23 冒険といえば
私は十三歳になった。
なんだかんだいって、ヒストリア王国の改革準備には一年かかってしまったのだ。
結局、みんなで水着を着て海に行くとかできなかったな…。ヒルダとクレアとマイア姫を先に帰しちゃったし…。三人とも自分の領地でお仕事だ…。
竹ではなくシルクの卵から出てきた二人の女の子…、セレスとカローナは、月の国ではないけど海を隔てた遠い母国に帰ってしまった。
二人は平民の出という設定だった。だからというわけではないけど、平民の商家に嫁に出したということにした。
この国で管理されているのは、貴族の正式な結婚のみだ。子孫でも養子でも平民と結婚した場合は、誰と結婚したか国に届ける必要はない。ただメタゾール家から除籍しただけだ…。
レグラも短い間だったけど、筋肉質な肉体美の良い子だったなぁ。もちろん、セレスとカローナを側で支えるために、ヒストリア王国に残っている。
寂しい…。あれだけたくさんいたお嫁さんは、今ではお母様とリーナとダイアナだけになってしまった。
でもリーナは七歳だし、ダイアナは三歳だし、どちらもちょっとお嫁にもらうにはちょっと早い。
お母様は永遠の十七歳なので、お嫁にもらうには丁度よい。
この国には親子や兄弟姉妹で結婚してはならないという法律はない。
ただ、娘が父親を避けるのは本能的なものである。小さい頃に「パパと結婚する」と言っていた可愛い娘が「パパ臭い。洗濯物いっしょにしないで」と言うのは、しかたがないことである。
私はお父様のことを臭いと思ったことは…、生まれたときからずっと臭かった…。この世界に風呂はなかったのだ。お父様が特別臭かったわけではない。むしろ、使用人に身体を拭かれていて、比較的臭くない方だったとは思う。お父様は何もできないけど、嫌な性格ではないし、無駄にイケメンだし、べつに嫌いではない。
だからといって、私はお父様と結婚したいと思ったことはない。私は生まれる前から物心がついていたのだから、少なくとも私の目がはっきり見えるようになってからは、お父様に裸を見せたこともない。目が見える前は分からない…。生まれたとき裸のまま高く掲げられた…。あれは怖かった…。
だけど、お母様と結婚したいと思ったことは何度もある。お母様は私が生まれたとき、ちょっと幼さの残る可愛い美少女だった。
私は女の子どうしで子供を作る魔法を使える。おそらく、私の光の精霊は、カローナの光の精霊から教えてもらったのだろう。
だからといってやらないよ…。やっちゃダメだよ…。
ちなみに、娘が本能的に交配を避けるのは、父親だけに限ったことではなく、近い遺伝子を持つ者だそうだ。つまり、普通に考えれば兄と弟が対象であり、娘が母親を避けるというような話は聞かない。そもそも、本来なら母親は交配対象にならないからだ。
もちろん私はお母様もリーナもダイアナも避けたりしない。
だからやらないってば…。
「ねえアンネちゃん、私のおっぱいをもっと飲んでほしいの。六人に飲んでもらっていたのが二人なっちゃって、溢れるようになっちゃったのよ…。それにちょっと痛いのよ…」
私はお母様の母乳を大勢で飲めるようにお母様の乳腺を魔改造してしまった。おかげで六人で飲んでいても足りなくなることはなかった。
でも、飲む人が急に減ったせいで溢れるようになってしまったということだ。
「いただきます…」
私はお母様の母乳をいただいた。卵と牛乳を手に入れて以来、食材は増えておらず、最近食事に飽きてきた。いまだにお母様の母乳がいちばん美味しい。
飲まなくなったら自然に止まるはずだけど、あまりに乳腺を鍛えてしまったせいで、そう簡単に止まらないようだ。
私が二歳の時、お母様が二ヶ月かけて王城に行ったときには、母乳が風前の灯火になっていたというのに、今では止まらなくて困っている…。
お母様の乳腺を鍛えるのは、ヒルダとクレアが出ていったときにとっくにやめているので、お母様の胸がこれ以上大きくなることはないと思っていたのだけど、母乳が溜まって張っているせいなのか、また胸が大きくなっているように見える…。この大きなスイカは果汁のタンクではないはずなのだけど…。
お母様の胸は二つ合わせて、すでに肩幅を超えるほど大きくて、かなり邪魔そうなのだけど、邪魔になるほど大きな胸にお母様は満足なようだ。むしろ、邪魔であることを喜んでいるようにも見える。
大きなお胸をテーブルの上のお皿に引っかけてひっくり返してしまって「ああもう、またやっちゃったわぁ」なんて言っているけど、顔は嬉しそうだ。そして、そんなお母様のことを可愛いと思っている私…。
これは、幼い子供がまだうまくしゃべれなかったり、不器用にしかできなかったりするのを可愛いと思うのと同じ感情…。可愛いお母様の胸が大きすぎて失敗してしまうことで、より可愛いと思ってしまう…。
「お母様…、普段のドレスのときでも、ブラを付けてくださいと言ったでしょう…。母乳がドレスに染みて…、その…見えてしまっています…」
「あらホントだわ。アンネちゃんはブラを付けてるから、溢れても見えないのね」
「えっ?あっ…」
って、人ごとじゃなかった…。私も漏れてるじゃん…。私は自分の乳腺を鍛えていないのに…。
私の身体は光の精霊のおかげで常に尋常じゃないくらい血行が良い。なんだかんだいって、私もみんなに母乳を与えていたから、必要な量を確保できるようにかってに鍛えられてしまったようだ…。
「じゃあ、私がアンネちゃんのおっぱいを飲むわね」
「えっ…、はい…、お願いします…」
私がお母様に母乳を与えて育てる日が来るとは…。私がお母様を育てた。既成事実となった。
私がお母様の母乳を飲んで、お母様が私の母乳を飲む。これぞ永久機関。二人で飲みあっていれば、他に食事を取る必要がない!わけないか…。
私はいつまで経ってもお母様の子供だ。そしてお母様は私の子供になった!
「アンネちゃんのおっぱい、美味しいわぁ!」
「みんなそう言いますね」
私は栄養が偏らないように必要最低限の食事をしているだけで、とくに栄養価の高いものを摂取しているわけではないんだけどなぁ。私の母乳はなぜ美味しいのやら。
はぁ…、私のことを上目遣いで見ながら母乳を飲んでいるお母様はとても可愛い。母乳を飲んでいる子を可愛いと思うのは本能だ。
ちなみに、お母様はヒストリアから帰ってきてからもずっと、パンツ丸見えのパレオスタイルを貫いている。もちろん、鎧として作ったものではなく、普段着のドレスをダイアナに改造してもらったようだ。
最初にパンツのことを教えたとき、パンツだけで出歩いてはいけないと言いつけたのに、ダイアナがこのようなスタイルを解禁してしまったから、やりたい放題だ。でも、スカートとしての体をなしたパレオだけは脱がないでほしい…。
しかし、ミニスカートどころか水着ギャルになってしまったお母様はとても可愛いなぁ…。
お母様は十七歳…じゃなかった、ほんとうは二十三歳だけど、もう私と身長があまりかわらない。胸の大きさにはスイカとメロンほどの差があるけど。
もはや歳の離れた姉妹ではなくて、歳の近い姉妹といっていい。
歳の近い女の子…。お母様は可愛い…。
別に子供を作るわけじゃないんだ。むふふ…。
「どうしたの?アンネちゃん」
「お母様…」
「なあに?えっ?あはあああん…」
「はっ!」
私は何を?
目の前にはとろとろになったお母様。
あろうことか、私は不足してるお嫁さん成分をお母様で補充しようとしていた。時計を見れば、六時間も経っていた。一時間コースを六回分もお母様一人にやってしまった…。
とりあえず、お母様も私も乳臭い…。魔道ナプキンを母乳パッドの形に改造しよう。溢れた母乳を吸収するし消臭効果もある優れものだ。これも売れるに違いない。
今はこの世界には母乳が溢れて困っている人なんていないかもしれない。この世界の食べ物の栄養が偏っているからだ。
でも、うちの領では栄養価の高い卵や牛乳を扱っているし、母乳を作る栄養もじゅうぶんだ。これが広まれば、全国的に母乳パッドの需要が高まるはず!
