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25 私を呼ぶ声

 私は、ハンターパーティ「聖女の守り手」の一員として、楽しい日々を過ごしている。

 私も魔物討伐数に物を言わせて、ランクBに昇級した。

 聖女の守り手は、貴族のお嬢様のように綺麗な女の子の集まる、ベテランのランクBパーティだ。


 嫁を求めて旅に出たのだけど、彼女らは違う。だからといって、もう別れられない。

 でも、何か別の嫁…が私を呼んでいる気がしてやまない…。


「今日は珍しく、巨大ワシの討伐依頼が入ってるわね」

「巨大ワシは嫌いだ…。近接のオレは役に立たないしな」

「矢も届かない」

「なんとか風魔法で落ちてきてくれればいいんだけどねー」

「遠すぎて攻撃魔法の制御もうまくできないのよね…」


 ラメルテオンのハンターギルドで依頼ボードを物色中だ。

 巨大ワシとか、大角熊とか、大きさを表す言葉が付いているけど、大きくないワシとか熊がいるわけではない。

 人間に対して相対的に大きいから大と付けるのだろうか。それだと大角ウサギとか成り立たないな。

 昔、小さいものが存在していた時代に大きいものが現れて、そう名付けられたのだろうか。


 飛行タイプの魔物かぁ。たしかに降りてきてくれないと近接は役に立たない。

 でもみんなパワーアップしているのだ。

 レルーパも少しだけ身体強化を使えるようになって、矢の射程が伸びてる。

 マクサは治療魔法以外は、風魔法や土魔法でのサポートが得意。精霊を付けた今なら、うまくワシを落とせるかもしれない。

 ファイヤボールは遠くに行くほど威力が減衰するし、誘導の制御ができなくなるけど、精霊を付けた今のアマージなら以前の二倍の距離は制御できるはず。



 バタンっとギルドの扉が開き、一人の…ご令嬢が入ってきた。

 嫁キター!って違うよ…。私はいつからこんなに好色になったんだ…。いや、だから私はエッチなことをしているわけじゃないってば。ってこれも堂々めぐりだから考えてもしょうがない!


「ハンターの皆さん、緊急依頼です!スタンピードが発生しました!」


 スタンピード、キター!冒険だ!

 緊急依頼は、基本的には領主や地域の要請を受けて、ギルドが発令する招集命令である。はっきりいって依頼ではない。ランクD以上のハンターには強制的に受けさせることができる。


「詳細な位置や規模はわかりますか?」


 受付嬢が出てきて、ご令嬢に詳細を問うた。


「北西の森から五〇〇体のトレントが押し寄せてきています。ラメルテオンの兵士三〇〇では負けてしまうでしょう。ハンターの皆さん、力を貸してください!報酬は一体につき金貨五枚です!」


 ここには五〇人のハンターがいる。三五〇人で五〇〇体に勝てるのだろうか…。

 ハンターの注目を集め、皆に聞かせるように大きな声で説明をした。

 この子、慣れている。あれ…、この子、どこかで…。


「分かりました。皆さん、聞いていましたか?北西の森にトレントが五〇〇体です!

 トレントはランクCの魔物なので、ランクDハンターは四人以上で一体を相手するように心がけてください。

 ランクCのハンターでも、できるだけ二人がかりで相手してください」


 ランクCの魔物は、万全の状態のランクCハンターが九割の確率で勝てるという位置づけのものである。でも十回も戦えば、全勝する確率は三割になってしまうのだ。

 これはゲームではない。一回負ければ終わりなのだ。二人がかりで相手をし、確実に勝てるようにしなければならない。勝率九十九パーセントでも足りないくらいだ。


 兵士の強さはランクCハンター相当なのだろうか。もしD相当だと、ラメルテオン領は終わりだ。だからCとかBなんだろうな。

 兵士がB相当だとしても、ランクCの敵に大勢で囲まれたら負けてしまう。それで兵士を失うくらいなら、金貨数枚でハンターを雇うなんて安いもんだ。

 ランクCの魔物に金貨五枚なんて、かなり羽振りがよい。だが、大勢を相手にするのに命をかけるのなら、金貨五枚は安いのかもしれない。

 この国境の地を任されているラメルテオンには、兵力のために国から補助金が出されている。ハンターを雇う金も、そのうちだ。大金が手に入るとなれば、気合いも入るというものだ。



 トレントは木の魔物だ。全長は三メートルから四メートル。

 スライムとかで見慣れてきたけど、木が動くなんて、この世界はやはりファンタジーだなぁ。


「町の北門に集合してください!ラメルテオンの兵士が集まっていますので、指示に従ってください!そして、ともに戦いましょう!」


「「「「「おー!」」」」」


 ハンターの士気を高めるカリスマ的なお嬢様。

 ラメルテオンのお嬢様…。あっ!


「あら…、あなたは…、メタゾール伯爵…」

「ロザリー様…、ごきげんよう…」


 私もみんなに混ざって叫んだら、ロザリーは私に気がついた。私のそばには聖女の守り手の五人がいて、女性の声がここから発せられていたから目立ったのだろう。

 それにしても私の声ってかん高くて声量もあってとくに目立つな…。まあ歌手活動で鍛えてるしね。っていうほど活動してないか。


 しかし、ロザリーとは四年ぶりだ。九歳の時でも大人びていたけど、四年経ってより色気を増したなぁ。

 普段着のドレスとしてメタゾールのドレスを着てくれている。軍資金をドレスに充てたりしてないよね?

