4 開業したらやらかした
他にも衛生面で改善したいところはたくさんある。
私は人体に関する知識以外には、医学と薬学をちょっとかじっただけなのだ。だからといって、材料がなきゃ何もできない。
魔力は日に日に増しているので、水タンクや上水道を作ろう。でも下水処理ができないから、トイレは作れないな…。
まあいいや…。そのうち何か思いつくだろう。
それよりもだ!敷地に建物を建てるのは許可してもらえたんだ。許可をもらった覚えはないけど、勝手にやったのに何も言わずに見守っていてくれた。屋敷の壁まで壊したのにね。
じゃあ、もう治療院を作っちゃってもいいんじゃない?私のマッサージを受けられる施設を作るといったらみんな泣いて喜んだ。
さすがにお風呂と違って、土魔法だけじゃ作れない。ベッドの毛布とかは屋敷で使っているものを譲ってもらって改造した。ベットとシーツはうつ伏せになっても息ができるように、穴を開けた。
他にも買わなければならないものがいくつかあったけど、私のマッサージのための施設とあらば、お父様は領のなけなしの資金を絞って予算を捻出してくれた。
こうして完成した治療院。屋敷の敷地に建てた。でも、私は屋敷の人だけじゃなくて領民も客にしたい。私が領民と触れあうことに、とくに何も反対されなかったよ。貴族と領民ってそういうもん?
土魔法で塀の一部を壊して、外からも入れるようにした。
今まではカイロプラクティックばかりやってきたんだけど、せっかくちゃんとしたベッドを作ったんだから、整体とマッサージもやっていくのだ。
アンネリーゼは忘れていた。自分が一歳の幼児であることを。一歳の幼児はマッサージできるほどの力などないことを。それもそのはず。光の精霊が、アンネリーゼの望み通りの力を出せるように、筋力をサポートしているから。前世の感覚でものを持ち上げたりするのに困っていないことに本人は気が付いていなかった。
客の第一号はお母様。お母様のことは散々押しまくっていて、ツボらしきものはほとんど残っていない。ツボというのは筋肉が凝り固まっていて、血流が悪くなっているところだ。
ツボがないのであれば整体とマッサージだ。全身の血流が良くなるように揉みほぐす。
「あはああん…。良いわ!アンネちゃん、もっとお願い!」
「あい、おかあしゃま!」
アンネリーゼは認識していないが、揉むだけの筋力サポートだけでなく、マッサージ自体に光魔法の効果が付与されてマッサージ効果が格段に上がっている。しかし、そのおかげで患者は気持ちよくなりすぎて、あえぎ声を上げてしまうのだが。
骨の矯正も、粘土をこねるように思い通り。最大で熊並みの力が出せるので、加減を間違えると確実に骨が折れるが、アンネリーゼはプロなのでそのような失敗はしない。
さらに、新しく習得した術、低周波治療。誰も知らない悲しき電気の魔法で、普段使用しない凝り固まった筋肉を刺激してほぐせるのだ。
治療魔法は常に使われていて、筋肉を押したり揉んだりする側から修復されていく。
お母様の次はお父様、エミリー、そして他の使用人。途中、昼食を挟んで、一人三十分ずつ治療したら、日が暮れていた。
屋敷の人を全員治療した。試験運用は十分だ。開業だ!
