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12 王都荒し

 王都の平民街には大きな市場があり、露店が多く並ぶ。その市場を、平民の服を着た、気品に満ちたお嬢様五人が歩いている。こういうのはたまに見かける風景である。

 平民の服を着た貴族令嬢というのは、例え貴族の娘であるということがバレても、平民として扱ってよいというのが常識だ。貴族もうるさく言わないのが暗黙のルールだ。


 そもそも、貴族令嬢というのは、それ自体が貴族権限を持つわけではないので、貴族令嬢は無礼をはたらかれても平民をその場で罰することはできない。あとでその親である貴族本人から罰せられる可能性はあるが。

 しかし、今回は例外的に、貴族令嬢を装った貴族本人がいたりもする。アンネリーゼは見た目が貴族令嬢なだけで、貴族本人であること示すバッジは付けているから、隠しているわけではない。そんなことに気が付く平民はあまりいないが。


 平民を装っているので、それぞれのメイドと執事も平民服を着て、周辺に紛れて着いてきている。



 アンネリーゼは、屋台から漂う匂いに惹かれた。豚肉っぽい!今世では食べたことのない、懐かしい匂い。そういえば、鶏肉と牛肉は揃えたけど、豚肉がなかった。前世の感覚からすると、豚肉も揃えておきたい。


「ちょっとアンネ、朝食を取ったばかりでしょ?」

「そんなに細いウェストをして、意外に食いしん坊なんだねー」

「メタゾールの食卓は寂しいので、取り入れられるものがないか探しているんですよ」

「なるほどね」

「へー」


 屋敷のメニューが少ないのもあるが、領民にももっと美味しいものを食べさせたいと、アンネリーゼ思っていた。


 アンネリーゼは自分の背中をちょちょいと押して、消化器官を活発化させた。胃袋の中身は消化され十二指腸に進んだ。これでものを食べられる。早々人間業ではなかった。

 アンネリーゼはスタスタと串焼き屋に歩いていった。


「お肉の串焼き一本ください」

「大銅貨一枚……………です」


 下を向いて網で肉を焼いていた店主は、声をかけられたので、顔を上げざまに値段を応えた。すると、どこの王族かと見まがうような娘の顔が目に入った。腰まで伸ばした髪…、それがこんなに綺麗に輝いている。もう、それだけで少なくとも上級貴族なのがバレバレだ。

 しかし、この娘は平民の服を着ている。これは、平民として扱ってほしいというサインだ。こういうことは何度も経験している。だからといって、王族に会ったのは初めてだ。いつもどおりの対応でいいのだろうか…。いや、王族ではないかもしれないが…。ああ、どうすれば…。

 などと考え、三十秒ほどフリーズしていた。


「はい。……あの……?」

「あっ、失礼しました…。まいどありがとうございます」


 アンネリーゼは大銅貨一枚を差し出した。しかし、店主はフリーズしていたためなかなか応えなかった。

 店主が解凍され、アンネリーゼは商品の串焼きを受け取った。串焼きをかじりながら、少し離れて待っていた四人のもとに戻った。


「はしたないですわよ…」

「何言ってるんですか?私は平民です!」

「そうでしたわね…」


 作法に一番うるさいカローナ。食べ歩きなんて…、と思ったが、以前アンネリーゼに出してもらった玉子焼きの食べ方…、立ったまま手づかみで、両側から少しずつ二人で口に入れていく…。それに比べれば、たいしたこともないか…。

 そのときのことを思い出して顔を赤らめながら、アンネリーゼの言い分に納得した。理由は全く違ったのだが。


 アンネリーゼは再び串焼き屋にかけていった。


「おかわり?よく入るわね」

「食いしん坊だなぁ」


 でもアンネリーゼは話をしているだけで、買う様子はないようである。


 アンネリーゼが食べた串焼き。匂いの通り、味はほぼ豚肉。油は少なくて、肉は固い。

 アンネリーゼは、この肉の入手先が知りたかったのだ。


「あの、すみません」

「へい、らっしゃ…い」


 平民の服を着た貴族を平民として扱ってよいというのは常識であるが、やはり何かあったら処罰は免れない。失礼なことはなかったはず…。店主は王族の娘に何を言われるのか気が気でない。


