゅからね」

「ああ、もちろんだ」


「アンネリーゼお嬢様の治めるメタゾール領を見てみたいです!」

「エミリー、あなたもてちゅだってね」

「もちろんです!」


 そのとき、この場にいる誰もが気が付いていなかった。まだ言葉もままならない二歳児の当主など、いまだかつて存在しなかったことなど。




「おかあしゃま…、一緒に来てほちいれしゅ…」

「あら、どうして?」

「その…、お母様のお体がちんぱいで…」

「そ、そうね。私も行くわ」

「はい!」


 お母様は二ヶ月の旅で身体がバキバキになっていた。ほんとうに心配なんだよ。うん。お母様も何やらはっと気が付いた様子で、すぐに同意した。


「では行ってきましゅ」

「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 王都に行くのは、お父様とお母様と私。お父様の執事兼御者のダズン。そしてメイドのエミリー。

 馬車はおんぼろだが、一応子爵家の紋章が付いている。今まで知らなかったが、お父様はこの紋章のバッジを服に付けていて、これがメタゾール子爵である証であるらしい。でもこの紋章…、黄色の円の中にカヌーみたいな船のマークなんだけどダサい。

 結局、屋敷の者は誰も、二歳の幼女が片道一ヶ月の旅をできることに疑問を抱かなかった。


「お嬢様、窓から顔を出すと危ないですよ」

「見てないと街道整備できないから」

「えええ?」

「土魔法でしゅよ。うちの領地は全部やってありましゅ」

「そんなに魔力を使って大丈夫なんですか?」

「整地だけなら大丈夫でしゅ」


「そう言われれば、馬車があまり揺れないな」

「でしょう」


 私はメタゾール領を出た途端に、あまりの道の悪さに驚愕した。この世界の道というのは、雨のあとに人や馬車が踏み荒らした、でこぼこの道なのだ。

 そこで、街道を土魔法で整地しながら進むことにした。これでだいぶマシになった。道が良いから、馬車の速度も上げられるはず。


 馬の前を整地しながら前方を見ていると、槍や斧を構えた男が四人…。


「旦那様、盗賊です!」

「なんだと!」


 御者をやっているダズンが前方の盗賊に気がついた。

 マジか…。でも攻撃魔法を覚えた私に隙はない。


「フリーズアロー!」


 ほんとうは呪文を叫ぶ必要はない。教師に叫べって言われたから叫んだけど、実際のところイメージするだけでよい。でも、イメージが苦手な人は呪文を唱えた方がいいようだ。

 私は四本の指先それぞれに氷の矢を生成して、盗賊それぞれに向けて放つ。狙いを定める必要はない。代わりに、盗賊に矢が命中するさまをイメージするのだ。そうすると、魔法はイメージどおりの結果を生む。

 足止めできればいいから、膝の関節に放つ。念のためもう四発、今度は足首の関節を狙う。


「「「「ぎゃああ」」」」


 八本の矢はイメージどおりに命中。盗賊は崩れ落ちた。膝と足首の関節の筋肉を傷つけたから、しばらく立てないし、治ってもリハビリしないと生活できないはず。そして、放置しておくと全身の血流が悪くなって、虚弱体質になっていく。二度と盗賊稼業には復帰できないはず。

 それでも寝転んで馬車の進路を塞いでいるので、土魔法で地面を盛り上がらせて、道の脇に盗賊を転がした。そして道を平らに戻す。かなり離れたところの土を操作したから、魔力消費が大きかった。

 馬車は何事もなかったかのように盗賊の側を通過した。


 攻撃魔法を覚えたとはいったけど、実は教えてもらった魔法ではない。

 水魔法の攻撃魔法はウォーターボールだ。水の塊なんて当たってもたいして痛くない。

 だから、水を集めて分子振動を遅くして氷にして細くした。この世界、というかこの国は冬でも十五度くらいあるので、氷はないし、雪もない。水魔法でものを冷やせるというのは知られていないようだ。


