2 乳児の仕事とは
「アンネリーゼ、おまえは賢い子だな!」
「そうなのよ!アンネリーゼは私たちの言葉を分かってるんじゃないかしら」
アンネリーゼ…。頻繁に出てくる言葉。私の名前かな。あとはまだ何を言っているのか分からない。知らない言語だしね。
アンネリーゼかぁ。女の子っぽい名前だ。あ、私、女だよ。前世もね。
目はまだ少しぼやけていてはっきりと見えないけど、だいぶマシになってきた。私は母親に抱きかかえられておっぱいを飲んでいる。恥ずかしいったらありゃしない。
でも、意外に美味しいんだよこれが。私は赤ん坊だから本能が必要だと言っているんだろう。開き直ってひたすら飲んでる。
この人…、母親…だよね?背も低いし童顔。ちょっと幼いような…。ぼやけているからよく分からないけど、十二歳くらいに見える…。でも胸はまあまあある。
まあ、前世の母国の人種は、他の国に比べると幼く見える人種だったし、それよりも幼く見える人種がいたっておかしくないよね。
私は母乳を飲んだままいつの間にか寝ていたみたいだ。気が付いたらベビーベッド、いや、揺り籠かな。隣のベッドには母親。父親はいない。仕事に行ってるのかな。
母親の側に立っているのはメイドさんかなぁ。私や母親のお世話をしてくれるから看護師かと思ったけど、メイドっぽい服だけど、こういう看護師の服があってもいいとは思う。でももしメイドさんなら、ここは裕福な家かな。メイドさんもちょっと幼いなぁ。やっぱりそういう人種なんだ。
はぁ…。おしっこやうんちは、筋力がないからどれだけ我慢しても漏れてしまう…。屈辱的…。おじいちゃん、おばあちゃんってこんな気持ちなのかな。
まあ、私は赤ん坊なので、漏らすのが当たり前の生き物だ…。気持ち悪いのは嫌なので、漏らしたらすぐに泣いておく。するとメイドさんが嫌な顔もせずに処理してくれる。でも紙おむつとかじゃない。なんか適当な布だ…。
この部屋は…、家具は西洋風だけど、文明はかなり低そうだ…。壁や天井は土かな…。土を固めた家?
まあ転生なんて超常現象を体験したんだから、ここが前世の星じゃなかったり、タイムスリップしていてもおかしくないよね。
家電とかなさそう。窓を閉めれば、部屋の灯りは薄暗いロウソクの光だけ。
っていうか、ガラス窓なんてものはなくて、木の蓋だ。昼間は開けっぱなしになっていて、虫が入り込んでくるのは当たり前。蚊のような虫が私を襲う。私はまだろくに動かせない腕で振り払う。
はぁ…、こんな文明の低い世界でやっていけるかなぁ…。
おなかの中にいたときに見えていた光は、生まれたあとでも見えている。見えているという表現はちょっとおかしい。やっぱり視覚じゃない。この光は視覚を遮ったりはしない。視覚に似たものだけど第六感ってところかな。もしくは四色目以降の原色だ。
逆にこの光は部屋を照らすことがない。おなかにいたときから見えていたくらいだから、まぶたを閉じても見えるし、壁の向こうにいても見える。人体を出たり入ったりもする。物理的なものではない、幽体かなにかかな。
ときどき動くけど、だいたい私の周りにいる。白い子がお気に入りだ。一番触れていたからか三十センチくらいはある。他はまだ五センチくらい。
私の周りにいる赤、青、黄、緑、紫、白、黒は比較的大きい。私の周り以外にも辺りを漂っているけど、豆粒くらいのばかりだ。それらは、誰かに付いていくということはないようだ。
おなかの中にいたとき、手がなくても触れられたけど、手で触れた方がより触れている感覚がある。
あれ?意識が飛んだ?なんか光に触れていると何か吸い取られてるのかな。でも悪い気はしない。命を吸いとられてるとかじゃない。光が喜んでるのが分かるし、私も嬉しいな。やめられない。いいんだよ。寝る子は育つんだよ。光に触れて気を失ってを繰り返していると、だんだん触れていられる時間が増えている気がする。
何日過ぎたのか分からないけど、少し言葉が分かるようになってきた。だからといって私はあうあうばぶばぶしか言えない。口がそんなに動かない。もうちょっとおなかの中で滑舌の練習をしておけばよかった。
「やっぱりこの子は魔力を流しているのね」
「そうだな。この暖かさは魔力の流れによるものだ」
「あうあう」