その後しばらく、私は欲求不満を晴らすように、毎日お母様をとろけさせた。
私の筋肉は常にほぐされていて、まるで生まれたての赤ん坊のようにぷにぷにになっているのだけど、お母様もそれに近い状態になってしまった。
リーナとダイアナもとろけさせようとしたけど、リーナの精霊は自動血行回復の魔法を私の精霊から教えてもらっているようだし、ダイアナはそもそもほぐすほどの筋肉がない。二人とも常に生まれたての赤ん坊のようにぷにぷにだ。
ちなみにリーナはパレオじゃないけどミニスカートだ。ダイアナは膝上丈程度。リーナのスカートより長いかも。
あぁ、またプレドールに行ってヒルダをとろけさせてこようか。
プレドールなんて時速三五〇キロのシルバーを駆れば、十分で行ける。テルカスだって二十分で行ける。
でも、一ヶ月に一回はみんなに会いに行ってるんだよ…。
朝六時に起きて、十分かけてプレドールに行って、ヒルダに授乳しながらお話しして、ヒルダを二時間とろけさせる。
そのまま五分かけてテルカスに行って、クレアに授乳しながらお話、クレアを二時間とろけさせる。
朝早くから、家の人に迷惑ないかって?この世界は日の出とともに活動し始めて日の入りとともに活動を終えるんだよ。今でこそダイアナがLED照明を開発したから、お嫁さんの領は夜でも街灯が照らしているけど、他の領は月明かりだけなんだよ。
そして、三時間半かけて王都隣のマイア姫の領地に行って、授乳しながらお話。マイア姫がいちばん飲んでくれる。そして二時間とろけさせる。
ここまでで十一時間くらい。
四時間かけてメタゾールに帰ると夜の五時だ。あたりは薄暗い。
ハードスケジュールだけど、私は身体的には疲れないし、精神的にはお嫁さん成分を補充してほくほくだし、なんの苦もない。
ちゃんと食事は取ってるよ。朝にサンドイッチを作って、シルバーにまたがって食べてる。
夜はお母様をとろけさせて授乳しあったら、すぐに船で出発して夜中の間にヒストリア王国の最北端、バステル男爵領に向かう。船の中で風呂を済ませて寝る。船長は領民を夜勤として雇って、船の操縦を覚えさせた。
翌朝、バステル領に到着すると、船長は二日間自由行動、主に睡眠。
私はシルバーで四時間かけてヒストリア王都へ。セレスとカローナとレグラに授乳しながらお話しして、そしてお風呂とベッドで三人を何時間もとろけさせる。
この日はヒストリア王城お泊まりだ。気が付くと時間を忘れて、夜中も三人をマッサージしているときもあった。
翌朝、セレスとカローナとレグラに別れを告げて、ヒストリア王国内の他領に出張。お嫁さん成分の補充のついでに、ヒストリア国民をほぐして回るのだ。
男爵領とか子爵領は小さいから、一日に二カ所か三カ所回ることもある。それでも四〇領もあると一ヶ月一度じゃ回りきるのに何年もかかってしまうけどね。
領民をほぐしたら帰路に就く。北側の領を回っていた場合は、最北端のバステル領に戻るのに時間がかからないから、ギリギリまで複数の領を回ったりする。
だけど南側の領を回っていた場合には、バステル領に戻るにはあまり長居していられない。
それでもまあ、だいたい皆が寝静まる頃にバステル領に到着して、船でメタゾールに戻るのだ。船の中で睡眠を取って、メタゾールには翌朝着くというわけだ。
どうやら王になったセレスよりも、聖女様のほうが崇められているように感じる…。それなのに、聖女様が顔を出さないのでは国民には期待外れになってしまう。
ヒストリアにはヒーラーガールズ五人もいるから、四肢切断くらいなら対処できるんだけどねえ。
ヒストリア王国改革準備を終わらせてから、一ヶ月ごとにこうしているのに…。お嫁さん成分は一週間で切れてしまう。つい二週間前に行ってきたばかりなのだ。それなのに、お母様に手を出してしまっている…。
だってお母様は可愛いんだもの…。お母様は母であり、娘であり、歳の近い姉であり、嫁なのだ。通常の四倍可愛い要素を持っている。
ダメだぁ…。おかしい…。もう、何を言っているのか分からなくなってきた。
私にマッサージを施された者が快感を求めるあまり禁断症状になるならともかく、施す側の私が禁断症状のようになってしまっている。
しかたがないので、屋敷のメイドさんを辻マッサージして回った。一歳の時にも同じことをやった気がする。でも威力は千倍以上に増しているようだ。
たった十秒しかやってないのに…、と思って時計を見たらなぜか十分回っていた…。無意識に時間が過ぎてしまっている。
まあ十秒つもりが十分だったのなら、威力というか効果千倍はうなずけるけど、それにして時間あたりの効果も十倍以上になっているのは間違いない。
ちなみに、一週間に一度開ける治療院に、使用人もやってくる。
一人に十分だと一日に十時間でも六十人しか捌けない。予約制で領民六百人分の予約が常に入っている。
つまり、使用人とて私の治療院で治療を受けられる間隔は七十日に一度だ。
それなのに、最近私がメイドさんを頻繁に辻マッサージしてるものだから、メイドさんたちはお肌つやつや、元気いっぱいだ。
おっと、メイドさんばかり弄っていたら、執事が捨てられた子犬のような顔をしている。しょうがない、キミたちにもあげよう。
私は別に男を嫌っているわけではない。私はわりと本能に忠実に生きていると思うけど、男を好きになるという本能だけは壊れている。これはおそらく前世で刻み込まれた魂の本能なのだ。
この世界に貴族として生まれたからには政略結婚で好きでもない男と結婚しなければならないことも、最初は受け入れていた。
でも、当主になって力を手に入れ、なおかつ、女どうしで子供を作る魔法を覚えた今、男と結婚する必要は全くなくなった。
だから、男の存在の必要性に疑問を感じていたところだ。カローナのように女の子しか好きになれない種族を繁殖させて、女だけの国を作りたいなぁ。
だからというわけじゃないけど、とにかく、男の存在を忘れていたんだよ…。別に、男尊女卑の逆で女尊男卑の世界を作ろうと思っているわけではないよ。けっして執事を奴隷とか思っていたわけではないよ。
あ、でも、カローナの兄、シーノン…。あれは人格はともかく、見た目だけなら男の娘。なかなかに良かった…。
カローナの魔法を使って女の子どうしで子供を作ってしまうと、女の子しか生まれないのかもしれないけど、カローナの種族が男と交わると、まれに男が生まれるらしい。それが男の娘になるというならアリだな。
でもカローナは男を好きになれないらしいし、おそらくダイアナも同じなのだろう。私も別に男を好きでないのだし、好きでないものを二人に押しつけるのはよくない。男の娘を作るのは難しいかな…。
私は、性別が男でも見た目が女の子である男の娘なら好きになれる。私にとっては可愛いが正義なのだ。男の娘までいかなくとも、まだ幼くて中性的な男の子でも良い。
でもカローナが、男という性別の生き物自体を好きになれないのか、それとも男の見た目を好きになれないのか、どちらか分からない。前者なら男の娘を作る目もあるのだけど…。
『はい、これ。探してほしい素材のリスト。たまには冒険でもしてきたら?』
「冒険…、そう、冒険!嫁探しの冒険!」
『いや、探してほしいのは嫁ではなく…』
「じゃあ行ってくるね!」
『待って。これ、ハンター風の鎧』
「ありがと!行ってくる!」
ダイアナがくれたのは、アリシアのうろこを使った鎧。でも、カラーリングはレザーアーマーのように、全体的に暗めの茶色や黄土色の地味な配色となっている。
今回もシースルーのインナーアーマーとセットになっている。でも、ブラの部分は堅いパッドがインナーアーマーの乳袋の部分に直接くっついていて、ブラをベルトで固定していない。
おかげで左右の胸が独立して大きく揺れるようになっている。人魚の貝ブラのような感じだ。いや、うろこブラだけど。
乳袋は自由に変形するので、あまり胸の支えになっておらず、胸の揺れ感はノーブラに近い。それどころか、先端に少し厚めのパッドぶら下がっているので、重量感が増している。
それからコルセット部分はなくなっていて、インナーアーマーのみ。暗いシースルーの生地からおへそがうっすら見える。
以前、スカートが短すぎて影収納から大きなものを出せないと文句を言ったからか、今回は途中から水平に近い状態で広がったままのフレアスカート風の鎧になった。おかげで、絶対領域の範囲を変化させずに、スカートの面積を広くすることができた。
そして、前回はパンストアーマーの上にパンツとガーターストッキングという謎な状態だったので、今回はパンストは廃止されている。
何より、トイレがどこにもないこの世界では、皆、パンツをはくのすら煩わしいといってノーパンなのに、さすがにパンツのようなものを二重にはいているのは、私ですら煩わしかった。おかげでヒストリア王国では一日中おむつに頼りっきりの状態だった。
結局、パンストを廃止したので、絶対領域の防御力はゼロだ。まあ、当たらなければどうということはない。
それから、自立しないほど細くて高いピンヒール。これもどうなのかと思うけど、もう慣れた。今回は鎧に合わせて、茶色になっている。
私は十三歳にしてはかなり身長が高く、ヒールで十五センチもプラスしたら男にも迫る身長だ。
体つきもすでに成人にしか見えない。でも、私はまだまだ成長するようだ。
このあたりのことは、前世の小柄な人種基準で見ているから感じることだ。この世界の人から見れば普通…なのかな…。私はヒルダと比べるとかなり大人っぽい。この世界基準でも、比較的成長が速いのだと思う。
いや私に限らず、上位貴族や王族は、この世界基準でも二割増しで大人っぽいと思う。セレスもマイア姫もね。
あと、鎧ではないけど、レイピアをもらった。細身の剣だ。これはアリシアのうろことワイヤのうろこを混ぜて作ったらしい。こっちはアリシアとワイヤのうろこの色を合わせた、明るくて薄い黄色だ。剣にはあり得ない色だなぁ。
私が今まで持っていたのは、刃を潰したなまくらのショートソードだ。私は敵を切ることも叩くこともせず、たんに触れて電気を流すだけなのだ。アリシアのうろこは絶縁体なので、電気抵抗のとても低いワイヤのうろこを混ぜることで、導電物質としたわけだ。
というか、今回も刃がないのでレイピアというよりフェンシングの剣ようだ。先端もそれほど鋭くない。
このレイピアは大きな力を受けてもしなるだけで、折れたり割れたりしないようだ。
それに、ショートソードは成長した私の身長に対して、少し短くなってきたこともあって、このレイピアは丁度いい。
今回はハンター風に見せたいので、このレイピアを腰に下げておこう。
あとは背負い袋か。手ぶらはよくない。影収納の収納袋を持っていこう。まあ、魔道具としてではなくて、自分の影収納に接続する使い方がメインだけど。
よし!嫁を探して、いざ冒険へ!