「ふう…、お嬢様のおかげで助かりました」

「おとうしゃまが魔法の教師をつけてくれたおかげでしゅ」


 光の精霊ほどではないとはいえ、他の属性の精霊もかなりサポートしてくれる。そうでなければ、四本の氷の矢を別々の場所に命中させるなどできない。




 一時間ほど進んで、街道を少しそれてから昼の休憩に入った。


「お嬢様、馬の後ろは危ないです。蹴ることがありますよ」

「たぶん大丈夫」


 私は人体だけでなく、哺乳類の構造もある程度理解できる。それに、疲れのたまったところが黒ずんで見えるので、どんな動物でも疲労を取ってあげられる。

 黒ずんだところを押してあげたら、とても気持ちよかったみたいで、馬と仲良くなれた。前世で犬をマッサージしてあげたらよくなついたのを思い出した。動物はスキンシップに敏感だ。


「お嬢様は動物にも愛されるのですね」

「ああ、アンネはすべての者に癒やしを与える。そしてすべての者はアンネを愛するのだ」


 お父様、なんか適当なことを言っていますが、私はそんな聖女のような人間ではないですよ。



 執事のダズンは、先ほどの盗賊騒ぎで冷や汗をかき、水筒の水を飲み干していた。


「あ、おみじゅなら入れましゅよ。貸してくだしゃい」

「あ、ありがとうございます、お嬢様」


 遠征では水は多めに持ち歩くものだが、毎日宿に泊まる予定なので、そこまで多くは持ち歩いていなかった。それに、メイドや執事は全員、毎日コップ一杯の水を出す魔法くらいは使えるのだ。

 それでも、水筒を満たすほどの水を出せる者はなかなかいないのだ。


 しかし、遠征中の昼食…。干し肉と、水で戻したしょっぱくて堅いパン。屋敷のご飯よりも酷い…。食料事情を改善しなきゃなぁ。


「おかあしゃま…、おっぱい…」

「いいわよ」


 お母様を馬車に連れ込んだ。別に母乳が欲しくて連れてきたわけじゃないんだからね!嘘です…。また二ヶ月飲まなかったら、二度と出なくなっちゃう…。

 いいんだよ。私は母乳をもらう。お母様は気持ちいい。ウィンウィンだよ!

 私はまだ二歳。お母様に抱かれて母乳をもらっている。でもそろそろ抱っこはきついかも…。私は羞恥心を捨てたからいいんだけど、お母様の手がぷるぷるいってる。



「お嬢様、どこに行かれるのですか。一人は危ないです」

「お花ちゅみでしゅ」


 アンネリーゼの光の精霊による筋力強化は、尿を我慢するための筋肉なども対象なので、アンネリーゼはとても二歳とは思えない時間、放尿を我慢できる。だからといって、あまり貯めておくのも身体によくない。


 私がおしっこに行こうとしたら、エミリーに呼び止められた。見守ってくれるのは嬉しいけど、じっと見られているのは女どうしでもどうなのかと思う。

 だっこされるのは恥ずかしくないけど、おしっこをしてるのを見られるのは恥ずかしいなぁ…。でも見てないと護衛にならないしねえ。


 ふー…、すっきりっ。これ以上我慢すると、おなかが痛くなっていたかもしれない。


 でも、前世では、こんなふうに野外でおしっこなんてしたことないよ…。ここには拭くための紙もないし。どうしよう、このままじゃションベン臭いガキだ…。

 うわっ…、食べたら大の方をしたくなってきた…。女の子が野ぐそとかどうなの…。

 ちなみに、屋敷では布で拭いていたよ。その布を洗ってくれるのはエミリーだけど…。ごめん、エミリー…。せっかくおしめが取れたのに、いつまでも汚いものばっか洗わせて…。

 でも、大人は誰もお尻を拭いていないんだよね…。みんなどうやってるの?教えてよ。ってか、私にトイレトレーニングしてよ!

 うぅ…、ここは原始時代なんだ。きっとガキだけじゃなくて大人もションベン臭くてうんこまみれなのが普通なんだ…。

 ってそんなの無理に決まってるじゃん!