母親は魔法の力とか言っているのかな。魔法がある世界なんだ!光に吸い取られているのは魔力なのか。光は魔力を与えると喜ぶ生き物なのかな。
三ヶ月くらい経ったと思う。実際に何ヶ月過ぎたかはランダムに寝たり起きたりを繰り返しているのでよく分からないけど。
首も据わったし、寝返りもできるようになった。しばらくうつ伏せでいると、メイドさんが仰向けに直してくれる。おなかの中にいるときからできるだけ動くようにしていたから早かったと思う。
「まあっ!アンネリーゼがはいはいをしているわ!」
「なんだと!」
「アンネリーゼがつかまり立ちをしているわ!」
「まさか!つい一ヶ月前にはいはいを始めたばかりではないか!」
「アンネリーゼが立っているわ!」
「おお…」
どうやら私は五ヶ月でつかまり立ちできるようになったらしい。そして、六ヶ月でつかまることなく立てるようになった。
ふふふ、努力のたまものだ。筋トレなんて大それたものじゃないけど、できるだけ動くようにしてたからね。そして、運動のあとにはよく揉んでおかないとね。筋肉が固くなっちゃう。それに血流が悪くなって身長が伸びなくなったりする。
……マッサージだ!そうだ!私は前世でマッサージ師…、整体師、カイロプラクターだった!
なんて大事なことを忘れていたんだろう。というか、転生したという認識があるのに、記憶はあんまりないな…。
カイロプラクティックのお店を開いていたのは覚えている。だから成人していたと思う。でも何歳まで生きたかは分からない。自分の姿をまったく思い出せない。
前世の自分の名前とか何も覚えてない。固有名詞にあたるものや、具体的な形がほとんど記憶に残っていない。前世で住んでいた惑星や国の名前を思い出せない。
逆に知識や経験は残っていると思う。惑星という概念があったり、今世の世界がそれよりはるかに低い文明であるというのが理解できたり。
私はカイロプラクターだったんだ。身体の構造が全部頭に入っている。医学や薬学も少しだけかじった。
母親…、リンダといったかな。今、絨毯の上でよちよち歩いている私と遊んでくれているリンダ。産後で腰痛になってしまったみたいだね。座り方や姿勢だけで分かるよ。痛いところをかばっているもの。触れられればもっと分かると思う。背中に回り込んで、ちょっと触ってみよう。
「あら…、アンネちゃん…、私の背中に何か付いているのかしら…」
私にはこの人が母親であるという認識はあまりないけど、赤ん坊が母親の腰を触診するのは何もおかしくないよね。ああ、やっぱり腰の筋肉が固くなってる。服の上から触っても分かるよ。前世の私ならすぐ楽にしてあげられるのになぁ。いくら積極的に鍛えているからといって、乳児の力では指圧できないなぁ。
あれ?筋肉の固くなっているところが何やら…、黒ずんでいる。黒く光っている。黒く光るって意味分かんないな。あっ、これは第六感的な光だ。でもいつも見ている黒い光とは違うなぁ。じゃあ第七感ってことにしておくか。
こいつは黒い。いつもの七色は暖かい感じがするのに、こいつはなんだか嫌な感じがする。
「えいっ!」
どっか行け!って手で埃を払うようにしたら、黒ずみが薄くなった。おお!なんか、いつもの光と同じように、魔力が吸いとられた気がする。もっと力を込めて親指で押してみると…、やった!全部消えた!そして、さっきまで堅かった筋肉がほぐれた!
「あああんっ…、ちょっとアンネちゃん…、くすぐっ……、あら…、腰が痛くないわ…」
よしよし、良いね。姿勢も良くなったよ。ああ、よく見たら産後で骨盤も歪んじゃってるな。でも座っていたら矯正できない。うーん。
「まーま、ねんね」
「ええっ?いくら絨毯だからといって床に寝ちゃダメよ、アンネちゃん」
そういえば、六ヶ月の間にそれなりに話せるようになった。まだ口がうまく回らないし、この国の言語がよく分からないけど、二歳児相当には話せてるんじゃないかな。
まあいいや。そのうちリンダがベッドにいるときに、うつ伏せになるよう頼んでみよう。
っていうか、今のは何?乳児の力で筋肉をほぐせるワケないんだけど、なんだかできたよ!黒ずみに魔力が流れたみたいだし、これって魔法なんじゃない?筋肉を押す魔法?ほぐす魔法?それって私にぴったりな魔法だよ!