しかし、冒険者なんて職業はなかった。冒険者ギルドなんてなかった。あるのはハンターという職業とハンターギルドだけである。しかたがない。ハンターギルドに行くか。
私はFランクハンターなのである。盗賊を捕まえたことはたくさんあるけど、ハンターとしての依頼を受けたことは皆無!どんな依頼があるのかな?
「これはこれはアンネリーゼ様、本日はどのようなご依頼で」
私はメタゾールのハンターギルドによく依頼を出す。でも今回は依頼を受けたいのだ。
「すみません、今回は依頼主ではなくて、ハンターとしてやってきました」
「さようでしたか。こちらが依頼ボードになりますが…」
メタゾールのハンダーギルドには私が出している常時依頼しかない…。私が近所の森に養殖している蚕様からの絹採取。ミノタウロスからの乳搾り。コカトリスからの卵採取…。脱水スライム、浄化槽スライム、などなど…。
もともとここには魔物などいないのである。ハンターギルドがなかったくらいだ。
そもそも冒険っていうのは、危険を顧みずに成功率の低いことに挑戦することである。日銭のために安全な魔物を倒したり、薬草を摘んできたりすることではない。
「すみません、出直します…」
「またのご来店、お待ちしております」
はぁ…。メタゾールじゃ冒険できない。ロイドステラ王国の南側は比較的平和で、魔物や盗賊の被害は少ないのだ。
そういえば、何年か前に北側で魔物のスタンピードがあったっていっていたな。
よーし!北側に行くぞ!
シルバーに馬車を引かせると、速度が半分以下に落ちてしまう。
以前馬車が壊れたとき、私がシルバーにまたがり、馬車の魔道具を手持ちで持ち運ぶということをやった。それにヒストリア王国でも馬車自体を影収納に入れたりもした。
結局、魔道馬車は対面的なものであって、ほんとうに必要なのは持ち運べる家である。
そこで今回は1DK、バス、トイレ、収納、馬屋付きのテント魔道具を作った。一応、闇の魔道石で維持されており、私以外も扱えるようになっている。
ワンルームっていったって、部屋は十畳あって八人で寝られるベッドが置いてあるし、お風呂も八人用の湯船と洗い場になっている。ダイニングだってあるから、食事はそっちでできる。
外からは一人用の四面体の折りたたみテントに見えるようになっている。中の空間をそのまま使うわけじゃないから四面体などという機能性の低い形にして、骨組みを減らしている。内側の面が影収納の扉になればよいのだ。
シルバーも出入りできるように、一時的に背を高くすることもできるようになっている。
まあ、折りたたんだら、私の影収納に入れてしまうのだけど。
子供の書いた絵のような地図を片手に、ロイドステラ王国の北側へ。地図に距離は載っていないけど、メタゾール領から王都までは一五〇〇キロだということが分かっている。
一方で王都から最北端の領までは、メタゾールから王都までの三割増しの距離に描かれている。地図を信じるなら王都から最北端の領までは二〇〇〇キロだろうか。つまり、メタゾールから三五〇〇キロ。シルバーで十時間!
よし!
「頼みますよ!シルバー!」
「ぶひいいいん!」
ワンルームテントにアリシアを入れて、シルバーのイグニッションボタンを押して十時間。ロイドステラの最北端の領に辿り着いた。夜の八時。すでに真っ暗だ。
三五〇〇キロも北上したんだ。前世の母国の最南端から最北端くらいだ。さすがに温度が低い。絶対領域がスースーする。だけど、思ったほど寒くない。
ヒストリア王国に行ったときにも、何千キロも南下したわりには、あまり暑くなかった。北と南だと思っているものは実は北西と南東で、四十五度方向がずれているなんてことはないと思うのだけど…。方位磁針だって作ったのだから。
なんで温度変化が穏やかなのかはよく分からない…。考えられるのは、ここが前世よりももっと大きな惑星ってことかな?それだと重力が大きくなってしまうけど、重力加速度を測ったことはないな…。ダイアナなら測っているかな。
あと、夏と冬の温度差も十度しかないな。ここはファンタジー世界なのだから、物理法則を逸脱して考えないとダメかな?
そういえば、メタゾールは最近、冬でも暖かいのだ。以前は十五度くらいまで下がったけど、今では二十度だ。
温暖化?でも夏は二十五度のままだな。温度変化が小さくてすごしやすいけど、天変地異の前触れとかじゃなければいいんだけど。
領の町の宿には泊まらない。私は家を持ち歩いているのだから。
町から少し離れた森の中にテントを張った。
このテントは、ダイアナの開発した光学迷彩と消臭の魔道具と私の開発した消音の魔道具が取り付けられており、視覚・聴覚・嗅覚的に消えることができる。そもそも、中に入ったら影収納の扉を通気口分だけ残して閉じるし、外からはほとんど危害を加えることができない。
まずは馬屋でシルバーをねぎらってやり、それから夕食。食料は冷蔵庫に入れて持ってきてある。冷蔵庫は水の魔道石で三ヶ月はもつ。足りなくなったら私が魔力を補充すればよい。
メイドを連れてきていないので自炊だ。もしメイドを連れてきたら…、可愛がってしまいそうだったので…。いや、可愛がるためのメイドを連れてくればよかったかも…。
お風呂が寂しい…。お母様すらいない…。
ああ…。アリシア…、私を慰めて…。
アリシアはドラゴンなのだけど美人顔だ。アリシアは二歳になって一五〇センチになった。成長が速い!
この際アリシアでもいい!
目覚めると、私のベッドでアリシアがとろけていた。それに、シルバーが馬屋ではなくて、私の寝室で、やっぱりとろけていた。
さあ、朝食を済ませて冒険だ!
