13 デビューとはなんなのか
デビュタントパーティの前日、もう一度ドレスに袖を通した。
「少し胸がきついわ!」
「私も大きくなったかも!」
「二人とも成長が著しいですね!」
「そんなこと…あるわよっ!」
ヒルダとシンクレアは、最近急激に大きくなり始めた胸に、期待せずにはいられなかった。
「でも私が一番小さいな…」
「ふふっ。まだ十歳にもなっていないんですよ。十年後を想像してみてください」
「そうだよね!私もカローナみたいになるっ!」
「わたくしのことは放っておいてくださいまし…」
カローナが顔を赤らめて、腕をバッテンにして胸を隠している。可愛い…。隠されると余計見たくなる。
「それでは、調整しますね」
ここ一ヶ月、ヒルダとシンクレアに豊胸マッサージを集中的に施したんだ。ヒルダは年相応、クレアは少し年齢より幼いくらいだったけど、ブラで寄せて上げて谷間を作れるくらいにはなった。十歳の子に寄せて上げてなんてと思うけど、この世界ではそれが普通みたいだ。
この世界の人間は早熟だ。前世の感覚からすると、どの人も年齢二割増しくらいの外見をしている。私とセレスとカローナは五割増しくらいに見える。あ、でもお母様は永遠の十七歳でいられるように私がメンテナンスし続けるよ。
こうしてやってきたパーティ当日。
今日は普通に、四人乗りの馬車二台に娘五人とメイド三人が乗ることとなった。四人乗りの馬車から人が八人も出てきたらおかしいしね。影収納の魔道具は、まだまだ私しか作れないから、広める気はないんだ。でも、うちの領民が誰でも闇魔法を使えるようになったら、影収納の魔道具も売り出そうと思う。
一台にメタゾール家の娘三人とエミリー。御者はダズン。もう一台にヒルダとクレアとそのメイド二人。御社台には、それぞれの執事。
「私が乗れないじゃな~い!」
「お母様、当然のように着替えて、当然のように参加しようとしないでください」
お母様が着ているのは以前あげたサキュバスドレスだ。スカートは左右に大きく開いていて、パンツが丸見え。胸は上からも下からも溢れそう。
「私、デビューしてないのよ」
「お母様は貴族令嬢じゃありませんからね」
「アンネちゃん冷たいわ…」
「あと、十九歳のデビュタントもいませんよ」
「アンネちゃんのバカぁーーっ!」
お母様はお胸とお尻をぷるんぷるんさせながら走り去っていった。
「リンダお母様はお嬢様で十分通用するわ」
「お母様のあのお胸で十歳は無理です…」
あれだけのバレーボールを携えて十歳は無理がある。それをいったら、カローナにも、とても十歳とは思えないリンゴがなっている。年齢詐称って言われかねないなぁ。
パーティのある王城までは、普通の馬車で二十分。街道は整備されていないが、アンネリーゼの馬車はゴムタイヤなどの近代装備により、安定して速度が出せるので、十五分で着く。
アンネリーゼは学習した。前世みたいに五分前行動するなんて、この世界では失礼に当たる。早くとも三十分遅れくらいで到着するのがマナーだ。
「あれ?馬車が少ないですね」
「お嬢様は大丈夫とおっしゃいましたが、おそらくギリギリではないでしょうか」
「ええっ?三十分後到着がマナーでは…」
「それは、メタゾールからプレドールのような、何時間もかかる場合です。貴族街から王城までは遅くとも三十分で着きますので、せいぜい十分遅れくらいがマナーです」
「がーん…。この世界の常識…、難しいです…」
「どうするのよ、私はロイドステラはヒストリアと違うと思ったから口出ししなかったのに」
「ごめんなさい…。飛ばしましょう」
他国出身者セレスタミナから見てもおかしかったらしい。
ダズンの伝えて速度を上げてもらった。後続の馬車はプレドールの執事が御者をやっていたので、先行の馬車がいきなり速く走り始めたし、時速三十キロの馬車を御するのは大変だったようだ。
急ぐと言っても、残りの道のりをいままでの二倍の速さで走るだけだ。全部で十五分のところ、五分短縮しただけだった。
王城のパーティ会場では、ほとんどの令嬢と令息が揃っていた。
デビュタントというのはデビューする令嬢のことであって、デビュタントパーティというのは令嬢がデビューするためのパーティである。
