19 これがホントのデビュー
一年が過ぎた。私と私のお嫁さんたちは十二歳。あ、マイア姫はお嫁さん枠だけど十歳だ。
お母様は永遠の十七歳。リーナは六歳。ダイアナは二歳。
ゴールドドラゴンのワイヤとホワイトドラゴンのアリシアは一歳。二頭ともすでに一メートルを超えている。
私の周りには可愛い女の子がいっぱいで、私は幸せいっぱいだ。
ダイアナは、中の人の性格はともかく、見た目だけならとても可愛い。
アンティークドールのように整った顔。雪のような肌。ぷっくりとした唇。宝石のような輝きを放つ髪の毛は、肩まで伸びた。その髪の毛と同じように輝く、眉毛と長いまつげ。
私よりもカローナのほうに似ていると思う。でもカローナより美人になるに違いない。すでに色気さえある。
ダイアナはやっとよちよちと歩き出した。私が二歳の頃は王都を歩き回ったものだけど、ダイアナは筋力や敏捷性に劣る種族なのだからしょうがない。
例えば、女に比べると男は成長とともにかってに筋肉が付いていく。女でもまあ、何もしなくても少しは筋肉が付く。ダイアナは、それがほとんどないようだ。
だから、動かないとほんとうに寝たきりになってしまう。
最近は開発を活発に行っている。開発のためには少なからず動かなければならないので、なんとか歩けるようになったというところだ。
ダイアナは、少しは喋れるようになった。まあ普通の二歳児並ってところだ。口や手先が不器用な種族というわけではないらしいから、この点は本人の努力不足だけだ。
ダイアナは二歳になった今でも、私のおっぱいしか飲んでいない。これは私のときよりも酷い…。
だからといって、私はダイアナにおっぱいをやめさせることはできない。自分がいまだにやめられないのだから。
それに、私に抱かれておっぱいを飲んでいるダイアナは、普段の言動を忘れてしまうほどに可愛い。好きなだけ飲ませてあげたくなってしまうのだ。おっぱいを飲んでいる姿を見るのは幸せだ。
ずっと私たちに母乳を飲ませてくれるお母様の気持ちが分かる。お母様は私たちのことを同じように見ているに違いない。
分かっている。これは母性だ。子に母乳を与えることで幸せを感じるようにできているのだ。哺乳類に組み込まれた本能だ。
本能に支配されている私は、理性的に判断できているか分からない。ダイアナがずっとおっぱいを飲み続けることを問題だとは思っていても、すごく大きな問題だとは思っていない。正常に判断できていないかもしれないので、しばらくこのことを考えるのをやめよう。
ダイアナは食に興味がないようだ。前世ではコンビニ弁当ばかり食べていたらしい。カップ麺でないだけマシだが…。
まあ、私もそこまで食に興味がない。栄養がちゃんと取れていれば、もはやなんでもいい。
ほんらいなら、みんなの健康を司る私が栄養も管理すべきなのだけど、私は農業には詳しくないので、どうやって改善したらいいのか分からない。いつまでも卵と牛乳だけじゃなぁ。
ダイアナは、もちろんおむつが取れていない。私の開発した魔道ナプキン兼おむつは、前世のものより性能が良く快適なのだ。むしろ、ナプキンとしてよりおむつとしての性能のほうが高い。
実をいうと、私も生理のときに限らず、常にナプキンを付けている。
うちの領には公衆トイレを設置したけど、他の領にはそんなものないのだ。だから、他の領では未だに、便意を催したらご婦人だって平気で路地裏で立ちションと野ぐそをする世界なのだ…。臭くて不衛生で、病気も蔓延しやすい。
でも私は我慢ならない。そこで、トイレのない他領で便意を催したときのために、常におむつとしてのナプキンを付けるようにした。これで私はトイレに行かなくても済む!美人はトイレに行かないのだ!
というか、野ぐそしているなんて美人が台無しだろう。ちゃんとトイレがあればよいのだけど、どこにでもあるわけではないので、みんなおむつをはいて、というか魔道ナプキンを付けて、美人になってほしい。
すでに、私のお嫁さんたちにも魔道ナプキンを常用させている。みんなトイレに行かない美人だ。
美人はトイレに行かない、はこの世界では冗談ではないのだ!