そして、黒ずみは筋肉が固くなっているところや、血流が悪くなっているところを示しているのかな。近くでよく見たら、いっぱい黒ずんでるところあるじゃない。ああ、そういわれてみれば、凝ってるよねーって分かる。
姿勢とか歩き方だけでたいていのことは分かってるつもりだったけど、黒ずみを見る魔法はかなり優秀だ。ああ、むしろこっちの方が役に立つ魔法だね。
ああ、もうカイロプラクティックのお店を開きたいなぁ。でも、この文明でマッサージ屋なんてなさそうだなぁ…。それどころか医師とか薬剤師もいないんじゃない…。
と思ったら、治療魔法使いとか、ポーション薬師とかいるみたいだ。どうやら、母親は産後に産道が切れちゃったのを治療魔法使いに治してもらったようだ。まあ、前世みたいな医学や薬学は存在しないに等しいね。よーし、じゃあ治療魔法使いになって治療院を開こう!
といいたいところなのだけど、この家は貴族の家柄らしい?だって母親のリンダはちょっとしたドレスを着ているしね。父親のゲシュタールも貴族って感じの服装だ。
でも私はおんぼろなワンピースだなぁ。私、ほんとうに貴族なのかな?メイドの子とかではないよね?
貴族の位は全部で五段階。この家は下から二番目。さしずめ子爵といったところか。貴族って治療魔術師になっていいのかなぁ…。ああ、私って女だからお家とか継がなくていいよね?
あれ、でも、兄とか見当たらない。女当主が認められている国だと困る…。経営とか書類仕事とか嫌だよ。父、母よ、私に構ってないでいいからもう一人作れ。普通は男が生まれるまでがんばるよね。この世界の普通を知らないけど。
結局、私は自力でベビーベッドから自由に出られないし、床からベッドに登ることはできないので、リンダがベッドに寝っ転がっているときに隙を見て骨盤矯正をやる機会なんて訪れなかった…。
そもそも私は力で指圧しているのではなくて、魔法で指圧しているようなので、リンダが座ったままの体勢でもそれなりに骨盤矯正できてしまった。うーん、ちゃんとうつ伏せで押せる機会があったら、やりなおしたいな…。まあいいや。
六ヶ月の間には、おしめも取れた!おしっこ、我慢できるようになったよ!
おしめが取れたのはよいけど、じゃあパンツでも用意してくれるのかなと思ったら、何もはかせてくれなかった…。あれ…、それじゃ防御力が心許ないんだけど…。
もしかしたら誰もパンツをはいていないのかな?女はみんなノーパンの世界ですか…。低文明だとこういうことがあるのか…。
隙を見てリンダが立っているときに長いスカートの中に潜り込んでみた!……はいてなかった…。そして、軽く怒られた。あいにく私には縫製の知識とかない。でも下着はどうにかしたいな…。
ちなみに男のは知らない。興味もない。
トイレはおまるのような壺だ。私用に小さいのを用意してくれた。便座のようなものはないので、これに腰掛けるのは気が引ける。つまり、和式トイレのようにしゃがんで用を足す必要がある。
めちゃくちゃ臭い…。これでも使用人が頻繁に汚物を捨てて洗ってくれているらしい。
私、貴族でよかった…。これを自分で処理しろっていわれたら泣ける。
ときは流れて、私は一歳になった!つたない言語を駆使して、母親のリンダやメイドにこの世界のことや魔法のことを色々教えてもらった。
ああ、ここは貴族の家だから、お母様って呼んだ方がいいのかな。ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「おかしゃまは、なんちゃいでしゅか?」
「えっ、十一歳よ」
「はぁっ?」
九歳で妊娠したの?じゃあ、お母様の外見は年齢よりも幼く見えるんじゃなくて、年齢どおりの幼さってこと?いや、むしろ、十四歳くらいに見えるから、年齢よりもかなり成長早いのか…。
だからって、一桁で妊娠とかありなの?私って障害児だったりしないかな?今のところ何もなさそうだけど…。
まあ、とにかく前世とは違う世界で違う人種なんだし、気にしすぎてもしょうがないか…。もしかして、人間とか哺乳類ですらないかもしれないし…。
でも前世からすると、お母様は白人系でなかなかの美人だね。スタイルも良くて、そこそこ胸も大きい。腰まである明るい栗色の髪の毛も綺麗。これで十一歳だなんて信じられない。
このお母様の子供なら私は将来有望だ。鏡らしきものもガラス窓もないから、自分の顔は見たことないけど。
あ、水面…桶を覗いてみたら、可愛らしい赤ん坊の顔が写った。思わず抱きしめたくなる。自分だけどね!
