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20 楽しい日々の終わりの始まり

「王から呼出がかかりました…。勉強の成果を見せろと…」

「そうですか…。いずれこうなることは分かっていましたが、少し早いですね…」


 マイア姫は、王位を継承するためという名目で、私の元で勉強していた。けっして、私と結婚生活をするために、私の元にいたのではなかった…。


 王族は申請すれば、王都付近にある男爵領程度の狭い領地を借りることができる。それは、領地運営の練習のためであり、また自分の能力を示すための試験のためでもある。

 普段は代官が管理しているため、領民は可もなく不可もなく暮らしていられるが、ボンクラ王族が来たらしばらくは悪政に耐えなければならない。領民が悪政にしばらく耐えていると、王位への適性ナシと判断され、領地を返却させられるとともに、王位への道が閉ざされる。


 その練習用の領地で、マイア姫は自分の能力を示さなければならない。



 マイア姫が学んだことは…、


 まずは、領内の衛生環境の整備と健康促進。上下水道の整備。手洗いうがいの推進。毎日のストレッチ体操。病気を減らし、出生率を高める。私が一歳のときにやったことだ。


 残念ながら、マイア姫は私のカイロプラクティックの技術を一年で修得することはできなかった。学校でも生物学を優先的に勉強させて、私の技も伝授したんだけど。何回も治療院でやっているところを見せたんだけど、なんだか私の手元じゃなくて違うところを見ていた気がするんだよな。

 でも、人体の知識を得たおかげで、マイア姫の治療魔法はそれなりに向上した。


 だから、医療の整備を進めるのだ。領民が格安で治療を受けられる制度があればよい。治療するのはマイア姫だからタダだ。管理職は残業も休日出勤もタダだ。

 まあ、これも私が当主になって最初にやったことだ。

 働ける領民は宝だ。教育を施した領民を、怪我や病気で失うのは領の損失だ。


 それから、女性にパンツとナプキンを広めることだ。女性は重要な労働人口だ。女性も平等に働ける環境を作ること。これもマイア姫に叩き込んだ。



 それから、便利な魔道具や美味しい料理の素材となる魔物を養殖すること。そして魔道具を安く作って安く売れるようにすること。便利な魔道具は生活に余裕を生む。余裕の生まれた領民はさらに働くことができるようになる。

 これには、その魔物から素材を採集できるような魔法を身につけた領民の育成も必要。危険を伴うので、戦闘能力も必要だ。だから、魔物を仕入れるのは領民が少し育ってからだ。



 多くのことには、領民に高度な教育を施すことが前提だ。だから、学校を整備する。


 医療支援や学校など、初期投資のかかるものが多く、しかも数年は実を結ばない。だから誰もやりたがらない。

 他にも、発電所や魔導炉など、イニシャルコストのかかる設備は支援してあげられない。箱物も作ってあげたいけどダメだ。

 マイア姫は国から与えられた予算で開発を進めなければならないのだ。私が資金援助してしまっては、あとで返済したとしても、マイア姫の功績とはしてもらえない。



「アンネお姉様…。私、帰りたくないです…」

「いけませんよ…。あなたは王となるのでしょう…」

「私、アンネお姉様の元を離れなければならないなら、王に…」

「それ以上言ってはダメです!」

「うわああん、アンネお姉様ぁ~」

「マイア様…」


 私だって辛い…。可愛いマイア姫と離れたくない。


「マイア様、うちの馬車二台と馬二頭を差し上げます。ただし、ここに来たときのように寝室やお風呂に付いた魔道馬車ではありません。あれは維持に膨大な闇の魔力が必要であることは学びましたね」

「はい…」

「それでもこの馬車には速度を出せるような仕組みが組み込まれています。馬も光魔法を訓練した馬で、時速百キロで八時間走り続けられます。

 中で一晩過ごすのは難しいので、宿で一泊は必要になりますが、それでも二日あればいつでも来られますよ」

「はい!」


 マイア姫に進呈する馬車は、普通の八人乗りだけど、近代的な機構が盛り込まれているだけではなく、王族の馬車にふさわしい装飾を施した。この世界にはまだ存在しない窓ガラスから取り入れられる光で室内は明るい。シルクのカーテンも室内を彩っている。

 シルバーとブロンズの後継となる馬をたくさん育てている。今回進呈した二頭は人の言葉をそれなりに理解し、御者なしで目的地まで走れる。でもあんまり細かい注文を理解するほどには訓練されていない。

 ある程度の盗賊退治や整地のための魔法も使える。シルバーがトレーナーをやってくれているのだ。


 マイア姫はメイド四人と騎士十人を連れているので、八人乗りの馬車を二台贈った。メイドや騎士が主人と同じ馬車でも勘弁してほしい。男八人を二台目に乗せれば、あとは女騎士とメイドだから、許してね。馬車はともかく、優秀な馬はそんなにほいほいあげられないのだ。


 そういえば、二歳の時に、お母様と私は執事のダズンと一緒の部屋に寝たんだった…。あれ…、主人と従者が一緒でも何も問題ないのかな?