ちなみにヒルダとクレア、それにマイア姫も初潮が来た。魔道ナプキンの出番だ。
マイア姫は二歳下なのだけど、クレアより身長は高いし、私やセレスは八歳だったのだから、別におかしくもない。
魔道ナプキンの素材になる魔物を養殖するようにしたので、魔道ナプキンの値段は格段に安くなった。貴族はもちろん、平民でも手が届く値段だ。すでにうちの領ではおむつとしての使い方も宣伝している。
うちの領には公衆トイレがあるから、領内で野ぐそをする人はいないけど、他領に行くときは是非ってね。
まあそうなると、女性向けじゃなくて男性向けにもおむつを売らなきゃいけないのだけど、私はこの世界の男性のパンツ事情を知らない。ズボンの中にパンツをはいているのか、それともノーパンでズボンをはいているのか、あまり興味もない…。
だってもはや男と結婚するつもりないし…。
だから、勝手にボクサーブリーフ型のパンツを作ってナプキンと同じように挟むシステムにしてしまった。お父様や執事に試用させたけど、とくに文句は出なかった。
男性向けおむつは他領に赴く商人やハンターに売れるといいな。っていうか、お父様と執事は屋敷に缶詰だから、需要なかったか。
そういうわけで、話を戻すと、ダイアナはおむつを卒業しなくてもよいのではないかと思っている。
ただ、うんちのほうは、それほど何回も吸収できるわけではないので、そこだけは気をつけていただきたい。
一年間の間にダイアナが開発したものはたくさんある。
まずは魔力を生み出す魔力発生装置だ。ダイアナはこの魔道具を魔導炉と名付けた。
たいていの場合、それぞれの属性の魔法で生み出せるものを別の方法で発生させて、それを還元することで、その属性の魔力にできる。
ものを燃やしてできた火を還元すると、火の魔力を生成できる。
でも、熱の発生そのものを還元した方が効率が良い。
一方で、周囲の水蒸気から水を生成できる水魔法だけど、水を水蒸気に気化することで水の魔力は得られなかった。
水の魔力に還元できるのは冷すことだ。負のエネルギーを還元できるなんて、永久機関の匂いしかしない、とダイアナはしばしば言っていた。
そして、永久機関とまでは行かないけどかなり効率の良い魔導炉を作り上げてしまった。
前世の技術を使えば、温熱も冷熱も電気で生み出せるのである。
エアコンや冷蔵庫の原理であるコンプレッサー使うと、冷熱を生み出すことができる。この冷熱を水の魔力に還元する。
コンプレッサーを使うと、生み出した冷熱と同じ分の温熱と、電力を消費した分の温熱が生み出される。この温熱を火の魔力に還元する。
こうするとあら不思議、水の魔力と火の魔力、合わせて二倍の魔力ができあがった!と、都合のよいくワケはなく、実際にはそれぞれに損失があるのだが、それでも、電気の魔力で電熱線を加熱して、その熱を火の魔力に還元するだけに比べると、かなり多くの魔力を生成できるのだ!
電力自体は太陽光、風力、水力などの自然エネルギーで発電する。
電力はそのまま電気の魔力に還元できるし、電力で生み出した温熱と冷熱を火の魔力と水の魔力に還元する。
風力は発電するだけでなく、風の魔力に還元することもできる。電力でファンを回して起こした風力でもよい。
これが魔道路の仕組みだ。
コンプレッサーの開発には、ホワイトドラゴンのアリシアのうろこが役に立ってしまった…。うろこはチタンよりもはるかに頑丈で、コンプレッサーの高圧に耐えられるのだ。
痛くないようにしているとはいえ、うろこを剥がして治療魔法で再生するというのを何回も繰り返して、動物虐待にもほどがある…。それで、アリシアは私のためとあらば、喜んでやってくれるのだ。
ゴールドドラゴンのワイヤも、リードワイヤー…導線のために、うろこを剥がされまくっている。
ゴールドドラゴンの卵は当初、みんな食べたがっていたけど、まさかこんな形で身を捧げることになるとは本人も思わなかっただろう。
そういうわけで、自然エネルギーから、火と水と風と電気の魔力を生成できる魔導炉を作れるようになったのだ。
残念ながら、土と闇の魔力に還元できる現象は発見できていない。
土魔法は縫製や建築など、あらゆる産業に需要があるので、土の魔力を供給できないのは痛い。
しかし、光の魔力に還元できるものを私は見つけてしまった…。生命力だ…。この方法は、他の誰にも伝えていない。
生き物が再生する力や成長する力を光の魔力に変換できるのだ。まるで生命力や寿命を吸い取っているようだ…。
生き物の肉体を使わないといけないので、これを装置にはできていない。いや、ダイアナなら平気でやってしまいそうなので、教えるわけにはいかない。
