18 乳児は母になる
留学のため、マイア姫が一緒に暮らすようになった。ついでに四人のメイドと十人の騎士も一緒に住み着くことになった。
王に手紙を出して、留学というか、勉強のために数年間滞在するということを取り付けたのだ。
しかし、マイア姫は王が生きている間に王に認められなければならないので、マイア姫がうちでのんびりするために、念のためマイア姫とちょっくら王城に行って、王に背中をポチッと押してきた。これであと五年くらいは大丈夫だろう。
まあ、留学はともかく、視察に訪れるマイア姫を、おんぼろ子爵屋敷に泊めるワケにはいかなかったので、この際だから屋敷を建て直した。家具を影収納に待避して、屋敷を粘土のように潰してから、少し大きめの屋敷に形作り、家具を戻すだけだ。私の作業は一時間もかからず終わった。あとは使用人が家具を並べるだけだ。
四人のメイドと十人の騎士も、学校に通ってちゃっかり一緒に授業を受けている。マイア姫と一緒にいた方が、護衛もしやすいしね。
騎士のうち二人は女性だった…。フルプレートでヘルメットも被ってたから気が付かなかった…。よく見たら、鎧の胸にカップあったし…。馬車内で男と同じ部屋に放り込んでスマンかった…。
フルプレートはいかつすぎるので、学校に行くときはレザーアーマーを貸しだしてる。
マイア姫とそのご一行にも精霊を付けた。マイア姫はかなり魔力が高い方だったが、精霊は付いていなかった。
電気の精霊は、学校で理科を学んでからでないと付けられない。
マイア姫については、ちょっとやり過ぎたみたい…。なんだかとろけてしまった…。ひとときも離れたくないみたいで、学校に行っている間は、かなり悶々としているらしい。
でも、私は学校に行っている暇はないのだ。マイア姫も、私といるのではなくて、真面目に勉強してほしい。
なんとなく、マイア姫は私といたいほうが優先して、王位への興味が若干薄れているように見えなくもない…。
しかし…、マイア姫に隠れてお母様の母乳をいただくことは不可能なので、もう最初からオープンにしようとしたら、なんと私の母乳が欲しいって言うし…。
それに便乗して、お嫁さんたち四人まで私の母乳を飲み始める始末。
もちろん、私はそこまで母乳が出ることはなく、マイア姫に飲まれた時点で打ち止め。お母様と同様に、母乳の増加をみんなに要求された。
でも、お母様にスイカの実を押しつけておいてなんだけど、自分で自分にスイカの実を成らせるのはちょっと…。
しかたがないので、みんなには少ない量をシェアしてもらうことで我慢してもらった。それで足りない分はお母様の分をいただくそうな…。足りないってどういうこっちゃ…。
でも、お母様のより私の母乳のほうが美味しいらしくて、できれば私のほうを飲みたいらしい…。
そもそも、私は食事がまずくて栄養不足だからお母様の母乳をいただいて…いたのは、三年前に無人島で卵や牛乳を手に入れたときに卒業していて、今は単に惰性で飲んでいるだけだったのに…、どうしてこうなった…。
あれ…、最近痩せてきたと思ったら、みんなに栄養を吸いとられているからか…。
ということは、お母様はどうなってるのか…。聞いてみたら、普段の食事とは別に、間食で同じくらいの量のお菓子を、料理人に作らせて食べているということだった。
結局、私も同じ手段をとることに。クッキーやビスケットをいつも作っておいて、絶やさないようにした。
例によって、マイア姫と玉子焼きを食べた。玉子焼きは最初にお母様に出してから、バカップルのお菓子となってしまった…。
マイア姫の口づけは、かなりディープだった…。マイア姫は、すでに私が口の中に入れていた分まで、吸い寄せて持っていってしまった…。そのあとも、ずっとディープキス…。まあ…、なかなか良かった…。またやってもいい…。
どうせみんなと食べ合いするから、細めに作った。人数が増えるにつれて、おなかがいっぱいになってしまうので…。
さて…、留学と称して、うちに永住しそうな勢いのマイア姫なのだけど…。
マイア姫は九歳。もうすぐデビュタントなのだ。
「大丈夫です。私はすでにアンネお姉様にとつ……、王になるために鍛えてもらい、王になりますので、どこぞのボンクラにこびを売りに行く必要はございません」
今、私に嫁いだって言おうとしたよね?やっぱりうちに永住する気だよね?
たしかにすでに結婚していたり婚約者が決まってるなら、デビュタントパーティに出なくてもいい。
私だって、男探しなんて目的はまったく頭になく、ドレスと下着の宣伝のために出ただけだし。
私は生まれる前から女の子が好きだったことは思い出した。しかし、ここは、法律で禁止する事項はないけど、常識的には同性愛が一般的ではない世界だということには気が付いた。
それなのに、なんで私の周りには女どうしで結婚しようとする人ばかり集まるんだろう。
やっぱり、私がそういうオーラを出しているのだろうか。私のマッサージにそういう成分があるのかな…。
普通に考えれば、私とは結婚できないわけで、パーティに出ない理由にはならないのだけど…。
「それでは、うちの新作ドレスの宣伝のために参加していただけませんか?」
「新作!是非!」
かかった!