 よし、嫁に相応しい。お持ち帰りしよう。


 じゃなかった…。私を呼んでいる嫁は、この子でもない。


「このような遠くの地で…、そのような格好で、何をやっていますの?」

「えっ…、ハンターです」

「平民落ちしましたの?」

「いいえ、魔物の素材を集めに来ました」


 ダイアナから頼まれた素材を一種類だけ見つけた。嘘は言っていない。


「はぁ?まあいいです。このようなところにいては危ないですよ。さっさと自分の領地にお戻りになったほうがよろしくてよ」


「いいえ、私はランクBハンターですので、この地を守ります。ね、皆さん!」

「ええ!」「おう!」「うん」「もちろん!」「はい!」


「えっ、本気で言っていますの?」

「ほら」


 私はスカートの中からハンターのランクを証明する金属のペンダントを取りだした。普通は首から提げておくのだろうけど、重いから嫌だ。首の血流が滞りそうだ。


「まあ…。分かりました。怪我をしないように気をつけてくださいね」

「はい」



 私たち六人は、北門に小走りで向かっている。


「アンネお嬢様って、やっぱりお嬢様なのね…」

「ああ、ラメルテオンのロザリー様と知り合いだとは…」


 イミグラもゾーミアも、ロザリーのことを知っているんだな。スタンピードなんて一度や二度じゃないんだろう。


「はい、同い年なんですよ」


「ロザリー様は、アンネお嬢様のことをメタゾール伯爵って言ってた…」


 レルーパは人の話を聞き逃さない。諜報員としても優秀だね。


「はい。私がメタゾール伯爵です。だから、正確にいうと私はお嬢様ではありません。今まで黙っていてごめんなさい」


「「「「「えええええっ!?」」」」」


「あの…、たいしたことではありませんので、今までどおり普通に接してください。私はただのパーティメンバーなので」


「伯爵様にいろいろと失礼をしてしまったかもしれないわ…」


「だから、ご令嬢でも貴族本人でも、礼儀なんて今更です。私は最初からお忍びで来ているんですから、貴族として扱わなくてけっこうです。いいですか?」


「わかったわ!」「ああ!」「了解」「はーい!」「はい!」



 北門には兵士三〇〇人とハンター五〇人が集まっていた。

 べつにハンターは軍に組み込まれるわけではない。いつもどおり連係プレーに慣れたパーティメンバーで、確実に敵を仕留めていけばよい。

 兵士の側からしても、どのように行動するか分からないハンターなど、まとめたくないのである。

 でも、どちらの方面を担当するかとか、簡単なグループ分けだけは事前に取り決めておいた。


 ラメルテオンの兵士とハンターたちは、共に領地や領民を守る仲間だ。関係は良好のようだ。悪意は伝わってこない。


「なあ、アンネお嬢様」

「はい、分かっていますよ。シルバー!」


 私はテントを背の高いモードにして、シルバーを呼んだ。


「ゾーミアを頼みましたよ」

「ぶひいいん!」


 私はシルバーの背中を何カ所か指圧して、気合いを入れてあげた。


「よろしくなっ!」

「ぶひいいん」


 ゾーミアの騎兵モードだ!数日しか練習してないけど、シルバーは乗っている者を振り落とさないように気をつけてくれるし、乗っている者の意をくんで動いてくれる。敵の攻撃を避けるのもうまい。魔法による援護射撃もある。

 というか、ゾーミアの騎兵モードの戦闘能力の八割は、残念ながらシルバーの実力である。


 ロングスカートでは乗馬できないので、ゾーミアには私と同じレザー風味のミニスカアーマーを作ってあげた。ズボンという発想は存在しない。

 イミグラがちょっとうらやましそうに見ていた。


 アリシアを出すことはできない。団体戦では敵の魔物と間違えられかねない。でも、いざというときには出られるようにしてある。



 ゾーミアはシルバーに任せるとして、私たち五人はできるだけ固まって、少ない敵を確実に敵を倒していく。トレントは動きが速いわけでもないし、まとまっても来ない。敵の数が多くても、順次倒していけば大丈夫だろう。


「マクサ、アマージ、これを渡しておきます」

「これは…」

「魔導石かしら?」


 今回は影収納に各属性の魔導石を持ってきた。


「魔力を惜しまず、ガンガン行きましょう」

「うん!」

「ええ!」


 ファイヤボールを打てる回数は、アマージは三十回、マクサは二十回というところだ。敵が多いから、すぐに魔力が尽きるだろう。魔道石がなければすぐ打ち止めだ。


 ちなみに、イミグラもゾーミアも、無意識のうちに身体強化を使っているようだが、身体強化は瞬間的なものなので、あまり魔力を消費しない。そして無意識にやっている者は、魔導石からの魔力を身体強化に当てるというようなことができない。

 精霊をまだ付けてから間もないので、予備燃料としてはほとんど使えない。まだ、イメージのサポートは、少し命中率が上がるとか、傷が少し綺麗に治るという程度だ。



 トレントは木の魔物。全長は三メートルから四メートル。太さは直径三〇センチから四〇センチ。高さ二メートルあたりのところに、目と口のような丸い穴が開いていて、その中央にながーい鼻のような枝が伸びている。

 その、顔の付近を切り落とすと絶命するのだけど、三〇センチの太さの木を剣で切るなんて無謀だ。


 根をタコの足のようにして歩き回る。なかなかに気持ち悪い。

 枝を振り回して攻撃してくる。枝はぐねぐねと曲がり、触手のように絡んでくることもある。枝だけではなく、根も同じように使ってくることがある。

 細い枝は剣や槍で落とすことができるが、太い枝は剣の刃が挟まったまま抜けなくなり、剣を奪われたりするので注意が必要だ。


 枝をどんどん落としていくと、攻撃手段がなくなるのかと思いきや、枝はまた生えてくるのだ。しかし、枝に使った分、本体がだんだん細く小さくなっていく。

 まるで粘土のようだ。まあ、土魔法を使って木を加工するときと同じようなものだ。土魔法のような原理で動いているのかもしれない。


 イミグラは剣を使って、どんどん枝を落としている。すると、みるみるうちに本体が細く小さくなっていった。本体の太さが十センチになったところで、イミグラは本体に横から剣を振りかざし、顔の付近を真っ二つにした。すると、トレントは動かなくなった。

 戦い慣れてるなぁ。



 マクサとアマージは、ファイヤボールを使っている。木であるトレントには有効な攻撃方法だ。

 それに、私はこの二人に、青い炎は赤い炎より温度が高くなるということを教えた。たったそれだけのことで、ファイヤボールの威力は増すのだ。

 マクサの専門は治療魔術なのでアマージほどではないが、マクサのファイヤボールはヘタな攻撃魔法使いよりずっと強くなったと思う。



 レルーパはマクサとアマージのそばで、ナイフを使って細い枝を落としている。弓矢のような刺し攻撃は、トレントにはあまり意味がなさそうだ。ナイフでもあまり太い枝は落とせない。

 だから、マクサとアマージに枝や根が巻き付いたりしないように、サポートをしているようだ。攻撃魔法では細かい枝を落とせないから、レルーパのサポートはとても有効だ。

 やっぱりこのパーティ、連携慣れしているなぁ。


 レルーパはあまり有効なダメージ与える手段を持っていないので、主にイミグラとマクサとアマージが一体ずつを相手にしている。

 三体までなら同時に対処できていたが、もう一体がやってきた。


 私も前に出よう。私のレイピアに刃は付いていないけど、それなりに細いので枝を叩き切れる。

 私もトレントの枝をどんどん落としている。


 うわっ、足に根が絡みついた!でも、私はそんなものに足を取られたりしない。私は足の力で根を引きちぎった。

 私に触手プレーは効かないよ。残念だったね。


 というか、枝を落とさないでも、最初から本体を狙えばよかった。このレイピアはそう簡単には折れないので、太さ三十センチくらいなら叩ききれる。



「うわっ、ちょっと離しなさいよ!」


 イミグラの足に根が絡みついた。イミグラお姉様に触手プレー!でも残念。イミグラのレザーアーマーはロングスカートなので、中がどうなっているのか分からない。せっかくパンツをあげたのだから、やはりミニスカアーマーを作ってあげないとなぁ。