作り出した魔力は、魔道石に貯めると同時に、ライフラインとして町に供給している。水の魔力は水道、火の魔力はガスみたいなもんだ。
魔力を流す線は魔道具の中に使われているのだけど、これを町中に張り巡らせるのは大変だった。
まず導線と同じように、材料の安定供給が必要。今まで他領から輸入していた魔物素材について、また素材探しツアーで魔物自体を連れてきて、付近の森に閉じ込めて養殖することにした。
こうして、魔石という電池を使わずに、コンセントに挿して使える魔道具を、領内に普及させた。
ただ、コンセントは火と水と風と電気の四種類があるので、間違えないようにコンセントの形状を変えてある。火と風とか、複数のコンセントに挿して使うものもあるので、配線がかなり煩わしい。
かといって、使いもしない魔力の線にも必ず接続するような、オールインワンコンセントにしてしまうと、コストが上がってしまう。エネルギーの種類がたくさんあるというのはなかなかに面倒だ。
コンセントに挿すタイプの魔道具は、照明、洗濯乾燥機、食洗機、掃除機、空気清浄機、温水洗浄便座、ガスじゃないコンロ、電子じゃないレンジ、冷蔵庫、暖房機、冷房機、テレビ。あと、魔道石の充電器。
それからお風呂だ!水も熱も格安で使えるのだ。追い焚きできるから一応魔道具なんだよ。王族だって一ヶ月に一度しか入れないお風呂に、平民が毎日入れるなんて、この世界ではとんでもないことだ。でも前世の感覚からすると、毎日入りたいでしょう。
家電がほとんどだけど、領民が家事仕事から解放されると、さらに仕事がはかどるのだ。
コンセントと魔道石を併用できるタイプの魔道具は、パソコン、携帯電話、タブレット端末。今のところ通信は領内のみで可能。
携帯電話には電子マネー機能も付いている。もちろんメタゾール領でしか使えないけど、時代を先取りしすぎだろう。
この国には貨幣制度すらまだなのだ。この国の銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨というのは、ほとんど地金の価値そのままなのである。
貨幣制度は、まず貨幣の価値を国が保証して、さらにその国を国民が信用して初めて成り立つ。ゲーセンのコイン一枚で一万円と国が言ったって、その国が信用されていないと、そのコインは何の意味も持たないのだ。
でも、うちの領民は、私の配布した携帯電話に表示される数字と、それを保証している私のことを信頼しいているのだ。だから、電子マネーは貨幣の代わりになるのだ。
電子マネーに手数料は設けていない。普通は店が手数料を負担しなければならないのだが、それでは普及しにくい。それどころか、電子マネーでやりとりした分の税は、普段の二〇パーセントから一五パーセントに軽減されるようになっている。電子マネーやりとりはダイアナが自動で集計しているので、自動で税を取れるのだ。
そして、領民は電子マネーを用いると、金銭のやりとりが簡略化されて、他のことに時間を割けるようになる。もちろん、それだけでなく、タブレットによる事務の電子化による恩恵も大きい。
ちなみにラジオはなく、テレビ番組は今のところ学校の内容を復習できる教育テレビのみ。今後は、バラエティとかアニメとか、前世であったジャンルも取り入れていきたい。
だけど、この世界にはそもそも娯楽がほとんどないのだ。王都で吟遊詩人のようなものも見たことない。楽器がないのはもちろん、歌も音楽もダンスもない。
「しょういうわけなんで、こえを着て、歌っておどってえ」
「えっ…」
渡されたのは、前世のアルファベット三文字と四十いくつかの数値で表される名前のご当地アイドルが着そうな制服衣装…、ともちょっと違うな…。制服なのに胸は大きく開いている…。
普段着てるのとそんなに変わらないか。お嬢様のドレスをミニスカートにしたら、なんかそれっぽい。
「しょえから、こえは楽譜」
「えっ…」
えっ…としか言えない。前世のことは、固有名詞や個人情報、著作物の具体的な内容を全然覚えていないのだ。だけど、これがそのご当地アイドルっぽい雰囲気の音楽であることは分かる。
っていうか、私って楽譜読めたんだ…。カラオケにもよく行っていた気がする。
っていうか、ダイアナって楽譜書けるんだ…。前世でこれを出したら、ご当地アイドルの曲のパチモンと言われかねないけど、この世界では初だ。というか、初めての音楽だ。初めての音楽がこれでいいのかな…。
もちろん楽譜には歌詞も入ってる。
「って、何これ…、歌詞が恥ずかしすぎる…」
「そえは、まいや姫がママを思うちもちをちゅぢゅった歌」
回らない口で一生懸命しゃべっているダイアナは可愛いなぁ。って、今なんて言った?マイア姫が私を思う気持ち?この恥ずかしい歌詞が?