うん!将来美人間違いなし!ああ、私の髪の毛はまだベリーショートだけど、お母様の髪色と同じ明るい栗色かな。水面じゃよく分からないよ。
ちなみに、この世界には成人年齢とかなくて、いつ結婚したり妊娠しても、とがめる法律も風習もない。
子供を産めるようになったら即、ってことか…。九歳で妊娠するのが当たり前の世界なのかな…。
お母様お付きのメイドの名はエミリー。エミリーも十一歳。お母様と同じだね。小さい頃から一緒に育ってきたのかな。今は私のことをメインで見てくれているよ。
父親のゲシュタール…、お父様は十五歳。外見はイケメン。
どうやらお父様が子爵様らしい。おじいさまとかいないのかな。十五歳と十一歳で領地運営なんてできるの?子供じゃん!私はできないよ。早く弟作ってよ。
あ、弟ができたら、私は政略結婚で他の家に嫁ぐ身かぁ。嫁ぎ先で治療院やらせてもらえるかなぁ。
どうすれば治療院に近づけるのかは、早めに考えないとなぁ。事と次第では、弟ができるのは断固阻止しなければ。
他にも数人のメイドと執事がいるけど、名前は知らない。まあ、ぼちぼち教えてもらおう。
私は前世の知識や経験を覚えていても、家族の顔や一緒にすごした思い出のようなことは何も思い出せない。おかげで前世の家族に会えなくて寂しいとかいうことはない。これはある意味都合がいい。
逆に、お母様のリンダとお父様のゲシュタールを自分の親だと思えるかというと、そう思うしかないというのが正直なところだ。血が繋がっているのは確かなのかもしれないけど、物心は生まれる前から付いていたのだから、物心ついたときに当たり前のようにいた親ではない。
さしずめ、生き別れの親と再会といったところだろうか。じつは私がお前の親だ、と言われたのと同じ感覚かもしれない。
でも、両親は私のことをほんとうの娘だと思っている。私もそれに応えようと思う。私はアンネリーゼ・メタゾール。リンダお母様とゲシュタールお父様の娘だ。
いろいろと急速に成長している私だけど、どうしてもこれだけはやめられない…。
「おかしゃま…、おっぱい…」
「あらあら、はいはい」
離乳できない…。なぜかというと、飯がまずい…。六ヶ月ごろに離乳食を始めたけど、まず、野菜とか小麦とか素材自体が美味しくない…。ひょろひょろなにんじんとか粒の小さい小麦とか…。もちろん、米はない。肉もめったに見ない。味は塩だけ…。
これでも貴族なのか…。領民は何食べてるのかな…。
量だけはあるからひもじくはないんだろうけど、食べ物の種類が少なくて毎日同じものばかり。
仕方ないから栄養を母乳に頼っているよ…。
私はお母様にだっこされてお母様のおっぱいをくわえる。
「うう、もう出にゃい…。おかしゃま、しぇなか」
「これでいいかしら?」
「あい!」
「あああん…」
やっぱり十一歳で母乳なんて、ろくに出ないよねえ…。十一歳にしてはなかなか立派なおっぱいなのだけど…。
そこでだ!母乳が出るツボなんてものはないけど、背骨の間接をほぐしておくと内臓の動きが良くなって、結果的に母乳も多く出るようになる。すぐに出るようになったりはしないけど、一年経った今でもお母様の母乳の量は日に日に増している。
そして、やっぱり私のマッサージはとても気持ちが良いらしい。ギブアンドテイクだよ。
ある日…、
「けほっ、けほっ…」
お母様は咳をしていて、頭が痛そうにしている。
「おかしゃま、咳病でしゅか」
「そうみたいなの…」
この世界では風邪は咳が出る咳病として知られているようだ。
「おかしゃま、かがんで」