 …じゃなかった。助けないと。

 私は十五センチのピンヒールのかかとで、イミグラに巻き付いている根を蹴り切った。ヒールはレイピアよりも細いので、こっちの方が切りやすい。

 これもアリシアのうろこでできているので、そうそう折れたりしない。


「ありがとう、アンネお嬢様」

「お気を付けて」



 一方、シルバーにまたがったゾーミアは苦戦していた。トレントに槍の刺し攻撃はあまり効かないのである。かといって、槍の先端の短い刃は、あまり切り攻撃に向いていないし、槍の柄で太い枝を落とすには力が足りない。

 シルバーは、ゾーミアが槍の先端をうまく敵に当てられるように、距離を調整してくれている。おかげで、ゾーミアもそれなりに枝を切り落とすことができていた。


 しかし、複数の敵に囲まれた場合は、シルバーもゾーミアのお膳立てばかりしているわけにはいかず、自分でも攻撃したり回避したりしなければならない。

 シルバーは足下の根をひづめで蹴散らし、少し太めの本体も後ろでバキバキと折り、複数からの攻撃は近づかれる前にファイヤボールで対処。

 シルバーはときどき敵の攻撃を避けきれずに食らってしまうが、シルバーは精霊による自動HP回復があり、ちょっとした傷ならすぐに治る。

 また、シルバーは、ゾーミアに攻撃が当たらないようにもしてくれているが、避けきれないこともある。ゾーミアが傷を負った場合は、シルバーがヒールで治してくれる。


 まるで無敵になった気分のゾーミアだが、その強さのほとんどシルバーによるものだった。まあ、今回は相手が悪いのでしかたがない。



 私たちは基本的に無傷。ゾーミアの負った傷はシルバーが治療。

 治療魔術師としてのマクサの出番は今のところない。私もね。


 しかし、私たち以外のハンターパーティやラメルテオン兵はそうでもないようだ。


「ぐわぁ…」

「くそっ!」


「副隊長!もう八人やられました!我々の治療魔法では手に負えません!」

「くそっ、撤退するか…」


「マクサ、手分けして他の人たちを治療しましょう」

「うん、分かったよ!」

「重症者は私に任せて」

「うん!」


 私は周りの者の黒ずみを見た。全身が真っ黒なハンターの死者二人、兵士の死者三人、ハンターの重症者六人、兵士の重症者三人。


「おい…、起きろよ…、返事しろよ…」

「大丈夫、深い傷で気絶しているだけですよ」

「えっ…」


 明らかに心臓に枝が突き刺さって、心臓が止まっているけどね。

 心臓の傷を滅菌して、溢れている血を集めて、傷をふさぐ。

 背骨の関節の筋肉を押して、心臓の鼓動を開始する。

 ほんとうは休ませてあげたいけど、戦力が欲しい。

 意識を回復させよう。


「ん、ん~」

「おい、大丈夫なのか…」

「ああ。敵は?」

「まだたくさんいる」

「じゃあ行くぞ!」


 さあ、他の死者と重症者も治療しよう。



「アンネお嬢様ー!この人、骨が折れちゃってて、ボクじゃ治せなかったんだ」

「分かりました。今行きます」


 この世界の治療魔法といえば、十人に一人は擦り傷を治せるというほど一般的ではあるが、どんなに高位の治療魔術師でも傷を癒すという域を出ない。高位の治療魔術師なら深い切り傷や刺し傷を癒すことはできる。

 でも筋肉断裂や、傷による細菌感染や、骨折のような怪我に対しては、ほとんど効果がないというのが実情だ。


 短い期間だけど、マクサには人体の構造を教えてある。それによって、骨折くらいなら治せるかなと思っていたけど、まだまだ無理か。


 私はマクサの手に負えなかった負傷者を治していった。これで、この辺りのハンターと兵士はまた戦える。

 でも、他のグループの者たちは…。


「マクサ、私は他の隊の者たちを治療してきます。みんなを守ってくださいね」

「えっ、ちょっと…、はやっ…」


 やはり、一体ずつ倒していくといっても、ちょっとした傷や疲労で動きが鈍くなれば、徐々に劣勢になっていくか。


 仲間の死を悼む心の声。悲しみ。色々な思いが立ちこめている。

 私たちは全滅はしないのかもしれない。でも、被害は甚大だ。兵士は燃料ではない。足りなくなったら補充すればいいというものではない。彼らにも帰る場所があるのだ。


 アリシアを投入しよう。味方に狙われてしまうかもしれない。でも、アリシアにも治療を手伝ってもらおう。分かるよね?私がやるのをいつも見ているよね?私は魔法で考えをアリシアに伝えた。

 ここは森の中。木陰に影収納の扉を開いてアリシアを出した。

 私は死者を、アリシアは重症者を優先して、治療して回った。


「おい、なんだ、魔物か」

「くそ、トレントだけでも大変なのに」

「待て!オレの相棒に何を…、あれ…」


 味方を治療して回る、不思議な魔物出現。ふふっ、がんばっているね。



「森を焼き払え!そうすればトレントに燃え移って全滅させられる!」

「おい、それはまずい」

「そうだ、この森があるからトレントが大量発生するんだ!」

「攻撃魔法使いはファイヤボールを森に放て!」


 それはさすがにまずいんじゃ…。第一この森ってどこまで続いているんだろう…。隣の国?


 やめて!木を燃やさないで!森だってそう言っているよ。

 誰が言っているって…?私は人の心を読めても、森の声を聞くなんてことはできないはず…。

 そういうのって土の精霊の管轄では?私の土魔法は、まだそんなとんでもないことができるようなレベルではないはず。


「「ファイヤボール!」」

「ファイヤボール!」


 あー…、やっちゃった…。

 しかし、森の木からトレントに燃え移って、一掃できそうなのも事実。これを消火したらひんしゅくものだ。

 しかたがない。トレントの通らなそうなところの木には水をかけて回ろう。火災被害を最小限に抑えたい。


 助けて…。この木だけは燃やさないで…。切らないで…。また聞こえた。こっちの方向かな…。

 私を呼んでいるの?私を呼ぶ思い…。これだ!今まで私を呼んでいたのはこれ!私を呼んでいた嫁!

 いや、嫁かどうかは分からないけど…。でもこれだあ…。ここ最近ずっと呼ばれている気がしていたんだ。


 この方向に進むと、私を呼ぶ思いがどんどん強くなる。トレントがいっぱいいるけどスルー。


 ここだ…。大きい木。この世界の木だから、何の種類か分からない。


「この木で杖を作れば、土魔法の威力が上がるって聞いたが…」

「くそ、どうなってるんだ。木を切ろうとした途端…」


 大きい木の前には斧を持った男が二人。


 お願い!やめさせて!

 トレントの発生を食い止めるために木を燃やす?

 そうではない。木を傷つけたから森が怒ってトレントが大発生した。

 卵が先か、鶏が先か。


 木を切るのをやめさせれば、トレントは治まるのかな。

 まあ斧を持った二人は、邪悪な考えを垂れ流しているから、背中をちょいとつついて再起不能にしておこう…。


「くゎ…」

「うっ…」


 これでいいのかな?