会場には令息も来ている。デビューする令嬢を選ぶためである。ひどい男尊女卑ではないが、女は男のものなんて思っているやからは少なからずいるものである。
実は女性当主というのは法律で認められているものの、今はアンネリーゼしかおらず、アンネリーゼは実に百年ぶりの女性当主なのである。
また、パーティは他の令嬢、令息と交友関係を作る場でもある。この機会を利用しない場合は、親の交友関係、またはせいぜい隣の領だからという理由で茶会を開いたりして、交友関係を広げるしかない。アンネリーゼが生まれるまでは、メタゾール家はデビュタントパーティに出たことはなく、プレドールとの交流すらなかった。
もうそろそろ始まるかというときになって、外が慌ただしくなった。何事かと会場の外を覗いてみると、通常の三倍くらいの速さで接近してくる馬車が二台。そんなに速度を出したら横転するだろう。でも、危なげな様子はなく、入り口の前にピタッと止まった。
質素な馬車だが、紋章は緑なので伯爵家だ。車輪に黒いものを巻いてあったり、見たことのない作りだ。
そして、二台の馬車のうち後ろの馬車の扉を執事が開き、姿を見せたその令嬢のまとうのは、見たこともない不思議な光沢を放つピンクのドレス。そのスカートはとても大きく広がっており、信じられないことにスカートはすべてがレースでできている。そして、至る所にキラキラと輝く宝石がちりばめられている。それだけの宝石を飾るのに、いったいどれだけの金がかかるのか。
令嬢のほうもどうだ。少し幼い顔立ちだが、所作もとても大人びていて美しい。肌はとても綺麗だ。そして髪まで艶めいている。
この世界では長くて綺麗な髪を維持するのはとても大変だ。毎日お湯でぬらした布で拭き取るが、完全に汚れは落ちず、油を塗りたくってごまかすのが基本だ。しかし、あの令嬢の髪は、汚れが全くなく、輝きを放っている。その、長くて綺麗な栗色の髪を、まとめることなくストレートに下ろしている。アップにしている他の令嬢とは全く異なる。髪があれほど綺麗でなければできない芸当だ。
注目の令嬢が執事に手を取られて馬車を降りたあとに、別の執事にエスコートされてまた一人の令嬢が姿を現した。その令嬢のドレスは前の令嬢と同じデザインで、これまた不思議な光沢を放つ水色のドレスだ。そしてスカートに宝石がちりばめられている。彼女も長くて綺麗な栗色の髪をまとめることなく、まっすぐに下ろしている。
二人は伯爵令嬢なのであろうか。伯爵家であれだけの宝石をあしらったドレスなど用意できるものなのだろうか。
あれだけの財力のある家と結びつけるのであれば、家格など気にすることはないかもしれない。優れた者たちは、そのように考えていた。
綺麗だ。あんな子を嫁にしたい。教養のない多くの者たちは、そのように考えていた。
二人は受付に招待状を見せて、扉をくぐり、会場に入ってきた。皆の視線を釘付けにしている。
皆は美しい二人に見とれていて気が付かなかった。いつの間にか入り口には、別の令嬢が入場していた。誰もが思った。あれは王族だ。流れるような黄金の髪、美しい顔立ち、そして十歳とは思えないほど大きな胸。細くくびれた腰。
ドレスは白で、先に出てきた令嬢と同じデザインだ。だが、何か違う。脚だ。脚のシルエットが見える。なんと美しい脚か。スカートがすべてレースでできているので、脚がうっすら見えるのだ。脚をアピールするドレスなど見たことがない。しかしなんと魅力的なのか…。
欲しい。自分の嫁に欲しい。会場のほとんどの男がそのように思った。
おかしい。今年デビューの王族は、すでに全員壇上に上がっている。あのような王族は見たことがない。
金髪の美しい令嬢に見とれていると、入り口からはまた新たな令嬢が入場した。その令嬢は見たことのない銀色に輝く髪をなびかせている。まとうドレスは、前に入場した令嬢とデザインこそ同じものの、色は黒であり妖艶な魅力を放っている。そのドレスから、溢れんばかりの大きな胸。ドレスのトップスは、胸の部分がコルセットの部分とは別になっており、歩くたびにその大きな胸が揺れている。ほんとうに十歳なのか。