今日から領民向けに開放するぞ!マッサージ屋とか整骨院、カイロプラクティックなんて言葉はこの世界には存在しないので、単に治療魔術師による治療院としてオープンした。
料金は領民の一食の半分を目安にした。なにしろ経費はメイドさんによるシーツ洗濯くらいなのだ。初期投資もすぐに回収できる。
この世界は治療魔法はそれなりに溢れていて、平民でも十人に一人くらいは擦り傷を治す程度の治療魔法を使える。それでも、大きな切り傷や骨折を扱うような専門の治療魔術師というのは存在しているが、その治療料金はとても平民に出せるものではない。
その料金がなんと、一食の半分程度で済むのだ。そんなうまい話があるものかと疑いながらも、重い腰痛や怪我に悩む領民のうち五十人が朝から治療院に長蛇の列を作った。
家族や家人には三十分やってあげたけど、それじゃあ捌ききれない。一人十分にしよう。
領民のお客第一号は、腰痛に悩むおじいさん。実をいうと、高名な治療魔術師でも腰痛は治せない。原因が分からないからだ。治療魔術師が治せるものは切り傷や打撲がほとんど。でも、そんなことを知らない領民は、日頃の痛みから開放されるいちるの望みをかけて治療院にやってきた。
しかし、おじいさんは失望した。やってきてみれば、魔術師風の者はおらず。執事一名、メイド一名、幼女一名。
治療魔術師が執事やメイドをやっているはずがない。まして幼女はなんのためにいるのやら。あ、良い服を着ているし、ここの当主の娘、アンネリーゼ様か。それがなぜ…。と首をかしげるおじいさん。
そして、うつ伏せになったおじいさんの上に乗ったアンネリーゼ。
アンネリーゼは開発した。効果が高いのはよいが、いちいちあえぎ声を上げられては、風評被害が出そうだ。そこで、空気の振動を遮断して音を漏れなくする風魔法を開発したのだ。ベッドの上のおじいさんは口をパクパクしているだけに見える。
「×××ー」
その後、おじいさんは極上の快楽を味わい、記憶を失った。
十分が経過し、治療室から出てきたおじいさん。腰を患っていたとは思えないほど姿勢が良くなっている。しかし、顔はなんだかうつろだ。
「おい、じいさん、大丈夫か?」
「なんじゃ?わしは今、とても気分が良い」
「腰は大丈夫なのか?」
「腰?ああ、わしは腰を痛めておったかの。忘れておったわい。はっはっはっ」
「ええっ…?」
待合室にいた二番目の客は不安を抱きながら治療室に入室した。
その後、治療後にやけに姿勢が良くなってキビキビとした動きで出てくる客が続出。待っている客は期待を膨らませた。
ふう…。ちょっと疲れた。途中休憩を挟んだとはいえ、五十人捌くのに九時間もかかった。幼女の労働時間ではない。
しかし、光の精霊はアンネリーゼの技と知識を元に、常にアンネリーゼを治療していた。自動HP回復に加えて、自動体力回復の能力獲得である。精霊のサポートも成長するのだ。しかし、本人は気が付いていない。
もともと自分でも自分を治療していたのだ。前世では背中にはうまく手が回らず、力を入れることができなかった。しかし、現世ではアンネリーゼは鍛えた筋肉をすべて柔らかくほぐしてしまうので、アンネリーゼの身体は信じられないようなところまで手が届く。まだ手の短い幼女であるにも関わらずだ。
それに、アンネリーゼは魔法の力のおかげで触れるだけでもマッサージできるので、自分の背中も難なくマッサージできる。
光の精霊はそれをまねているだけなのだ。本人は自分でマッサージしなくてもなぜか疲れなくなったなぁという認識しかない。だから、疲れたなぁというのは気疲れに過ぎない。
その後、噂が広まって客が続出。領民三百人、ほとんどを治療できたんじゃないかな。でもリピーターがたくさんいるんだよね。マッサージは何度やっても気持ちいいからね。魔法のせいなのか中毒性があるみたいだし…。
ただ、農民は収穫まで収入がないので、なかなか来られないみたいだ。可哀想なのでツケでやってあげることにした。
領民のうち、商人や漁業の人はけっこうやってくる。あれ?海が近いの?