「でも帰りは王城まで、私が魔道馬車で送って差し上げます」

「アンネお姉様との最後の夜…。アンネお姉様を独り占め…」


 マイア姫に進呈する馬車を私の影収納に入れた。そして、3LDKの魔道馬車に、私とマイア姫、メイド四人と騎士十人乗り込んだ。

 馬車馬、兼御者はシルバー。シルバーが自分で自分を御すのに御者もないが。

 馬車を引いて出せる速度は一〇〇キロが限度だったけど、追い風の魔法を覚えてから、馬車が転倒しないように風で制御できるようになったので、一五〇キロは出せるようになった。


 行きの反省は、女騎士二人を男部屋に放り込んでしまったことだ。マイア姫はどうせ私と寝るので、女騎士に使ってもらうことにした。


「アンネお姉様と最後のお風呂…。ううぅ…」

「泣かないでください。永遠の別れではないのですよ」

「はい…」


 いつもどおり、背中を流しながらマッサージを施す。


「ああああん…」


 マイア姫の声は可愛いなぁ。この声もしばらく聞けなくなる…。


「湯船にどうぞ」

「はい…」


 湯船の中でもマイア姫をマッサージ。


「あああああああん…」


 お風呂から上がると、まず寝室でマイア姫に母乳を与える。


「アンネお姉様の愛…」


 母乳を与えていると母性が発達する。母乳を飲んでいるマイア姫のことを可愛いと思い、幸福を感じるようになる。本能に埋め込まれたメカニズムなのだけど、これがまた心地よい。お母様もきっと同じ気持ちだ。

 ある意味、私もお母様も本能に操られているといってもよい。いいんだよ、別に母乳を与える前から、この子のことを好きだったんだから。


 そのあとはベッドの中でまたマッサージ。


「あああああああああああん…」


 いつの間にか力が入っていたようだ。しかも、気が付いたら三時間もやっていた。マイア姫を離したくない一心で我を忘れていた…。

 おかげで、マイア姫はとろとろになってしまった。なんかいつもマイア姫ばかりとろけさせてしまうなぁ。

 ちなみに力というのは光の魔力であって、筋力ではない。



「おはようございます、マイア様」

「おはようございます、アンネお姉様…」

「そんな顔しないで。可愛いお顔が台無しです」

「アンネお姉様ぁ!」


 起きて早々、抱き合ってスキンシップ。


 そのままの足でマイア姫と王城に赴いた。王城の者達は私の服装を見て驚いていた。あっ…、ミニスカートで来ちゃった…。いや、私はこの格好をこの世界の標準にするんだと誓ったのだ。この程度でうろたえてはならない。


「アンネお姉様、私は王になります。そして、アンネお姉様に宰相として来てもらいますね」

「えっ…」

「それでは…」


 マイア姫一行を王城に送り届け、馬車と馬を進呈した。

 マイア姫は泣きながら去っていった。ちょっと困るセリフを残していった。私に宰相などという事務職を任されても困る。事務職というのは私にとって罰ゲームだ。今だって書類仕事はお父様に丸投げだ。



 私は王都邸に戻った。王都邸で魔道馬車を自分の影収納に放り込み、シルバーにまたがった。


「シルバー、よろしくね」

「ぶひいいん」


 シルバーの背中をポチッと押して気合いを入れた。イグニッションボタンとかではないし、鳴き声もエンジンのかかる音ではない。

 シルバーはさらなる鍛錬により、乗馬としては時速三百キロで走れるようになっている。前世の高速特急並みだ。おかげで、王都からは五時間で帰れるのだ。


 帰り着いたらまずシルバーをねぎらってやる。


 そして、お母様の母乳をいただく。禁断症状にも栄養失調にもならないけど、やめてはならない習慣なのだ。




「アンネ…、私もお父様が帰ってこいって…」

「私もなんだよ…」

「えっ…」


 ヒルダとクレアには弟がいる。当然、その弟が家を継ぐものだと思っていたのだけど…。


「飛ぶ鳥を落とす勢いのメタゾール領で領地運営を学んだのなら、どこぞの馬の骨に嫁がせてその領地を潤すよりも、自分の領地を潤したいって…」

「直球ですね…」


「私も、学んだことをテルカス領で実践してみろってさ…」

「そう…」


 かなり予定外だ…。てっきり、メタゾール領とのつながりを深める政略結婚のために娘を私に嫁がせたのかと思っていた。

 でも女どうしだもんね…。誰も政略結婚なんて思ってくれていないのだ。しかたがない。でも、マイア姫が王になった暁には、同性婚を正式に法律で認めてもらうのだ。今でも禁止する項目とか、男女でなければならないという記述は一切ないけどね。


 はぁ…、もう一緒に暮らせないのかな。まあでも、時速百キロで飛ばせば、プレドール領までは二時間、テルカス領でも三時間だ。会おうと思えばいつでも会えるよ…。会えるよね…。


「あの…、二人に馬車と馬をお贈りします…。いつでも会いに来てくださいね」

「ええ、もちろん」

「うん!」


 ヒルダとクレアにも、マイア姫と同じ仕組みの馬車を送った。でも、王族向けの装飾は付けてないし、大きさも八人用ではなく六人用。

 馬というのは維持費がかかるのだけど、今の二領の財政なら余裕だろう。


「それじゃ、また来るわね!」

「またねー!」


 ああ、ヒルダとクレアが行ってしまった…。



 マイア姫と違って、二人への資金援助は禁止ではない。プレドール子爵もテルカス男爵も喜んで受けてくれる。

 発電所等のインフラ整備や、箱物建設はやってあげようと思う。


 それと、メタゾールからテルカスくらいだったら、通信線を伸ばすか…。いや、導線にはワイヤのうろこ、被覆にはアリシアのうろこが必要なので、三百キロの道のりに線を引こうとおもったら、二頭を何回丸裸にすればよいか見当も付かない。数キロの町に張り巡らせるだけでも大変だったのに…。


 私が頭を抱えていたら…、二頭から気持ちが伝わってきた。

 ご主人様の悩む顔を見たくない。そのために、私たちは身を捧げると…。

 なんて良い子たちなんだ。この子たちが従順なのをよいことに動物虐待してるようで心苦しいけど、使わせてもらおう。


 そのかわり、ご褒美たくさんくださいって?いくらでもやってあげるよ!