「ま・じ・で…」
「何をこそこそやっているのかしら、アンネちゃん?」
「えっと…」
どちらかというと私はやりたくないんだけど、なんで怒られているんだろう…。
「その可愛いドレスは私がもらうわ」
「ばーばのはこえ」
「まあ、ありがと!」
お母様がそれを着て、お胸とお尻をぷるぷるさせながら踊ったら、放送できないんじゃないかな。深夜枠ならいけるかな。
あれ?私ももう、お母様とあまり変わらないんじゃない?スイカとメロンの違いくらいしかないじゃん。
でも胸を大きく出してひけらかすのこの世界では当たり前のことだし、お尻とパンツを出すのも標準にしようしているのだから、何を今さらためらうのだ。
「私はどれを着ればいいのかしら?」
「みんなのぶんは、こえ」
「ふふ、私もアンネと同じ、その、ミニスカートってやつ、気になってたのよ」
ヒルダも出るところが出てきている。とてもえっちぃ!
「これ、すごく可愛いね!」
クレアは中学生くらいに見えるので、こんな破廉恥な制服を着せていいのか迷う…。いや、もう迷わない。
「今回はみんなでおそろいなのね」
今回は制服なので、それぞれのイメージカラーとかではなく、統一されている。
清楚なお嬢様なセレスと、この破廉恥な制服のアンマッチ感が素晴らしい。
「わたくしだけ何か面積が小さくありませんか?」
しばらくは、私は出産したことで、私のほうがカローナよりも胸が大きかったのだけど、二年経ってカローナに追い越されてしまった。だから、カローナの衣装が小さいワケではない。
いや、やっぱり、みんなサイズに合わせて作られてるのに、カローナのだけ相対的に胸の生地が小さくて、お母様と同様に今にもこぼれ落ちそうだ。
「アンネお姉様とおそろい!」
マイア姫は、二歳下なのだけど、クレアより背が高く、発育も良い。これは、王族が代々、金と権力で買ってきた美貌なので、差が付くのはしかたがない。
もちろん、クレアだって可愛い。この世界ではあまり好まれないのかもしれないけど、幼くて子供っぽいところが私は好きなのだ。
「リーナも可愛いでしょ!」
リーナは六歳なのだけど、前世基準で十歳くらいに見えると思う。さすがに胸こそ出ていないけど、この世界の衣装では肩や鎖骨を出して色っぽく見せるのが当たり前だ。
しかも、誰がセットしたのか、リーナは大きなリボンで結んだツインテールになっていた。とても似合っている…。
「ねえ、私もアンネと同じ靴がいいわ!」
「私も!みんなより背が低いから、そのすごく高いヒールがいい!」
ヒルダとクレアが私のピンヒールに食いついてきた。
ダイアナがみんなに配ったのは、デビュタントパーティのときと同じくらいの五センチのヒール。それに対して最近私が履かされているのは十五センチだ。しかも、つま先もかかとも非常に細くて自立しない。
「あい、どじょ」
「最初からこれをよこしなさいよ」
「ありがとー」
ダイアナは私のと同じピンヒールを差し出した。ヒルダは奪い取った。クレアも嬉しそうに勢いよく取っていった。
「私にもくれる?」
「ダイアナちゃん、」
「わたくしは…」
「あい、せれしゅ、ばーば、カどーナおかしゃま」
セレスとお母様が催促すると、ダイアナは二人にも手渡した。
でもカローナはあまり乗り気でない。なぜなら、運動音痴で体力のないカローナには、ハイヒールはきついからだ。先に渡された五センチのヒールですら、普段通りに歩けるようになるのがやっとだったのだ。十五センチなんてもってのほかだ。
それにもかかわらず、ダイアナはカローナにもピンヒールを押しつけた。
でもこれはカローナ以外にもおすすめしないよ…。光の精霊のサポートなしでは履きこなせないよ…。病気になる…。
「リーナも!」
「みーナにはあげにゃい」
「ダイアナのばかぁ!」
うん、子供はこんなの履いちゃダメだよ。足が変な形に成長しちゃう。でも、ダイアナはリーナの健康を考えたのではなく、たんにツインテール幼女は背が低い方が可愛いと思っているだけだと思う。
「私にもアンネお姉様の!」
「あい」
マイア姫もやめときなよ…。
「あー!もうっ!何よこれ!」
「うわああ、これ無理!」
「アンネ、よくこんなもの履いているわね」
「むー!アンネちゃんだけずるいわ!」
「試すまでもなく、わたくしには無理ですわね…」
「くっ…アンネお姉様とおそろいいいい」
ヒルダもクレアも、生まれたての子鹿のように、膝を左右に振動させている。
セレスはまっすぐ立っており、なんとか歩こうとしているけど、力が入りすぎて、すぐ疲れてしまうだろう。
お母様はスイカを二つぶら下げており、重心がかなり前にあるので、まっすぐ立ち上がることすらできない。
カローナは受け取ったピンヒールを手に持ったまま、皆の様子を眺めて、少し残念そうにしている。
マイア姫は意地でも履きこなしてやるという覇気が伝わってくる。