揺れているのは胸だけではない。お尻もよく揺れている。そうだ、レースのスカートから、うっすらお尻が見えているではないか。今までの令嬢と比べてスカートのレースの枚数が少なくなっている。そのため、脚のシルエットだけに留まらず、腰の部分まで体型が分かるようになっている。しかも、中には見たことのない逆三角形の何かをはいていて、それがまた色気を引き立てている。
男どもは銀髪の令嬢のお胸とお尻から目が離せない。揺れるお胸とお尻を見ていたら、だんだん前屈みになっていき、まっすぐ立っていることができなくなってきた。
一部の女どもは、男どもの視線を釘付けにしている銀髪の令嬢に嫉妬を燃やした。私だって、あと三年…いや五年もすればあれくらい…。そして、あのドレスさえ着れば男どもの視線を奪えるはず…。
また一部の女どもは、銀髪の令嬢に魅力を感じていた。あんな綺麗な子とお友達になりたい。どうやったらそんなに綺麗になれるのか教えてもらいたい。
気品溢れる金髪の令嬢と妖艶な銀髪の令嬢に誰もが視線を向ける中、会場の空気が一気に張り詰めた。なぜか皆、会場の入り口に振り向かずにはいられなかった。音がしたわけではない。視覚でも聴覚でもない、何かの感覚に導かれて、入り口に目を向けた。
入り口に姿を現したのは…、圧倒的な存在感の令嬢。何がそれだけ彼女を引き立てているのか。神々しくすらある。
見る者によっては見える。彼女には後光が差している。否、あれは光ではない。精霊だ。光の精霊だ。精霊というのは、親指と人差し指で作った輪ような大きさのものではないのか。あれは彼女自身より、いや大人の男よりも大きいではないか。
精霊をはっきり見ることができない者でも、アンネリーゼがただならぬオーラを放っていることを、肌で感じ取っていた。アンネリーゼは普段は目立たないようにしているからそのようなオーラを放っていないが、今日は下着とドレスの宣伝のため存在をアピールしたかった。そのため、それを感じ取った光の精霊が、周囲の人間の神経物質を操作して、アンネリーゼの存在に興味を持つようにほんの少し仕向けたのだ。
その令嬢は、王族といっても差し支えないほど美しく、気品がある。胸は大きく、腰はくびれ、明るい栗色の髪は輝いている。脚のシルエットも魅力的だ。
その令嬢のドレスは黄色であり、今までの四人の令嬢のと同じデザインだ。胸はよく揺れるし、お尻のラインもうっすらと見える。
しかし、金髪の令嬢と銀髪の令嬢に比べると若干見劣りする。それにもかかわらず、その令嬢から目を背けることができない。その令嬢をもっとよく見たいという不思議な衝動に駆られる。
先ほどの銀髪の令嬢に向けた嫉妬を燃やしていた女ども、なぜかその明るい栗色の令嬢に好感を抱いた。私だってあの子みたいに磨けば輝く。そして、あの魅惑的なドレスを着れば、男なんてイチコロよっ!
それは、アンネリーゼがその下着とドレスに込めた願いであった。アンネリーゼとて分かっている。自分がセレスタミナとカローナには敵わないことを。自分は元子爵令嬢。それでも磨けば花開く。男爵令嬢だって、平民だって、女の子は磨けば輝く。
その思いは、おせっかいな光の精霊によって、会場全体の令嬢に届けられた。
ちなみに、その思いは令息には届いていない。なぜなら、アンネリーゼのいちばんの目的は、下着を流行らせること。そのついでにドレスを売る。そして、あわよくば、ドレスを買いに来たご令嬢をマッサージして、外からも中からも美しくしてあげたい。
しかし、その気持ちをすべての令嬢が受け取ったかというと、そうでもない。銀髪の令嬢に嫉妬を燃やしたままの者も多い。あんなに広がったドレス、邪魔だわ!踏んづけてビリビリに…。でもあれはどう見ても上級の貴族。無礼を働いたら打ち首になりかねない。
嫉妬に燃えた令嬢は、銀髪のご令嬢が伯爵家の馬車から出てきたのを忘れていた。あまりにも伯爵家とはかけ離れた品格を備えているからである。
でももう一方の馬車から出てきた令嬢二人のことは伯爵家の馬車から出てきたのを覚えていた。アンネリーゼの洗脳を上回る嫉妬心と、さらに伯爵家よりも上の侯爵家の家格の二つを持ち合わせたご令嬢は、行動に踏み切った。
ビリっ!