ところで、この領の名前、何だっけ?地図には大雑把な範囲しか載っていないよ。
ラメルテオン侯爵領のハンターギルドに一人のハンターらしき女が現れた。筋力で劣る女性ハンターだが、この世界では光魔法による身体強化があるため、まったくいないというわけではない。
ラメルテオンのハンターギルドは、王都のギルドほどではないが、かなりの規模だ。少ないときでも五十人のハンターがたむろしている。そのうちの九割は男。男どもは、女性ハンターを見つけると、色目で見るのが当たり前なのである。
この女は革の防具を纏っている。暗めの茶色の胸当てと腰鎧。他の部分はうっすら肌が見えており、とても色っぽい。腰鎧はとても短く、ズボンのようなものとの間にわずかに見える脚がそそる。
これでは色目で見るなというのは無理である。
駆け出しのFランクハンターに鎧を買う金はない。ハンターランクDになって少し稼げるようになると、やっと革の部分鎧を中古で買えるくらいだ。
しかし、あの鎧は傷どころか汚れ一つない。どう見ても新品だ。親に買ってもらったのが明らかだ。
レイピアも腰に下げている。これも使ったことがなさそうだ。
まあ、防具や武器など見るまでもない。
美しい顔立ち。まったく日焼けのない白くて艶のある肌。腰ほどまでの長さのさらさらなライトブラウンの髪。剣を握ったことのない柔らかそうな手指。筋肉などまったくない腕と脚。
どこぞの貴族のお嬢様なのが丸わかりだ。
お嬢様が酔狂でハンターをやりたいなんてのは、たまに聞く話だ。ハンターとは便利屋、何でも屋のような側面もあり、他に才能のなかった者のなる職業。お嬢様の遊びではないのだ。
こういう場合、使用人とパーティを組んでいることが多いが、このお嬢様はどうやら一人だ。もしかしたら影に隠れて護衛がいる場合もある。それとも、護衛をかいくぐってほんとうに一人で来たのだろうか。
お嬢様はまっすぐに依頼ボードに向かい、依頼を一通り見たあと、ため息をついて、一枚の依頼の紙を剥がして、受付に持っていった。
周りのハンターからわずかに見えた依頼のランクはF、内容は薬草採集だ。
お嬢様はすでにハンター登録を済ませていて、ランクはFということか。
薬草採取の依頼に不満があるのか。華々しく魔物退治でもやってみたかったというところか。だが、魔物退治の依頼はランクEからだ。ランクEの大角ウサギ退治だってそれなりに危ない。お嬢様一人でできる仕事じゃない。
それに、魔物の脅威は、別に魔物退治の依頼を受けるときだけではない。薬草採取中に魔物に遭遇することだってあるのだ。
お嬢様は受付を済ませて、ハンターギルドをあとにした。薬草の生えている森へ向かうのか。
「すみません、緊急依頼です。どなたか、今のお嬢様が怪我をしないように護衛をしてくれる女性のパー…」
「私たちが受けます!」
キターと言わんばかりに依頼に飛びついた、女性五人組のランクCパーティ「聖女の守り手」。
どなたかなんて言っているけど、私たちしかいないのを知っているくせに!と言わんばかりである。
緊急依頼とはギルドがハンターに招集をかけて仕事をさせるものである。とくにスタンピードなど未曾有の危機が発生したときに緊急依頼が発生する。
今回はどう考えても未曾有の危機ではないが、緊急な用件であるため緊急依頼なのだ。そして、お嬢様の危機なのだ。
この依頼は、ギルドにとってはなんの利にもならない可能性が高い。
何も起こらなければそれでよいが、それでは依頼をしたギルドには何ももたらされない。
かといって、何かが起こって、それを護衛が助けたとしても、お嬢様の親、つまり貴族当主からは、なんのお礼もされない可能性だってあるのだ。
隠れ護衛がいるならそれでよい。
でも隠れ護衛と見せかけて、悪さを企む者が潜んでいる場合がある。そのため、もし隠れ護衛らしき者を見つけても、油断はできないのだ。
聖女の守り手は、この依頼がギルドの利にならないことを知っているため、格安の報酬でこの依頼を受けたのであった。
ハンターギルド、ラメルテオン支店と、女性パーティ「聖女の守り手」はどちらも、頭の中がお花畑のお嬢様が危険な目に遭うのを見過ごせないお人好しなのであった。
あのような筋肉のかけらもないようなお嬢様は、足が遅いものである。しかし、身体を鍛えている聖女の守り手のメンバーでも小走りでやっと追いつけるくらいの速度で、あのお嬢様は歩いていった。
お嬢様にふさわしいとても上品な歩き方なのに、なぜそこまで速く歩けるのか。
「ちょっと、あのお嬢様、なんであんなに、胸がたっぷんたっぷん揺れているのに、歩くのが速いのよ!」
聖女の守り手のリーダー、イミグラ、十九歳。よく鍛え抜かれた身体を持つ剣士。髪型はポニーテール。
イミグラは革鎧を纏っている。革鎧のボトムスはロングスカート状だ。
自分で受けることを提案した仕事であるにもかかわらず、逆ギレしていた。
でも、お嬢様ってやっぱりいい体つきしているわ!絶対にお近づきになりたい!逃がさないわよ!と張り切っているのであった。
「そうだな。筋肉のまったくなさそうなあの脚…、それにあの靴では、そう長く歩けるとは思えない」
槍使いのゾーミア、十八歳。マッチョで大柄な女性だ。髪型はベリーショート。一人称は「俺」で、言葉遣いはまるで男のようだ。
ゾーミアはチェインメイルを纏っている。チェインメイルのボトムスはロングスカート状だ。金属なのでかなり重いが、お嬢様との競歩に根を上げることはない。
自分の筋肉質な脚とはまったく違う、魅惑的な脚…。スカートとズボンのようなものの間のわずかな肌色の領域が気になる…。と、お嬢様に興味を持ったのであった。
「しっ!二人とも、聞こえるよ」
弓使いのレルーパ、十九歳。ナイフも使いこなす。髪型はショート。
レルーパの鎧は革の胸当てのみ。あとは厚手の服だ。ボトムスは膝丈のスカートだ。
レルーパは隠密行動に優れており、このような尾行にはもってこいだ。しかし、隠密行動とは無縁の他の四人を連れているのだ。それは、お嬢様なら尾行が素人の四人に気がつかないと踏んでのことだ。
でも、あの身のこなし…。ただのお嬢様じゃない。何より、あんな靴を履いてまともに歩いているのがおかしい!でも、脚が長く見えてとても綺麗!と、お嬢様を探ってみることにした。
「僕のほうがギブアップしそうだよう…。ふぅ…」
治療魔術師のマクサ、十七歳。髪型はボブ。僕っ娘の女の子。
マクサの服装は厚手のローブだ。
マクサは杖を持っている。マクサの杖は光属性の魔力を通す魔物の素材でできている。
魔法の制御は術者から対象までの距離の二乗に比例して難しくなり、消費魔力も大きくなる。魔力を通す杖は、杖の長さ分、その距離を縮めてくれるのだ。
綺麗なお嬢様…。なんだか光の魔力の流れを感じる…。気になる…。
「はぁ…はぁ…」
攻撃魔法使いのアマージ、十八歳。平民には珍しく、腰まで伸ばしたロングヘアー。しかし、まったくお手入れできないので、痛んでいてボサボサだ。
アマージの服装は厚手のローブだ。
アマージも杖を持っている。彼女の杖は炎属性の魔力を通す。
アマージは息が上がっている。魔法使いだってハンターならそれなりに鍛えている。でも、あのお嬢様の歩きは、それをものともしないくらい速い。
お嬢様のさらさらの髪…、とても興味がある。お嬢様とお知り合いになるために、息が切れていても頑張る!
基本的にこの世界の女性は、ロングスカートにノーパンだ。ズボンでは用を足せないからノーパンなのである。そしてノーパンなのでロングスカートなのである。それはハンターでも同じことである。
また、皆、マントを羽織っている。これは野営するときに布団やテントの代わりにするものであり、ハンターの一般的な装備だ。
しかし、あのお嬢様の服装は見たことがない。とても短いスカート状のレザーアーマーの中身はどうなっているのか。ギルドにいた誰もが知りたいと思う、魅惑的な絶対領域。
男だけではない。むしろ、女性パーティである聖女の守り手のメンバーのほうが、そのお嬢様に興味を持っていた。
聖女の守り手は、女性を好きな女性の集まりであった!ただのお人好しではなかったのだ!
お嬢様は町を出て、薬草の群生地に向かっていった。
隠れ護衛と思われる者は見当たらなかった。ここまで来れば、町の者に襲われることはないだろう。まずは一安心だ。
いや、まったく安心できない。お嬢様が一人で森を歩こうものなら、町付近の森でも大角ウサギに囲まれて、あっという間に餌食になってしまうだろう。
私たちが守らねば!助けなければ!助けたら仲良くなれるかもしれないし!
聖女の守り手は、自分たちがお嬢様をいちばん襲いそうな類いの人種であることを認識していなかった。
「お嬢様は何やら魔法を使ったみたい」
魔法使いのアマージが土の魔力の流れを感知した。
「何アレ。葉っぱが飛んできた」
お嬢様の右手方向から何やら葉っぱが飛んできたことに、弓使いのレルーパ気が付いた。遠いところでの細かい動きを察知するのに優れているのだ。
「葉っぱが来た方向に向かっていくわね」
リーダーのイミグラがお嬢様の行く方向を見定めた。
しばらく行くと、薬草の群生地があった。お嬢様は薬草を袋に摘み始めた。
「ねえ、さっきの魔法って、薬草の生えているところを探すの?」
治療魔術師のマクサが魔法使いのアマージに問うた。
「知らないわよ。土魔法ならあんたのが詳しいでしょ」
「僕も知らないよ。さっきのは水魔法じゃなかった?」
マクサは光魔法が得意だが、土や風なども一通り使いこなす万能型だ。誰かが傷を負わない限り暇人というわけではないのだ。
「大角ウサギ五匹、向かってくる」
やはり、敵の接近にはレルーパが最初に気がついた。
「五匹なんて僕でも無理だよ」
治療魔術師のマクサは、このメンバーではいちばん攻撃力が弱い。囲まれたら終わりだ。
「お嬢様、気がついてないぞ」
お嬢様が薬草摘みに夢中で気がついていない様子に、槍使いのゾーミアが気が付いた。
「じゃあ、助けるわよ!」
リーダーのイミグラが指示を出した。他の四人は、無言でうなずいた。五人は走り出した。
ランクCパーティ、聖女の守り手にとって、大角ウサギなど相手ではない。
大角ウサギはランクEハンターが一人で倒せる程度の魔物だ。メタゾール付近には見られないがラメルテオンでは肉としてよく食べられている。
「「ファイヤボール!」」
マクサとアマージが火の玉を放った。マクサは治療魔術師であるが、ちょっとした攻撃魔法も使えるのだ。
二人の放った火の玉はそれぞれ大角ウサギに当たり、大角ウサギは動きを止めた。
大角ウサギの毛皮はあまり高値で買い取られない。肉は重宝されており、表面が少し焦げたくらいではそれほど買いたたかれることはない。
その他の者は、攻撃するのに「えい」とか「やあ」とか言わない。敵に気がつかれるだけである。
魔法攻撃のあとは、レルーパが放った矢が大角ウサギに命中し、大角ウサギを絶命させた。
続いてイミグラの剣とゾーミアの槍が大角ウサギを仕留めた。
薬草を摘んでいるお嬢様が顔を上げるわずかなあいだに、大角ウサギは全滅した。
「ありがとうございます!」
お嬢様の綺麗で可愛い声!華麗に魔物を退治したことに、お嬢様は感激してくれた!