というわけで、マイア姫のためのドレスを仕立てることになった。
マイア姫は王族なだけあって、とてもプロポーションが良い。
貴族や王族なんて、金と権力にものをいわせて、よりどりみどりなワケだから、綺麗なのは自然の摂理なのだ。
そんな美人の貴族や王族をたくさん侍らせている私は、この世でいちばん贅沢だ。
新作のドレスをデザインしたのはダイアナだ。前世で母国の隣の…ラーメンの国…、名前は思い出せないけど、その国のタイトスカートなドレスがベース。ただし、装飾や雰囲気は西洋風に替えた。
へその高さまで切り込みを入れた大きなスリットのスカートが特徴。横から見ると、何もはいていないようにも見え、お尻のラインがしっかり見える。もちろんパンツははいてもらっているから、パンツをアピールできる。
つまり、今回はレースではなくて、スリットから覗くパンツがそそるドレスとなっているのだ。
「それでは行って参ります」
「お気を付けて」
メタゾール王都邸で着付けをしてパーティに向かったマイア姫。
私は参加できなかったから詳細は知らないけど、しっかりと宣伝をして女の子を虜にしてきてくれたようだ。
そして、翌日から五日間だけ、マイア姫と一緒に格安セールをして、メタゾール領に戻った。
その後も新作ドレスはバカ売れが続いている。
さて、マイア姫のことは落ち着いたので、ダイアナと開発だ。
ダイアナは携帯電話やタブレット端末、パソコンを開発した。こういう処理をするソフトウェアっていうとそれができるように、こういう演算回路とか、無線アンテナとかいうようなイメージで、ハードウェアもできてしまうらしい。電子の妖精と呼ぶのにふさわしい…。
もちろんカメラも付いている。今のところ魔法的な要素はなく、シリコンからフォトダイオードを作って、イメージセンサーを作った。シリコンから不純物を取り除くのは、混合物を取り除く魔法でできるので、ノイズのない写真を撮れるすごいカメラを作れるらしい。
レンズは、領民が望遠鏡を作って少しはノウハウがあったので、まあまあすんなりいった。
ちなみに私が作ったのはガワだけ。しかも樹脂がないので、ゴムの魔物と木が主な材料。
魔力を流すと自発光する魔物の素材を使って、有機ELのようなディスプレイを作った。コンピューター自体は電子回路でできているけど、電流を魔力に替えて、魔物の素材に流しているらしい。
タッチパネルは魔力感応式。触れると魔力が変化するのでそれを電気の魔力に変換する。つまり静電方式と同じことを魔力でやっているのだ。
電子回路には、一方向だけに電流を流す魔物の素材の安定供給の目処が立ったので、魔物素材を半導体としてメインに使っている。魔物半導体素材はフォトダイオードにできないので、シリコンはもっぱらフォトダイオードとして使っている。
いろんな部分が電子回路と魔道具のハイブリッドとなっているのだ。
コンテンツサービスは人力が必要なのでまだまだ先だけど、どうしても教育に必要なコンテンツがあったのだ。それは、異次元を扱ったフィクションだ。
私とダイアナは、生まれたときから闇の魔力を認識しており、闇魔法の影収納を使えるようになった。特定の属性の魔力を認識するには、その属性に関する現象を知らなければならない。例えば、火の魔力には火の性質を理解する必要がある。
それはどうも、知識として知っているとか、フィクションとして知っているだけでもいいらしい。いや、実際に異次元を扱う魔法が存在しているので、フィクションではないのだけど。
ダイアナは指をまだ器用に動かせないけど、魔力を使って思い通りに電子機器に入力できるらしい。そのおかげで、画面上に絵を描くのもお手の物なのだ。ダイアナに絵心があるのか、それとも電気の精霊に絵心があるのか…。
前世で見た特定のアニメキャラみたいなものは思い出せないけど、たしかに前世のアニメの魔法少女って感じキャラをデザインしている。でも、顔を私に似せるのはやめてほしい…。
というわけで、ダイアナはアニメを作ろうとしている。でも…、
「ダイアナ…、いきなりアニメはハードル高いよ。漫画じゃダメなの?なんで私がアフレコしなきゃならないの?」
(ママの声は萌える。声優になれる)
「いや、私、演劇とかやったことないし…大根だよ…」
(まあ、ある程度しゃべってくれれば、あとは私が合成する)
「はぁ?それなら声のサンプルとって、最初から合成してよ。なんでこんな恥ずかしいセリフをしゃべらせるの?」
(最初はその恥ずかしがっている様子をAIに学習させる必要がある)
「っていうか、合成すれば私が恥ずかしそうにしゃべるアニメが作りほうだいってこと?」
(うん)
「もう協力しない」
(許さない。拒否するならスカートをもっと短くしてやる)
「ねえ、あなた、前世はほんとうに女だったの?」
(うん。男のことは、男子便器の形状くらいしか知らない)
「ああそう…。でも、これ以上は嫌だよ…」
(まあいいや。だいたいサンプルを録音できたから)
「もう手遅れなのね…」
(あとは、お嫁さんたちから声質だけもらってくる)
「みんなの声で恥ずかしいセリフをしゃべらせるのね」
(はずかしいセリフはママだけ)
「あっそ…」
こうして、異次元の解説アニメはできあがった…。
明らかに私がモデルの魔法少女キャラが顔を赤らめながら、ミニスカートをめくって、布地の裏側からから剣を出し、巨大なドラゴンを倒すというところから始まる…。
影収納の中をイメージしやすいように、現実空間と異次元を並行に描いている。剣を取り出すためにスカートに手を突っ込むと、異次元空間ではこういうことが起こるみたいなのを描いている。
それから、馬車の魔道具の仕組みの解説だ。これもやはり、現実空間と異次元の感覚を養うために、主に俯瞰図を使って部屋の間取りなどを解説している。
最後は、馬車の中にあるお風呂で私たちを模したキャッキャうふふしているシーンで終わる…、
「ってこんなもん放送禁止だよ!」
(いつもどおりじゃん。アニメにしないで実写でもよかったと思う)
「私、あんな風に剣を取り出したりは…。パンツも丸見えだし…」
(してるよ。ちょっと恥ずかしそうにスカートをめくって、顔を赤らめてスカートの中に手を入れてる)
「えっ…。そうだ、スカートが短かすぎて、ちょっと恥ずかしいと思ってたんだ…。でもそれを領民に広めないでほしい…」
(最近いつも外でやってるじゃん。いまさらだよ)
「あれ…」
(アニメは、はっきりいって異次元の解説部分だけが新作であり、表側の部分はフィクションじゃないよ。何度もいうけど実写でじゅうぶんだった)
「フィクションじゃないなんて…。そ、そうだ、お風呂であはーんとかもやめてよ…」
(屋敷のお風呂でママたちがキャッキャうふふしているのは、領内では周知の事実。いまさら馬車でやってることをバラしても無問題。どうせ湯気で隠してるから、声だけだし)
「あれ……、私ってお嫁に行けないってやつ?」
(これ以上、嫁いらないし、私を産んだし)
「はぁ…」
(みんなのアイドルなんだから、恥ずかしがらない)
「アイドルじゃなくて当主なんだけど…」
(パンツとナプキン売るんでしょ。魔物を養殖して安く作れるようになったし)
「そうだね。パンツを前面に出したファッションリーダーになるんだった」
(じゃあシャキッとしる!)