「あら、ごめんなさい。スカートがそんなに広がっているなんて気が付かなかったわ」
嫉妬心に燃えた侯爵令嬢に踏まれた、薄いレースを幾重にも重ねたピンク色のドレスは、簡単に破けてしまった。
「ああ…、私のドレス…」
「ちょっ…」
ピンク色のドレスを着た令嬢は、今にも泣き出しそうだ。水色のドレスを着た令嬢は、何かを言いかけたが、口をつぐんだ。相手の家格が明らかに自分より上だと思ったからだ。
「うう…」
あとからやってきた、異彩を放つ三人の令嬢たち。その最後に来た神々しいオーラを纏った令嬢が寄ってきた。
「何よっ!」
「ごめんなさいね。このドレスは、女性を大きな花に見立てているんです」
と言って、破けたピンクのレースのスカートに手をかざすと…、レースの破けた部分が一度バラバラにほどけて、そして破ける前の元の形に戻った。
「えっ…」
意地悪な侯爵令嬢は、一瞬何が起こったのか分からなくて、それ以上言葉を続けられなかった。
「わぁっ!ありがとう、アンネ!」
ピンクのドレスを直してもらった令嬢の表情は晴れやかに戻った。
「このドレスは、私のお店で作っていますので、よかったらおいでください」
「へっ?」
「明日から十日間、開店記念セールをやりますので、お安くお求めいただけますよ」
「はぁ」
あのドレスが手に入るって?周囲で見ていたご令嬢たちは、アンネと呼ばれたご令嬢に興味を持った。
教養のあるものは気がついた。そのご令嬢は伯爵であることを示すバッジを身につけている。数年前に女伯爵になった者がいると聞いた。あのダサい船のマーク。メタゾール伯爵だ!この歳で爵位を継いでいる者など他にいない!
ロイドステラ王国の最果ての田舎領。アンネリーゼのことを田舎娘と侮る者もいる。また、とても田舎娘の気品とは思えないと評価する者もいる。また、まとっているドレスからその財力を想像する者もいる。
様々な思惑で、アンネリーゼの周りには多くのご令嬢が集まった。また、セレスタミナとカロ-ナ、ヒルダとシンクレアの周りにも、ドレスに興味を持ったご令嬢が集まった。
デビュタントパーティとは何だったのか。令嬢が自分を売り込み、令息がそれを選ぶためのパーティ。しかし、その令嬢が売り込むのはドレスと自分の店のようだ。
「おい、あのご令嬢の付けているバッジ…」
「あれは当主…」
「緑って伯爵だっけか」
「あの綺麗な女の子が伯爵なのか?」
「じゃあ結婚すれば逆玉?」
「あのマークはメタゾール家だ」
「メタゾールっていったら最果てのド田舎じゃないか…」
「ド田舎に婿入りしたくはないな…」
「でもあれだけ宝石を身につけているんだぞ?」
「あれ一着で屋敷を買えるな」
「あの子より、金髪の子の方が俺は好きだ」
「俺は銀髪の子の胸とお尻がほしい」
「あの三人は高嶺の花すぎて、子爵家風情じゃ手を出せそうにないや…」
「あっちの幼い感じの子なら俺でも手が届くかも!」
「俺はつり目の子にする!」
会場に集まったご令息が、五つの可憐な花の品定めを始めた。しかし、声をかけようにも、ドレス目当てに群がったご令嬢に阻まれて、近づけない。
良い家、良い男に嫁ぐための手段であるはずのドレス。それを手に入れるのに夢中で、男どもをないがしろにしてしまっている女ども。ご令嬢たちは手段のために目的を見失ってしまっている。
これはアンネリーゼが無自覚に発している洗脳電波が原因だ。アンネリーゼのドレスは、良い男をゲットするためのものではなく、下着を売るためのものである。洗脳はそれほど強いものではないが、群がったご令嬢は少しおかしくなっていた。
ドレスのお披露目会は大盛況のうちに終わった。一応、アンネリーゼには、可愛い女の子と友達になりたいという思惑もあったため、ドレス目当てメインで群がった多くのご令嬢は友好的だった。もちろん、他の四人にもである。
しかし…、セレスタミナは今頃気がついた。気がついてしまった。