 まず、土魔法で洋式便座を作ります。

 続いて、用を足します。はぁ~…。

 そして、温水魔法で洗浄!

 それから温風魔法で乾燥!ぎゃー、臭い匂いが舞い上がってきた。先に土魔法で臭いものに蓋をするんだった!


「お嬢様…、それはいったい…」

「乙女のひみちゅでしゅ」

「はぁ?」


 本物の美人はトイレに行かないものだ。だから私は美人になるんだ!

 トイレに行かずに排便と排尿をする方法……。ダメだ…。何か良い方法を考えなければ…。とりあえず、今回の旅では我慢だ…。


 このあとの道では、アンネリーゼが休憩で立ち寄ったところに、しばしば洋式便器のような岩ができていたという。




 街道に戻って進んでいると…、


「旦那様!また盗賊です!」

「またか!」


 私は無言でアイスアローを放った。やっぱり呪文っていらないよねえ。そして崩れ落ちた盗賊を土魔法で端に追いやった。


「旦那様!」

「またか!」


 はぁ…。なんか多いよ。まだ一泊もしてないんだけど。同じ要領で追い払ったよ…。


「今日は予定よりかなり進んだな。今日はこの町に泊まる」

「あい」


 街道整備はもちろん、馬も元気にしてあげたので、普通なら信じられないスピードで馬車は走っていた。

 どうやら二倍以上進んで、領地を二つ飛ばしたらしい。


 この領地には城壁があって、入るのに門で受付をした。メタゾールには城壁も門もない。いったいどういうこと。


「わー、メタゾール領より立派な建物でしゅね!」

「そうね」


 土色の直方体には変わりないのだけど、角に装飾があったりする。それに二階建ての建物もある。


 宿屋はなかなかのたたずまいだ。貴族向けかな?と思ったら、普通に平民がいっぱい泊まっていた。ありゃ?

 辺りを見回すと、同程度の建物がけっこうある。あれ…、うちの屋敷よりも良いんじゃない?

 もしかしてうちって、他の領の領民よりも生活水準低いのでは?


「おとうしゃまは他の領も見たことありましゅよね」

「ああ」

「みんなこんな綺麗な建物ばかりでしゅか?」

「ここは侯爵領だから比較的良いほうだ。王都はもっとすごいぞ」

「なんと…」

「まあ、伯爵領でも他の子爵領でも、うちよりは良いな…」

「はぁ…」


 文化レベルがだいぶ違う。お父様どころか、代々皆、何も領を発展させてないのではなかろうか。そんなものを私に丸投げかよ。


「四人部屋を一泊頼む」

「銀貨八枚だよ」


 えっ?五人いるよ?あ、私ってまだ無料でいける歳?

 いやいや、執事もメイドも、主人と一緒?女も男も一緒?これも文化レベルの問題なの?


「アンネちゃん、どうしたの?」

「いえ…、おかあしゃまはダズンと同じ部屋でいいのでしゅか?」

「えっ?なんで?」


 メタゾール子爵家とかメタゾール領だけの文化なのか、はたまた全国的にこういうものなのか。でも私はもう少し成長したら執事と一緒の部屋で寝られる気はしない…。ぺったんこな今だけだよ…。

 お父様はお母様の果実が執事に食べられてもいいのかな?


 旅ではいつも同じ部屋なのか、とくに何も起こらなかった。期待して損した。じゃなかった。心配して損した。



 宿の食事は美味しかった!