結局、みんなもとの五センチヒールに戻した。私もどさくさに紛れて、土魔法を使って、十五センチの細いピンヒールを五センチの普通の太さのヒールに変えたら…、すぐにダイアナに見つかって怒られた…。
「しゃて、衣装をちて、形から入ったら、歌とおどいを覚えてね」
「ダイアナ、楽譜なんて私しか読めないよ」
「練習用動画あうよ」
「えっ…」
皆に配られたタブレット端末には、私を精巧に模したCGキャラが踊り、私の声で歌っている動画が再生されている。
歌に合わせて楽譜の音符と歌詞の文字が強調され、どのタイミングで何を言えばよいのか分かるようになっている。
「っていうか、ここまで完成度の高い映像があるなら、私たちいらないじゃん…」
「そなことにゃい。ママは実写で見てこそなんぼ」
「そうなの…?でも、どうせ合成音声でみんなの声で上手に歌わせられるんでしょ?口パクにすれば、練習いらなくない?」
「踊っていちがちれたい…、あーもう!」(踊って息が切れたり、外したりする方が、愛嬌があるのだよ)
ダイアナは、うまく動かない自分の舌にキレて、炎の精霊を並べた文字を表示し始めた。
「世界初の音楽が、そん下手くそなのでいいの?」
(あまりにヤバかったら、音程くらいはリアルタイムに補正する)
「それ、合成音声と同じじゃん…」
(うるさい。みんなを見てごらんよ)
「えっ…?」
「これを私たちもマネするのね。すごく楽しみだわ!」
「決まった音に合わせて、決まった言葉をしゃべってるだけなのに、なんて素敵なんだろう!」
「アンネが声を合わせている、この…、シャーンとかドンドンという音も、すごく心が弾むわ!」
「いろいろな音が合わさると、これほどまでに楽しいものになりますのね!」
「この激しいアンネちゃんの動きを、私がもっと素敵にやってみせるわ!」
「あはは、こんな感じかな?」
「アンネお姉様…素敵…。これは私の部屋に飾っておきます…」
この世界の芸術と言ったら、絵画や像、壺といった有形のものしかない。音楽も歌も踊りもないし、それに該当する言葉もないのだ。
だから、このCGの私が歌って踊っている映像は、うまく形容できないようだ。
「この、音に合わせて私がしゃべっているのは、歌といいます。それから、この動きは踊りとかダンスといいます」
「これは歌というのですね!振り向いて~私を見て~♪素敵で…」
「違うわよカローナ!振り向いてー私を見てー♪よ!」
やばい…、カローナが音痴すぎる…。練習すればなんとかなるのだろうか…。セレスが遮って文句を言うほどカローナは酷かった…。
それに対してセレスはかなりイケてる。これが初めて歌を歌う人の歌なのか!
ところで、この歌のタイトルは「振り向いて」。マイア姫の私への思いを綴った歌と、ダイアナは言っていた。ちょっとストーカー体質っぽい歌詞となっている…。
「こうかしら」
「手が逆だよ」
「こっちね!」
「うん、可愛い!」
ヒルダもクレアも、タブレットを見ながら振り付けを練習している。
マイア姫はタブレットを食い入るように見てる。CGとはいえ、肌の質感がかなり精巧なのだ。ダイアナはレイトレーシングと言っていたが、私には何のことかわからない。それに胸やお尻の揺れもかなりリアルに再現されている。
えっ?スワイプすると、違う角度から見られるの?そんな機能もあったのか…。使いこなしすぎでしょ…。そして、私の脚ばっかり映してるんじゃないよ!それはCGだけど、顔が精巧すぎて恥ずかしいよ!
というか、マイア姫は練習してくれるだろうか。
ドラゴンのワイヤとアリシアも音楽に合わせて適当に踊っている。二頭とも可愛い。
うわっ、飛んでる!飛んでるところ、初めて見たよ。これは盛り上がるねえ。
順位を付けたいわけじゃないけど、歌も踊りもセレスがいちばんうまい。
ヒルダとクレアはダンスをすぐに覚えるけど、歌はぼちぼち。
カローナは…、音程をぜんぜん取れなくてやばい…。ダンスのほうは、揺れまくりの胸に振り回されて大変そう…。それがまた良い。
お母様のダンスは、あえて胸を過剰に揺らしていて、見本どおりやらない。歌はまあまあいける。
リーナはダンスを自分流にアレンジして、というかそんなアクロバットないってば。歌は興味ないようだ。
マイア姫は食い入るように見ていただけあって、ダンスの細かい動きまで再現している。お尻ばっか見ていたわけではなかったのか。
そして、歌も細かい癖やビブラート振動数みたいなものまで再現しようとしている。でも、それって私の癖じゃなくて、ダイアナが合成音声で作った癖なんだけど…。
というか、私も練習しなきゃだ。CGなので筋肉の動きまで再現されてないけど、振り付けは分かりやすい。
初めて聴いた曲だけど、馴染みやすい感じのメロディなので、次の音が予想できる。それになんだか…、私の感覚で適当に歌っただけなのに、ビブラートとかダイアナ作った合成音声どおりに再現してしまった…。
前世でこの曲を歌ったことがあるわけではないけど、こんな風に歌っていたということを思い出した!