 すると、木の周りが緑の光に包まれた。いやこれは土の精霊の光!なんて大きさ…。直径十メートル…。

 緑の光は、しだいに小さく人の形になり、半透明から徐々に不透明になっていって、実体化した。

 木と同じ色でウェーブのかかったロングヘアーの上にはお花の冠。お母様のように肩幅からはみ出るほど大きなお胸と、細いウェストと、大きなお尻。そのボンキュっボンのナイスバディを、葉っぱブラと葉っぱビキニパンツと葉っぱパレオだけで隠したお姉さん…。靴はナシ、裸足。

 木の精霊?これが私を呼んでいたお嫁さん…。


『ありがとう~』

「うわっ、かるっ…。あなたはこの木の精霊ですか?」

『この木のってわけじゃないけどぉ、木の…、いえ、今は土の精霊って呼ばれているのかしら』

「えっ、土の精霊って、これのことですか?」


 私は自分の六十センチの土の精霊を指さした。


『そうよ』

「精霊って人型になったりするんですか?」

『大きな精霊はね』

「なるほど…」


 私の光の精霊の魔力よりも、はるかに大きい土の魔力をこのお姉さんに感じる。だって元は十メートルだし…。


『でも私は自分の姿を何百年も前に忘れてしまったから、この姿はたぶんあなたの記憶にあったものじゃないかしら』

「えっ…」

『あなたが私のことを木の精霊だと思ったんでしょ?ほら、木の精霊と言えばこんなの!みたいなことを考えていたでしょう』

「えっ…、たしかに…。木が守ってほしいと呼んでいたから木の精霊かなと思ったし…」


 それに前世の記憶で、ゲームとかアニメに登場する木の精霊ってこんなのみたいな…、と想像していた…。

 そうか…、私のイメージだからパンツをはいているのか…。葉っぱだけど…。さもなければ、この世界基準ではノーパンだったはずだ。


「だからといって、私の望んだ姿になってしまうものなんですか?」

『あなたって、自分の考えを伝えることができるのでしょ?あなたの強い思いが私をこうしたんじゃないかしら』

「えっ…」


 だとすると、もしかしたらこの口調やキャラまで、私が望んだもの?この包容力の高いお姉さんキャラ…。立て続けに嫁と離ればなれになった私を癒してくれるような新しい嫁…。

 いや、でも、そういうキャラはお母様で間に合ってるし。お母様のことはさんざん柔らかくしてしまったし。


『あ、私はもともとこういう性格と口調なのよ?』

「えっ…、また私の考えが漏れていましたか…」

『そうじゃなくて顔に書いてあるでしょう』

「あ…、そうでしたか…」


 うー…。


「あの…、もう変えられないんですか?」

『さあ。いやなの?あなたが求めた姿なのよ』

「えっ…」


 たしかにとても素敵だ…。ゲームでじっくりキャラメイクしても、この姿に行き着くかもしれない…。


「好きです…」

『そうでしょう~。うふっ』


 実に素敵なお姉さんだ…。


『それでねー、問題はまだ解決してないのよ~。ひとまず脅威は去ったけど、ここ最近こういう輩が多いのよね~。困った人が、この木で杖を作ると、土の魔法が強くなるとかいう噂を流しちゃったみたいなのよ~』

「つまり、この木を傷つけようとする者がいる限り、トレントをけしかけると?」

『そうよ~』

「はぁ…、それは人間が悪いですね。お姉さんはやはり土の精霊だから、見えるのは土の魔力の強い者だけですか?」

『たぶんそうね』

「それでは、お姉さんの助けを求める声が聞こえたのは、私の土の魔力が強いから?」

『そうね。みんなに聞こえるように魔力を流していたけど、あなたくらいしか気がついてくれる人がいなかったのね~』

「私に助けを呼んだからには、もちろん嫁になってもらいます」

『いいわよ~』

「えっ、いいんですか」

『でも、問題が解決してからにしてくれないかしら』

「お姉さんはこの木から離れられないんですか?」

『いいえ、私はあなたの想像する木の精霊とやらではないから、木から離れられないというわけではないけど、この木は私の思い出の木なのよ。これでも五百年前からある木なのよ~』

「なるほど…。この木に対する脅威がなくなればいいんですよね

『ええ、そうよ』

「それなら、この木を安全な私の領に運びましょう。それでいいですか?」

『ええ、根を傷つけないのであればね』

「それでは、土魔法で根の周りの土ごと、影収納に入れてしまいましょう」


 ふふふ…、またテントの魔道具を貸し出しするかと思って、闇の魔導石をたくさん持ってきたのだ。この木は容積的には、3LDKの魔導馬車の四倍程度というところだろう。それなら、私の闇の魔力の回復力と闇の魔導石があれば、余裕で持って帰れる。


 まず、土魔法で大きな屋根を作って、天井に影収納の扉を作る。そして土魔法で屋根を下ろしていって…、


『待って、待って~。地中に張ってる根は、もっと広いのよ』

「ごめんなさい。もっと広げます」


 それでも闇の魔力は数日は保つ。

 ちなみに、木を切ろうとしていた輩は、範囲外にぽいした。


「よし、これでいいですね」

『ええ』

「ところで、トレントはどうなりました?」

『もう、人間を襲うのはやめて、ただの木の振りをしてるわよ~』

「おお、そんな使い方をできるんですね。見張りとして最適です!」

『うふふ、良いでしょ~』

「はい」


「それではギルドに報告をしてから、私の領に戻ろうと思いますけど、それでいいですか、お姉さ…」

『ねえ、私はあなたの嫁なんでしょ?いつまでお姉さんなのよ。この姿には名前があるんでしょ?』

「そうですねえ…、ドライアドと思ったんですけど、それは種族の名前というか…」

『じゃあ、ドリーって呼んでちょうだい』

「分かりました、ドリー。自己紹介がまだでした。私はアンネリーゼ・メタゾール。アンネって呼んでくださいね」

『分かったわアンネちゃん。これからよろしくね』

「はい、ドリー!」


 ラメルテオンに着いてから、私を呼び続けていた嫁を手に入れた。思い出の木とやらと一緒にお持ち帰りだ。

 もちろん、聖女の守り手のみんなもお持ち帰りしたい。付いてきてくれるといいな…。



 ドリーの木があった場所から、ラメルテオン領への帰り道をドリーとお話ししながら歩いて帰った。

 ドリーはものをすり抜けるので、地面を歩くように見せているだけだ。そして重力の影響どころか慣性も影響しないはず。それなのに、歩いて上下するたびに、歩くのとは別の位相で、胸がたっぷんたっぷんと揺れている…。これも私の望んだ結果なのか…。