「怪我はないか?」
大柄でいちばん強そうなゾーミアが、男のような口調で問うた。
「はい!皆さんがあっという間に退治してくださったので!」
決まった…。魔物を倒してお嬢様を助けた私たち、超かっこいい…。
聖女の守り手の五人は天狗になった。
「一人で薬草摘みなんて危ないわよ。最初は私たちみたいな先輩ハンターに指導してもらうのが基本よ」
「すみません。私、早くハンターランクを上げて一人前になりたくて!そして、お姉様方のようなパーティに入って、一緒に冒険したいんです!」
「じゃあ、私たちのパーティ、聖女の守り手に入りなさいよ!しっかり教えてあげるわ!いいわよね、みんな!」
「もちろんだ!」「しかたがないね!」「いいよ!」「ええ!」
四人は同時に返事をしたため、何を言ったのか分からないが、否定の顔は一つもなかった。
「ありがとうございます!私、頑張ります!」
お嬢様、無防備すぎる…。今夜は宿であんなことやこんなことをできるかも…。
「私、アンネリーゼ・メタゾールと申します。アンネって呼んでくださいね」
早くも愛称呼びのお許しをいただいた!アンネお嬢様、チョロすぎるだろう…。
メタゾールってどこの領だろう。聞いたことないな。
聖女の守り手のメンツは、それぞれの名前、年齢、得意な武器や魔法などをアンネお嬢様に紹介した。
「皆さん十七歳以上なんですね!私は十三ですので、皆様お姉様ですね!」
「えっ?十三なの…?」
アンネお嬢様…、発育良すぎ…。その…背の高くなる靴を差し引いてもかなり背が高いし、何よりそのお胸様…。筋肉がない分、すべてお胸様に栄養がいっているのか…。
「みなさん、いろんな武器を使えて、かっこいいですね!」
目をキラキラさせて自分たちのことを見ているアンネお嬢様!可愛すぎる!
「それほどでもぉ…あるわよ…」
「ほ、褒めても何も出ないぞ…」
「複数の武器を使いこなすのがハンターのたしなみ」
「僕ね、本職は治療魔法だけど、土と風も使えるんだよぅ!」
「今ので驚かないでよね。もっと強い火の玉をだせるんだから!」
「それなら、魔物退治や魔物素材収集の依頼を受けるために、ギルドに戻りましょう!」
「ええっ?」
「おいおい」
「魔物退治は早いって」
「まって~」
「また歩くの…」
アンネお嬢様は嬉しそうな顔をして、スタスタとお上品に歩いていった。
五人はまた、ついて行くのがやっとだ。
「これと~、これと~、これっ!」
アンネお嬢様はラメルテオンのハンターギルドに戻るなり、依頼ボードに貼ってあった三枚の依頼の紙を剥がした。
「ちょっと…、オークのヒレ肉集め…、大イノシシのもも肉集め…、大角熊退治…、全部ランクCよ!」
「お姉様方はランクCだから、パーティに私が入っても、パーティランクはCのままですよね?」
「えっと…、そうなの?」
「Cが五人でFが一人ならたぶん」
イミグラはそういう計算ができない。計算が得意なレルーパが答えた。
この国のハンターは、ランクCで一人前と言われている。ハンターの中では最もランクCが多い。
パーティのランクはメンバーのランクの最頻値と平均値の合算値のようなものである。
ところが最高峰の算数のレベルが小学三年生であるこの国では、Cが多いからCとか、BとDが同じずついるからCとか、ギルド職員のなんとなくで決められる場合がほとんどである。
しかし、聖女の守り手は、全員がランクCなので、文句なしのランクCパーティなのである。
そこにランクFのアンネリーゼが加わっても、最頻値のCが効いて、パーティランクはCのままと見なされる…可能性が高い。
例えば、Fが四人、Cが五人だと、最頻値がCでも、平均的にはDだからD、となってしまう。このあたりはギルド職員の裁量であり、かなり適当だ。
「じゃあ、イミグラお姉様、これを持っていきましょ」
「え、ええ」
これって…、もしかして寄生なのでは…。私たちだけ戦わされて、魔物の素材を山分けとか言われたり…。
でも、可愛いアンネお嬢様なら許せる!騙されてもいい!
アンネお嬢様に流されるままに、依頼の紙を受付に持っていった。
アンネお嬢様…、けっこう押しが強い…。精神的にも…肉体的にも…?
イミグラの手を引っ張って受付に連れていくお嬢様の力はかなりのものだった。この場合、押しではなく引きであるが。
イミグラの腕を掴むその手指は、とても柔らかくてぷにぷにである。筋肉の全くないその手指のどこにそんな力があるのだろう。
「私、聖女の守り手に入れてもらいました!私はランクFですけど、お姉様方五人がCだから、ランクCの依頼を受けられますよね!この三つ、お願いします!」
「えっ…、パーティに入れたんですか」
受付嬢はイミグラの顔を顔を見て問いただした。
「ええ…、成り行きで…」
「そう…。えっと…、Fが一人、Cが五人なら…、まあパーティランクはCでいいです。ですが…、素人を魔物退治に連れていくということは、一人は戦力外、もう一人も素人を守らなければならなかったりして、実質戦力はランクCが四人になってしまいますよ」
「まあ、魔物が四匹を越える場合は逃げるようにするわ」
「はい、それでお願いします。ではくれぐれも気をつけて」
「ええ」
「それじゃあ行きましょう!」
「ちょっ、アンネお嬢様ぁ」
「おいおい!」
「……」
「まってよ~」
「はぁはぁ…、また走るの…」
アンネお嬢様はイミグラの腕を掴んで、またすたすたとお上品に歩き始めた。他の四人は慌てて付いていった。
「もうダメ~」
アンネお嬢様の歩きは速すぎる…。攻撃魔法使いのアマージが最初に根を上げた。
「それなら」
「えっ…、うわぁ」
アンネお嬢様はアマージをひょいっと横抱きした。
「ええええ!」
これって、おとぎ話の王子様がお姫様を抱くときのやり方…。アンネお嬢様ってお嬢様じゃないの?
とたんに王子様に見えてきた…。
「「「「えー!」」」」
皆、アンネお嬢様がアマージをひょいっと持ち上げたことに驚いた。アンネお嬢様…、まったく筋肉のあるよう見えないぷにぷにの腕…。いったいどうなってるのか…。
この世界で多くの者は、光魔法の身体強化を少なからず身につけている。だけど、アンネお嬢様の身体強化は常軌を逸している。それに、身体強化は瞬間的に強い力を出すものであって、このように継続的にものを持ち続ける使い方をすると、すぐに光の魔力を使い切ってしまうはずだ。
となると、アンネお嬢様は身体強化には頼っておらず本来の力だけでアマージを抱えているか、尋常ではない光の魔力の持ち主ということになる。
剣士のイミグラ、槍使いのゾーミア、治療魔術師のマクサは気がつき始めていた。三人は精霊の見えるほど光の魔力が強いわけではないが、アンネお嬢様の周りに漂う巨大な光の精霊や、アンネお嬢様が纏っている強大な光の魔力を、なんとなく感じ取っていた。
「それでは行きましょう!」
「えええ~」
「ちょっと~」
「おいー」
「さっきより速っ…」
「僕も限界…」
お嬢様の歩きは、もはや早歩きを超えていた。
皆、けっこう本気で走って、やっと着いていった。
「はぁ…」
「ふぅ」
「なかなかやる…」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
イミグラは軽く息が上がっている。
ゾーミアはウォーミングアップ完了といったところだ。
レルーパもそれほど疲れてはいないようだ。
マクサは限界を超えていた。
「も、ももも、もう大丈夫よっ」
アマージは顔が真っ赤だ。
「それでは降ろしますね。このあたりにオークが出そうです」
「もうだめ…」
肉体派ではないマクサは、仰向けに倒れ込んでしまった。
「ごめんなさい、疲れましたか?えいっ!」
「ああああん…」
アンネお嬢様が倒れているマクサの元でしゃがみ、マクサの両足の足首を掴むと、マクサはとても気持ち良くなってあられもない声を上げてしまった。
「ど、どうしたの?マクサ?」
「はぁ~…」
イミグラが声をかけたが、マクサの顔はうつろで、とろりとしている。
「はっ!足が痛くない!」
「座ってください」
「はっ、はひっ!」
仰向けで倒れていたマクサが起き上がると、アンネお嬢様はマクサの背中に回り込み、何やら背中を触りだした。
アンネお嬢様はしゃがんでいると…、そのとても短いレザーアーマーのスカートの中があらわに…。何かをはいているようだけど、とても…その…。五人はアンネお嬢様のスカートの中を直視…したい…。してしまった…。
「ああああああんん…」
マクサはまたもやあられもない声を上げている。他の四人はアンネお嬢様スカートの中に夢中だったので、マクサのあえぎ声に気が付くのが遅れてしまった。
「あの…、アンネお嬢様…、何を…」
「疲れを取って差し上げているんです」
「えっ?」
イミグラはアンネお嬢様がマクサに何をしたのか問うた。疲れを取るとは魔法なのだろうか。そのような魔法を聞いたことはないが。
「はぁ~…」
マクサはとても気持ちよさそうにしている。
「皆さんもお疲れですね」
「そ、そんなこと…、あるかも…」
「お、俺は平気だ…」