「さすがアンネね」
「いつの間に練習したのさー」
「この動画どおり、いえ、生で見る方が可愛いわね」
「わたくしだってまけませんわ」
「アンネちゃん、胸の揺れが足りないわよ」
「リーナのが上手!」
「アンネお姉様…素敵すぎ…」
いつの間にかノリノリで歌って踊っていて、みんなに注目されていた。ちょっと恥ずかしい。
おかしいな。私はカイロプラクティックのお店を開いていた整体師だったのであって、アイドルだった覚えはない。けっしてアイドルではなかった。
でも、カラオケにはよく行って歌っていた気がする。それに、こういう衣装を着て歌って踊った記憶もある…。なんだっけ…、毎年開かれる巨大なイベントだ…。楽しかったかどうかは覚えていない。
記憶…というか経験かな。思い出みたいなものではなくて、やったことがあるとか、経験的に身体が覚えているというか。こういうのはきっかけがあるまで思い出さないんだな。私ってこういうの得意だったんだ。
転生して十二年間眠っていた才能だ。もしかすると、カイロプラクティックの技術だって、運動したあとにはマッサージなんていう流れに至らなければ、ずっと思い出さなかったのかもしれない。
他にも眠っているすごい才能ないかな…。
ところで、この衣装はご当地アイドル四十X人組のほうじゃなくて、アイドルアニメが元なのかな?私たちは三次元なので、アイドルアニメを三次元にするとこういう感じなのかな。というか、アイドルアニメを三次元にしたものがご当地アイドル四十X人組なのかな。どっちが先か知らないけど、雰囲気が似るのは当たり前か。
「…ンネ、ねえ!」
「ぼーっとしちゃって、どうしたの?」
「あ、ちょっと踊りで疲れました」
「そう。じゃあ休んだら教えてくれるかしら?」
「もちろん!」
ダイアナは他にも二曲用意していた。
二曲目のタイトルは「私の心を奪ったあなた」。ずっと付き合っていた子がいたのに、危機を救ってくれた子に恋をしてしまって、どうしたらいいの?っていうストーリーの曲。
この曲を練習しているときは、セレスとカローナの私への視線が熱かった。イカン。こういうときなぜだろうと思ってしまうと、すぐに心を読んでしまうので要注意だ。
三曲目は「憧れの先輩」。ドジな自分の失敗を、何でもできる先輩が助けてくれて、あっという間に好きになってしまったというストーリーの曲。
この曲を練習しているときは、ヒルダとクレアの私への視線が熱かった。……、抑えろ…、気にしちゃダメだ。
っていうか、学校というものはうちの領にしかないので、先輩というものに共感できるのは、学校に通っているうちの領民だけだ。領民が学校でそんなラブストーリーを展開してるかは定かではない。
しかし、ダイアナはこんな詩も作れるのか。ダイアナは自動車メーカーの技術者ではなかったのか。
全部で三曲、毎日学校や仕事のあとに、楽しく練習した。
こうして、迎えたコンサートライブ当日。
「はぁ?コンサートなんて聞いてないよ」
(みんな気合いバッチリ。一人だけふぬけているんじゃない)
「ええ…」
いつの間にかコンサートホールが建てられていた。
舞台袖から客席を覗くと、領民六百人と、常連のハンター数十人が集まっていた。何これ…。
「行くわよ!」
「緊張してきた…」
「大勢の前でいつもどおりできるかしら」
「わたくしの歌声を聞かせてあげますわ!」
「がんばっちゃうわよ~」
「あはははは」
「アンネお姉様、一緒に踊ってください…」
「みんな…」
こうなったらやるしかない!