「ところでドリー、あなたは誰かに加護を与えている精霊というわけではないんですか?」

『私にもパートナーがいたのよ。五〇〇年前に死んじゃったけど』

「なるほど…」

『あの木はパートナーと一緒に植えた木なのよ~』

「わかりました。うちの領でご神木として大事にしましょう」

『ありがとう、アンネちゃん』


「じゃあ、私に付くというわけにはいかないんですね」

『そうよ。あなたはすでに土の精霊と契約しているでしょ。二重契約はできないわ』

「契約というんですね。魔力を与えるとなついてくれる、くらいに思っていました」

『まあ、そんなところよ』

「でもそれだと、私の土魔法の補助をしたりはできないんですよね」

『ええ。あなたの望みを聞いて叶えるという契約はしていないもの』

「なるほど。魔力を与える代わりに、望みを叶えるという契約なんですね」

『だけど、助けてくれたから、口答で何か言ってくれれば、できる限りのことはするわよ~』

「ありがとうございます!」

『うふふっ。あ、口答じゃなくても、あなたは自分の考えを伝えることができるのよね。そっちのほうが具体的なことが分かっていいわ』

「分かりました」


『それにしても、アンネちゃんの精霊は、ここ二〇〇年で見た中では、いちばん大きいわね~』

「私の土の精霊なんてたいしたことないでしょう」

『もちろん私と比べればね。でも、最近は豆粒みたいなのしか見たことなかったのよ』

「人間は精霊を見ることができないし、契約方法も知りませんからね」

『えっ?そうなのぉ?意地悪で魔力をくれないわけではないのね』

「意地悪はしませんよ。私の領地の民には、精霊との契約のしかたと、精霊に魔力をあげる方法を教えています」

『早くアンネちゃんの領地に行きたいわ~』




「アンネ!無事だったのね!」

「心配したんだぞ!」

「周りを治療してくると言ったあと帰ってこないから…」

「ボクもはぐれちゃったから心配したよ…」

「アンネお嬢様ぁ…」


「くぉーん」


 アリシアまで!みんな放っておいてごめんね!


「ぶひいいん」


 シルバーもよく頑張ったね。


「ごめんなさい。その…、えっと…、こちら…」


「「「「「んー?」」」」」」


 おっと、ドリーを紹介しようと思ったけど、みんなには土の精霊が見えない。


「…ではなくて、向こうの方に話の分かるトレントのボスがいたんで、説得してきたんです」


 嘘は言っていない。ドリーはトレントのボスだった。


「「「「「ええええええ」」」」」


「そうよね…、アンネお嬢様はドラゴンも手懐けられるんだもの」


「アンネお嬢様はトレントを手懐けられて当然」


 しかし、ドリーのことはみんな見えないのか。見えないお嫁さん…。むふふ…。

 いや、ダイアナとリーナには見えるよな。お母様もたぶんもう見えていると思うけど。あと、領民の若い子にも見えるな。


 アリシアはドリーのことが見えてるみたいだ。畏敬の念を抱いている。そりゃあ、十メートルの精霊だからね…。




 ギルドに戻って討伐数を報告だ。トレントは鼻になっている枝にユニークな特徴があって、これが討伐数としてカウントされる。また、この鼻を杖にすると、土魔法の飛距離が上がるらしい。


「おれ…、騎兵やってたから一本も拾えなかった…」

「ぶひいい」

「えっ…」


 シルバーの腹に影収納の扉が開き、大量のトレントの鼻が落ちてきた。

 シルバーは影収納を使えるのだ。戦いのさなか、自分の腹でできた地面の影に扉を開いて、トレントの鼻を回収していた。


「ありがとう…シルバー。オレが倒した分を持ってきてくれたなんて…」

「ぶひー」


 いや、これらの八割は自分の倒した分だとシルバーは主張している。

 とはいえ、倒した数だとヒーラーやサポーターに点数が入らないので、パーティでの活動では功績や拾得物は分け合うのが基本だ。シルバーはパーティメンバーというわけではないので、やっぱりパーティの六人で功績を分けることになるけど…。


 アリシアも羽根の裏に影収納の扉を開き、五本のトレントの鼻を出した。アリシアはヒーラーだったが、ときどき襲われている者を助けたりしていたようだ。


 ちなみに私は一本だけだ。私の拾得物…、ドリーはあげないよ!シェアしないよ!

 あ、でも、いずれみんなが土の精霊を見えるようになったら、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりするのはシェアということになるかな。しかたがないなぁ。それならいいよ。



 結局みんなで集めたトレントの鼻は四五本。

 そのうち二〇本がゾーミア、と見せかけて、十六本がシルバーの功績であり、ゾーミアは四体しか倒していないと、シルバーは主張している。もう、分かったよ。シルバーには私がご褒美をあげるから勘弁してね。