「あのー…、今日は殿方と誰もお知り合いになってないと思うのだけど、よかったのかしら?」
セレスタミナは物心ついたときからカローナが好きだったので、男なんて必要ないのである。それに、今はアンネリーゼのことも同じくらい好きなのだ。
カローナも同じであることは知っている。
でも、他の三人はどうなのだろう。ちゃんと男と結ばれなきゃいけないのでは?あ、今は自分もメタゾール伯爵令嬢なのだから、高位貴族のご令息と仲良くなる必要があったのでは…。
当主であるアンネリーゼからは、そういうことは何も指示されていない。アンネリーゼの意向は、ドレスを売り込み下着を広めること。それ以外のことを指示されていないからといって、あれだけでよかったのか…。
「私はアンネを嫁にもらうって言ったでしょ!」
「えっ…、あれは冗談かと…」
「酷いわね、本気よっ!」
「ご、ごめんなさい…」
自分が本気でカローナのことを好きなのに、ヒルダがアンネリーゼのことを本気で好きでないと、なぜ思ったのか。
「私はすでに爵位を持っているので、結婚するなら嫁に来てもらわないとですよ」
「じゃあ、私が嫁ぐわ」
「私もーっ!」
「この国では同性婚が認められているの?」
「そういえば、禁止する事項はありませんね。許可するとも書いてないですし、前例があるのかもわかりません」
「アンネは殿方と結ばれなくてもいいの?」
「えっ?」
アンネリーゼは言葉に詰まってしまった。女の子とキャッキャうふふして一生を終えればよい。今までそれを当たり前のことと考えていた。当たり前すぎて、疑問に思う余地がなかった。
前世の国では、同性婚が認められていなかったことは覚えている。
アンネリーゼの前世の記憶は不完全だ。固有名詞はほぼすべて消失している。個人情報については、他人のことはもちろん、自分のことも覚えていない。両親や兄弟、彼氏や旦那がいたかどうかも覚えていない。
ただなんとなく…、今は、女の子と一緒に風呂に入り、そして一緒にベッドですごすことを、当然のように受け入れている。むしろ好んでそうしている。
当たり前のことすぎて気が付かなかった。前世からそれが当たり前だったのだろうか。
前世の知識や経験、習慣は覚えている。朝起きると、同じベッドでおはようと挨拶を交わした人がいた。異性ではなかったと思う。姉妹や母親でないとは言い切れないけど、愛した人だったのかな…。
「えっ?どうしたの?ごめんなさい…。私、何か悲しませるようなことを言ったかしら?」
「えっ?あれっ?」
アンネリーゼは涙を流していた。前世で隣に誰かがいたことを思い出したからだろうか。
「アンネがそこまで男の人のことが嫌いだったなんて…。ほんとうにごめんなさい…」
「いえ、そんなことはないです。男の人のことを毛嫌いしているワケではないですよ。ただ…、私は男の人なんていなくても、いずれヒルダとクレアと結婚して、そして、セレスとカローナともずっと一緒にいられたら、なんて幸せだろうって思ったんです。そうしたら、嬉しくて涙が出てしまいました…」
ちょっとウソをついてしまった。嬉しいのはほんとうだけど、涙の理由はおそらく前世のパートナーのことだ。
「うふっ、私からの求婚がそんなに嬉しかったのね!」
「はい!」
「私も結婚してあげるよ!」
「ありがとう!」
ヒルダとクレアからのプロポーズは嬉しいけど、親が許すかな…。うちがそれだけ価値のある家になればいいか。いや、それ以前に、同性婚を許してくれるかどうかだ…。
政略結婚というのは、互いの血を混ぜ合わせた子が生まれるから、家どうしに仲間意識が生まれるというものである。子供が生まれないのであれば、そのつながりは薄くなってしまう。
「わたくしも、今日は殿方とは全く話していませんし、養女として一生アンネと暮らしますわ」
「もちろん私もそうするわ」
「ありがとう!」