「わかった!」
そうだ、ナプキンに必要な魔物の素材が安く手に入るようになったから、前世みたいに十日分で数百円…大銅貨数枚で売り出すんだ。そうすると、生理中も女性が働きやすくなって、労働人口が増えるんだ。
生理の症状が酷い人は、私が治療してあげるんだ。それでも辛くて働けない人には生理休暇を与える。これはうちの領の法律で定めていることだ。
そして、学校に自発光の魔物素材を利用した大型ディスプレイが設置され、異次元の学習用動画は学校の魔法の授業の一環として上映されるようになった。領民は闇の魔力を身につけ、影収納の魔法を習得した。また、闇の精霊も付けられた。
最初は、闇の魔力の自然回復量でまかなえる影収納の容量は、一リットル程度。それでも、便利なのは間違いない。ハンターの採集の仕事などもはかどる。
まずは収納袋という数リットルの影収納を扱える魔道具の量産を目指す。
馬車のような居住空間ほどの大きさを作れるほどの魔力になるには何年もかかる。若いほど魔力の上昇率が高いが、異次元解説動画を見ても、異次元を認識するのは子供には難しい。
それなのに、愛馬のシルバーに動画を見せたら、影収納を使えるようになってしまった。
シルバーは馬車馬を超えて、そにうち身ひとつで荷馬車の役割も果たせるようになるのだ。うちの使用人の中で誰よりも優秀だ!
動画を見せるようになってから、領民の眼差しが、神を崇めるような眼差し以外に、アイドルを見るような眼差しが加わった…。ダイアナの言ったとおり、アイドルになってしまった。
影収納の魔道具の維持には、闇の魔石か魔道石が必要だ。それらの使い道は知られていないので見向きもされていなかったが、私が二歳の時に影収納の魔法を発見してからは、ハンターギルドに常時依頼を出して集めている。
ちなみに、電気の魔石と魔道石も同じく集めている。
闇の魔石と魔道石は他の皆にとってはただの石ころだったんだ。九年の間に大量に集まっている。でも収納袋が出回ると、価値を持つようになる。
自分たちの分は充電可能な魔道石に自分の魔力を貯めて使うだけだし、闇の魔石の入手コストが上がっても問題ない。
「これがあの馬車の秘密なのね」
「まだ小さい入れ物しか作れないけど、すごく便利だね!」
「私も部屋ほどの入れ物を作れるように頑張るわ!」
「私も!」
「あのー…、動く絵の…動画というのでしたっけ…。わたくし、いつもあんな声を上げてますの?」
「たしかにカローナの声がいちばん色っぽくて目立つわね。あの部分だけ自由に見られるようにできないかしら?」
「やめてください…セレス…」
「あらなんで?可愛いわよ、カローナ」
「セレス…」
やっぱり、あんな動画を見せてよかったのだろうか…。いずれ、みんなにはスマホとかタブレットを持たせるけど、あの動画はローカル保存禁止だ。
ダイアナが開発した電子機器は、影収納のアニメに埋もれがちだけど、すでに携帯電話やタブレット端末もできているのだ。普通に電波を飛ばして通信する。
残念ながら、電波を何百キロも飛ばすことはできないので、まだメタゾール邸と王都邸との連絡を取るようなことはできない。領内の通信が精一杯だ。
他領に電波塔を立てたりケーブルを伸ばすのは現実的ではない。解決の目処は立っていない。
ダイアナは電子機器以外にも重要な機器を開発している。
ゴールドドラゴンと戦ったとき、ダイアナは自らを避雷針として、ゴールドドラゴンの電撃を集めた。その電力はどこに行ったかというと、自分の電気の魔力に変換したという。つまり、電気から魔力を作れるのだ!