「まだいけるけど、戦闘に備えて休憩はするべき」
「はぁ~…」
「私は今まで抱えてもらっていたけど、筋肉痛が…」
イミグラは肩で息をしている。疲れていることは明白だ。疲れを取れる魔法があるのならかけてほしい。
ゾーミアは、まだ体力が四割残っているので、疲れを取る必要はないのだが…、その何をやっていたのかはとても気になる…。
レルーパも体力を残しているが、戦闘できるほどではない。休憩がてら、その疲れを取るというのをやってほしい。顔には表さないが、かなりやってほしい。
マクサは放心状態だ。
アマージはアンネお嬢様に抱えられていたので疲れは取れているが、足が棒の状態はしばらく続きそうだ。だからマクサの足が痛くないと言っていたことが気になっていた。
「それでは、イミグラお姉様からお座りになって」
「ええ…。ああああん…。ああはあああああん…」
いったい、何をやっているのか。アンネお嬢様がイミグラの足首を握ると、イミグラは途端にあえぎ声を上げた。
そして、アンネお嬢様はイミグラの背中に回り込むと、イミグラの革鎧の隙間から手を入れて、何やら背中を触った。すると、イミグラはさらにあえぎ声を上げた。
「それでは次はレルーパお姉様、お座りになって」
「わかった…。あ、あああああん…。あああああ…」
普段おとなしいレルーパの、聞いたこともないような大きなあえぎ声。
「次はアマージお姉様!」
「ええ!ああああん…。あはああああん…」
棒のようだったアマージの足は開放された。
アンネお嬢様腕の中で休んでいたから疲れは取れていたはずなのに、アンネお嬢様に背中を触られると、まだ疲れが取れていなかったことに気が付いた。
「ゾーミアお姉様もやりましょう」
「お、おれは疲れてなんて…。えっ、うぉっ」
アンネお嬢様は大柄なゾーミアの腕を掴むと、強引に引っ張ってゾーミアを座らせた。その細腕のどこに、ゾーミアの巨体を引っ張る力があるのか。
「あはああああああああん…」
ゾーミアは戦闘や訓練で激しく運動するにもかかわらず、運動のあとにクールダウンやマッサージをしないため、筋肉がとても固い。
アンネお嬢様はまるで、良い獲物を見つけたというような顔になっていた。しかし、皆、放心状態であるため、アンネお嬢様のちょっと邪悪な顔に気が付く者はいなかった。
「皆さん、疲れは取れましたか?」
「「「「「はっ」」」」」
皆、身体にピリッとした間隔が走り、我に返った。
あれだけ走ったというのに、まったく疲れがない。むしろ、いつもより調子がいい。
「すみません、オークがたくさん接近中なので、戦闘準備お願いします」
「えっ?わかったわ」
「お、おう」
「わ、わかった」
「う、うん」
「え、ええ」
皆、立ち上がり戦闘態勢を整えた。剣を、槍を、弓を、杖を構えた。
たしかに魔物の気配がする。多い。
「声を消し忘れていたので、森中にいたオークを集めてしまいました。てへっ」
自分の頭をコツンと叩いているアンネお姉様は可愛い。だがそんな場合ではない。
前からオーク五頭!各自一頭ずつ相手にするようだ。
オークは太った三百キロの人間に豚鼻を付けたような魔物だ。厚い肉をまとっており、生半可な刃物は通らない。
オークはランクCの魔物である。魔物のランクはハンターのランクと一致しており、万全の状態のランクCハンターが一対一で戦い九割勝てるのがランクCの魔物というところである。
実際には、ハンターランクは戦闘能力だけでなく、治癒魔法などのサポート能力や、戦闘以外の採集などに依頼をこなす能力も加味されるのだが。
しかし、今の聖女の守り手はどうだ。
攻撃能力には劣るレルーパも力がみなぎっている。レルーパの放った矢はオークの脚を貫通した。普段ならこのようなことはあり得ない。
イミグラの剣もゾーミアの槍も、普段とは段違いにオークの肉を切り裂いている。
アマージのファイヤボールは的確にオークの顔を捉えた。
オークはその巨体に似合わず素早いので、普段なら顔にうまく当てることができない。しかし、今日は頭がすっきりしていて、オークの動きにファイヤボールをうまく追従させられた。
マクサの本職は治療魔術師であるため、マクサはあまり攻撃魔法に長けていない。
マクサは土魔法でオークの足下に段差を作り、オークを転ばせた。そして、オークの倒れた先に、土魔法で鋭いとげを作った。倒れたオークの喉元にとげが刺さり、オークは絶命した。
普段はこれほど強度のある段差やとげを作れず、転ぶ前に蹴散らされたり、とげを刺す場所が悪かったり、とげが崩れてしまったりすることもある。しかし、今日は頭が冴えており、土魔法で強度の高いもののイメージや、とげが致命傷になる位置のイメージを、明確にできたのだ。
いつもより軽快にオークを倒した五人であるが、のんびりしてもいられない。敵の気配は五つだけではなかったはず。アンネお嬢様を守らねば!
「「「「「アンネお嬢様!えっ…」」」」」
アンネお嬢様のほうを振り向くと…、アンネお嬢様の周りには倒れているオークが十頭…。
「これ全部…、アンネお嬢様が倒したの?」
「はい」
十頭ものオークを相手にするのはランクAハンターでも難しい。
すべてのオークはまだ息をしている。肩や胸が上下している。
「息があるの?眠っているの?」
「脳死させました。生きてはいますが目覚めることはありません」
「のうし?」
「はい。意識を司る部分に電気を流して焼き切りました」
「はぁ」
ちょっと何を言っているのか分からない。ほんとうに目を覚まさないのだろうか。
イミグラは一頭のオークの剣でつついた。オークは無傷だったが、イミグラの剣が刺さり、血を流し始めた。
眠っているだけなら痛みで起きるはずだが、目覚める様子はない。
「殺さないの?」
「鮮度を保つために、納品直前で絞めましょう。なーんて、ほんとうはヒト型の魔物を殺める勇気がないだけなんですけどね」
「鮮度って…。納品部位はヒレ肉でしょ。殺してヒレ肉だけにしないと、持って帰れないわよ」
「これに入れていきます」
「そんな背負い袋に…」
アンネお嬢様は背負い袋の口を広げた。背負い袋の中にはもう一つ大きな口の袋が入っており、アンネお嬢様はオークに袋をかぶせた。オークのヒレの部位が一つでも入ればよい程度の背負い袋なのに、なぜか袋はオークを包み込んで、何も入っていないかのように潰れた。そしてアンネお嬢様は大きな袋を背負い袋にしまった。
「「「「「えっ…」」」」」
アンネお嬢様は次々に十頭のオークを袋に入れていった。どうやってもそんなに入らないし、一頭でも三百キロあるオークが十頭だなんて…、いったいどれだけの重さに…。
「イミグラお姉様方の倒したオークは死んでいるので、凍結させますね」
「とうけつ?」
「こうです」
お嬢様がオークに手をかざすと、なにやらオークにキラキラとした白い粉をまとい始めた。
「何これ…、冷たっ!」
ロイドステラ王国の最南端に位置するメタゾール領は夏で二十五度、冬で十五度である。
一方で最北端に位置するラメルテオン領は夏で二十度、冬で十度である。けっして雪が降ったり霜が降りたりしないのである。
しかし、イミグラが触れたオークは、かつて体験したことがないほど冷たいものだった。
「冷たくする魔法なんて…、マクサは知ってる?」
「僕も、知らないよぉ」
アマージもマクサもそんな魔法を知らない。
「これは水魔法ですよ」
「水魔法って水を生成する以外に知らないわ」
「冷たくするイメージをして水の魔力を流しても、冷たくはならないよ」
「すべてのものは、目に見えない小さな粒でできていまして…」
アンネお嬢様は冷たくする魔法を教えてくれた。
「揺れている粒を止めるイメージをすればいいんだね!ホントだ…、ほんのり冷たい…」
マクサはアンネお嬢様に言われたとおりのイメージをして、人間の体温と同じほどのオークをそれなりに冷やすことができた。
「私もできたけど、お嬢様ほど冷たくはならないわ」
アマージも同じ要領でオークを冷やした。しかし、二人ともたいして冷たくはできなかった。
「あとは、魔力の込め方とイメージ次第です。私の凍結させたオークに触れたり眺めたりして、イメージを高めるいいかもしれません」
「たしかにこんなに冷たいものは初めてよ。冷たいイメージが足りなかったわ」
「そんなに魔力は込められないかも…」
アマージもマクサも、冷たい体験が足りない。そして、水の魔力もオーク全体を冷やせるほど高くない。
「私も水の魔力はそこまで高くないので、三百キロの巨体を三十六度からマイナス五度にするのは十頭が限度です」
この世界で暖かさを数値で表現しているのはアンネリーゼとダイアナだけである。温度はもちろん、重量すら数値で表すことを知らない者も多い。
アンネリーゼの説明は誰にもわからなかった。
そもそもなぜ鮮度を保つことから冷やすことに話が変わったかも理解する者はいなかった。
「だから、凍結の必要がないように、できれば生け捕り…、あ、生き返して脳死にしてしまえばいいですね!」
もうアンネお嬢様が何を言っているのか分からない!