カローナとセレスはドレスの宣伝をしてもらうために養女にしたのだけど、パーティで男に目を付けられたら嫁いでしまう可能性があるなんて思いもしなかった…。
今さらながら、私、かなり抜けていたと思う…。
バタンっ!すごい勢いでドアが開いた。
「アンネちゃん、帰っていたのね!私だけ仲間はずれなんて酷いわ!」
「ねーね!めっ!」
お母様がすごい形相で部屋に入ってきた。なぜかリーナも怒っている…。
「いえ、だからお母様はデビューできないですってば…」
「そのことじゃないわ!私もアンネちゃんと結婚してあげるわ!」
「はぁ?お母様は結婚しなくても、ずっと一緒にいられますよ。私のお母様なんですから」
「そういえばそうねえ」
「お母様…」
「ねーね!リーナも結婚しゅる!」
「リーナまで…」
この世界には肉親や兄弟と結婚してはならないという法律もない。まあそもそも、王国に届け出しなければならないのは、正妻との結婚や正当な後継者となる子供の出産のみで、妾との結婚を届け出する必要がない。
ただ、養子・養女を後継者とすることは認められている。実際に、セレスを第一後継者、カローナを第二後継者として届けてしてきた。私と同い年なのに、後継者も糞もない。万が一私が死んだときの補欠だ。
うう…、いつの間にか朝だ。なんかみんな、ベッドから落ちたりはしてないけど、いろんな方向を向いていたり、ネグリジェが乱れていたり…。あれ…、私のパンツどこ…。
昨日は、前世でパートナーがいたことを思い出してしまって涙が出たけど、今の私はこんなにたくさんの女の子に囲まれて幸せだ。
私は死んだんだ。前世のパートナーはここにいない。私は前世とは関係なく、アンネリーゼとして幸せであればそれでいいんだ。
で、幸せなのはいいけど、昨日の夜、何があったのか覚えてない…。まあいいや。
「アンネ、今日は荷物をまとめて領に戻るのかしら?」
「いいえ、今日から十日間、忙しいです」
「何かすることがあるの?もともと一ヶ月かけて帰る予定なのだから、十日間くらいどうってことないけど」
「昨日言ったでしょう。貴族街にお店を開きました。ドレスと下着のお店です。開店記念セールなのですよ。お二人とも是非手伝ってください」
「いいわよ!」
「もちろんだよ」
ヒルダとクレアは喜んで手伝ってくれそうだ。
セレスとカローナにはあらかじめ伝えてある。二人は出会ったとき土魔法はからきしだったけど、一年で少しは土魔法による縫製を覚えたのだ。といっても、私が一分で作れるドレスを、二人は一年くらいかかるだろう。
「こんなところにお店があったのね」
「みんなで貴族街を見回ったとき、こんな目立つお店あったかなぁ」
この世界初、外から見える、ガラスのショーケース!
「あのときはまだ布をかぶせてありましたからね」
「これってアンネのドレスじゃない。いいの?」
ショーケースには、私の着ていた黄色いドレスを飾ってあるのだ。
「もう着ないですし。いつでも作れますし」
「さすがアンネ…」
中にはさらにいくつかサンプルのドレスを飾ってある。全部私が前世の記憶を元に適当に作った。
アンネリーゼは精霊の加護により適当力に優れているので、あまり細部をイメージしなくても、土の精霊が良い感じにデザインしてくれるのだ。
もし、アンネリーゼの土の精霊が、アンネリーゼの光の精霊並に育っていたとしたら、「綺麗なドレス」と言っただけで、アンネリーゼの要求する最高に綺麗なドレスをデザインしてくれるに違いないのだが、実際には土の精霊はそこまで育っていないので、残念ながらそんな曖昧な表現だけで素敵なドレスができたりはしない。
「いらっしゃいませ!」
「来てあげたわよっ!」
「まあ、ロザリー・ラメルテオン様!ごきげんよう」
「あなたは、アンネリーゼ・メタゾール伯爵だったわね。ごきげんよう」
シンクレアのドレスを踏んで破いた侯爵令嬢、ロザリー・ラメルテオンがご来店。二人のメイドを連れている。
来てあげたわよとか言ってるのに、一番乗りってある?