領民はマッサージにこんなにお金を費やしてしまって平気なのか。平気なのだ。なぜなら、疲れが取れて、より長時間働けるし、効率も上がったからだ。おまけに気分が向上し、消費も増えた。ゲシュタールはこの年の税収が前年の二倍になるとは思いもしなかった。
あと、領民にもストレッチ体操(ヨガの太陽礼拝)を教えた。マッサージの効果が長く続くようにね。
朝、店を開くときと昼休みのあとには、長い列ができているのだ。そこで体操を教えている。みんな私の言うことは素直に信じて真面目に体操を習っている。領民は良い人ばかりのようだ。
毎日九時間働く幼女。早々人間を超えている。
まあ、前世でも朝十時から夜九時くらいまでやってたしね。九時間くらい余裕だよ。
「お嬢様、少し休まれてはいかがですか?」
「あい。一ちゅう間にちゅき一日はやしゅみましゅ」
この世界は七日で一週間という概念はあるようだけど、曜日の概念はなく、休みの曜日というのもないようだ。だから、私は前世と同じように休みの日を設けた。
そんで、休みの日に何をやっているかというと、穴掘りだ。領内のインフラ整備だ。
領民と触れあうようになって、私は屋敷の敷地の外に出してもらえるようになった。エミリーが付いてきてくれる。
町…、というかほとんど村だけど、ぽつぽつと土色の直方体の家が見られる。
うちの屋敷との違いは大きさだけだ。
町中を歩いていたら、領民が私に声をかけてくれる。
「ああ!アンネリーゼ様がいらした!」
「アンネリーゼ様!おはようございます!」
「皆しゃん、おはようごじゃいましゅ」
うん、なんだか目がおかしい。キラキラしている。あれはアイドルを見る眼差しだ。貴族のお嬢様ってアイドルなのかな?ちょっとこの世界の常識が分からない。
私も手を振って挨拶を返した。
「今日はここから掘りましゅ」
上水道と下水道の整備だ!
この町は臭すぎる!みんなおまるの中身を路地裏に捨てるんじゃない!町中で立ちションと野ぐそをするんじゃない!自分の住む町だろう!
私はとてつもなく臭い裏路地に入って、土魔法で穴を掘り、下水道の整備を始めた。
私の魔力は数ヶ月で格段に向上した。
領内の地下に下水道を作るべく、土魔法で地盤を固めながら、毎週一キロメートルもの地下道を掘り進んでいる。下水の行き先は海だ。かなり深いところに流すようにしたので、海岸が汚れることもない。たぶん。
各家庭に下水に通じる便器を設置した。用を足した後は、水を流してね。
近くの川から上水を取り入れる水路も作った。井戸から汲むよりはるかに楽だ。農家では畑の水やりにも使える。
手洗いも頻繁にするように言って回った。
領民の衛生状態が改善されたおかげで病気が減った。出生率も増えた。仕事も効率化された。
私は二歳になった。あれ?私って今まで一歳だったのか。どうりで背が低いと思った。
一年の間にはお母様とエミリーから文字や礼儀作法もある程度は教えてもらったよ。
逆にいうと、それ以上は教えてもらえることはない。算術とか小学校低学年レベルだ。
髪の毛も長くなって、だいぶ女の子らしくなったよ。鏡がないから水をためた桶でしか確認できないけどね。
でも、自分の視界内に入るようになった自分の髪は、お母様と同じく明るい茶色だった。
「アンネ、私たちは王宮に赴くことになった…」
「二ヶ月家を空けることになるわ…。アンネちゃんのマッサ…、アンネちゃんに二ヶ月も会えないなんて寂しくなるわ…」
「はい…、私も寂ちいでしゅ」
私よりマッサージが大事ですか。そうですか。それは寂しいですね。
パーティでもあるのかな。お母様はドレスを着ている。
王都までの一ヶ月の道のりにドレスを着ていくワケではなく、久しぶりにドレスを着ることになるから調整しているようだ。やっぱり、十二歳だからまだ成長するよね。いつ作ったドレスなんだろ。ちょっとちんちくりんなのでは…。
「奥様、ウェストが細くなっていますよ」
「あら、嬉しいわ。これならコルセットを無理に締めなくてもいいわね」
姿勢が良くなるとスタイルも良くなるのだ。お母様は一年前よりも格段に美しくなっている。
しかし、コルセットなんてあるんだ…。締め付けると血流が悪くなるし、ずっと同じ姿勢に固定しちゃうのもよくない。
「胸が入らないわ」
「なんとか、ぐいぐいと…」
「ううぅ、苦しい…」
「入りましたね」
「入ったけど…、うぅ…」
お母様のドレスは胸元が大きく開いているけど、お母様に実った二つの完熟リンゴを収めるようには作られていないようだ。もっとぺったんこな年齢用のドレスなのでは…。それなのに、お母様のリンゴを無理矢理閉じ込めたものだから、ぱつぱつで今にも爆発しそう。
母乳がよく出るようにマッサージしすぎたかな。おかげでお母様の胸は同い年のエミリーと比べるとかなり大きい。
というか私は未だに離乳できない。あああ、お母様がいない間の私の栄養補給をどうすれば!