「こうかしら」
私はお母様のおでこに手を当てて、熱を測った。うん、七度二分ある。
そして、身体の至る所に微量の黒いもやがかかっている。とくに、首から背中にかけて、若干濃いめに。
私は、お母様の背中のもやを祓うように、ゆっくりと押していった。
「あら…、頭が軽いわっ!」
「ダメでしゅよ。まだ安静にしててくだしゃい」
熱による緊張性頭痛、なんならインフルエンザで発生するような高熱による頭痛でも、押せば和らげることができる。片頭痛とか群発頭痛でも時間をかけて身体の血行を良くし、内蔵の働きを改善すれば治せる。
くも膜下出血とか物理的損傷でないかぎり、ありとあらゆる頭痛は整体で軽減できる。
それから、喉の回復を促すために、鎖骨あたりをほぐしていく。咳で疲労した腹筋も揉んでおく。そのまま、風邪と闘って疲れている内臓を優しくなでた。
「はぁ~…」
「あとは、ゆっくりとおやしゅみくだしゃい」
「ええ、そうするわっ。ありがとうね、アンネちゃんっ!」
私は医学を少しかじったけど、医者じゃない。薬剤師でもない。まあ、医者でもウィルスや菌を取り除くなんて無理だけど。
でも、風邪による諸症状を和らげたり、ウィルスが早く出ていくように代謝を高めたりすることはできる。内臓の働きを高めて血流を良くしておけば、免疫力も高まって病気にかかりにくくなる。
はぁ。身体が楽になって笑顔になったお母様を見るのは、とても幸せだ。
この世界では、魔法がけっこう一般的に使われているらしい。
ロウソク程度の火とか、コップ一杯の水を出したりとか、うちわくらいの風を吹かせたりとか、その程度は多くの人が使えるみたい。火、水、風…うん、魔法っぽいね!
あとは土魔法。畑を耕せる土魔法使いは優秀だ。それに、土を固めて家を作ることもできる。
この世界で建築士とか大工といえば土魔法使いのことだ。そういえばこの屋敷は土魔法で土を固めて作ったみたい。まだ屋敷から一歩も外に出たことないけど一階建てだね。
逆にいうと、土魔法がなければ、この世界では建築技術というものがないに等しい。もし魔法がなかったとしたら、この世界は石器時代より酷いかもしれない。
一割くらいの人は擦り傷を治すくらいの光魔法を使えるみたい。よかった。治療の魔法がレアもんだったら、治療屋なんてやりにくいもんな。そう、人体を司るのが光魔法!光魔法を極めるぞ!
ちなみに、光魔法なんて呼ばれているのに、明かり灯す魔法は光魔法じゃなくて火魔法だ。ランプは火だから灯りは火魔法なのだ。
火、水、風、土、光は属性と呼ばれていて、それぞれを担当する精霊がいるらしい。ほとんどの人には見えないが、魔力の高い人には見えるらしい。
それぞれ、赤、青、紫、緑、白のシンボルカラーを持っている。それって…、私の周りを漂っている光の玉と同じ色…。これって精霊なのかな。精霊は魔法を使うのを手助けしてくれるんだって。でもどうやったら助けてくれるんだろう。
あれ?私の周りには、赤、青、紫、緑、白の他に、黄色い子と黒い子もいるんだけど。まあいいや。そのうち分かるでしょう。
もっと位の高い貴族なら、家庭教師を雇って魔法やら学問の勉強をさせてくれるものらしいけど、残念ながらうちは母親とメイドが教師の代わりらしい。それも、嫡男ならともかく、子爵家程度の娘の私に教えてもらえるのは礼儀作法やメイドの仕事程度。
子爵家の娘というのは、位の高い貴族に嫁ぐか、もしくは位の高い貴族家のレディースメイドになるのが勝ち組らしい。うーん、じゃあ負け組になれば治療院を開けるかな?