 アリシアは私の光の魔力のこもったマッサージを気持ちいいと感じるのと同時に、美味しいとも感じるらしい。一度で二度美味しいのでお得だ。

 一方で、ワイヤは私のマッサージを気持ちいいと感じるけど、美味しいと感じるのはダイアナの電気の魔力。ダイアナにもご褒美をあげてもらわないといけない。


 私は二頭の皮膚を麻痺させ、うろこをベリベリと剥がしていく。実に心の痛む作業だ。

 そして、治癒魔法をかけてうろこを再生させる。治癒魔法の基本は、自然回復の高速化であり、回復には栄養を必要とする。

 だから、ご飯を与える。でも、そう簡単に消化して栄養にはならない。

 そこで、私が内臓を活発にする背骨の筋肉を押して、消化を促す。トカゲにコウモリのような羽根の生えた生き物だけど、まだ哺乳類と共通の知識が通用するようだ。

 前世ではよほど背骨の筋肉がこっている人でないかぎり、急に胃が動き出すなんてことはなかったけど、今では魔法の力で内臓を動かすことなど造作もない。食べたものをすぐに消化させて、栄養として吸収させることができる。

 そして、栄養が回れば治療魔法が効くようになる。

 それに、私のマッサージは気持ちいいので、これはご褒美も兼ねている。


 このサイクルの繰り返しで、どんどん材料を集めた。皮を剥いで赤くなった痛々しい二頭を何回見たか分からない。


 しかし、食べ物という自然の燃料で電線や被覆が作れるなんてエコだなぁ。バイオプラスチックみたいなものかな。これなら時が経って風化すれば、自然に帰りそうだ。




 こうして、まずはプレドール領までの一〇〇キロの街道沿いに通信線を引いて、プレドール領内の無線通信環境を整備した。

 それと、発電所と魔道炉の整備。

 あと、プレドール邸にお風呂や水洗便所を設置。私のお嫁さんが不衛生な環境にいるのは我慢ならない。


 プレドール邸の改造の恩恵は、ヒルダだけではなく、家族にも与えられてしまう。ちょっと飴を与えすぎかもしれない。

 もちろん、こんなことで腐ってしまうようなら、プレドールとは縁を切って、ヒルダを返してもらう。ワッセル・プレドール子爵にはヒルダとともに、誠心誠意、領を発展させていくよう、釘を刺しておいた。



 メタゾール領に戻ったら、さっそくヒルダにコールだ。


「ヒルダ、見えていますか?」

「ええ!アンネはメタゾール領にいるのね!こんなに離れているのに顔が見られるなんて…」

「これで毎日お話できますね」

「ええ!」


 ダイアナの開発したタブレット端末の通信アプリでビデオチャットをした。長距離通信するまえに、領内の無線では試験済みだ。だから使い方は分かっている。



 続いて、プレドール領からテルカス領までの五〇キロの街道沿いに通信線の整備。それとテルカス邸の整備。やることはプレドールと同じ。


「クレア、見えていますか?」

「わー!アンネだ!ほんとうにメタゾール領にいるの?つい三十分前までテルカスで話していたからなぁ」


 シルバーは時速三百キロで走るので、テルカスからは三十分で帰ってこられるのだ。


「メタゾールに帰ってきてますよ」

「そっか!毎日お話しようね!」

「もちろん!」



 ちなみに、テルカス領からメタゾール領までの街道沿いに通信線を埋めてあるのだけど、一定間隔に無線基地局も埋めてある。

 アリシアのうろこで作った外装はかなり頑丈だけど、地上に出すと盗賊や魔物に破壊されてしまいかねないので深く埋めた。おかげで電波が減衰してカバーエリアが狭くなってしまった。間隔を短くせざるをえなくて、設置が大変だった。

 機器を動かすためには電力も必要。だけど通信線は電力も通せるようになっている。電力線通信はノイズに弱く、通信速度が出ないらしいが、そのあたりはダイアナの超精度技術でクリアしたらしい。


 こうして無線基地局を設置したおかげで、メタゾールからテルカス街道沿いでは、どこでも携帯電話や無線を使えるようになった!


 しかし、マイア姫とは話せないな…。

 まあ、このあたりの整備は、いずれ全国的にやりたい。これは近代化の第一歩だ。



 プレドール領とテルカス領には、メタゾール領からの通信が開通したので、うちの領からテレビのコンテンツを配信できる。

 現在では学校の授業予習復習動画だけなのだけど、プレドールとテルカスの領民を教育するのには役に立つ。


 領民は学校に無料で通える。ただし、少なくとも三年はその領に住んで働かなければならない。

 学校に通っている領民にはテレビやタブレット端末の購入に補助金を出す予定だ。このあたりの制度はメタゾールとほぼ同じだ。

 このイニシャルコストは、領民が育ってくると二年くらいで元が取れるようになってくる。黒字になってきたら、イニシャルコストは返済してもらうよ。


 ちなみに、私たちのライブ動画やMVは、テレビやVOD(ビデオオンデマンド)では配信されていない。

 MVはメタゾール領だけで購入できる。プレドールとテルカスでテレビを買った人が、MVを買いに来たりするのかな。

 ライブ動画にいたっては、即売会での販売のみであり再販もされていない。

 ああ、もうアイドル活動もできないんだな…。マルクガールズ、事実上の解散じゃないか…。




「ご主人様、お手紙です」


 私とダイアナ付きのレディースメイド、リメザが手紙を持ってきた。

 リメザは一年前に採用した十歳のレディースメイドだ。もともとメタゾール邸で働いていた作法のなってない使用人とは違い、生まれたときから教育を施している優秀な領民だ。

 だから、私のことをお嬢様とは呼ばずに、ちゃんとご主人様と呼ぶ。奥様ですらない。この屋敷の主人は私であり、お嬢様はセレスとカローナとダイアナだ。


 リメザは、同時に採用したコーリルと、交代でやっている。二人ともまだ伸び盛りなので、交代で学校に行かせている。


「マイア姫からです!」


 封の印章は王家のもの。開けてみると差出人はマイア姫!