「それでは行ってくる」
「行ってくるわね」
「おとうしゃま、おかあしゃま、行ってらっしゃい…」
お父様とお母様が旅立って一ヶ月後…。私は少しおなかを空かせながら過ごしている。
今日は治療院がお休みの日だ。今日は何をしようかな。
と思っていたら、敷地の外に豪華な馬車が乗り付けられ、一人の男が降りてきた。
馬車には緑の円の中に鷹のマークが描かれている。
男は一目で貴族と分かるような服を着ている。お父様のよりもはるかに高価な服だ。
「おい!治療魔術師の娘はいるか!」
「失礼ですがどちら様で…」
うちの執事は応対しているが…、
「私はプロフ伯爵家の三男、ロキシンである。さあ、早く娘を出せ」
「ああ…」
執事は判断に困って私の方を見た。ああ、両親が不在だから、私が当主代理なのか…。
「私がメタゾール子爵家が長女、アンネリーゼにごじゃいましゅ」
私はスカートをつまんで少しかがみ、カーテシーで挨拶した。うまく喋れなかったけど、カーテシーはうまくできたと思う。
「なんだちんちくりん。やけにませたガキだ。おまえが長女なワケなかろう。この家の娘が強力な治療魔術を使うと聞いた。おまえの姉だろう。隠すとためにならぬぞ」
ちんちくりん…。それは正しい…。私は二歳のちんちくりんな娘だ。
強力な治療魔術って私のマッサージのことかな…。そんな大それたものではないのだけど…。
でも姉がいるなんて聞いてないよ。いやいや、いたらおかしいよね。
お母様は十二歳。私より大きな娘がいるとしたら、八歳とかで産んだことになってしまうし…。
それともやっぱり、前世と同じような人間に見えて、八歳で子供を産むような、違う生き物なのだろうか…。
「ええい。屋敷を見させてもらう」
横暴だなぁ…。伯爵家って子爵家より一つ上だっけ?これって逆らうと首が飛ぶ案件?
ロキシンは二人の兵士を連れて、屋敷を荒らして回った。風呂も見られたけどお湯は張ってなかったから何の施設か分からないだろう。
「おい!おまえの姉はどこにいる!」
ロキシンは鞘から剣を抜き、私の顔に突きつけた。頬に冷たい鉄の感覚が伝わる。これがこの世界…。
うちの領はみんな仲が良くて平和だ。低文明な時代でもこれならやっていけると思っていたのに…。
でも実際、ここはこんな横行がまかり通る世界なんだ…。このまま傷を付けたり殺したりしても、おとがめナシなんだろう…。
動けない。動いたら殺される。助けて…お父様、お母様…。
アンネリーゼは気づいていなかった。自分の顔には剣の刃が突きつけられているというのに、傷一つ付かないということに。刃が鈍いのではない。光の精霊が保護の魔法をかけているのだ。
女性の顔に傷を付けるということは最低の行為である。嫁のもらい手がなくなるからだ。そんなことは、この低文明の世界でも分かりきったことだ。
ロキシンはアンネリーゼが自分の求めた治療魔術師であることも知らずに、それを傷を付けようとしていることなど気が付かない。動けないでいるアンネリーゼのことを、エラく肝の据わったガキくらいにしか思っていない。
「お嬢様!」
剣を突きつけられたアンネリーゼを守るため、エミリーがアンネリーゼの前に立ち塞がろうとした。
「邪魔をするな!」
ロキシンは大きく剣を振り上げ、エミリーの胴を斜めに切りつけた。
エミリーからおびただしい量の血が吹き出し、辺りを真っ赤に染めた。
「エミリー!」
「ちっ。服が汚れたではないか。貴様の無礼は貴様の命で許してやる。今日はここで引き下がろう。今度姉が帰ってきたら外出しないように閉じ込めておけ」