「よろしければ、このお肉の産地を教えていただけませんか?」

「そんなことでしたか。それはですね、隣の領の近くの森ですよ」

「ありがとうございます!」


 アンネリーゼはにっこりと微笑み、店をあとにした。スマイル、タダである。自領の領民であれば、お礼に背中を押してあげたところだ。アンネリーゼの親指、プライスレスである。

 店主は顔を赤らめて見送った。俺があと二十歳若ければなぁ…。イカン!あの娘はどこぞの王族だ。住む世界が違う。


 お肉はオークという二足歩行の豚のような魔物らしい。魔物は凶暴で力が強いから筋肉質で油が少ないんだろう。




「あ、アクセサリ屋だよ」


 クレアは王都は初めてなものの、自領の町に出歩いて買い物をすることはよくあった。田舎の男爵家程度であれば、領民との距離も近いのである。

 一方で、すべての領民とゼロ距離で触れあう伯爵は異常である。


「アンネが安く売ってくれるガラスのアクセサリのほうが綺麗よ」

「でも、ガラスはもろくて扱いにくいんですよね。アクリルとかペットとかあればいいんですけど、化合物は作れないんですよ」

「よく分かんないけど、まあいいわ」


 この世界の人は、ほんとうにアクリルとかペットのような樹脂で作った子供向けのおもちゃアクセサリでも喜んでくれると思う。今のうちに生産技術を確立したいけど、知識が足りない。


「これらをください」


 アンネリーゼは二十個のアクセサリをまとめて、購入を申し出た。


「えっ……。えっと…、これが大銅貨二枚、これが三枚……」

「全部で銀貨四枚と大銅貨三枚ですね」

「えっと、それでいいです…」

「んー、では商品の前に大銅貨を並べていくので、合っているか確認お願いします」

「えっ、はい」


 アクセサリ屋の女店主が計算できるのは、三つの一桁の数の足し算程度だった。いっぺんにこんな大量に買われても困る。いったいどんなやつがこんなにアクセサリをじゃらじゃら付けるというのだ。

 まとめられた大量のアクセサリに呆れて、見上げた先のその顔は…、なんて綺麗な人…。王族とかなのでは…。あなたの前ではこんなアクセサリなんて、道ばたに転がる石ころも同然でしょうに…。


 アンネリーゼは、王都で店を開いている者の計算能力もこの程度かと呆れた。そうだ、この世界の最高峰の算術は小学三年生レベルなのだった。メタゾール領民は学校で教育してるので、最高で中学三年生レベルである。学校を開設してまだ七年なので教師がアンネリーゼから学んでいるのがそこまでである。今後は高校数学もカリキュラムに入れたい。でも、アンネリーゼの知識ではそこまでが限度だ。


 アンネリーゼは、店主が計算する必要のないように、一つ一つの商品の前に大銅貨を並べていった。アンネリーゼの前世はともかく、今世では脳への血流も半端ないので、なんでも一瞬で覚えることができる。先ほど言われた金額の通りのお金を並べていった。


「はい、全部で大銅貨四十三枚ですね」

「大銅貨ばかり使いたくないので、銀貨四枚と大銅貨三枚いいですか?」

「はい」


 両替するには手数料がかかるのである。それに、今後も大銅貨、つまり百円玉相当はたくさん放出するから、銀貨、つまり千円玉を出せるときはそれを出したいのである。

 ただ、前世のように、一万円札で百円のものを買うような、明らかな両替目的の買い物は断られる場合もある。つまり王族や貴族だからといって金貨ばかり持ち歩けばよいというワケではない。


「ありがとうございました」

「あっ、はい…」


 ほんとうに綺麗な人だった。綺麗なものが好きで始めたアクセサリ屋。あんなに綺麗な女の子、自分がなることはできないまでも、ずっと見ていたかった…。いややっぱり、王族の相手なんて寿命が縮まるから、おいそれと平民の店に来ないでほしい…。


「そんなにたくさんどうするの?」

「流行のアクセサリの形を、ガラス細工でまねるんですよ」

「へー」

「帰ったら、皆さんに作って差し上げます」

「ホントぉ?」

「嬉しいわ!」


 ガラス細工はメタゾール領の特産だ。でも、領の工芸士にはいまいちセンスが足りない。アンネリーゼも形状にはあまりこだわらない生き物なので、作るものがマンネリ化していた。そこで、形状だけでも既存のものから取り入れることにしたのだ。