 手紙の内容は、まず私への愛を三ページ半ほど綴ってあった。若干ストーカー気質な文章に引きつつも、可愛いマイア姫と一緒に過ごした日々を思い出した。

 そして、最後のページに、ちょこっと書いてあった。他国の侯爵令嬢、レグラ・フェナージがセレスタミナ嬢に会いたがっているとのことだけど、許可してよいか?ということだ。


 っていうか、領地開発の進捗を聞かせてよ…。この子、大丈夫かな…。



「セレス、レグラ・フェナージ侯爵令嬢という方をご存じですか?」

「えっ…。レグラ・フェナージは私の侍女だった者よ…」

「レグラはわたくしにもよくしてくれました…。生きていたのですね…」


 頭が真っ白になった。セレスとカローナは私の養女。誰にも渡さない。


「どうしたの?アンネ」

「えっ?」

「その手紙にレグラのことがかいてあるのですか?」

「あっ…、その…。はい…」


 しまった…。手紙を持ってくるんじゃなかった…。

 しかたがないので手紙を渡すことに。私へのストーカー恋文となっている最初の二ページを除いて。でも三ページ目も半分は恋文なのだ。私は三ページ目を半分に折って、後半だけ見えるようにして渡した。

 セレスは目を見開いて手紙を読んだ。そして、半分に折った裏側を見てしまった。だけど、若干顔を引きつらせて、何事もなかったかのように、レグラのことが書いてある面に向け直した。


「レグラとフェナージという名前の組み合わせと、私を知っていることから考えて本人の可能性が高いわね」

「それか、本人を偽ろうとしている者ですわね」


「では…、面会を受け入れると返事しますね…」

「ええ」


 ここのところ立て続けにお嫁さんが去っていって…、セレスとカローナの昔の知り合いなんて…。

 私は重い筆を執った。




「アンネお姉様ぁ!」

「お久しぶりですね、マイア姫」


 マイア姫はドッジボールではないけど、最近メロンほどになってきた私の胸に飛び込んできて、ぽよんとバウンドした。

 私の進呈した馬車で大急ぎでやってきたのだ。護衛とかメイドとかいつもの半分しかいない。


 そして、馬車から出てきた貴族令嬢…。


「レグラ!」

「姫様!」


 本人だったか…。レグラは私より年上っぽい。四歳くらい上だろうか。

 しかたがない。この子も私が面倒を見てあげよう。むふふ……。

 といいたいのだけど、嫌な予感がしてならない。マイア姫が去り、ヒルダとクレアが去り、そして手紙を読んだ時点で何かフラグが立ったような気がしていたんだ…。


「カローナ様も!よくぞご無事で!お二人とも、立派になられましたね…」


 レグラはカローナのスイカのような胸を見て立派になったと言っているのかな?

 この二人は私が育てた。この世の者とは思えないほど美しい、私の自慢の養女だ。

 なーんてね。この二人はもともと美人だ。それに、出会うまでの八年間、二人を育てていたのは、このレグラなのかもしれない。

 でも今、この二人は私の…


「……ンネ、どうしたの?涙を流しちゃって…」

「えっ?いや…、あの…、お二人と長年付き添ってきた方との再会に、感動してしまいました…」

「そ、そう?ありがとう…」


 心にもないことを言ってしまった。いや、ほんとうは心から感動していいシーンなのに、すなおに再開を祝福できない…。

 うわっ…。私ってなんて醜いやつなんだ…。


「積もる話もあるのでしょう。私は失礼しますね」


「えっ?ちょっとアンネ」


「アンネお姉様ぁ~」


 逃げるように去ってしまった。



 私は一人で自室に塞ぎ込んでいた。自室というのはなくて、みんなの寝室だ。一人一人に部屋を与えようとしたのに、みんな初日から私とかお母様の部屋に押しかけてきて、夜を共にしているのだ。

 私たちはプライベートもすべてさらけ出す、ほんとうに仲の良い夫婦…婦婦…だったと思う。いや、プライベートがないのは、いささかどうなのかと思うけど…。

 でも、今の私は誰にも見せられないほど醜い。


「アンネお姉様ぁ…」

「マイア様…」


 この部屋は、ほんとうに私たちみんなの部屋だったので、入るのにノックもしない。まあ、ドアの開く音や、歩くときの筋肉のきしむ音で、誰が入ってきたか分かったけどね…。


「アンネお姉様とあろうものが、挨拶もせずに去っていかれるなんて…。よほど嫉妬したのですね」

「えっ…」


 この子は直球だなぁ。でも…、


「はい…、その通りです…」

「レグラは私の知らないヒストリアという王国の貴族だと言っていました。これは私の予想ですが、セレスはヒストリア王国の王女で、カローナはその国の貴族なのでしょう」

「マイア様、さすがです」

「私は彼女らに会って、他国の王侯貴族であることにすぐ気が付きましたよ」

「お見それしました…」


 この子は私にだけ直球で正直に話してくれるんだ。ほんとうに私を慕ってくれているってことか。

 人を見定める目を持っているし、ちゃんと外では姫として振る舞っているんだろうな。私の前ではあまりにも壊れすぎてて、気が付かなかったよ。壊したのは私だけど。


「それで、幼い頃からの付き合いであろうレグラに、あの二人を取られると思ったのですね」

「は、はい…」

「アンネお姉様…、可愛い…」

「えっ…」


 今の私のどこに可愛い要素があるのか分からない…。


「いつも、すべてを悟ったようなお顔であられるアンネお姉様のそんなお顔は初めて見ました」

「はぁ」


「でも分かっておられないようですね。あの二人がアンネお姉様以外の者を好きになるわけないでしょう」

「えっ?」

「あの二人はもともと互いに愛し合っていたのでしょう。それをアンネお姉様が奪ったのでしょう。仮にアンネお姉様がいなくなっても、あの二人は元の鞘に戻るだけではありませんか。あのようなお付きの者に入り込む隙間など、どこにもありませんよ」