 それから、イミグラ八本、アマージが八本、マクサが三本。私が一本、アリシアが五本。

 金貨二二五枚だ。ほくほくだ。




「皆さん、ご協力ありがとうございました。惜しくも命を落とした者もいるでしょう。遺族、またはパーティメンバーには、ラメルテオン侯爵家から弔慰金をお出しします」


 いやあ、ラメルテオン家は手厚いなぁ。ロザリーはカッコいいね。嫁にもらっても…、げふんげふん。

 ここは良い領だね。貴族当主も兵士もハンターも、一体感があるね。


「あの…、それが…」


 ギルドの受付のお姉さんが、


「今回、死者と重症者がいないのです」

「はぁ?いつももっと小さい規模で死者は出ているでしょう」


「それが…、オレは死ぬような傷を負っていたのに、何ごともなかったように治してくれた人がいたんだ。見てくれ、この鎧の穴」

「コイツも死ぬような傷…というか死んだと思っていたんだが…」

「あれはまるで、聖女…」


 辻リザレクションをして回っていたのはもちろん私しかいない。だけど聖女はやめてほしい。


「あと、もうやられると思ったら、白い魔物が助けてくれたんだ。そして、オレの折れた腕を治してくれたんだ」

「オレも切られた足を白い魔物につなげてもらった」

「そうそう、あそこにいるやつ」


 それはもちろんアリシアだ。やばい、アリシアは普通にギルドに顔を出しているじゃないか。

 ダメだ。もうここにはいられない。


 私はイミグラの腕を引っ張って、ギルドの外に出た。


「どうしたの、アンネお嬢様」

「あの…、私はもうラメルテオンにはいられません…」


「えっ、お別れなの?」

「いやだぞ、オレは」

「そんなの困る」

「寂しいよう…」

「アンネお嬢様ぁ…、お別れなんていやよ」


「私も離れたくありません。だから…、私に付いてきていただけませんか?」


「「「「「えっ…」」」」」


「私はあなた方の都合を考えずに言っています。あなた方にも家族がい…」


「行くわ!」「もちろん行くぞ!」「当然行く」「ボクも付いていくよ!」「どこまでもついて行きます!」


「あ…、はい!」


『あらぁ、アンネちゃんは私だけじゃ飽き足らず、五人もお嫁さんをお持ち帰りするのねえ』

「えっと…」


 っと、ドリーのことはみんなには見えないので、ドリーに話すと独り言を言っているように見えてしまう。

 誰にも見えないサポートキャラと話す痛いヒロイン、というやつにならないようにしないと…。




 後ろから…、ギルドの中から、私への強い思いが飛んできた。悪意ではない。

 ドタンっ!ギルドの扉が開いて…、


「アンネリーゼ様!」


 ギクっ…。

 後ろから、ロザリー・ラメルテオンの声。


「は、はい…」


 ぎいいい、というような、錆びた機械のような音を立てて振り向く私。


「死者や重症者の治療をしたのはあなたでしょう!それと、その白い魔物!」

「えっと…、はい…」


「えっ…、アンネお嬢様、死者を蘇らせられるの?」

「マジか…」

「狩りで私たちが仕留めたオークが息を吹き返してたから、もしやと思ってたけど…」

「やっぱりそうなのかぁ…。腕がちぎれている人はもちろん、心臓を貫かれてる人までいつの間にか普通に戦ってたもん…」

「アンネお嬢様って…、聖女様…」


 ぎゃー…。


「と、とりあえず、立ち話も何なので、こちらへどうぞ」

「「「「「ええええ」」」」」

「え、ちょっと、何ですの!」


 私はギルドの建物で影になっている壁にテントへの扉を開いて、聖女の守り手の五人とロザリーを強引に、押し込んだ。あとアリシアも。

 テントの魔道具は、私の影収納でできているので、テントから入らなくてもよい。

 テントの入り口を閉じて、シルバーに乗った私は、急いで街を出ようと思ったけど…、これじゃロザリー誘拐になってしまうので、ひとけのないところに裏通りに避難した…。あんまかわんないか…

 だって、ギルドの中で、私に向けられた強い思いがたくさん発生していたので。


 ちなみに、ドリーは精霊なので飛ぶことができ、物理的な干渉を受けることなく、シルバーに乗った私に付いてこられる。


『あらあら、大忙しね~』

「はい…」




 一方、テントの魔道具の中に押し込まれたご一行。


「もう、何ですのぉぉ!あら、ここはどこ?貴族の屋敷?にしては狭いですね」


「あら、アンネお嬢様のテントの中ね」

「テントから入らなくてもテントの中なんだな」

「人を生き返らせるなんて魔法を知られたくないのかもしれない」

「なるほどねー。でも隠してるとは思わなかったよ」

「秘密のアンネおじょ…聖女様…素敵だわ…」


「やはり、死んだ兵士やハンターを生き返らせたのはアンネリーゼ様なのですね」


「お、おそらくそうです」


 リーダーのイミグラが応えた。

 ロザリー様はちょっとお堅い。いや、アンネお嬢様が貴族としてゆるすぎるだけだ。

 でも、この人は理不尽に怒鳴りつけるような人ではないことは知っている。ハンターや領民に人望があることも知っている。


「お、お座りになりませんか」

「え、ええ…」


 ここは食事をするダイニングルーム。長いテーブルに八個の椅子が並べられている。


「あの…、その白い魔物は大丈夫なんですの?」

「はい。アンネお嬢様が手懐けられているドラゴンです。私たちとともに戦ってくれます。治療の魔法を使えることは知りませんでしたが…」

「はぁ…。人を生き返らせる魔法に、人を癒すドラゴンの使役ですか…。それにこの場所は何ですの?」

「テントです。最近はいつもここで野営しています」

「はぁ?私たちはギルドの前にいたでしょう。どういうことなのです?」

「私たちにも分かりません…」



 アンネリーゼは街の外れで影にテントの中への扉を開き、シルバーとドリーと共にテントに入った。


「あっ!アンネリーゼ様!どういうことか説明してください!」

「ロザリー様…、申し訳ございません。今日はお疲れでしょう。まずはお風呂に入りましょう」

「えっ…、お風呂って、王族がたまに入っているという…」

「はい。こちらでお召し物をお脱ぎください」

「えっ、ちょちょ、あ~れ~」


 ロザリー嬢は、アンネお嬢様に強引に脱衣所に連れて行かれ、くるくる回されながらドレスを引っぺがされていった。


「私たちも入っていいのかしら…」

「侯爵令嬢様だぞ…」

「アンネお嬢様は伯爵様だけどね」

「今はやめておこうか…」

「うう、侯爵令嬢様も興味あるのに…」




 私はヒストリア王国では、もはや聖女として祭り上げられてしまっているけど、ロイドステラ王国ではまだそんなのは嫌だ。

 ヒストリア王国ではセレスの権力が盾になっていて、聖女には手出しできないことになっているけど、ロイドステラ王国ではそうではないのだ。

 聖女と結婚したいとか、聖女として国中に奉仕しろとか言われても困る。

 でも、二歳の時にいたなぁ…。聖女と結婚したいというやから…。それにすでに、ヒストリア王国では一ヶ月ごとにご奉仕してるんだ…。


 ふふふ…。ロザリーをとろとろにしてうやむやにしてしまおう。


「アンネリーゼ様、なんですの!」

「お背中を流しますね~」

「あああああああん……」


 ロザリーを強引に座らせて、お背中の毒素を流す。私に関する記憶を流す。これぞ私流の背中を流す。


『あらあらぁ、気持ちよさそうね…』

「おっと…、そうでした。扉を閉めても入ってこられるんですね」


 ドリーは幽霊みたいに壁を抜けて入ってきた。

 そもそも、ドリーは精霊なので、人間のように見えるこの姿を、私は視覚で見ているわけではない。他の精霊と同じように、壁の向こうにいても見えるのだ!びっくりしてしまった。

 森では壁がなかったので気が付かなかった。


 それに、ドリーの声!これも、精霊を見る感覚と同じで、通常の聴覚で聞こえるものではなかった!考えを読む魔法とも違う。


「ごめんなさい、今日はこちらの方を施術してしまいますね」

『いいわよ~。何をやっているのか知らないけどね~。この子もお嫁さんなの~?』

「是非そうしたいところですが、ちょっと無理です」

『あら、残念ね~』


「あああああん…」


 ふふふ…。侯爵令嬢っていったって、お手入れの質は限度がある。この世界ではお風呂も入れないんだ。

 素材が良いからやりがいがあるなぁ。髪の毛つやつや、お肌もちもちにしてあげよう。


『あらあら…、ほんとうにすごいわね…。私もあとでお願いしたいわ…』

「はい…。あれ…。ちょっとドリー、こっちに来てください…」

『はぁ~い』


 あとでと思ったけど、ドリーって触れるのかな…。

 私は寄ってきたドリーの手に触れてみた。触れてみようとした…。私の手は、ドリーの手をすり抜けた。ああ…、やっぱり…。


『あはあああん…』

「えっ?」

『アンネちゃんの指、すごいわぁ…』

「触れられなくても、魔力を込めれば施術できる?こう?」

『あああああん…』


 ここ最近、誰かを押したくて指先から常に光の魔力があふれ出ている。なんかもう、触れただけで気持ちいいみたいだし…。

 それが精霊に対しても起こっている?