そこで、太陽光発電機、風力発電機、水力発電機を作って、電気の魔力に変換する魔道具を取り付けた。変換された電気の魔力は、そのまま他の電気の魔道具に繋げるし、魔道石に充電することもできる。
これだとできあがるのは電気の魔力だけだが、いろいろと実験しているうちに、風力を風の魔力にしたり、加熱することを火の魔力に変換する魔道具も開発してしまった。つまり、普段魔力を使って起こしている現象を、魔力に戻せるということだ。
意外なのは、水を蒸気に戻すことでは水の魔力を得られなかったことだ。水の魔力に変換できたのは冷やすことだ。物体を冷やす現象を水の魔力に変換することができる。
温度を低くするという負のエネルギーを燃料に還元できるなんて、永久機関の匂いしかしないとダイアナは言っていた。私にはよく分からない。そのうち、エネルギー溢れる世界にしてくれるに違いない。
いろいろと開発しているダイアナだけど、それらには金属の鋳造技術が欠かせない。ガラスと同じように、鉄や銅は熱してから土魔法で整形することができる。
かなりの温度が必要で危ないのだけど、影収納で入り口を可能な限り小さくすれば、熱はほとんど漏れないので、ゆっくり加熱していけばいくらでも温度を上げられるらしい。
それに、ダイアナなら火魔法よりも電気魔法が得意なので、電気を熱に変換するほうが楽とのこと。
金属はわずかな鉱石を採集してきただけで、すぐに使い果たしてしまった。これ以上は電子機器が作れない。せっかく発電機を作ったのに、大電流を扱うものや、電線を町中に張り巡らせることはできない。
そこで半導体の代わりになる魔物がいたのだから、電気抵抗の小さい導線の代わりになる魔物を探してくれと頼まれた…。
でも私ではいまいち分からないので、ダイアナを連れていくことに。
学校に行っているマイア姫に見つからないように、こっそり行くことにした。マイア姫を連れていくと、お嫁さんとかみんな行きたがるし、マイア姫のメイドとか護衛が多すぎて、大所帯すぎる。
それに、預かっている王族を危険な旅に連れ回すのはちょっとね…。
うちの新しいメイド、コーリルかリメザなら連れていってもよかったかもしれない。まあいいや。ダイアナと二人だけで。
というわけで、おんぶ紐を作って、ダイアナをおんぶしてシルバーに乗った。
「シルバー、よろしくね」
「ぶひいーん!」
「ぎゃあああ」
シルバーは馬力が上がり、時速二五〇キロで走れるようになっていた。シルバーは向上心の高い馬なので、普段からトレーニングを怠らない。
シルバーは極力上下の揺れを減らしてくれている。前世ではオートバイなんて乗ったことないけど、こんな感じだろうか。
今日はマイア姫に見つからないように日帰りなので、速度向上で行動範囲が広がるのは嬉しい。
ところがジェット機のような加速に、ダイアナは気絶してしまった。まあ、光の精霊が守ってくれるから大丈夫だろう。
「ダイアナ、着いたよ。起きて」
「うう…」(一歳児には過酷すぎる…。ママ一人で行ってほしい…)
「私じゃ電気抵抗の低い魔物ってのが分からないし…」
(指向性を持たせずに電撃を放って、電撃が集中する魔物が正解)
「その、指向性がわからない。私は狙ったところから電撃を発生させることしかできないよ」
(むー)
ダイアナは出会う魔物に電撃を放って確認していった。所望の魔物は見つからなかった。
「じゃあ、次にいこっか」
「ううぅ…」(ジェットコースター怖い…)
「シルバー、よろしく」
「ぶひいーん」
「ぎゃー」
場所を変えても、なかなか見つからない。ダイアナは移動中も寝ていた、というか気絶していたけど、到着してちょっと探したら、疲れ果てて寝てしまった。
「むー…、私一人でどうすれば…」
「ぶひいい…」
「シルバー?」
シルバーは森の中に何かの気配を察知して、威嚇…、いや、怖がっている?違う、何だろう?
私も何かが近づいてくる音に気が付いた。あれは…、白い…ホワイトドラゴン…?
またドラゴンに出会ってしまった…。今度は魔物の分布情報を調べてきたのに…。でも、導電性の魔物なんて情報はないので、単に魔物の多い森とかを選んでやってきたワケだ。
でも、ドラゴンがいるなんて聞いてない。ドラゴンなんてレアな魔物だから、情報はないか…。
以前出会ったゴールドドラゴンと同じくらいの大きさ。あのゴールドが伝説のドラゴンなら、これも伝説級かな…。
このドラゴンは、どうやっても傷つけることができない。仮に傷つけられても、一瞬で回復してしまうだろう。なぜなら、とてつもなく大きい光の精霊が付いているから。
ゴールドドラゴンにも電気の精霊が付いていたのかなぁ。あのときは恐怖で直視できなかったから、よく分からない。
なんで私ばかりこんな伝説級の魔物に会うのかな。素材を求めて誰も近寄らない森や山に入り込んだりするから?
ハンターって素材集めの仕事はしないのかな。製造業とか研究所とか、ハンターに素材収集依頼とか出さないのかな。
ああ、まただ。ドラゴンを前にすると、余計なことばかり考える。いや、前回みたいに思い出とかではないなぁ。死ぬ直前によぎる考えとしてはちょっとつまらない。
というか、あまり死ぬって気がしない。恐怖を感じない。このドラゴンは知的で優しい。
こちらが恐怖心や敵対心をあらわにしなければ、相手も攻撃してこないだろう。犬だってそういうところがある。
そうか、シルバーが抱いているのは畏敬の念。大いなる生き物を前に、服従を表している。
ならば私も敬おう。伝説の生き物なんだ。何百年も何千年も生きているのかもしれない。
顔を低く、前に出してきた。挨拶かな?ドラゴン流の挨拶なんて知らないよ。
「触っていいかな?」
「グォー…」
軽く口を開くと、轟音が鳴り響く。うん、すごい音だけど、怖くはない。鳴き声の意味はよく分からないけど、表情は同意してくれている気がする。
私はドラゴンの顔をなでた。
「くぉーん…」
なんだか途端に可愛い声になった。甘えているようだ。
あっ、シルバーをなでるときの癖で、癒しの魔法を込めて触れてしまったからか。じゃあ、甘えているんじゃなくて、気持ちよかったのか。
ふふっ、人間も動物もみんな同じだ。じゃあ、このドラゴン、癒してあげよう。
爬虫類…、哺乳類と同じでいいのかな。というか、黒ずみがたくさん見える。
ドラゴンに付いている光の精霊は、私のよりもはるかに大きい。身体強化とか自動HP回復とか、半端ないだろう。だけど、血流を良くするとか、内臓の働きを良くするとかは知らないようだ。
それなら、私の出番だ。爬虫類を施術するのは初めてだけど、なぜか分かる。どこが内臓につながっているか。どこを押せば内臓の働きが回復するか。
ちょっとうろこが堅いけど、いや、かなり堅いけど、なんとか押せそうだ。
「くぅーん…」
犬みたいな可愛い声を出している。とてもこの巨体から発する声とは思えない。
一時間くらいかけて、ようやく全身の黒ずみを取れた。ホワイトドラゴンは完全に緩みきっている。
しばらく、ドラゴンと一緒にマッタリした。
ドラゴンは、はっと気がついて動き出した。そして、私に大きな白い卵を差し出した。どこに持っていたの…。
なんでくれるの?お礼?食べていいの?んなわけないですよねー。
自分はもう寿命が短いから、育てて欲しいって?えっ?お礼じゃなくて罰ゲームだよね、それ。私はドラゴンブリーダーとかではないんだけど…。
っていうか、寿命ならたぶん伸びたよ。ロイドステラ王と同じくらい。たぶん十年くらい。いや、ドラゴン換算だと分からない…。六百歳だとすると、百歳くらい伸びたかもしれない…。
もう数十年で終わりだと思っていたのに、ありがとうって?それでもいいから、卵を持っていけって?親睦の証なの?