「な、なるほど…」


 あの二人はできてると思っていたのに、カローナは私との子を作ってしまったし、セレスも私との子を作りたいというし。私のことのほうが好きなのか…。

 というか、たった一年の付き合いで、マイア姫はそれを見抜いたのか。やはり王族の眼力は違うなぁ…。


「このあと聞く話の内容によっては、あの二人は国に帰ってしまうのかもしれません」

「はい…。それを危惧しています…」

「でも、アンネお姉様は自信を持ってください。あの二人にとってアンネお姉様がいちばんなのです」

「そんな簡単にうぬぼれるわけには…」

「アンネお姉様はもっと自信を持ってください」

「はい…」

「アンネお姉様、好きです!」

「えっ?」


 マイア姫は私に抱きついてそう言った。


「ふふふっ。アンネお姉様もこうやればいいんですよ」

「えーっと…」

「アンネお姉様は皆を等しく愛してくださいますが、特定の者にこうやって思いを伝えたことはないでしょう」

「そう…かも…」


 たしかに、みんなに好きって言ってもらってるのに、自分から好きって言ったことなかったかも…。それなのに、いままでよくみんな離れていかなかったな…。


「セレスとカローナに気持ちを伝えるとよいです」

「はい」

「ヒルダとクレアにも今度会ったら気持ちを伝えてくださいね」

「は、はい…」


「はぁ…。ほんとうはライバルなんていなくなってくれたほうがいいんですがね。でも私のアンネお姉様が心を痛めてらっしゃるならしかたがないです」

「マイア様…、ありがとうございます…」

「元気になられたのなら、私と一緒に王都に帰りましょう!」

「いえ、それはちょっと…」

「調子が戻ったようですね!」

「あっ、はい!」


 マイア姫はちょっとストーカー体質で、私といちゃいちゃするためなら他の子を蹴落とす勢いだったのに、というか本人もそうはっきり言っているのに、実際はそんなことをしない優しい子なんだ。




「先ほどは挨拶もせずに、失礼しました…。私はアンネリーゼ・メタゾール伯爵です」

「まあ!伯爵様でしたか!私はレグラ・フェナージです。こちらこそ挨拶せずに、セレスタミナ様との会話を弾ませてしまい申し訳ございません」


 いっそうのこと、この子も一緒に住み着いてくれれば一件落着なんだけど、そういうわけにもいかないんだろうな。



 レグラ嬢に聞かされたのは、セレスの母国、ヒストリア王国の惨状。レグラはヒストリア王国を出てきてから二年以上経っているので、情報は二年前のものだ。


 王位争奪のために次々に王族が暗殺され、その手が第五王女であるセレスまで及んだために、セレスは逃げてきたということであった。

 そこまではセレスに聞いた話。


 暗殺を目論んだのはセレスより王位継承権が二つ下の第六王子とその派閥。第六王子は当時四歳で、それを担ぎ上げてできあがった第六王子派が、上位の王位継承権を持つ者を暗殺していった。

 さらに、後続の憂いを祓うために、第六王子派は、自分より王位継承権の低い者や、血のつながりのある公爵家も暗殺していった。

 こうして残った王族は、第六王子一人。晴れて王位を継げると思いきや、第六王子は何者かに暗殺されてしまった。


 結局、ヒストリア王家は全滅してしまったのだ。全滅したと思われているのだ。

 そのため、国内の貴族が王位を得るために紛争を始めてしまった。ヒストリア王国は大荒れになった。



 レグラはセレスタミナを逃がしたあと、行方をくらまして逃げ延びていた。そして、どのように渡り歩いたかは分からないが、何年か過ぎてロイドステラ王国に辿り着いていた。

 そして、セレスタミナの侍女をしていた経験を生かし、ロイドステラ王国の北側に位置するラメルテオン侯爵家のレディースメイドとして働くに至った。


 他国の貴族など、素性の知れない者をよく雇う気になったといいたいところだ。しかし、貴族というのは、貴族の服を着ているから貴族なのではない。高い教養と品格を備えているから貴族なのだ。

 それは平民がおいそれとマネできるものではない。有能なラメルテオン侯爵は、レグラがちゃんとした貴族であることを見抜いた。

 だからといって、見ず知らずの他国の貴族令嬢を雇うかどうかは別だ。まずはハウスメイドとして雇い、能力や忠誠を見ることにした。

 やがて、レグラの能力が高く、忠誠にも問題がないことを見定めたラメルテオン侯爵は、娘のロザリーにレグラをレディースメイドとして付けることにした。

 それは、ロザリーがデビューしてしばらく経ってからのことだった。


 ある日、レグラはロザリーからデビュタントパーティであったことを聞いた。

 パーティでその奇抜なドレスを着ていた、美しい五人に嫉妬し、つまらない嫌がらせをしてしまったこと。それをあっさりなかったことにしまったメタゾール伯爵。

 その後、赴いたメタゾール伯爵の経営する仕立屋で、パーティで犯したことの謝罪をして許してもらったこと。メタゾール伯爵本人に奇抜で綺麗なドレスを仕立てもらったこと。その仕立屋にも、パーティで奇抜で綺麗なドレスを着ていた者達がいたこと。

 そして、その中にセレスタミナという、この世の者とも思えないほど美しい者がいたこと。


 レグラはロザリーに食い入るように問うた。セレスタミナの容姿、髪の色、年齢。

 確定するには少し情報が少ない。でも一縷の望みをかけて、そのセレスタミナに会ってみたい。

 レグラはロザリーに、自分の歩んだ過去、セレスタミナのことを正直に打ち明け、セレスタミナと会わせてもらうよう取り付けた。


 しかし、ラメルテオン領とメタゾール領は、国のおよそ正反対に位置する。ラメルテオンから王都まで四十日、王都からメタゾールまで三十日。帰りも入れるとその二倍。とてもメイド一人のためにかけられる時間ではない。

 ここで、王の玄孫、マイア姫が最近メタゾール家を派閥に加えたという話を聞きつけた。ロザリーはマイア姫を頼ったところ、レグラを押しつけることに成功。むしろ、マイア姫はなんだか喜んでいるようにも見える。


 主人がたかがメイドのために一四〇日もさけないというのに、姫に連れてきてもらうなんて言語道断である。

 しかし、マイア姫はアンネリーゼに会う口実を得るためにこの話に乗ったのであった。しかも、他国の貴族…、セレスタミナ…。すべてがマイア姫の中で繋がった。うまくいけば、セレスタミナ、ついでにカローナも追い出して、ライバルを減らせる!