「おかみしゃん、このおやちゃいは、この領で取れるんでしゅか?」

「あら、しっかり喋る子だねえ。これは隣の領からの輸入らしいよ。少し高いけど、美味しいからね。うちの人気の秘密だよ。あ、大人には内緒だよ」

「この料理の調味料は?」

「これはね……というわけさ。あ、大人に言っちゃダメだよ」


 秘密といいながら何でも教えてくれる女将。素晴らしい。これも幼女パワーか。


 地理の教師にもらった地図と照らし合わせて、生産地をメモった。んー。帰りに種を入手して、うちの農家に育てさせたい。いや、その前にうちの農産物とか産業を把握しないとだ。




 翌日…。

 昨日はカルチャーショックを受けたせいで忘れていたんだけど…、


「おとうしゃま。とうじょくがおおしゅぎましゅ」


 今日も二組の盗賊を追い払った。


「そういえばそうだな」


 お父様、私がいなかったらどうすんだよ…。前回も護衛を連れて行かなかったよね。


「こんなに盗賊に出会ったのは初めてだ。うちは貧乏で有名だから、この紋章の馬車を襲う者はおらぬはずなのだが…」


 馬車には船のマークが入っている。これがうちの領の紋章だ。


「お金がなくても、こんな美人のおかあしゃまを放っておくわけないでしゅよね?」

「あらぁ、嬉しいこと言うわね!」

「はぁ…」


 今までよく生きてこられたなぁ…。お母様は頭ん中がお花畑だ。

 お父様もイケメンなのにボンクラすぎる。チャラ男じゃないだけマシか…。


「アンネちゃんは私のことを心配してくれたのね。これでもそれなりに魔法を使えるから、四人組くらいはゲシュタールと私でなんとか追い払えるのよ」

「えっ?おかあしゃまも攻撃魔法を使えたんでしゅね?」

「そうよ。一年前はあなたはまだ小さかったから、攻撃魔法は教えなかったわ」

「なるほど…」


 二歳でも十分小さいのだが。


 盗賊は四人でかかれば、ゲシュタールたちをなんとか殺せる。しかし、盗賊たちにも被害が出る。しかも、たいした金も持ってないとなると、採算が取れないのだ。

 女を売ればよいか?魔法使いというのはやっかいなものだ。攻撃手段を奪うことができない場合がある。火種程度の火魔法は六割ほどの人間が使える。寝床で火でも付けられたらたまったものではない。

 腕力で男に敵わない女は、自衛手段としてちょっとした魔法を覚えていることが多い。

 だから、襲うチャンスはあっても、普通は襲わないのだ。

 そして今回、これだけ襲ってくるということは…。


 アンネリーゼは自分の価値に気が付いていなかった。




 王都に近づくにつれて、盗賊は減っていた。

 そしてついに、王都に辿り着いた。三十日かかる予定のところ二十日でついた。街道を整備しながら来たからだ。これからはみんな三分の二の時間ので移動できる。流通業界の偉業だということに一行は気が付いていない。

 しかし、アンネリーゼがそこで見たものは…。


 アンネリーゼは驚愕した。

 ここは私の前世と同じくらい…というのは言い過ぎだが、文化レベルが明らかに違う。電化製品…じゃない。魔法の機械?

 最初に泊まった町も良かったと思うけど、あそこはメタゾール領と比べると、二百年くらい文化が進んでいたと思う…。そして、この王都はそこよりもまた二百年くらい進んでいる。


 地図の縮尺がよく分からないけど、メタゾール領から王都まで一五〇〇キロくらいかなぁ。この程度の距離で、そんなに文化が違うものなのか…。


「アンネよ。早く着きすぎた。謁見の日は十日後だ」

「では、街を見て回りたいでしゅ」

「たまには良いわね」


 親子水入らず。王都のお店をウィンドウショッピングだ!盗賊に襲われないように、ほんとうに宿代しか持ってきてないんだって!なんも買えないよ!がっかりだよ!


「わああぁぁ!」


 王都には電気屋…ではないけど、魔法の機械…魔道具屋があった!