「あ、あなた…。あなたのドレスを破いてしまってごめんなさい…」
「あ、いえ、もう大丈夫です…」
ちゃんと謝れるじゃないか。明らかに故意だったのに、それを謝れるなんて、それほど悪い子ではないのかもしれない。
「表から見えるあのドレスをいただくわ!」
「色はどうなさいますか?」
「紫よ!」
いかにも悪役令嬢っぽい色を選ぶロザリー。
「それではドレスをお脱ぎいただきます」
うわっ…、ドレスを脱いだらノーパンだ。
何のためらいもなく人前で大事なところを丸出しにするのが常識なのは、メタゾールやプレドールなどの田舎者だけかと期待したけど、この国全体の常識だったようだ…。
いや、ラメルテオンはかなり北の方じゃなかったかな。侯爵領っていったって、田舎なのかもしれない。
「こちらで横になってください」
「えっ?」
「美容効果のあるマッサージを施します」
「あら、それならお願いするわ」
ふふふ…。ロザリーは侯爵令嬢だけあって、素材は素晴らしい。貴族というのは前世の女優クラスばかりだ!
とくに上位の貴族ほど美形揃いだ。上位の貴族は金と権力にものをいわせて、美しい者をめとる。残念ながら、これは自然の摂理だ。
「はああんん…」
「お嬢様!」
「良いわぁ…、続けて…」
「はい」
「ああん…」
あんまりやると、このあとの注文が聞けなくなってしまうので、意識を保てる程度に留めておいた。
「さあ、こちらへ」
「ええ…」
私は、紫の染料を絹にしみこませて、土魔法でロザリーに生地を纏わせながらドレスの形にしていった。
「ちょっ…、すごい…。ドレスを直したときと同じなのね…」
パーティでクレアのドレスを直したときは、ドレスの破れた部分を分解して編み直した。今回は生地の状態からなので一分ほどかかる。ノーパンだったからパンツもはかせてあげたよ…。
「すごいわ…。着替えるより早い…。それになんて肌触りが良いのかしら」
「はい、できあがりです。細かいところを好みに仕上げられますが、いかがしましょう」
「スカートのレースを減らしてもらえるかしら?」
「はい、これでいかがでしょう」
「もっと!」
「はい」
「これでいいわ!その、この中に着ている…」
「パンツですか?」
「パンツっていうのね。これももっとあげてもらえるかしら。黒いドレスの方と同じくらい」
「これでいかがでしょう」
「もっとよ」
ふふふ…、ハーフバックのパンツをぐいぐいと上げていくか。攻めるねえ。やり過ぎてTバックになってしまいそうだ。
「そう、これくらいよ。こんなファッションは初めてだわ!殿方はこういうのが好きなのね!」
「はい。殿方の心をわしづかみです」
「でも…、これは…、用を足すのが大変ね…。それにあの日のときに汚れてしまいそうだわ…」
やっぱり来ていたあの日。この世界の発育の良い貴族令嬢は九歳とか十歳で来るのが標準ですか。そうですか。
「心配には及びません」
魔導ナプキンの効果、使い方を説明した。実はこの魔導ナプキン、おまるの魔道具を元にしているため、どちらかというと水分や汚物の吸収の方が優れているのだ。だから、普通におむつとしても使える。
「そんなものがあったなんて…。素晴らしいわ!これならあの日のときでも普通にしていられるのね」
「はい!」
生理の日でも普通に活動できる。魔導ナプキンとマッサージのセット。さっきのマッサージは、生理による体調不良の軽減も含まれている。今は生理が来てないみたいだけど、次の生理くらいは軽減できるはずだ。
これは女性の社会進出の第一歩だ!いや、第三歩目くらいかな…。一歩目って何だっけ…。
「それでおいくらになるのかしら?」
「金貨五十枚になります」
「あら、意外に普通ね」
「十日間だけの開店記念セールなのです。十日後からは金貨五百枚…、大金貨五十枚がベース価格になります」