舞台袖から先頭のヒルダが入場すると、歓声が沸いた。
続いて、クレア、セレス、カローナ、お母様、リーナ、マイア姫が入場。
そして、最後に私が姿を表した途端に、歓声が一気に倍の音量になった…。客の眼差しが明らかに違う。マジで…。
私よりセレスやマイア姫のがずっと可愛いよ。お母様とカローナのほうが色っぽいよ。
ヒルダもツンデレ風なところがそそるし、クレアも幼くて守ってあげたくなる。リーナは爆弾娘だけど愛らしい。
ちょっと会場の雰囲気に引いてしまった…。
私のあとから、ワイヤとアリシアも登場。まだ領民には見せたことがなかった。こんなお披露目のしかた、アリなのか…。
領民はドラゴンを見ても動じない。私が連れてきたから大丈夫だろうってところか。
『皆さん、今日は私たち、マルクガールズのコンサートライブにお集まりいただきありがとうございます』
えっ?スピーカーから聞こえるのは私の声?合成音声?
何そのグループ名…。っていうか、何語?前世の言葉っぽいけど、私も意味分かんない…。
(口パクする!)
イヤホンからダイアナの指示が…。しかたがないので合わせる…。でも私がその名前決めたことになっちゃうじゃん…。
『私たちの考えた、歌と踊りというものをお楽しみくださいね』
ダイアナの作った私の合成音声は、普段の私と相違ないけど、それにしても、こんなミニスカアイドルがお嬢様口調でしゃべったって、そんなの…なかなか良い…。ギャップ萌えってやつか…。いや、そうなのか?
そういえば、前世でお嬢様風アイドルってのもいたな…。あれは普通の子がお嬢様風の衣装を着ているお嬢様風アイドルだったけど、私たちはお嬢様がアイドルの服を着ているアイドル風お嬢様だ!
いや、私ってお嬢様じゃなくて、子持ちのヤンママアイドルだった…。お母様なんて孫持ちのヤンババアイドルだし…。この世界初のアイドルがそんなんで売れるのかな…。
いや、考えてはいけない。私はアイドル!田舎のご当地お嬢様アイドル!
曲が流れ始めた。最初は、マイア姫の私への思いを綴った歌だ。
ちなみに楽器のようなものは何もないので、曲はすべてダイアナの打ち込みだ。ギターとかドラムの音はダイアナの記憶を再現したものなのだろうか。
イントロが終わり、私たちは歌とともに踊り始める。声が自然に出て、身体が自然に動く。
「「「「「「「「振り向いてー私を見てー♪」」」」」」」」
楽しい。無我夢中で歌い踊った。
一曲歌い終わると、再び歓声が沸いた。この世界には拍手という文化がないのか。でも歓声は賞賛を示すのにじゅうぶんだ。
続いて他の二曲。「私の心を奪ったあなた」と「憧れの先輩」。
この二曲も大盛況に終わった。
『本日はお楽しみいただけましたか?それではごきげんよう』
合成音声に口パクで合わせる。
「「「「もう一度、振り向いてをお願いします!」」」」
ふふっ、アンコールって専用の言葉はないけど、よく分かってるじゃないか。
私は領民に対してフレンドリーに振る舞っているから、当主の私に対して物怖じしない。でも領民はけっして失礼な物言いはしない。領民は学校で礼儀作法も習っているからね。
ダイアナはアンコールに応えて、「振り向いて」を流し始める。私たちは再び歌い踊った。
『皆さん、私たちの歌と踊りを見てくださり、ほんとうにありがとうございました。このあと、今日のコンサートの様子を記録したメモリカードの即売会を行います!テレビかタブレット端末に挿入すると、今日の感動にまた会えますよ!是非ご購入お願いしますね!』
って、ええー?マジで?
DVDというかメモリカードの即売会は、握手会を兼ねているのかと思ったら、握手ではなく、私の一押しが特典だった…。
だから、みんなには手伝ってもらえず、私一人で六百人以上の客の背中を押すことに。一人十秒くらいの触れ合いとはいえ、二時間ほどかかった…。まあいっけど。
それに、私オシの人ばかりじゃないと思うんだけど、誰一人、他の子に会いたいと文句を言う人はいなかった。みんな、私が当主だからって、気を使いすぎだよ。
っていうか、カメラ設置してあったんだ…。固定カメラがたくさんあるのはもちろん、ドローンもたくさんあった。
っていうか、ドローンまで作っていたとは…。プロペラは付いているけど、風魔法の補助で機敏に動くし、風魔法の音消しでプロペラの音も消されている。
っていうか、コンサート終わってすぐ販売できるんだ…。編集作業とか…、ダイアナの脳内コンピューターでできるのか…。
コンサートのメモリカードは、別にぼったくりではない。私は領民から搾取するつもりはないのである。私の考えた企画ではないが、この辺りはダイアナもちゃんと分かってくれている。