というわけでまずはお母様とメイドのエミリーにちょっとした魔法を教わってるのだ。
「アンネちゃん、あなたは魔力が分かるかしら。私の手に好きな属性の魔力を流してみて」
「あい、おかしゃま」
魔力を流すっていうのは、いつもやってる光の玉に触れるのと同じことかな。こういうのはやり過ぎは禁物だ。恐る恐る握っているお母様の手を白い光の玉だと思って握ってみる…。
「魔力…流れてきているのを感じるわ」
「奥様、大丈夫ですか?子供は魔力が少なくて、すぐに魔力が尽きて気絶してしまいますよ」
「いいえ、この子はすでに私の総量よりも多い魔力を流しているわ…。やっぱりあなた、おなかの中で魔力を流していたのね!」
「えーっと…、しょうかもしりぇましぇん」
胎児のときのことを覚えているなんておかしいので、そんなこと聞かないでほしい。
私がおなかの中にいるときから魔力を精霊に流して遊んでいたことに、お母様は疑問を持つこともなく、エミリーとともに魔法の使い方を教えてくれた。
魔法を使うには、該当する属性の魔力を流しながら、望む結果をイメージする。
「お嬢様、この桶に水を出せますか?」
「指に魔力を込めて、指から水が出てくるのを思い浮かべるのよ」
「……」
何度もいうけど、やり過ぎは禁物…。さっき私はお母様の手に、お母様の総量を超える魔力を流した。きっと、胎児のときから魔力を精霊に流して遊んでいたから、魔力が多くなったに違いない。身体と一緒で、使うほど鍛えられるんだ。
だからといって、量を間違えると、部屋が水浸しで大惨事になってしまいそうだ…。
恐る恐る、指先に少量の水魔法の魔力を込めて、水が出てくるのをイメージすると…、
「やったわ、アンネちゃん!」
「やりましたよ、お嬢様!」
「むふ~っ」
やった!力加減は思ったより簡単だ。イメージどおりだ。もともと筋肉ほぐしの魔法とか、ほどよい加減でできてたみたいだしね。
でも、お母様に光の魔力を流していたときに比べると、疲労感がある。どこかの筋肉を使ったわけじゃない。ただ疲労感。精神的なものかな。
私のお気に入りは光の精霊だったから、光魔法が得意ってことなのかな。それとも、水の精霊にももっと魔力をあげれていれば、水魔法も鍛えられるかな。
魔法なんて、前世ではアニメやゲームの中だけの存在だった。それを使えるなんて心躍る!
前世でなぜ死んじゃったのかとか何も覚えてないけど、私はファンタジーライフを謳歌するぞ!
■アンネリーゼ・メタゾール(ゼロ歳~六ヶ月~一歳)
六ヶ月で歩けるようになり、だいたい話せるようになった。
髪は明るい栗色でまだベリーショート。水面に映る顔は自分でいうのもなんだが可愛い。
前世でマッサージ、整骨院、カイロプラクティックのお店を開いていたのを思い出した。
■リンダ・メタゾール(十歳~十一歳)
アンネリーゼの母親。
背も低いし少し童顔だが、前世の人種からすると十四歳くらい。白人系でなかなかの美人。スタイルも良くて、そこそこ胸も大きい。腰まである明るい栗色の髪の毛も綺麗。
■ゲシュタール・メタゾール(十四歳~十五歳)
アンネリーゼの父親。イケメン。明るい茶髪。
■エミリー(十歳~十一歳)
リンダ付きのレディースメイド。今はアンネリーゼのお世話もしてくれる。焦げ茶色の髪。
■その他のメイド・執事
メタゾール家使用人。メイド数人、執事数人。
みんなだいたい焦げ茶色の髪。
◆カイロプラクティック
この物語におけるカイロプラクティックや整体の知識は、カイロプラクティックによくお世話になっている作者が、経験的に感じたことを、あたかも当然のことのように語っているに過ぎないフィクションです。
また、医療や人体に関することも、かなり適当なので、専門家の方は不快に感じられるかもしれません。
あらかじめご了承ください。
実際とは異なっていたり抜けていても、精霊さんがなんとかしてくれるとでも思ってください。
もしくは、前世の惑星や国名はいっさい出ませんので、そういう物理法則の前世だったと思ってください。