自分の服に返り血が付いてしまったロキシンは、不快感を示しながら兵士とともに去っていった。
「エミリーーーー!」
「お…じょ…う…さ…ま…」
傷が内臓にまで到達している。滅菌しないと。血管縫合しないと。神経接続しないと。血液がたりない。肋骨にも傷が…。
どうやったらエミリーを助けられるかを考えていたら、それは実現したようだ。菌が排除され、血管と神経がつながり、辺りを染めた血の一部がエミリーの傷口に戻っていった。
どうやっての部分をかなり省略しても実現してくれるアンネリーゼの光の精霊。そして、アンネリーゼの人体の知識による、微妙に具体的な治療の指示。この二つによって、エミリーの傷は完治した。
「お嬢様…」
「エミリー?」
エミリーの服は血だらけだ。だけど、すでに傷は塞がっていて、血が止まっている。
「エミリー、大丈夫なの?」
「はい」
エミリーの顔は少し青白くなっているが別状はないようだ。
ケロッとしているエミリーに他のメイドが問いただして、エミリーが応えた。
「お嬢様が助けてくださったのですか?」
「えっ?私は…」
外科手術の内容を思い浮かべただけ。外科手術なんて言葉はないから詰まった。
「私はエミリーをたしゅけたいと思っただけ」
「お嬢様、ありがとうございます。やはりお嬢様は最高の治療魔術師なのですね!」
「アンネリーゼお嬢様は最高の魔術師だ!」
「アンネリーゼお嬢様ぁ~!」
家人たちは私の周りに集まって、私を崇めだした。
私の魔法でエミリーが助かったの?私はすごいの?私なんて、マッサージ関連の魔法以外は、まだ魔法使いの見習い以下だと思っていたのに…。私ってこんなに深い傷が治ってしまう魔法を使えたの?
ロキシンは再び現れることなく、二ヶ月が過ぎ、お父様たちが帰ってきた。プロフ領はメタゾール領から三ヶ月の場所にある。ロキシンが去り際に言い放った今度というのは、少なくともメタゾール領とプロフ領を往復する六ヶ月後だったりする。この世界の移動や時間感覚とはそんなものだ。
「…というようなことがありまちた」
「なんと…」
拭き取り切れていない床の血痕と、娘から打ち明けられたいきさつ。普通に考えたら、この血の痕は、エミリーが死んでしまったと思わせるようなものだ。
ゲシュタールは言葉に詰まった。しかし、二歳の幼児が事細かに状況を説明できたことについては、誰も疑問に思っていなかった。
「エミリー、命をかけて娘を守ってくれてありがとう…」
「いえいえ、私こそお嬢様に助けられたのです」
「アンネの治療魔法は、これほどに血を流すような傷でも治せるものなのか…。なるほどそれで…」
「おとうしゃまはなぜ王宮に呼ばれたのでしゅか?」
「それはな…、アンネリーゼの治療魔法に目を付けた第五王子が婚約者にと言ってきたのだ…。そのプロフ伯爵家の三男も同じだろう…」
「ええ…」
一般に知られている治療魔法は、傷を治すというものであり、強力な治療魔法というのは深い傷を治すというものだ。けっして、腰痛を治したり、血流を良くして全身の調子の良くするようなものではない。
だから世間の目は、まだ一部が興味があるという程度である。その一部というのが第五王子や伯爵家の三男ということだ。
しかし、アンネリーゼは実際にエミリーの深い傷を治してしまった。これが知られればおおごとだ。アンネリーゼの争奪戦は本格的なものになるだろう。幸いまだ誰にも知られていない。
はぁ…。私はただ、好きなことをやって、みんなの幸せな顔を見られればそれでよかったのに…。