この世界初のテレビだって良心価格なのだ。タブレット端末は学校の授業を予習復習するためのものなので無償で配布している。テレビだって赤字で売っているのだ。それに私が当主になってから領民の生活水準はうなぎ登りなので、お金を娯楽に使う余裕だってあるのだ。
その後、私たちは三ヶ月毎に新曲をリリースしている。コンサートは行っていない。ミュージックビデオとして売っている。
MVは、実写撮影された私たちとCGの合成。こういうのも、脳内コンピュータで簡単に作れてしまうらしい。
MVのメモリカードを買うのは、タブレットやテレビを持っている領民だけだし、その領民も全世帯買っていってくれるので、別にこういう形態で売り出さなくても、国営放送にしてしまってもよかったと思うのだけど…。
こんなことができるようになったのも、エネルギーを提供できるようになったからだ。今までも魔石という電池はあったけど、魔石を取ってくるのはハンターだけだし、輸送コストもあったりして、贅沢な使い方ができるものではなかった。
それが、発電所とコンセントに置き換わったのだ。それに、発電所は今のところ自然エネルギーだけ。インフラの設置と維持のコストはかかるけど、魔石のコストに比べると費用は一パーセントにも満たない。生活水準の上がった領民には、光熱費を払うのもたやすい。
そうだ。ダイアナが家電をたくさん開発してくれて、便利になったなぁ。でもテレビのコンテンツがないなぁと、思っていたんだ。そうしたら、いつの間にかコンテンツを作るために、歌って踊ることになっていた…。
まあ、楽しいからいいよ。
「ところでアンネ、マルクガールズって名前、どういう意味なのかしら?」
「えっ…、あれは」
私も忘れていた。こういうのはよくヒルダが最初に気が付く。
でもあれは私が考えたわけでも、私がしゃべったわけでもない。前世の外国の発音っぽかったけど、私はそんな言語知らない。
「ダイアナが考えたから、私も知らないのです」
「じゃあダイアナ、教えてよ」
「しあない」
「えー、どこから持ってきた言葉なのよ。もういろいろ販売しちゃったから、名前を変えられないじゃない!」
「子供だかあ、わかんなーい」
「それもそうよねえ」
いや、これだけのものを作り上げる幼女が分かんないわけないでしょ。どこぞの名探偵のようなすっとぼけに騙されるんじゃないよ。
ダイアナはおいたがすぎる。私も気になるので、ダイアナの心を読んでしまった。
マルクというのは辺境。田舎娘というところから発想を得たらしい。たしかに、うちの家族とヒルダとクレアは田舎娘だけど、他は都会の姫と上位貴族なんだけど。
実に皮肉がこもっているが、田舎娘がとても華やかに活躍して見返してやるみたいな意味を込めたらしい。へー…。
「ねえ、リーナはずっとその髪型で行くの?」
「うん。ダイアナと顔を合わせると、いつもこういう風にされちゃうの」
「ダイアナが犯人だったか…」
リーナはコンサートが終わったあとも、毎日ツインテールになっていた。まあダイアナしかいないよな。ツインテールなんて髪型はこの世界にはなかったのだから。
でも可愛いから許すとする。
■アンネリーゼ(十二歳)
出産後、一時的にカローナより胸が大きかったが、一年経つとまたカローナに追い越されてしまった。
■ヒルダ、シンクレア、セレスタミナ、カローナ(十二歳)
■マイア(十歳)
■リンダ(永遠の十七歳)
■メリリーナ(六歳)
アイドル活動を始めてからツインテールが標準になってしまった。
■ダイアナ(二歳)
見た目だけならとても可愛い。アンティークドールのように整った顔。真っ白な肌。ぷっくりとした唇。宝石のような輝きを放つ髪の毛は、肩まで伸びた。その髪の毛と同じように輝く、眉毛と長いまつげ。色気さえある。
アンネリーゼよりも、カローナに似ている。
■ワイヤ、アリシア(一歳)
一メートルを超えた。
■歌の練習用動画のCGアンネリーゼ
精巧すぎて、本人と区別が付かない。
◆マルクガールズ
アンネリーゼ率いるアイドルグループの名前。
衣装はアイドルアニメを元にしているが、スカートの長さはぎりぎりで、胸も大きく開いており、かなり破廉恥。
◆振り向いて
マイア姫のアンネリーゼに対する思いを綴った歌。ストーカー体質な内容。といっても、作詞はダイアナ。
◆私の心を奪ったあなた
ずっと付き合っていた子がいたのに、危機を救ってくれた子に恋をしてしまって、どうしたらいいの?っていうストーリーの曲。
◆憧れの先輩
ドジな自分の失敗を、何でもできる先輩が助けてくれて、あっという間に好きになってしまったというストーリーの曲。
◆その他の曲
三ヶ月毎に新曲をリリース。音楽メディアとしてではなく、PVとして売られている。
音楽はすべてダイアナの脳内シンセサイザーで奏でられる。ダイアナのセンスなのか、電気の精霊のサポートなのかは定かではない。