私は自分の子を差し出したりしないよ?それは別にいらないか。
っていうか、あと数十年もつんだったら、人間の私と大差ないじゃん!やっぱり、子育てしたくないから、私に子供を押しつけたとかじゃない?こら、図星って顔をするんじゃない。
精霊って、他の人の使っている魔法を見て、やり方を覚えているようなんだけど、たぶん今のであなたの精霊は私の魔法を覚えたよ。自動血流回復とか自動疲労回復とかね。ぶっちゃけ、自動寿命回復といっていいかもしれない。
リーナとダイアナの精霊もそうだもの。残念ながらある程度大きくないと、見ただけで覚えたりはしないみたいで、他の人の精霊はマネしたりはできないみたいだけど。
ドラゴンに付いている光の精霊は私のよりかなり大きいから、もっと高度なことをできるかもしれない。
だから、あなたはこの先、もっと長生きするよ。
それなら、新たに得た寿命で人生を謳歌するから、やっぱり卵はよろしくってか?だから、私はブリーダーじゃないって。
どうせ金のも育てるんだから、一頭増えたって変わらないってか。
ってか、なんで金の卵を拾ったことを知っているんだ!
記憶を読んだからだって?マジか…。こっちの考えは筒抜けか…。これが伝説の生き物か…。
あれ?じゃあ、そっちの考えが伝わってくるのはどういうこと?ドラゴンの顔を見て、表情筋から考えを読むなんてレベルではない。さっきからずっと、ドラゴンと向かい合ってるだけで、はっきりと考えが伝わってくる。
それはドラゴンのほうで、考えを伝えようとしているからか。
記憶を読むのも、考えを伝えるのも、そういう魔法なのか。話が伝わってくるのではなくて、考えが伝わってくる、か。声色とか口調とかは分からないし。
この魔法、私も使えるかも?精霊の大きさが違うので、どのレベルまで読んだり伝えたりできるかは分からないけど。
マジかー…。えらく便利な魔法を教えてもらったものだ…。
対価として、やはり子を育てろってか。いやいや、私がこの魔法を覚えたのは、あなたの意図したことではないよね。適当なこと言いやがって…。
分かったよ、もう…。育てりゃいいんでしょ。
その代わり、ゴールドドラゴンのことを教えてほしい。ゴールドドラゴンは私たちを殺そうとした。私たちも必死だったし、ゴールドドラゴンを殺すしかなかった。
それにその卵も、私は処分しようとしたんだよ。お嫁さんたちも最初は食べたいって。なぜか育てるってことになったけどね。
あなたの仲間を殺してしまって申し訳ないけど、許してほしい。
別にそれほど仲良くないのか。だから自分は気にしてないか。
ホワイト以外はあまり知的ではなく、気性も荒いのか。
私、そんなのの子供を育てられるのかな…。
私ならできるって?たしかにシルバーは信じられないほど知的で従順だけど…。
生まれたらすぐに、マッサージしてとろけさせよう。っていうか、私のマッサージはいつから服従の術になったのだ…。けっこう最初からか…。
じゃあ、そろそろ行くって?子供をよろしく、か。はいはい、分かりましたよ。人生を謳歌してください。
「それじゃ、またどこかでね」
「ぐぉーん」
さっきほど可愛い声ではないけど、優しい声で挨拶をされた。
ヤバい、だいぶ暗くなってる。
「シルバー、帰るよ」
「ぶひーん」
承知しました、ご主人様だって。前からなんとなくそんな風に言っている気はしていたけど、今ははっきり分かった。
シルバーは時速二五〇キロで頑張ってくれたけど、帰り着いたのは夜十時。ダイアナはずっと寝たままだったから、そのままベッドに寝かしつけた。
でも…、
「アンネお姉様…、私を置いていくなんて酷いです…」
「ご、ごめんなさい…」
「アンネお姉様に癒していただけないと、私、死んでしまいます…」
「はい…」
ほんとうは、全速力で走ったシルバーをマッサージしてあげたいのだけど、しかたがなくマイア姫をマッサージすることに…。
マイア姫をとろとろになるほどほぐして、そのまま眠らせた。
しかし、それを見ていた四人のお嫁さんとお母様…。そのあと徹夜で、一人ずつたっぷりとマッサージするはめになった…。全員分終わったのは午前四時。
でも私はまだ寝られない。何時間も走り続けたシルバーの脚を揉んであげないと、筋肉が固くなってしまう。
シルバーは、お疲れのご主人様の手を煩わせるワケにはいかないと拒否したが、問答無用でマッサージを施した。
あ、無意識に心を読んでしまった。
結局、私が床についたのは午前五時だった…。この世界でこんなに夜更かしをしたのは初めてだ。
寝る前に精霊にほぼすべての魔力をあげるのは日課となっているけど、それは六時間以上睡眠を取って、魔力を全快できる前提だ。腐っても私は貴族当主。寝坊するわけにはいかず、六時には起きなければならない。だから、魔力を六分の一だけ精霊に与えてから眠ることにした。
はぁ…。今回の遠征では、結局、導線になる魔物なんて見つからなかったし、鉱石を取りに行くのも限界があるので、普通に他領から輸入することにした。
輸入するとなると、輸送費がバカにならない。まあ、電子機器用の金属だけならたいした量じゃないけど、鉄を大量に使うものだって開発したいので、コストは抑えたい。
そこで、時期尚早であるが、先行して魔道馬車を投入することにした。領民ではまだ誰も作れないので、私とダイアナで作った。
とはいえ、現在の魔道馬車用の闇の魔力は、私とダイアナしか供給できない。私は3LDKと馬屋の馬車でいっぱいいっぱいなので、ダイアナの分しか使えない。ダイアナは自分の作業スペースを除いて、せいぜい六畳二間ってところだ。
そういうわけで、六畳一間のスペースを余分に持った商用の馬車を二台用意した。本来のスペース分も無駄にしない。
優秀な馬も準備した。シルバーとブロンズの後継を育てていたのだ。