『ねえ…、はぁはぁ…、土の魔力を少しブレンドしてみてぇ』

「こう?」

『あはああああああん…。最高よ~…』


 人間へのカイロプラクティックが精霊に効くのだろうか…。私はドリーの姿形だけでなく、筋肉組織とかも想像で作ってしまったのかな…。それも、ほぐすと気持ち良くなるという性質まで再現して…。でも…、


「もっと試したいのですが、今はロザリー様を仕上げて、お話しなければなりません。ごめんなさい、ドリー…、またあとで…」

『アンネちゃんのいけず~…』


 ロザリーの記憶が曖昧になるまでとろとろにしてしまおうと思ったんだけど、そんな目的で施術するなんてダメだ。ちゃんとお話ししよう。

 というか、最近、声を上げさせるために施術したりとか、悪用しちゃダメだ…。


「ああああああああん…」


 お風呂の外に漏れ出るロザリーのあえぎ声。


「アンネお嬢様…。激しいわね…」

「ロザリー様も連れていくのか?」

「それじゃ誘拐になる」

「ロザリー様はたぶん無理だよう」

「ロザリー様も加わってくれたら嬉しいわぁ」


「ロザリー様、ドレスを着ましょうね」

「は…い…」


「あ、出てきたわ」

「うひょー!めちゃくちゃ綺麗になってるぞ」

「お嬢様はレベルが違う」

「ロザリー様…、とろとろ…」

「ロザリー様も素敵…」



「ロザリー様、落ち着かれましたか」

「え、ええ…」


 このダイニングテーブルに椅子は八個。それぞれが席に着いた。

 聖女の守り手の五人、プラス私一人、ロザリー様、そして、ドリー。

 って、ドリーは物理的なものには干渉しないので、空気椅子状態だろう。そして、ちゃっかり座って話しに加わるような顔をしておきながら、私以外の誰にも見えていないはず。


「質問にお答えしましょう」

「えーっと…。まず…、アンネリーゼ様は人を生き返らせる魔法を使えるの?」

「はい。でも、死んで間もない者だけです。時間が経つとおそらくできません。それから、頭部の損傷が激しい者も、おそらくできません」

「それを奇跡といわずに何というのです…」

「そうでもありませんよ。心臓が止まってすぐなら、魔法を使わずに再び心臓を動かす方法もあるのです」

「すごいわね…。そんなにすごいことができるのに、その力を使えることを皆に知らせないの?」

「はい。でも、私の領では、誰もがこの力を使えるように、皆に知識を付けてもらっています」

「えっ…、誰もがその力を使えるようになるの?」

「知識と、あとは魔力しだいですが、どこまでできるようになるかは分かりません」


「なるほど…。あなたはその力を独占したりはしないのね」

「当然です。ロザリー様も、領民全員で領を守っていこうとお考えでしょう。それと同じですよ」

「そうね。その通りだわ」

「それに、メタゾール領だけではなく、すでに隣のプレドール領とテルカス領でも、この取り組みを始めています。それから、マイア様の領地でも」

「それはほんとうなの?私にもその知識を分けてほしいわ」

「もちろんかまいません。いずれ全国に広めていこうと思います」

「素晴らしいわ!どうすればいいのかしら。あなたの領地に行けばいいの?」

「そうですね、私の領地にある学校という施設で勉強していただければと思います。マイア様も、ヒルダもシンクレアも、うちの領地で学んだことを自分の領地で実践しているんですよ」

「すごいわ!領地を運営しようとしている女性がそんなにいるなんて!私、あなたの領地で学びたい!」


 あれ…、ロザリーをお持ち帰りできそうだ…。


「分かりました。ちょっとその…、この部屋を維持している魔力の都合で、遅くともあさってには一度メタゾールに戻らねばなりません。準備もあるでしょう。十日後にお迎えに上がりますがいかがでしょうか」

「それでいいわ!そうそう、この部屋ってなんなのです?私はギルドの前にいたはずです」

「これは影収納という魔道具です。これもゆくゆくは商品化しようと思っています。簡単にいうと、見た目よりも中身が大きい入れ物を作る魔法です」

「そんなすごいことが…」

「ただ、魔力の種類の都合で、作れる者がまだ私以外にいないのです。だから、領民に作れる者が出てきたら、商品化します」


「わかりましたわ。あ…、ちょっと待って…。一度メタゾールに戻って、十日後にまた来る?メタゾールまでは七十日かかるはず…」

「私の馬なら、十時間でここまで来られますよ」

「はあ?」

「馬車を引くともっとかかってしまいますが、ロザリー様にはこのお部屋ですごしていただいて、私が十時間馬で移動すれば、メタゾールに到着します」

「そんなに速く国の端から端まで移動できるなんて…」

「これも、いずれはすべての民が利用できる移動手段にしたいですけど、今はまだこれほどまでに速く走れるのは私の馬だけです」

「なるほど…。アンネリーゼ様の馬はすごいのですね…。七十日がたったの十時間…」

「はい。馬車を引かなければ、普通の馬車の三十五倍の速さです」


「なるほど……。ではもう一つ。あの白い魔物…ドラゴンは何ですの?」

「えっと…、今回のように魔道具の素材を探していたら出会いました…」

「そうなの…。あなたになついているのね」

「ホワイトドラゴンはもともと温厚なようです。あとは、私の光の魔力を気に入っているようです」

「私も魔力を鍛えれば魔物と仲良くなれるのかしら」

「まあ、魔力の鍛え方も、メタゾールにいらしたら一緒に学んでいただきます」

「楽しみだわ!」


「他に質問はございませんか?」

「もう一つあったわ!私、こんなに髪が綺麗だったかしら…。あなた、何かした?」

「お風呂に入ったではありませんか」

「あ、そうだったわ…。そうよねえ…。お風呂で洗ったからよね…。お風呂ってとても良いわね…」


 お風呂で何があったかいまいち覚えていないみたいだ。まあ、メタゾールに来たら、毎日…むふふ…。


「それでは、もう外は暗くなっています。ギルドへは馬車で来られたのですか?お付きの者が心配しているでしょう」

「そうね。長居したわ」

「それでは、ギルドの前に扉を開きますので、少々待っていてください」

「はい」


 私はテントの影収納から人気のない裏通りに出た。辺りは真っ暗だ。走ってハンターギルドに向かった。

 ハンターギルドはいまだに私に対する熱狂的な思いに溢れていて、とても入れる雰囲気ではない。

 しかたがないので、ハンターギルドの裏側にテントの影収納への扉を開いた。


「イミグラお姉様…、ギルド付近にいるはずのラメルテオン家の使用人の元までロザリー様を送ってくださいませんか」

「ええ、いいわよ」


「それではごきげんよう、アンネリーゼ様」

「ごきげんよう、ロザリー様」


 ギルドの裏に開いた影収納の扉は、イミグラが帰ってくるまで開けっぱなしだ。



「ねえねえ、メタゾール領ってどんなところ?」


 マクサが興味津々に聞いてきた。


「それがですね…、メタゾールにはラメルテオンのような強い魔物はいなくて、スタンピードなどとは無縁で、冒険ができない地なのです。皆さんには物足りないかもしれないです…」

「えっ?魔物がいないならいいじゃん」

「へっ?」

「えっ?平和なんでしょ?」

「あ、はい」


 あれ?私はいつから危険大好きな戦闘狂になったのだ?