 マイア姫は黒い野望を抱いた。


 こうして、レグラはマイア姫に連れられてメタゾール領を訪れることになり、今に至る。



「というわけなのです…」


 アンネリーゼはレグラの話に、心の中でため息をついた。そんなことは知りたくなかった。セレスたちに知らせたくなかった。


「そんな…、ヒストリア王国が内紛だなんて…。帰らなきゃ!」

「危険です、セレス!わたくしたちは国を追われた身。いまさら…」


 みんな故郷が大事だ。マイア姫は国全体が大事。ヒルダとクレアは自分の領が大事。そしてセレスとカローナも自分の生まれた国が大事。


 それは私のことを好きだというのとは別だ。


「アンネは教えてくれたわ。王族と貴族のあり方を。私たちはなぜ王族・貴族なのか」


 私は常々貴族というもののあり方を、学校で説いている。貴族は国のために貢献したものに与えられる資格。常に国のため、民のためにあるべきなのである。


 なんつって、私は好き勝手やりたいだけなので、貴族なんかやりたくないんだけど。貴族になってしまったから、しかたがなく私なりの方法で民に尽くしているだけだ。

 私は義務を果たさずに好き勝手やるつもりはない。


「よいですか?カローナ。私たちは、王族・貴族に生まれたから王族・貴族なのではありません。生まれてから、国と民のために貢献できなければ、王族・貴族ではないのです!」

「おっしゃる通りでした…。わたくしは公爵家の生まれ。民を守れずに、ここで安穏と暮らしているわけには参りませんわ!」


 セレスとカローナは私が育てた。別に、美貌とか胸のことだけじゃない。勉強や道徳も教えたんだった。


「アンネ!私たちをヒストリアに連れていって!」

「わたくしたちはヒストリアに戻ってやるべきことがあります!」


 二人はやる気に満ちあふれている。こうなるようにたきつけたのは私だ。


「セレスタミナ様は、正当な王位継承者です。紛争を終わらせられます!」


「いくつか問題があります。まず、ヒストリア王国の正確な位置が分かりません。レグラ様は陸を歩いてロイドステラに来たのですか?」

「最初は小さな船で海に出ました。海の魔物に襲われながらも何十日すごしたか分かりませんが、しばらくして陸地に辿り着きました。そのあとは二年ほど歩き続けました」

「なるほど…」


 たくましすぎるだろう。セレスもカローナも船で海を渡ってジャングルにいたんだ。

 この世界の者は魔法を使える。多くの者は水を出す魔法を使えるので、脱水症で死ぬ可能性は低い。

 他にも攻撃魔法を駆使すれば、女性でも猛獣や魔物のはびこる森で生き残れるかもしれない。


「それなら私が開発中の島からさらに南下すれば、ヒストリア王国のある大陸に着くのかもしれませんね」

「そうよ、私たちが辿り着いた島に近いかもしれないわね」


「もう一つの問題は、ヒストリア王国が戦争中で危険な地域あることです。

 その……、セレス…、カローナ…、私はあなたたちのことを愛しているんです!あなたたちを危険なところに行かせたくありません…」


「アンネ…。私もアンネのことを好きですわ」

「アンネ…。私もアンネのこと好きよ!でも私は国を守るために行かなければならないの」


「ふふふっ…、そうですね…。セレスは王族として義務を果たさないとですね…。では、私は養母としての義務を果たさないとですね」

「そんな!危険よ!」

「ふふっ、お互い様です。それに、誰が船を出すんですか」


「じゃあ、私は養母の妻として参戦するわ!」

「私は養母のお嫁さんだよ!」


「ヒルダ!クレア!」

「来てくださったのですね!会いたかった…」


 私は思わず、ヒルダとクレアに抱きついてしまった。

 マイア姫に思いを伝えろと言われたけど、ちょっとそういう場でもないので思いとどまった…。


「いつから聞いてたんですか?」


「ダイアナが連絡くれて、急いできたのよ。それで、隣の部屋でずっと聞いてたわ。このビデオチャットで」

「私もダイアナが連絡をもらって。馬車の中でずっと聞いてたよ」


「ダイアナ…」


 扉の影で、親指を立てている幼女がいた…。

 テルカス領からメタゾール領の街道では無線を使えるのだ。ダイアナめ…、どこから生中継してやがった…。


「アンネちゃん、養祖母は付いていっていいのかしら?」

「ねーね、私は養叔母っていうのー?」


 さっきスルーしちゃったんだけど、養母の妻とか嫁って何。


「くぅぅーん」

「きゅぅーん」


 ワイヤとアリシアまで!っていうか、この子たちの戦いを見たことないんだけど?


「ぶひひいいん!」


 シルバー!