「今日からお仕事ですよ。帰ってきたらもっと可愛がってあげます」
「「ぶひーん!」」
二頭の馬を軽く指圧してあげると、頑張ります!と意気込みを示した。意思疎通できるのはとても大きい。二頭はまだシルバーやブロンズほど頭は良くないけど、私の考えが徐々に分かるようになってきているようだ。
おっと、馬ばかり可愛がっているけど、商人、兼御者、兼護衛もねぎらってあげないとね。
「「×××!」」
そして、二台の馬車は金属を輸出している遠くの領へ旅立った。もちろん、行きはうちの領の特産をいっぱいに詰めている。
この二頭はまだ、せいぜい時速五十キロしか出せないけど、他の商人の遅い馬車に任せたり、転売によるマージンが積み重なるのに比べれば、仕入れのコストは十分の一にできる。
今回の遠征では何も収穫がなかったどころか、ドラゴンの卵という余計なものを押しつけられたし、お嫁さんたちに怒られたし、さんざんだった。
その卵は、危険なので地下に厳重に閉じ込めている。最初に持って帰ったゴールドドラゴンのと、私が押しつけられたホワイトドラゴンのものだ。
何度もいうけど、私たちはゴールドドラゴンに殺されかけたのだ。その子供も同じくらい凶暴と思っていた方がいい。
ゴールドドラゴンは生まれた瞬間に電撃を放ってくるかもしれない。避雷針を作って、吸収した電力を魔力に変換して、電気の魔道石に貯める魔道具を設置している。
ホワイトドラゴンは知的で穏やかな魔物だったけど、生まれたばかりの子供が知的なわけないし。あれ?なんか大きく矛盾した生き物がいたような?
いつも見張っているわけには行かないので、監視カメラを設置している。カメラはスマホ向けに開発済み。
さらに、カメラ映像に変化があったことをトリガーに警報を鳴らしたりするソフトも開発した。もちろん、スピーカーも開発済み。
でもまあ、気になったので様子を見に行ってみた。
すると、ゴールドドラゴンの卵には電気の精霊が付いているし、ホワイトドラゴンの卵にも光の精霊が付いていた!なるほど、ドラゴンはデフォで胎児の魂百まで機能が備わっているのか。あれ?両方とも風の精霊も付いている。本職と比べると小さいようだけど。本能が風魔法で飛ぶ方法を知っているということかな?
まあ、危険なので他の精霊を付けるのはやめておこう。生まれて手懐けられたら、付けてあげよう。
あ、卵の中のドラゴンと意思疎通できないだろうか。私は考えや記憶を読んだり考えを伝えたりできるのだ。
まずはホワイトから。
私はあなたの親に、あなたを育てるように頼まれた。だから、私を信じてほしい。
言語は必要ない。考えを伝えられるはず。
すると、お母さん、お母さん!という、甘えるような感情が返ってきた。うわっ、可愛い!よかった!親と同じで話の分かる子だ。
ゴールドはどうだろう。
私はあなたの育ての親になる。私はあなたに危害を加えない。だから、私を信じてほしい。
うわっ…。否定が帰ってきた。私の魔力は親のものではないって…。
そして数日後、警報が鳴り響いた…。監視カメラのモニタには、ひびの入った金の卵。そっちが先かぁ。
皆で揃って地下二階へ。頑丈な檻に閉じ込めているし、避雷針の魔道具もいっぱい設置しているから大丈夫だと思うけど…。みんな脳天気なんだよなぁ。セレスも一度殺されたことを実感してないし…。
卵のひびは次第に大きくなっていき、ついに穴が開いた。そこから金色の…爪だ!爪が現れて、卵を破って穴を大きくしていく。
穴が大きくなると、腕が出てきた。穴を腕が二本通る大きさまで開けると、上半分がいっきにパカッと大きく二つに割れた。
現れたのは五十センチのゴールドドラゴン。トカゲのようなフォルムにコウモリのような羽が生えている。
辺りを見回して…、ダイアナのところで視線を止める。
ダイアナに復讐か?いや、好意を抱いている。ダイアナのことをお母さんだと思っている。ダイアナから漏れ出ている、わずかな電気の魔力に惹かれている。
親ドラゴンとの電撃戦で、ダイアナが電撃を浴びせ続けたからだろうか。あの電撃は卵にも伝わっていたはずだ。子ドラゴンは、あのときのダイアナの電撃を覚えているのか。お母さんのぬくもりみたいな?お母さんの電圧みたいな?
親ドラゴンはダイアナの電撃で焼け焦げてしまったけど、子ドラゴンには効かないのだろうか。
「ダイアナ、あなたのことを親だと思ってるみたい」
「えっ?」(マジで?恨んでるとかじゃなくて?)
「軽い電撃か、電気の魔力を流してみて」
「あい!」
「喜んでいるみたい」
(マジで…)
ゴールドドラゴンは、ダイアナのほうに近づいてきた。好意を抱いている。危害を加えることはない。
「うぁああ」
「大丈夫。恐れないで。この子はあなたのことが好き」
「あい…」
「なでてあげて」
ダイアナは、最近やっとつかまり立ちできるようになったばかりなので、片方の手で私に捕まりながら、もう片方の手を恐る恐る伸ばして、ゴールドドラゴンに触れる。
「かあいい!」
「きゅーん!」
ダイアナになでられるのが気持ちいいようだ。いや、ダイアナの魔力や電力が美味しいようだ。
私の手はどうかな…。私の手はどんな動物も手懐けられるはず…。
「ぐぅぅぅ!」
「いたっ…」
バチっといって、静電気のようなものが手に走った。触れるな!私を触れてよいのはお母さんだけだ、と。
「めっ!」
「きゅぅー…」
ダイアナはゴールドドラゴンを、ポンッと叩いた。まったく威力がないと思うが、精神的にダメージを受けたらしい。母親から叩かれたのだから。
私はあなたの母親の母親。だからあなたに触れるのを許してほしい。
しかたがない、と言わんばかりに、私に頭を突き出した。
私は、突き出された頭をなでた。光の魔力をたっぷり込めて。
「きゅうううーん…」
よし!勝った!