「それで、第五王子はおいくちゅでしゅか?」
「二十五だ」
「うはっ…」
嫌だよ…。お父様よりだいぶ年上じゃん…。ロキシンもたぶん成人してるよ。
権力にも結婚にも興味ないけど、せめてお父様くらいにしてほしい…。
「それで第五王子は私にどうしろと?」
「出頭せよと」
「えええ…」
「だが、おまえはデビュー前なので断った」
「ふう…」
デビュタントパーティは毎年王宮で開かれる。十歳になる年のパーティに参加し、自分を売り込むのだ。
デビュタント以前に、アンネリーゼは二歳である。二歳のご令嬢は普通、何ヶ月も馬車の旅をしない。年齢を言えば断れたであろうに、ゲシュタールは引きこもりなのでその辺りの常識が欠如していた。
「それにだな、私はおまえに爵位を継がせようと考えておる」
「えええっ!私はしょんなもの、いりましぇん」
「おまえは頭が良い」
「気のせいでしゅ。私は弟が欲しいでしゅ。弟に継がせてくだしゃい」
もう、まだまだかみかみの私に何言ってんだよ…。
「これから家庭教師を付けようと思う。今まで財政の問題もあったが、おまえのおかげで税収が上がったから、家庭教師を何人か付けられるぞ」
「じゃあ、魔法ちゅかいのしぇんしぇいをちゅけてくだしゃい」
「ああ、それも付けてやろう。だが政治や経済、地理や歴史の教師も付けるぞ」
「えええ…」
それ、私が全部やりたくないやつ…。
「あと、算術もな」
「はぁ…」
それはいらない。この世界は理系の学問が壊滅的だ。物理、化学、生物などない。あっ!
「ポーション薬学も習いたいれしゅ」
「おまえの魔法があればいらないと思うが」
「いえいえ、私の手の届かない命をしゅくうことに価値があるんでしゅ」
「なるほど、いいだろう」
ポーションは唯一の理系っぽい学問だ。魔法を使うのかもしれないけど、化学に近いものだと期待している。
「ところでアンネちゃん、あなた痩せたんじゃないかしら…」
「しょうかもしえましぇん」
「エミリー、ちゃんと食べさせているの?」
「以前よりは食べているのですが…」
「あの…、おかあしゃま…、おっぱい…」
「ああ、なるほどね。来なさい」
「あい!」
私の栄養の七割は、お母様に実った果実の果汁なのだ。しかし…
「あああ、もう出ない!」
「あら…。なぜかしら…」
二ヶ月も吸わなかったんだ。風前の灯火だ。
もちろん吸わなかったのが大きな原因だけど、お母様は体中バキバキだ。まあ二ヶ月マッサージしなかったらこれくらいになる人もいる。それに馬車の揺れが酷くて踏ん張るのに力がいるらしい。
私は慌ててお母様を指圧しまくった。
「ああああんっ…」
久しぶりだからさぞかし気持ち良かったでしょう。そして、母乳量増強のために、あらぬところも揉んでしまった…。いいよね。母と娘だし。
■アンネリーゼ・メタゾール(一歳~二歳)
髪の毛も長くなって女の子らしくなった。
■リンダ・メタゾール(十一歳~十二歳)
アンネリーゼの施術により、格段に美しくなった。胸は大きく、ウェストは細くなった。
■ゲシュタール・メタゾール(十五歳~十六歳)
■エミリー(十一歳~十二歳)
■メタゾール領民
前世における白人に相当。だいたい焦げ茶色の髪。
前世の母国人に比べると、二割ほど年上に見える。
■ロキシン・プロフ伯爵令息
伯爵家の三男。
高度な治療魔法を使うメタゾール家の娘をめとりに来たが、それが二歳の幼女だとはつゆ知らず、エミリーを切りつけて帰った。
■プロフ家の兵士
◆プロフ伯爵領
メタゾール領から三ヶ月かかるような遠いところにある。