「なるほど…。これだけ宝石をあしらってたらそれくらいにはなるわね。でもいいのかしら。金貨五十枚じゃ赤字じゃない?」
「はい。でも、こうしてロザリー様とお近づきになれたのであればお安いものです」
「ふーん。分かってるじゃない。それなら、これからラメルテオン家がひいきにしてあげるわ」
「身に余る光栄です」
ふふふ…。ほんとうは赤字でも何でもない。砂から作ったガラスなんてタダ同然。絹も量を確保できるようになってきたしね。
「あと、替えのパンツと魔導ナプキンは?」
「パンツは大銀貨一枚、魔導ナプキンは銀貨二枚です」
「安いわね」
「今日は良い買い物をしたわ。ごきげんよう」
「またご来店ください。ごきげんよう」
ロザリーはご機嫌で帰っていった。
「いいの?そんなに負けちゃって」
「ふふふ、大丈夫です。十分黒字です。開店記念セールが終わったあとは、私ではなくて領民のスタッフに任せるので、人件費はかかりますけどね」
「でも、クレアにいじわるしたやつに、あんなにへこへこすることないわよ」
「あの子はそこまで悪い子ではないと思います。クレアにも頭を下げてくれたでしょう。下位貴族に頭を下げられる貴族はなかなかいませんよ。クレアはいやですか?」
「いや、もういいよ。誠意を込めて謝ってくれたみたいだし、アンネに直してもらったし」
「もし問題があれば、すぐに縁を切ります。ラメルテオンとは、今は財政規模が同等ですが、数ヶ月もすればうちの方が上になります。ラメルテオンは王国の北側ですし、うちに悪さをしようと思ったら、コストがかかりすぎます」
「へー…、アンネとクレアががそう言うならいいわ」
「それにしても、わたくしたちではお手伝いできませんね。わたくしの土魔法では、ハンカチくらいがやっとです」
「ハンカチ!良いですね。開店記念セールですし、おまけでハンカチを付けましょう」
「私もやっていい?」
「私もやるわ!」
「もちろんです!失敗しても簡単に元に戻せるので、可愛くて綺麗なデザインにどんどん挑戦してください」
「「「「はーい!」」」」
十日間で三十人のお嬢様がご来店なさった。
上位貴族は発育が良くて、初潮が来ている子も多かった。おかげで魔導ナプキンも広められた。
マッサージは弱めにしておいたんだけど、どうしても洗脳効果があるのか、最後はみんな私に好感を持って帰っていった。
「それでは、今後はあなたたちにお店を任せますね」
「「「「「はい!」」」」」
土魔法による縫製を鍛えた領民女性五名。今後は彼女らがお店を切り盛りしていく。貴族の王都邸に出張したりもする予定だ。とはいえ、私のように一分でドレスを完成させられる者などおらず、五人がかりで一日かけてようやく一着完成するってところだ。
彼女らは学校で、貴族相手の礼儀作法や経理も学んだエキスパート。面接時、顔の表情筋から嘘をつくような様子はなかったので、信頼している。というか、領民で信頼できない人はいない。ちょっと狂信的すぎて怖いくらいだ。
こうして私たちは王都をあとに、それぞれの領へ戻った。
■ロザリー・ラメルテオン侯爵令嬢(九歳)
アンネリーゼたちのドレスや美しさに嫉妬して、シンクレアのドレスを踏みつけて破いてしまった悪役令嬢。
でも、自分の非を認め、謝ることのできるちゃんとした子、だとアンネリーゼは思っている。
■デビュタントパーティに参加したご令息三十人
ご令嬢はすべてアンネリーゼたちのドレスに釘付けだったため、ご令息は誰一人としてご令嬢と仲良くなれなかった。
■デビューしたご令嬢三十人(アンネリーゼの仕立屋に来たご令嬢)
デビューしたご令嬢はすべてアンネリーゼの仕立屋に来店した。アンネリーゼにマッサージされて若干洗脳気味。