 時計なんてあったのかー!てっきり、時間を数値で表す文化すらないと思っていた。

 ガスコンロあるじゃん!うちの厨房って、薪で火をおこしているよ。

 扇風機あるじゃん。ストーブあるじゃん。電球あるじゃん。


「アンネちゃん、楽しそうね!」

「はい!初めて見るものばかりでしゅ!」


 あ…、はしゃぎすぎた…。私って田舎から来たお上りさんみたい…。でも実際にその通りか…。


 通りをゆく人々。平民でもみんなけっこうおしゃれ。お父様とお母様は一応貴族だと分かる服を着ているけど、いったい何世代前のファッションなのだろう。それにだいぶほつれてる。

 私なんて生まれてから何回か服を変えたけど、着た切り雀だよ。下水工事とか建築したりするからボロボロだよ。これじゃ貴族に見えないよね。って…


「あああ、おかあしゃま…、私の服は?」

「あっ…。忘れていたわ…。ごめんなさい…」

「いいえ、私もわしゅれてまちた…」


 はぁ…。ドレスを買うお金なんてないよね…。

 前世ではファッションに気を使っていた覚えはない私だけど、これじゃダメだって分かるよ…。今までなんで気が付かなかったんだ。


 謁見するのになぜ二歳児が自分でドレスを見繕わなきゃならないんだ。

 この格好で王城に行ったら笑いもんじゃないか。途端に不安が押し寄せてきた…。どうしよう…。服を調達しなきゃ。

 売れるもの…、何も持ってない。

 あっ!私の商売は技術を売ることじゃないか!でも…、どこで商売しよう…。


「あっ、あしょこはなんでしゅか?」

「ハンターギルドだ」

「ハンター?」

「主な仕事は魔物や野獣を狩ることだが、護衛や薬草摘みなど、いわゆる何でも屋だ」

「なんと!」


 ハンターギルドは基本的にはどこの町にもあるのだが、メタゾール領では仕事がないのでギルドがない。アンネリーゼはハンターなどという職業を初めて知った。


 腰に剣を携え、皮の鎧で身を固めたハンター。腕や足に黒ずみがたくさんある。無茶な動きを続けた証拠だ。そんな人がいっぱい出入りしている。みんなの疲れを癒してあげよう!

 あと、傷跡がたくさんある。ほとんどは塞がっているけど、新しい傷もある。ついでにそれも治してあげられそうだ。

 よし、あそこで商売しよう!でもどういう値段設定にしよう…。


「おかあしゃま、私が着られるドレしゅはいくらあれば買えましゅか?」

「うーん、金貨五枚かしら…」


 経済の授業で習ったけど、金貨一枚って十万円くらいの感覚だ。その下は、大銀貨が一万円、銀貨が千円、大銅貨が百円、銅貨が十円ってところだ。つまり、ドレスは五十万円か…。もちろん物価も違うけどね。

 よし、一人銀貨五枚で、百人癒そう!ちなみに、うちの領での料金は大銅貨一枚だ。ふははは、銀貨五枚なんてひどいぼったくりだ。


 実際のところ、まったくぼったくりではない。この世界では、十人に一人は、転んでできた擦り傷程度を治す治療魔術が使えるので、その程度の治療魔術はタダだ。一方で専門の治療魔術師の治療は最低でも金貨一枚が相場だ。

 アンネリーゼの治療魔術は、内臓の損傷も治せるような神業であるにも関わらず、最低相場の二十分の一の価格設定で商売を始めようとしている。相場破壊もいいところである。


 アンネリーゼはハンターギルドに向かってかけだした。


「ちょっと、アンネちゃん!」


 アンネリーゼの脚は短いが、光の精霊のおせっかいで脚力が強化されていて、前世の大人だったときの速度で走っている。しかし、実際にはチーター並の速さで走れることを本人は知らない。

 精霊は魔法使いの思ったとおりの結果を得られるようにサポートしてくれるものなので、本人の想定を超えるような速度で走ったりしないし、力が入りすぎてものを壊したりすることは起こらないようになっている。