「アンネリーゼ様…」

「どうしたの、ポロン?」


 ポロンはセレスとカローナに付けたレディースメイドだ。あっ…。


「辞職願を…」

「えっ…、なぜ…」

「セレスタミナ様が他国の王女カローナ様が公爵令嬢だと知りました。お二人はもともとあまり私を頼ってくださいませんでした…。

 でも、お二人はレグラ様を頼りにしておられます…。私ではダメなのです」

「あなたはじゅうぶんやっていますよ…」

「セレスタミナ様とレグラ様の間に私の入り込む余地などございません…」

「そう…。あなたは優秀ですから辞職ではなくハウスメイドに転属しませんか?土魔法が得意ですし…」

「はい、そうさせていただきます…」



「セレスタミナ様…、カローナ様…、本日で私、セレスタミナ様とカローナ様のメイドをやめさせていただきます…。至らないメイドで申し訳ございませんでした!さようなら!」

「えっ…、待って、ポロン」

「行ってしまいましたわ…」

「あまり頼ってあげなかったからかしら…」


 私がどちらかに助言してやれば、別れずに済んだのだろうか…。もうちょっと使用人のケアもしてやらないとだ…。割り当てて終わりじゃないんだ…。




『船を準備してある。みんな乗るといい』

「ダイアナ、あなた口が動いてないんだけど」

『自分の声のサンプルで作った合成音声を、風魔法で鳴らしている』

「自分の口でしゃべらないと、いつまで経ってもしゃべれないよ…。せめて口パクくらいしなさいよ」

『自分の声を出すとか口を動かすのはおっくう。文字打ち込んだものをAIに抑揚つけてしゃべらせた方がよほど良い』

「まじで…。じゃあ、もっと幼女らしく可愛い感じにしたら?」

『私のキャラじゃない』

「どういうキャラで行くの…」


「ふーん、ダイアナは魔法で話せるようになったのね」

「さすがアンネの娘だよねー」


「しゃべれるようになったのはいいけど、ぶっきらぼうよね」

「母親として礼儀作法を鍛えなければならないようですわね」


『拒否する。早く内乱止めたいでしょ』

「帰ったらお仕置きですわ!」


 帰ったら…。その時は訪れないのかもしれない…。



「さあ、行きましょ。腕が鳴るわね!」

「二年間、アンネの学校で鍛えたもんね!」


「あのー、皆さん…。戦う前提で行くのはやめましょう」


「えっ?」

「あれ?」


 いつからこんなに血の気の多い集団になったんだ。


「そもそも、私たち数人で何ができるんですか。私は、セレスに万が一のことがないように、護衛として行くんです」


「そ、そうよね」

「知ってた!」


「戦わないのがいちばんです。セレスが王族の生き残りとして認められればいいのですが、今さら王族の権威など通用するか微妙なところですね」


 平和的に解決できるのがいちばんいいのだけど…。


「第六王子は何者かに殺されたのです。王族がまだ生き残っていると分かれば、殺しにかかってくるはずです」


 レグラは私の安易な希望を砕いてくれた。まあその通りだ。


「やはり危険ですねえ…」


『どうしても危険なのは分かっているから、セレスもみんなこれを着てほしい』


「なあに、ダイアナ。遊びに行くんじゃないのよ。アイドル衣装なんか着てどうするのよ」


 ダイアナが用意したのは、純白のドレス、ミニスカート仕様。ハーフバックのパンツとガーターストッキング付き。絶対領域は確保されており、胸元も大きく開いている。

 こんなときにふざけないでほしい。命がかかっているんだ。


『これは、アリシアのうろことシルクを混ぜ込んで作った鎧。叩かれると少し痛いけど、切られたり刺されたりすることはまずない』

「ええっ?それはすごいわ!でも、胸元を刺されたらおしまいだし、スカートをめくられると脚も切られてしまいそうね」

『それは否めないので、この薄手ののインナーアーマーとパンストも着てほしい。これもうろこでできてるから切られない。でも、谷間とお尻の視認性は死守される』

「胸とお尻の形が分かるのなら安心ね!」


 セレスは、切られないことじゃなくてそっちの方が重要なのか。



「じゃあ、この衣装に着替えるわね。これ、可愛いわね!」

「ほんとうですわ!わたくしはいつも黒なので、たまには白も良いですわね!」


「私も着るわ!」

「可愛いのに丈夫なんてすごいねー!」


 みんなで衣装…、じゃなかった鎧を着ることにした。っていうか、いつの間にか完全に衣装だと思われている…。

 鎧を着るのは初めてで、手伝ってくれるメイドも戸惑っている。

 あまり伸びない素材だけど、サイズぴったりだから問題ない。レースのインナーアーマーは、最初から乳袋の形になっている…。お母様は胸の付け根よりもかなり大きな球体をぶら下げているので、乳袋の入り口が小さく、胸を入れるには若干潰さないといけない。

 アウターアーマーのブラジャーというかブレストアーマーの部分と、コルセットの部分は独立していて、ちゃんと胸が揺れるようになっている。私の考えた、下着を前面に出す構想を、ダイアナも理解してくれている。

 いやいや、戦闘中に胸が揺れたら困るよね…。もう、ダイアナふざけすぎ…。


『みんなのタブレットに新曲の動画を配信しておいたから、到着までに練習しておくように』

「「「「はーい」」」」



 馬車で港に行くと、私の作った帆船もどき…、ではなくて、もっと大きくて迫力のある鋼鉄船…、いや、アリシアのうろこのようだ…。ケーブルを作ったときに余分に確保しておいたのか…。うろこは木よりも軽いしチタンよりも丈夫なので、何にでも使える。

 アリシアの大きさよりも何百倍もありそうな船…。私はいったい、何回アリシアを丸裸にしたのだろう…。


 アンネリーゼもダイアナも前世の固有名詞を覚えていないのだが、この船はガレオンクラスの船である。いまだにボートのような漁船しかないこの世界では、化け物のような存在である。


 動力は、私の考えた、水魔法を使って水を前から吸って後ろから吐き出す方法が、なんだかんだいっていちばん効率がいいらしい。でも、ダイアナが最も多く持っている電気の魔力でも走れるように、普通のモーターも付いている。