美味しい、より、気持ちいい、が勝った!
「むうぅ…」
ダイアナは負けた、悔しい、母親は私だぞと。あ、ダイアナの心を読んでしまった。いや、顔に書いてあるよ。
ダイアナは対抗して、ゴールドドラゴンの身体をなでまくった。
私も一緒になって、ゴールドドラゴンをマッサージしまくっている。産まれたばかりなのだ。黒ずんでいるところはない。ただ、全身をもみほぐしているだけだ。
美味しいと気持ちいいのせめぎ合い。ゴールドドラゴンはひっくり返って腹を出し、手足を広げてとろけてしまった。
「もう、最近アンネはやり過ぎよ!まあいいわ。私にもなでさせて!」
「私もなでたーい」
たしかに、最近威力が増している気がする。光の魔力が上がっているからか。
ヒルダもクレアはゴールドドラゴンが人畜無害となったと判断してなで始めた。
「私もなでるわ」
「わたくしも!」
セレスはこいつの親に…。もういうまい。知らぬが仏。実際、この子にはもちろん、親にもなんの怨みもないようだ。あ、心を読んでしまった…。
いや、みんな純粋なので、表に出している言葉や感情と、心の中は一致している。だから心を読むことにあまり意味はないのかもしれない。まあ、ヘタをすると記憶の奥底まで読み取ってしまうのかもしれないので、大事な人たちにあまり多用するものではない。
「私もいいかしらぁ?」
「リーナもっ!」
お母様は母性の塊なので、ダイアナを親だと思っているゴールドドラゴンのことをひ孫だと思ってしまったみたいだ。ああああ、心を読む魔法はなんで勝手に発動してしまうんだ。
「アンネお姉様…、それ、魔物ではないんですか?」
そうだよね。それが普通の反応だ。
「そうですよ。でも、手懐けられそうです」
「アンネお姉様は魔物を使役できるのですね!さすがです!」
でも私ができるっていったら、すぐに信じてしまった。
「ねえダイアナ、名前を付けてあげたら?」
(リード)
「この子、女の子みたいだよ」
(ワイヤ)
「んー、それならまあ女の子っぽいけど、どういう意味?」
(導線)
「へっ?」
(さっき電気を流して確信した。このうろこは、電気抵抗が銀や銅よりもかなり小さい。このうろこをいただいて、導線に加工する)
「ちょっ…、あなたを親だと思っているんだよ…」
(ママの技術で、皮膚の神経を一時的に麻痺させて、うろこをはいでほしい)
「鬼畜…。それを私にやらせるの?私、嫌われちゃうじゃん」
(今ならママの魔法でとろけてるし、麻痺させれば気がつかないでしょう。はいだあとは治療魔法で再生させればOK)
「えっ…」
(はやく!スカート削るぞ!)
「ひどい…」
この鬼畜な会話は、「導線」のところから他の人に見えないように、闇の精霊を使って描かれている。この子、怖い…。
っていうか、名前はそれいいのか…。
ちなみにゴールドドラゴンだけど色はレモンイエローに近い。
それにうろこが金属というわけでもない。金属の中では、金はそれほど抵抗が低いわけではなく、銀や銅が良いらしいが、このうろこはそれよりもはるかに抵抗が低いらしい。やはり、原子番号といった物理化学の法則に則っていない物質のようだ。
うろこを使えば、電子回路の集積化が進むらしい。うろこを剥いで治療魔法をかければ、無尽蔵に電線を作れるとダイアナは喜んでいたが、ちょっと待ってほしい。治療には栄養が必要なのだ。ちゃんとご飯を与えて栄養を万全に保っておかないと、治療魔法は効かなくなる。
しかし、有機物を与えてそういうものが作れるのはエコなのかもしれない。魔物全般にいえることだが。
ワイヤはドラゴンでも赤ちゃんだからか、やんちゃな感じがする。一歳のダイアナよりも小さい。でもすぐに大きくなっていくんだろう。
ゴールドドラゴンは電気を吸収して魔力に変換する能力を持っていた。親と電撃戦を繰り広げたときは、電気の吸収対決だったわけだ。
でもダイアナの電撃が吸収量を上回ったのだろうか。吸収しきれずに身体に電気が流れ、発熱して焼け焦げてしまったようだ。
ゴールドドラゴンのワイヤ…に、火と水と土と光の精霊を付けてあげた。
電気と風は卵にいる間に自然に付いたっぽい。電気は自分のネイティブの属性だ。その小さな翼では、とても飛べるとは思えないので、風は飛ぶのに必要なのだろう。
ワイヤが生まれたときに、ためしに卵の中のホワイトドラゴンと意思疎通してみたら、普通にできた。もうすぐ生まれるってさ。
親と同じで穏やかな人格で、生まれる前からそれなりに知性があるようなので、ワイヤに精霊を付けたとき、一緒にホワイトドラゴンにも精霊を付けた。卵のまま。
ワイヤにとってダイアナの電気の魔力が好物であるように、ホワイトドラゴンにとって私の光の魔力は好物らしい。だから、頻繁に通って卵に魔力を流してあげた。
考えを読む魔法は、ある程度離れていても使えるようだ。離れるほど精度が落ちるが。
それに、相手が受け入れていれば、よりはっきり読めるようになる。
ホワイトドラゴンは最初から私に心を許しているので、心を読みやすい。地上の屋敷から地下二階程度の距離であれば、はっきり分かる。
そして、そろそろ卵から出たいということだ。今度は監視カメラの警報を鳴らすまでもなく、地下に向かった。
「ねえ、なんで生まれるのが分かるのかしら?」
「お話ししたからですよ」
「へー。ダイアナのときも生まれる前からお話してたよね」
「まあ、アンネならできてもおかしくないわ」
「アンネですものね」
なんだか変人認定だ。たしかにおなかの中の赤ん坊と意思疎通できるなんておかしいけどさ。
私たちが話していると、すぐに卵にひびが入った。