「ちょっと、しょこのお兄しゃん、治療まじゅちゅ、いかがでしゅか?」

「はぁ?何言ってんだ、嬢ちゃん」


 アンネリーゼは中年の戦士に声をかけた。


「これは初回限定サービしゅでしゅ。えいっ!」

「ええっ?×××!」


 右足のふくらはぎのこりまくっているところを押した。当然、消音魔法付き。

 中年の戦士はひざかっくんされたように、バランスを崩した。


「あ、あれ?右脚が軽い!これが治療魔術?」

「さあさあ。残りの不調、全部治療するのに、銀貨五枚でしゅ。いかがでしゅか?」

「マジか。左足もできるのか?これじゃアンバランスだ」

「全身できましゅ」

「銀貨五枚だな。ほれっ」

「まいどあり!それじゃあ行きます!えいっ、やぁっ、とぉっ!」

「××!××!××!」


 中年戦士の顔はうつろだ。もはや洗脳状態であり、今なら何でも言うことを聞きそうだ。


「しゃがんでくだしゃい」

「はひっ」


 中年戦士は言われるがままだ。


「えいっ、やぁっ、とぉっ!」

「××!××!××!」

「ちゅいでに傷と打ち身もさーびしゅでしゅ」


 中年戦士は、気持ち良くなりすぎていて、もうろう状態である。


「よし、これでいいでしゅかね。次はっと。そこのおねえしゃん、えいっ!」

「××!」

「銀貨五枚でしゅ。えいっ、やぁっ、とぉっ!」

「××!××!××!」



「奥様…、アンネリーゼお嬢様が神の寵愛を振りまいています…」

「アンネちゃんは商売上手ねえ」

「まったくだ。うちの領の税収はあっという間に二倍になったからな」


 領民向けの治療は一回大銅貨一枚だが、毎日五十人捌いていたりもしたので、すでにポケットマネーが金貨五枚貯まっていることに本人は気がついていない。でも今回はそれを持ってきていない。


「ふう。エミリー、銀貨は何枚になりまちたか?」

「六百枚です」


 ここはロイドステラ王国の王都であるため、このハンターギルドはこの国で最大の規模である。常時、三十人ほどの人間が建物内をたむろしており、出入りも多い。百人ちょっとの人間を捕まえて治療するのは余裕だった。

 ハンターギルドにはやけに姿勢の良いハンターで溢れかえっていた。しかも、普段なら傷のないハンターなど存在しないが、今は傷のあるハンターが存在しない。そして皆、顔がうつろで、記憶が曖昧だ。

 ハンターは常に危険と隣り合わせで、いつもどっかしらに怪我を負っていることが多い。それに、長年の疲労が溜まっていることもあって、万全の状態で狩りに出ることは少ない。

 しかし、王都のハンターは今後しばらく、いつもの二倍のポテンシャルを発揮し、ハンターとハンターギルドの収入は過去最高を記録することになる。そして、それが一人の幼女によってもたらされたことを、記憶が曖昧なハンターたちは誰一人応えられないのだ。




「よしじゃあ、服屋しゃんに行きましょう」

「仕立屋のことですかね。はい」


 この世界では普通、貴族の服はオーダーメイドなのだが、幸いなことに伯爵家の幼女が着ていたという古着のドレスが置いてあった。若干のサイズ調整とほつれの補整だけですぐに購入できた。新品で仕立てれば金貨十枚はするところを、中古なので金貨五枚で済んだ。若干古びて見えるが、子爵令嬢は伯爵令嬢にグレードアップした。

 いや、今まで着ていたワンピースは、とても貴族とはいえないものであった。あれは、リンダが実家の商家で着ていたお古だった。酷い親である。それで王に謁見しようとしていたのだから考えナシにもほどがある。


「アンネちゃん…、綺麗だわ…」

「ありがとうごじゃいましゅ、おかあしゃま」

「私もそんなドレスが着たいわ…」

「おかあしゃまのはまた今度買いましょうね」


 リンダの持ってきているドレスはせいぜい男爵令嬢クラスである。夫人用ではない。令嬢用である。

 三年前に嫁いだときにタシュゲールから贈られたものだ。めったに着ないので新品同様であるが、王都とメタゾール領とでは四百年ほどの時代の違いがあるため、流行とはほど遠い。

 それに対して、アンネリーゼの今回のドレスは、中古なので一世代前のものだが、まだまだ現役で通用する。しかも伯爵令嬢クラスのものだ。リンダがうらやましがるのも無理はない。リンダが同じクラスのドレスを仕立てるとしたら、金貨三十枚はくだらない。