 いや、私は、嫁を手に入れるためであれば、危険を顧みずどんな場所にも赴く!だけど、危険自体を求めているわけではない。

 そもそも、嫁を求めてって…、私はいつからこんなに好色になったんだ…。あああ、だから、私はエッチなことをしたいわけではなくて!


 あああ…、おかしい…。私はたくさんのお嫁さんに囲まれている生活が当たり前になっていて、それがなくなったから狂ってしまったんだ…。お嫁さんを奪われたら世界を滅ぼしかねない…。

 でもお嫁さんを補充したし、これからは心が落ち着くかなぁ…。


 こんなにたくさんお嫁さんを増やしてしまって、みんな受け入れてくれるかな…。今度は別居状態のみんなのほうが寂しくなってしまうよね…。


 クレアとかすぐに泣かせてしまいそうだ…。なんとか一緒にいられる方法を考えなければ…。

 ヒルダは意外と寛容だったけど、八人だったお嫁さんが、いきなり十五人に増えたら、やっぱり寂しくなってしまうかな…。


 セレスはどうだろ…。カローナも…。二人は可愛い子なら私でなくとも受け入れてくれる気がする。

 レグラはまあ、文句を言わないだろうな。

 そもそも、みんなが私だけのお嫁さんなのではなく、みんながみんなと結婚してくれればいいんだけどなぁ。


 マイア姫はすでに五人増えることを知っているし、それがさらに二人増えるくらいでは…、怒るか…。



「…ンネお嬢様!ねえってばぁ!」

「あれ…、ごめんなさい。考え事を…」

「アンネお嬢様はときどき考えにふけることがあるよね~」

「ご、ごめんなさい…」


 メタゾール領のことを聞かれたのに、かってにお嫁さんの悩みに突入してしまった…。

 ああ、この子たちにも、すでにお嫁さんが八人いるってことを打ち明けないとなぁ。



「ただいまー」


 イミグラが戻ってきた。


「おかえりなさい」


「おう」

「早く!」

「おかえりー」

「遅いじゃない!」


「「「「「アンネお嬢様!」」」」」


「もうここでいいですね…。入り口を小さくしておけば見つからないでしょう。それでは、お風呂ですね」


「ええっ!」「おう!」「当然」「もちろん!」「もう限界!」


 私はさっきロザリーと入ったけど、みんなとも入らないとね!


『私もよぉ!』


 ドリーの続きもやらないとだ!



「ああああん…」

「あはあああああん…」

「ああんんんんん…」

「ああぁぁん…」

「あああはあああん…」


 みんな今日はお疲れ!


 五人を湯船に入れて…、あ…、五人には見えないドリーを施術するのは、五人にはエアーマッサージに見えるのでは…。

 …と、湯船の五人を見ると、みんなうつろな顔をしていて、私が奇行をしていても気が付かなそうだ。よしっ!


「ドリー、こっちへ」

『はぁ~い』


 ドリーには触れられないので、筋肉が堅くなっているのか見た目だけで判断しなければならない。

 でも、私ならできる!精霊に触れて、筋肉の固さを感じることができる!

 できた!感じられた!五〇〇年分の筋肉のこりだ!とても堅い!この筋肉は私が作った設定ではないのかなぁ。

 よーし!五〇〇年分、押しがいがあるぞ!


『あはあああああああん…』


 おお…。ちゃんと姿が変化するじゃん…。血行を良くしてあげたら、より肌が綺麗になったよ…。これ、私の作った設定なのかな…。


『はぁ…はぁ…。今までこんなふうに感じたことはなかったわぁ…。アンネちゃんの考えてくれたこの姿はすごいのね…』


 ああ、やっぱり私の考えた設定なんだ…。私の考えた理想のお嫁さんなんだ…。

 思うところはあるけど、施術できない普通の精霊にならなくてよかった。


『ああああああん…』


 ふぅ~…。満足…。

 指先から魔力が溢れてむずむずしていたのが止まった。やっぱり、毎日これくらいの人数のお嫁さんをマッサージしないと、私はもうダメなんだ。



 さて、今日からはベッドに新たなお嫁さんが加わる。といいたいところだけど、ドリーは物体に干渉することがないので、エアベッドになってしまうのかな。そもそも寝るのかな?

 人前で虚空に話しかけると痛いヒロインになってしまうので、光魔法で考えを伝えよう。


『私は寝ないわよ~。でも、アンネちゃんとなら一緒にベッドに入ろうかしら!』


 是非!



 お風呂でマッサージをしてあげたけど、今日はみんな精神的にも疲れたのだろう。あっという間に寝てしまった。

 私も目をつぶり…深い眠りに入…ろうと思ったら、目をつぶっているのに、見えているドリー…。目をつぶっているのに、ドリーと目が合った…。


『はあ~い。何かしら!』


 今までだって目をつぶっても精霊が見えていた。でも精霊というのは、ただの光、綿毛のようなものである。視覚ではないので明るくて脳を刺激してしまい眠れないということはなかった。

 しかし、こんなはっきりとした形、しかもヒト型の精霊なんて初めてだ…。今までこの精霊を見るための視覚のようなものからは、たいした情報は得られなかったのだ。ダイアナと精霊を並べて文字を書いたりはしたけどね。

 でも今はドリーと目が合ってしまって眠れない…。反対を向いてしまうと、なんだか素っ気ない…。


 真っ暗闇の中にドリーだけがいる世界…。あれ…、なんだか落ち着く…。私は安らかに意識を手放した。

■ロザリー・ラメルテオン侯爵令嬢(十三歳)

 四年前のデビュタントパートでシンクレアのドレスを破いて意地悪した悪役令嬢、と見せかけて、領民に慕われている、ほんとうは真面目で誠実なご令嬢。


■ドリー(五百歳以上、外見は永遠の十七歳)

 直径十メートルの土の精霊。アンネリーゼが木の精霊といったらこんなの、と一瞬イメージしてそれが考えを伝える魔法により伝わったことにより、ヒト型をした精霊となった。

 木と同じ色でウェーブのかかったロングヘアーの上にはお花の冠。肩幅からはみ出るほど大きなお胸と、細いウェストと、大きなお尻。そのボンキュっボンのナイスバディを、葉っぱブラと葉っぱビキニパンツと葉っぱパレオだけで隠したお姉さん。靴はナシ、裸足。


■ラメルテオン領のハンター

 五〇人がラメルテオン領のハンターギルドを拠点としている。トレントとの戦いで命を落とした者もいたが、アンネリーゼの魔法で蘇った。


■ラメルテオン領の兵士

 三〇〇人。トレントとの戦いで命を落とした者もいたが、アンネリーゼの魔法で蘇った。


■トレント

 木の魔物。


◆聖女の守り手

 ラメルテオン領で活動するハンターパーティ。メンバーが全員ランクBになったので、パーティもランクBに昇級した。

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