アンネお嬢様は何やら治療魔法で死んでいるオークの傷を治すと、オークが再び息をし始めた。
「えっ…、それは俺が殺したやつ…」
そのオークはゾーミアが心臓をひと突きして絶命させたやつだった。
「生き返したのか?」
「はい。でも脳死です。私の倒したやつと同じ状態です。生かしておけば腐る心配がありません」
「は、はぁ」
魔物に治療魔法?生き返す?
もう、言っていることもやってることも理解できないことばかりだ。
アンネお嬢様は他の三頭も同じように息を吹き返させ、背負い袋に放り込んだ。
「さて、これだけでは六で割ったら功績が足りないので、次行きましょう!」
「えっ?」
「あ、ちょっとぉ」
アンネお嬢様は、右手でマクサを、左手でアマージを、ひょいっと持ち上げ、森の奥に向かっていった。こんどは速歩きではなく、ぴょんぴょんと障害物を飛び越えていってしまった。
「ここで大イノシシが出そうですね!」
「はぁはぁ…」
「ふー…」
「ふぅっ…」
「あのー…、私もう降ろしてもらっても…」
「僕も大丈夫だよ」
「すみません、忘れてました」
忘れるほど無意識に二人の大人を抱えていられるというのはどういうことなのか。
「それでは三人は疲れたでしょうから、お座りください」
「はい…」
「だから俺は…」
「休憩は必要…」
「あの…、僕も…」
「私もいいかしら…」
「もちろんです!」
「「「「「あああああん…」」」」」
またもや五人のあられもない声により、多くの大イノシシが集まった。
五人が大イノシシを一人一頭倒す間に、アンネお嬢様は十頭倒していた。
その後、また森の奥に進み、また気持ち良く疲れを取ってもらい、多くの大角熊を呼び寄せて、倒したのであった。
「もう暗くなってきたわ」
「今からじゃ真っ暗になるまでに町に帰り着かない」
イミグラとレルーパのいうとおり、一行は森のかなり奥深くまで足を踏み入れていた。
「それでは、ここで野営にしましょうかね」
「こんな深い森で野営は危険だ。さっきの熊が出るかもしれない」
「はい皆さん、こちらへどうぞ」
アンネお嬢様はゾーミアを無視して、何やら五人を誘導している。高さ一メートルの三角形の…、テントだろうか。一人で寝るには快適そうだが…。
この世界でテントといったら、木の棒にマントを掛けて雨風をしのぐというようなものである。このように密閉されたものを見たことがない。
「貸してくれるの?僕いちばん!」
「はい、どうぞ!」
小柄なマクサが、かがんでテントの中に入った。
「私もアンネお嬢様のテント…」
アマージがうらやましそうに見ている。
「アマージお姉様もどうぞこちらへ」
「えっ?狭くない?」
「そんなことはありません。ささ、どうぞ」
「はぁ」
アマージもかがんでテントの中に入った。
「他の三人もどうぞ」
「いや、姿を隠せるテントでも、匂いや音で魔物に気が付かれるだろう」
「ゾーミアお姉様も早く!」
「うぉっ」
アンネお嬢様は大柄なゾーミア腕を掴んで、テントの中に押し込んだ。だからその細腕のどこにそんな力が…。
「はい、イミグラお姉様もレルーパお姉様も」
「えっ…、もう入れないんじゃ…。うゎあ」
アンネお嬢様はイミグラ手を掴んでテントに押し込んだ。
「すでに四人入っているけど、四人入れる大きさじゃない。きっと魔物を入れている袋と同じ」
「はいそうですよ」
「やっぱり」
レルーパは、こういう分析が得意なようだ。
「あれ?お部屋?宿屋よりも良いお部屋だぁ」
最初に入ったマクサが、部屋に感動していた。大きなベッド。大きくて反射率の高い鏡。ティーテーブル。
アンネリーゼは基本的に部屋を飾ったりしないので貴族としてはかなり質素な部屋であるが、それでも平民の宿に比べればかなり良い部屋であった。
「あれ?テントの中で立てるの?何これ…、豪華なお部屋…」
「おい、俺にはこのテントは小さ…、あれ…?」
「あれ?私はテントに入ったはずなのだけど…」
「テントの中が貴族の一室…」
マクサに続いて、アマージ、ゾーミア、イミグラ、レルーパが入ってきた。
テントの大きさの矛盾や、貴族の部屋の豪華さに驚いている。
「皆さん、まずはお風呂にどうぞ」
「「「「「おふろ?」」」」」
「こちらです」
アンネお嬢様に言われるがままに、別の部屋に付いていった。
あれ?テントの中に別の部屋?
「ここでお召し物を脱いでください」
アンネお嬢様は真っ先に鎧と服を脱いで裸に…。綺麗な肌。大きな胸。細い腰。凹凸のある女らしい体つき。これでまだ十三歳だというのか…。
「早く!」
「えっ?は、はい…」
「ちょっと」
「待って、あああ」
「あわわわ」
「きゃぁ…」
アンネお嬢様は皆の鎧をすごい勢いで引っぺがし始めた。
「こちらです」
そこは煙…いや、湯気の立ちこめる部屋。
水…お湯の貯まっている大きな槽。
「それではお背中を流しますね」
「えっ?あああああん…」
「おお?あああああああああん…」
「ちょっ、まっ、あああん…」
「えー?ああああん…」
「えっ、あっ、あはあああん…」
いつの間にか湯につかっている五人。湯につかるとはこれほどまでに気持ちが良いのか。
いや、さっきもっと気持ちいいことをしてもらった…。背中を流すというのは身体を洗うという意味ではなかったか…。身体の中まで洗われてしまったようだ…。
「ねえゾーミア、あなたの剣ダコ、なくなってるわ」
「あれ…、なんだこれは…。まるで女の手のようだ…」
「ゾーミアも女でしょ」
「いや、そうなのだか…」
ゾーミアの手は、剣ダコでごつごつだったはずだ。それが、まるでアンネお嬢様の…とまではいかないが、貴族のお嬢様のように柔らかな手になってしまった。
「それに、あなたの腕、こんなに柔らかかったかしら…」
「あれ…、筋肉がなくなった…?いや、そんなことはない。力は今までどおり…、むしろ今までより大きな力を出せる。お前だって、そんなに腕は柔らかくなかっただろう」
「そうね…。私も筋肉が柔らかいのに力は前より出るわ…」
二人の筋肉は、アンネリーゼにかなりほぐされてしまった。今まで堅くて酸素が回りにくかった筋肉は、酸素の循環が良くなり、より大きな力を持続的に出せるようになった。
「ねえアマージ、キミの髪、綺麗!」
「ホントだわ!まっすぐに伸びて、絡まりもない!つやつや!」
平民は髪を伸ばしても維持ができない。アマージの髪はボロボロで絡まりまくっていた。それが今や、貴族のお嬢様でもびっくりな、まっすぐで艶のある美しいロングヘアーになっている。
「マクサの肌…、綺麗…」
「あれ、ホントだ!レルーパの肌も白くて綺麗だよ!」
「身体を洗ってもらったから…」
ハンターとは、毎日、日の光にさらされて、魔物を狩ったり薬草を摘んだりする仕事である。肌は日に焼けてボロボロなのが当たり前である。しかし、二人の肌は白さを取り戻し、透明感のある肌となっている。
「夕食ができましたよ~」
アンネお嬢様が浴室の外で呼ぶ声。いつのまにかアンネお嬢様は浴室にいなかった。
五人は風呂から上がり、脱衣所で今まで着ていた…はずの服や鎧が新品のようになっている…のを目にした。
「あれ…、私のレザーアーマー、ここ切れてたはずなのに…」
「俺のチェインメイルも、外れていたところが直ってる…」
「私のベルト…」
「僕のローブ、臭くなくなってる!」
「私のローブ、穴が塞がってる…」
「香ばしい匂いがするわ」
「肉の匂いだ」
「もう行く」
「僕も~」
「私もー」
「あ、ちょっと待って」
「まだ鎧が…」
「そんなの後でいい」
「それもそうね」
「インナーアーマーだけでいいか。これもまるで新品のようだ」
「さあ、冷めてしまいますよ」
ダイニングに行くと、食欲のそそる良い匂いの料理が用意してあった。
暖かな食事は、宿や食堂に行けば取ることができる。しかし、我々はいつ宿に泊まったのだろうか。
皆はアンネお嬢様に誘われるがままに席に着いた。
「さあ、召し上がって」
「うまっ」
真っ先に手を付けたのはゾーミア。
「ちょっと、ねえこれ、アンネお嬢様作ってくれたの?」
聖女の守り手は貴族の護衛を受けたこともあるのだ。その際に、貴族からおもてなしを受けたことだってある。
この場は貴族の食事の席だ。貴族に対するちょっとした礼儀作法も、高ランクのハンターのたしなみなのだ。