 子供はすぐに大きくなるので、大金をはたいて子供のドレスを作る者はなかなかいない。中古のドレスが見つかったのはとても運の良いことであった。

 とはいえ、リンダもまだまだ十二歳の子供。成長しても着られるようにと、少し余裕を持った大きさで仕立てたが、さすがに九歳のときに買ったドレスは十二歳ではちんちくりんである。しかも、リンダの胸は母乳量が増えるようにアンネリーゼにマッサージを施されたことにより、成長が著しい。今回もかなり無理矢理押し込んでいる。新しいのを欲しがるのも無理はない。



 今日はドレスを購入して終わりだ。謁見の日まで十日、宿屋で過ごすことになった…、のだが、


「アンネよ…、すまぬが、金を貸してくれぬか」

「えっ?」

「王都の宿屋は少し値が張る。道中の宿代十日分が王都の宿代に変わってしまうと、帰りの分が足りなくなりそうだ…」

「えええ…。帰りも飛ばしましゅから、大丈夫じゃないですか?」

「なるほど…」


 早く着いたのは予定外かもしれないけど、ほんとうにギリギリのお金しか持ってきてないんだね…。こんな考えナシで今までよく領を統治してこられたなぁ…。何かトラブルがあったら、すぐに立ちゆかなくなるじゃないか。アンネリーゼは呆れてしまった。

 何もしない当主は、悪いことする当主より良いのだ。発展しなくとも、苦しい生活を強いない当主は、領民にとっては価値がある。逆にいうと、この国の当主は悪いことをする者ばかりであった。領民はそれくらいの常識は持っていた。


「とはいえ、いくらか余裕を確保しておきたいでしゅし、明日もおちごとしましゅ」

「すまんな…、おまえにばかり負担をかけてしまって」

「いいでしゅよ。半分は趣味でしゅ」


 初日で治療したハンターは、王都を拠点としている者の半分だった。残りは遠征していたりでなかなか遭遇しなかったが、十日の間にはほとんど王都のハンターを治療できた。

 皆、記憶が曖昧だったのだが、中にはアンネリーゼのことを覚えていて、リピーターとなる者もいた。その結果、銀貨二千枚、つまり、金貨二十枚分を稼いだ。


「これだけあれば流行のドレスを仕立てられるわ!」

「ダメでしゅ。私は魔道具が欲しいれしゅ。帰り道で農地に寄って、作物の種も仕入れていきましゅ」

「えー、なんでそんなもの…」

「えーじゃないでしゅ!そんなものでもないれしゅ!」

「はい…」


 でも九歳のドレスをずっと着ているお母様…。パツパツで時代遅れ…。っていうか、婦人用じゃなくて、お嬢様用…。

 ちょっと可哀想…。どうしようかな…。


 早々、立場が逆転している。でも、食後だけは、アンネリーゼは母の乳を飲む赤ん坊に戻るのだ。

■ダズン

 ゲシュタールの執事。歳はゲシュタールと同じくらい。


■馬

 栗色の毛。アンネリーゼのマッサージ気持ち良くて、アンネリーゼになついた。


■解雇された教師

 読み書き、算術、魔術、礼儀作法


■登用された教師

 ポーション薬学、剣術、政治、経済、地理、歴史


■盗賊


■宿屋の女将

 料理に使われている食材の入手方法を教えてくれた。


■ハンター

 魔物や野獣を狩るのが仕事。護衛や薬草摘みなども承る。いわゆる何でも屋。


◆ロイドステラ王国

 アンネリーゼの住んでいる国。


◆ロイドステラ王都

 メタゾール領から一五〇〇キロ。メタゾール領と比べると四〇〇年ほど文明が進んでいる。町中で魔道具がちらほら見られて、アンバランスに近代化されている。


◆魔道具

 魔法の機械。家電のようなものが売られている。


◆ハンターギルド

 ハンターを管理する機関。各町にあるが、メタゾール領にはない。ハンターの需要がないため。

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