来たのを見計らっていたでしょう。
図星だったらしい。可愛い奴め。
卵はどんどん割れていった。ワイヤのときより力強さを感じる。実際、力が強いようだ。デフォで光の精霊が付いているし、身体強化もお手の物だろう。
ある程度卵が割れたところで、ホワイトドラゴンは飛び出して、私の元に飛んできた。これはドッジボール二号だ。私はドッジボールが得意だし、この子は五十センチしかなくて、リーナの半分くらいしかないので、余裕で受け止めた。
というか、私はホワイトドラゴンが苦しくないかとか知りたくて心を読んでいたので、飛んでくるのは分かっていたのだ。びっくりさせようとしていたようだけど、バレバレだったのだ…。ごめん…。
キミはまだ心を読む魔法は使えないか。光の精霊がかなり大きくならないとダメなんだな。
「生まれてきてくれてありがとう!あなたはの名前はアリシアよ!」
ちなみに女の子だったよ。卵の中では考えが読めても本人が性別を把握してなかったので分からなかった。ちなみに男の子ならアークと付けようと思っていた。
生まれた瞬間いたずらをしかけてくるような子だけど、顔は気品があって美人だ。
私はアリシアを優しくなでた。すると、ちょっとなでただけで、かなり気持ち良かったらしくて、すぐにとろけてしまった。
ワイヤのとってはダイアナの魔力は美味しくて、私の魔力、というかマッサージは気持ちいい。でも、アリシアにとっては、私の魔力は美味しくて気持ちいいようだ。ダブルの快感ってことだ。あっという間にとろけてしまうわけだ。
ところで、今のところ私の周りには女の子しか生まれていない…。
何度もいうけど、私は男を拒否しているワケではない。でも女の子のほうが好きだし、女の子と子供を作れるのなら、男と結婚する気はないのだ。
だからというわけではないけど、私の周りには女の子しかいない。
「へー、最初からアンネに懐いてるのね」
「私もドラゴン欲しくなっちゃったよ」
「黄色も白も取られちゃったのよねえ」
「わたくしはドレスと同じ黒をいただきますわ!」
ヒルダもクレアもアリシアを抱いている私のことをうらやましそうに見ている。
セレスはドレスを白にしたし、髪が金なので、そのどちらかがよかったようだ。
カローナは黒のドレスを気に入っていたから、そのまま黒で定着させたいのかも。
「じゃあ私は水色ね。水属性のドラゴンならいそうだもの」
「私はピンク…、火属性かな」
「私は余り物で緑なのね。しかたがないわ」
「私はどんな子でも歓迎よ~」
「リーナはオレンジがいい~」
「私もアンネお姉様になでられるドラゴンになりたい…」
みんなドラゴンが欲しいのか。要望がおかしいのが若干いるけど。
そもそも、金、というか黄色と白に出会っただけで他の属性がいると決めつけるのもどうなのやら。
でも他のがいたとしても、ドレスと同じ可愛いパステルカラーの水色とかピンク、緑がいるとは思えない…。
「そういうわけなのでアンネ、みんなのドラゴンを探しに行きましょ」
「はぁ…。私とかダイアナが光の魔力と電気の魔力に長けているから、この二頭は懐いてくれているのであって、火とか水のドラゴンの場合に同じように行くか分かりませんよ」
「アンネならどんな動物とでも仲良くなれるよきっと!」
「まあ、何かのついでならいいですけど、ドラゴン探しの旅というのはちょっと忙しくて無理です…」
「そう…、残念ねぇ」
「まあ、アンネは貴族当主なのですもの。好きなことだけをやっているわけにもまいりませんわ」
「そうです。ドラゴン探しに構っている暇があるなら、私に構ってください」
他のドラゴン探しは諦めてもらった。理由がおかしい人もいたけど…。
「ねえダイアナ、アリシアに何をやっているの?」
「あい!」
「赤ん坊のフリをしてごまかしてるんじゃない!」
ようやくつかまり立ちができるようになったばかりのダイアナだけど、なんだかはいはいを頑張ってアリシアを捕まえようとしていた。アリシアは軽々と逃げていたけど。
(ワイヤのうろこは導線に使えるけど、アリシアのうろこは堅くて軽くて、機器のボディに使える。武器や鎧にもできる。提供すべし!)
「ちょっと…、人のペットにやめてよ…。ってか自分のペットでもやめようよ…」
うろこは持ち合わせていないので分からないけど、爪とか皮膚を剥ぐみたいなのは想像するだけで痛い…。
(ママが神経を遮断すればいけるって)
「ホントにやめようよ…。えっ?協力してくれる?あっ…」
思わずアリシアの考えを伝えてしまった…。
(フフフ…、主人のために身を捧げようとするとは、立派なやつだ)
「はぁ…」
私が心を読む魔法を使えることは誰にも知らせてない。なるべく読まないようにしているけど、気になると読んでしまう…。私は魔力を使っていないから光の精霊のサポートなのか。
■マイア・ロイドステラ(九歳)
ダイアナのデザインした、前世の母国のお隣のラーメンの国のタイトスカートなドレス(チャイナドレス)を着てデビュタントパーティに出席した。
■闇魔法解説用アニメの主人公
アンネリーゼをモデルにした二次元の魔法少女キャラ。
■伝説のホワイトドラゴン
温厚な性格。大きな光の精霊を携える。心を読む魔法と、考えを伝える魔法を操る。
アンネリーゼの施術により寿命を延ばしてもらったら、アンネリーゼに卵を押しつけて老後を楽しむことにした。
■ワイヤ(ゼロ歳)
金の卵から生まれたゴールドドラゴンの赤ん坊。五〇センチ。雌。
トカゲのようなフォルムにコウモリのような羽。二足歩行もする。
■アリシア(ゼロ歳)
ホワイトドラゴンの赤ん坊。五〇センチ。雌。