この場には料理人やメイドは見当たらないが、もしやと思い、イミグラはアンネお嬢様問うた。
「はい、そうですよ」
「えっ、アンネお嬢様、料理もできるの?それってお嬢様のたしなみ?」
お嬢様に憧れて髪を伸ばしているアマージは、お嬢様の普段の生活が気になって聞いてみたのだった。
「お嬢様は料理しないでしょう。私もあまり料理が得意ではないです」
「得意じゃないの?これ、僕が今まで食べた中でいちばん美味しいんだけど…」
「そうよね、美味しすぎるわ」
「うめぇー」
イミグラとゾーミアは美味しいと言いながらガツガツと食い続けている。
「そう言っていただけると嬉しいです」
「この肉はオークじゃない。独特の風味がある。そして、この柔らかさ。それにこのソース。肉のうまみが溶け出ているし、何やら甘くてまろやか…。
このパンも柔らかくて甘くてまろやか。水で戻す必要など全くない」
美食レポート…にはちょっと届かない感想を述べるレルーパ。
「これはミノタウロスという魔物のお肉です。それを、ミノタウロスのミルクでじっくり煮込んだものです。朝から八時間、煮込んでいたんですよ。このあたりではオーク肉やイノシシ肉が食べられているようなので、違う肉を用意していてよかったです」
ミノタウロスはアンネリーゼが無人島から連れてきて放牧している外来種の魔物であり、誰にも知られていない。
「はぁ…。美味しかったわ…」
「うまかったぁ」
「口の中に残る風味が名残惜しい…」
「また食べたいなぁ」
「お嬢様のお料理…、習いたい…」
「ご満足いただけたようで何よりです。食後のお茶でもどうぞ」
ミルクティという甘いお茶をいただいて、夕食を終えた。
「あの…、鎧のインナーやローブでは眠りにくいと思いますので、こちらをお召しになってください」
アンネお嬢様が用意してくれたのは、ネグリジェというやつだろうか。それと、アンネお嬢様のスカートの中にときどき見えていた三角形の服も渡された。
すでにアンネお嬢様も着ている。
「このネグリジェってやつ、すごく肌触りが良いのね…。これがお嬢様の寝間着…」
「これは私の領の特産でして、つい一年ほど前にロイドステラ北側にも流通させるようにしましたが、まだそれほど出回っていないかもしれませんね」
「あの、これはどうやって着ればいいのかしら?」
「それはですね…」
アンネお嬢様からパンツという服と魔道ナプキンの説明を受けた。女性の悩みを解決してくれるものだという。
「なるほど…。それでアンネお嬢様はあんなに短いスカートをはけるのね」
「そうなのですよ。パンツさえあれば、もう怖くないです。これも一年前から北側に回していますが、もっと流通量を増やさないと、平民まで回らないみたいですね…」
「ところで、大変失礼だけど…、メタゾール領というのはどこにあるのかしら?」
「ロイドステラの最南端ですよ」
「「「「「えー!?」」」」」
「そんな遠くからラメルテオンには何しに?」
「冒険です!冒険したくて来ました」
「えっ…、冒険って…。お付きの人とかは?」
「馬一頭とペットのホワイトドラゴンと来ました」
「えっ…」
「アリシア、おいでー」
現れたのは、大人の人間のより少し背の低い…白いドラゴン…。
「それって伝説の魔物なんじゃ…」
「伝説みたいですね」
ドラゴンは伝説の魔物だと言われている。その魔物を手懐けているアンネお嬢様は何者なのだとイミグラは疑問をぶつけた。
「なあ、ドラゴンって強いのか?」
「アリシアはまだ二歳ですけどけっこう強いです」
脳筋のゾーミア。アリシアと戦ってみたいらしい。
「さて、そろそろ寝ましょう」
アンネお嬢様と同じネグリジェで…。アンネお嬢様と同じベッドで…。
ほんとうは宿屋に連れ込んで、あんなことやこんなことをしようと思っていたのに、お風呂でとても気持ちのいい思いをしたので、皆は満足してベッドでは普通に寝たのであった。
翌朝、玉子サンドという美味しいパン料理をいただいて、来た道を狩りをしながら戻った。
ラメルテオンのハンターギルドで依頼の報告をしているアンネお嬢様。
不思議な背負い袋からオーク三十頭、大イノシシ三十頭、大角熊三十頭をどんどん出してゆく…。収まりきらないので、ギルドに併設の解体場で。
「おい!こんなにたくさんどうすんだ!」
依頼の収集対象はオークのヒレ肉と大イノシシのもも肉だけだ。残りの部位は一応ギルドが買い取ってくれる。
それに大角熊は討伐対象であって収集対象ではない。収集対象ではなく討伐対象の魔物は、基本的に何体倒したかが分かるように一部の部位を持ち帰ればよい。分かりやすいのは目だ。目を二つ持ち替えれば一体倒したと見なされる。
だから、熊をまるごと持ち替える者は希だ。だが、熊も一応食べられるし、毛皮も使えるのでギルドが買い取ってくれる。
「はい、こっちは依頼の報酬で、こっちは売却金です。私は皆さんに指導していただいた身ですのでいりません」
「えっ…こんなに…」
聖女の守り手はベテランのランクCパーティであるが、渡されたのは一年分の稼ぎだった…。
「あの…、私たち…、逆に足手まといだったんじゃ…」
「そんなことはありません。ご一緒できてよかったです」
「アンネお嬢様一人でも完遂できたんじゃ…」
「いえ、私一人では目的を達成できませんでした。ランクFの私では依頼を受けられないし、オークなどの魔物を食材や所在として売っても、功績になりません。
でも、ランクCパーティ一員であれば依頼の達成功績も素材の売却でも功績が加算されるんです。六人だから六分の一ですけどね。
それでも、十五頭分の功績のおかげでランクDにまでいっきに昇級できましたよ!」
「そ、そう…」
私たちはアンネお嬢様に利用されただけだったの…?
やっぱりお嬢様に体よくタダで使われただけだった…。あれ?逆か。一年分の稼ぎをもらったんだった…。
私たち五人が一人一頭ずつ倒す間に、十頭倒すアンネお嬢様…。
魔物を殺さずに、生かしたまま無力化してまるごと持ち帰ってしまうアンネお嬢様…。
アマージとマクサが歩き疲れると、二人をひょいと抱えてものすごい速さで掛けていくアンネお嬢様…。
ドラゴンを手懐けているアンネお嬢様…。
貴族の寝室やお風呂を持ち歩いてるアンネお嬢様…。
私たちの髪や肌を美しくしてくれたアンネお嬢様。
疲れを癒ししてくれるアンネお嬢様…。
とても気持ち良くしてくれるアンネお嬢様…。
何でもくれるアンネお嬢様…。
アンネお嬢様…、好き…。
ハンターランクアップという目的を果たしたアンネお嬢様。もう私たちはいらないの?
私たちを捨てないでほしい…。
■アンネリーゼ・メタゾール(十三歳)
冒険に出るため、革鎧風ミニスカアーマーとレイピアを身につけた。
■セレスタミナ・ヒストリア(十三歳)、カローナ・フェイナ・エッテンザム(十三歳)
二人ともヒストリア王国に戻ったのでメタゾール家からは除籍。
■メリリーナ(七歳)
ツインテール。
■ダイアナ(三歳)
ぎりぎり貴族といえるような装飾の少ないワンピース。
■リンダ(永遠の十七歳、本当は二十三歳)
肩幅を超えるほどのお胸様をお持ち。
■アリシア(二歳)
一五〇センチ。
■イミグラ(十九歳)
聖女の守り手のリーダー。よく鍛え抜かれた身体を持つ剣士。髪型はポニーテール。
革鎧を纏っている。革鎧のボトムスはロングスカート状。
■ゾーミア(十八歳)
槍使い。マッチョで大柄な女性。髪型はベリーショート。一人称は「俺」で、言葉遣いはまるで男のよう。
チェインメイルを纏っている。チェインメイルのボトムスはロングスカート状。
■レルーパ(十九歳)
弓使い。ナイフも使いこなす。髪型はショート。
鎧は革の胸当て、厚手の服。ボトムスは膝丈のスカート。
■マクサ(十七歳)
治療魔術師。髪型はボブ。僕っ娘の女の子。
服装は厚手のローブ。杖を持っている。
■アマージ(十八歳)
攻撃魔法使い。平民には珍しく、腰まで伸ばしたロングヘアー。まったくお手入れできないので、痛んでいてボサボサ。
服装は厚手のローブ。杖を持っている。
■ラメルテオンハンターギルドの受付嬢
◆ラメルテオン侯爵領
ロイドステラ王国の最北端に位置する。
◆聖女の守り手
ラメルテオン領で活動するランクCハンターパーティ。イミグラ、ゾーミア、レルーパ、マクサ、アマージの、女性だけのパーティ。