 風力発電機と水力発電機も付いているけど、航行中に使うと抵抗にしかならないので、停泊中に充電する目的のものらしい。船は帆で風を受けて動くし、波に流されもするので、停泊中にそれを回収すれば、それなりの充電ができるらしい。

 太陽光発電機も付いているけど、推進力をまかなえるほどの発電はできない。休み休み行けば、三つの発電機のおかげで補給なくどこまでも行くことができる。燃料切れで海の上でぷかぷかという自体が起こらないようになっている。


 魔道炉も積んでいるので、水を出したり火を起こすことはできる。でも、魔道路では土の魔力と光の魔力を出せないので、船の修理や人の治療には人力が必要。もちろん、人の食料も必要。


 私の作った船とそれほど変わらないように見えるけど、ダイアナの前世は自動車会社の技術者であり、空気抵抗や水の抵抗を考えた、効率の良いフォルムとなっている。だから、私の作った船の二倍の、時速一五〇キロ程度で走れるようだ。



 これだけの大きさの船なのだけど、帆船ではないので、帆を操作する人は不要。一人いれば操船できる。

 ダイアナはこの船でどうしたいのやら…。国力を見せつけて脅すのか。


 領民を兵士として連れていく気はない。他国の内紛に干渉する権利など、いち貴族当主にあるわけないのだ。

 というか、他国に干渉するのが私より問題な人…、マイア姫…。なんで付いてきてるの…。


 領民を兵士として連れていって傷つけたくはない。でもセレスのことも傷つけたくない…。しかたがないので、乳児の魂百まで計画で育てている十歳の優秀な魔法使いの女の子を十人だけ従者として連れていくことにした。大きな光の精霊が付いており、学校で人体の知識も学んでいるので、お嫁さんたちよりも治療魔法が得意。攻撃魔法もかなり使える。



「ねえアンネ、あなたも練習してほしいわ」

「えっ…」


 私が甲板で黄昏れていると、セレスに声をかけられた。

 さっきスルーしてしまったんだけど、新曲って何…。練習って何…。


 というか、いつのまにか十人の従者の子たちも衣装を着せられてダンスとコーラスを練習してるし…。


「あの…、私たちは何をしに行くと思っているんですか?」

「私という王族が生き残っていること示して、私に何ができるのか、何を成し遂げられるのか、声明を発表するのよ」

「じゃあ歌なんて練習している場合じゃ…」

「何を言っているの?この歌はダイアナの考えてくれた声明文よ」

「へっ…」


 私はタブレット端末をスカートの裏に開いた影収納から取りだして、ダイアナの配信したという新曲の動画を再生してみた。


 歌詞は、セレスの周りの王族が暗殺されるところから始まる。

 セレスはカローナとともに命からがら逃げ延び、王になるために異国で知識を付けた。

 そして、ヒストリア王国に戻ってきた。国を救うために。

 そのあとはセレスが王になり、国に産業革命を起こす。私が領でやってきたことと同じだ。

 人々は学校で学ぶことで、より良い道具を作れるようになる。良い道具は人々の生活を豊かにする。

 誰もが高度な治療魔法を受けられ、怪我や病気に怯えることのない世界。

 歌は、そんな幸福に満ちあふれた世界を描いて終わる。


 練習用CG動画の時点ですでに立派なMVになっている。このMVには、歌詞の内容を描いたCGがふんだんに使われているからいいけど、それを実写で再現できるのかな…。歌を聴いているだけでは想像できないんじゃないかな。


「さあ、アンネも練習に加わって!」

「はい…」


 歌で紛争を解決…。そんなことできるのかな…。


 この船はそれなりの技術を使っているけど、武装のない張りぼてだ。もし、歌が通用しなかったらどうしよう。

 私はセレスを守ることくらいはできるけど、軍隊を相手に戦って勝つなんて無理だよ。


 はぁ…、どうなることやら…。



 あっ、


「ところでダイアナ、ヒストリア王国の場所、分かっているの?」

「ドローンで偵察してきた。ママの島から十二時間南下したところ」

「あっそ…」


 長距離の無線は使えないので、ドローンはAIで動いてるのだろうか。撮影や測量をして帰ってきてデータ解析か…。どこまで撮影してきたんだろ…。

 っていうか、時速八〇キロの船で十二時間かかるところを、セレスとカローナは手漕ぎのボートで何日かけて無人島までたどり着いたのやら…。

■リメザ(十歳)

 アンネリーゼとダイアナ専属のメイドの一人。


■ポロン(十歳)

 セレスタミナとカローナの専属レディースメイドだったが、元侍女のレグラにはかなわないと判断し、レディースメイドを辞職。ハウスメイドとして働くことに。土魔法が得意。


■ロザリー・ラメルテオン(十二歳)

 三年前のデビュタントパーティでシンクレアのドレスを破いて意地悪した悪役令嬢、と見せかけて、それほど悪い子ではないとアンネリーゼに思われている。


■レグラ・フェナージ

 セレスタミナがヒストリア王国にいたとき、セレスタミナの侍女をやっていた。

 ヒストリア王国でのクーデターから逃げ延び、ロイドステラ王国のラメルテオン家のメイドとして働いていた。


■マイアに献上された馬

 シルバーとブロンズの後継。精霊の加護を受け、魔法を操る。目的地を告げれば一人で走れるほどの知能を持つ。


◆マイアの領地

 王族は申請すれば、王都付近にある男爵領程度の狭い領地を借りることができる。それは、領地運営の練習のためであり、また自分の能力を示すための試験のためでもある。


◆無人島

 メタゾール領から時速八〇キロの船で三時間南下したところにある島。

 アンネリーゼが八歳の時に発見し、さまざまな素材やセレスタミナとカローナを拾った場所。


◆ヒストリア王国

 無人島から時速八〇キロの船で十二時間で、ヒストリア王国の最北端に着くらしい。

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