 諜報部にはこういうことをするための予算を与えているのだけど使ってくれない。もう少し具体的に指示を出さないとダメか。




「さっきからアンネは食べてばっかね」

「太るんじゃないの?」

「大丈夫ですよ。運動していますから」

「ふーん」


 ウソである。アンネリーゼは、自分の身体の栄養素の流れをコントロールしている。今は消化も活発化させて、栄養を過剰に摂取しているが、不要な栄養が胸に行くようにしているのだ。これももはや人間業ではない。

 これは常に光魔法制御をしていなければならないので、他人にやるのは難しい。それに、やり過ぎるとあとで大変だ。



「服屋だよ」

「平民の服屋に興味はないわ」

「変装するならこれ一つあれば十分ですわね」


「皆さん、そろそろお昼ですよ。その屋台なんてどうですか?」

「アンネはあれだけ食べて、お昼が入るの?」

「別腹です」

「意味が分からないわ…」

「うふふっ」



 その後も一行は、というかアンネリーゼは、食べ物屋を中心に、王都の平民街の市場を荒らしていき、日が暮れる前に王都邸に帰宅した。

 アンネリーゼは買ってきたアクセサリを机の上にじゃらじゃらと広げた。


「それでは皆さん、どの形のアクセサリがいいですか?」

「私はこれにするわ」

「これにしよーっと」

「私はこっちにしようかしら」

「わたくしはこれですわ」


 アンネリーゼ部屋の隅に飾ってあった、アンネリーゼの像のようなガラス細工を…、土魔法と火魔法で削り取ってそれぞれの求めた形を作り上げていった。


「はい、どうぞ」

「えっ…」

「それを使うんだね…」

「材料を持ってきていませんからね」

「はぁ…」


 そして、削り取られていびつになったカラス細工を鋳つぶして、一回り小さいアンネリーゼ像に整形し直した。そして、何事もなかったかのように元の場所に戻した。


「もとに戻ったわ!」

「いや、小さいんじゃない?」


 ヒルダはアンネリーゼ像が元の形に戻ったことに驚いた。シンクレアは小さくなったのに気が付いたようである。


「何度見ても、一瞬で美術品ができあがる様は見事ですわね」

「そうね。アンネは一日これをやるだけで、一生遊べる財産は築けるわよね」


 元公爵令嬢と元王女の目から見ても、これほどの美術品が一瞬で作れてしまうことは驚異的であった。

 ちなみに、アンネリーゼは自分の像を作るほどのナルシストではないので、これは領民が作ったものである。


「私だけが作れても意味がないんですよ。これを作る技術を、民が生きる手段の一つすることに意味があるんです。そうすると、民も幸せになれるし、そのうち私にお金が入ってきます」


「アンネの考えは素晴らしいわ」

「でもそんな考えは初めて聞きましたわ」


 この世界には、知識を共有することで人類が発展するという概念がない。

 知識を独占することで、自分だけが得をする。貴族や商人にはそのような考えしかない。平民にいたっては知識に価値があるということすら認識していない。




「今日は平民街のもう少し遠くまで行ってみましょう」

「「「「はーい」」」」


 王都の平民街は広い。平民街はメタゾール領全体の十倍くらい、つまり三千人規模である。


「はぁ、はぁ…。少し…お休みしませんこと…?」


 運動神経ゼロのカローナが根を上げた。


「そうですねえ、そこの広場の石段に腰掛けましょう」


 一行は石段に座った。


「カローナ、脚を出してください」

「は、はい…、×××…!」


 カローナは恥ずかしそうで、しかも嬉しそうだ。

 アンネリーゼはカローナの脚をマッサージしてあげた。いつもはお灸効果のため加熱魔法を使うが、今回は筋肉疲労のため水魔法によるアイシングである。まあでも、すぐに治療魔法をかけて超回復させてしまうので、アイシングは気分の問題である。

 色っぽいカローナの声を聞く…のを思いとどまって、消音魔法をかけた。ここは広場なのだから…。


「ねえ、私もお願い…」

「私もー!」

「はいな」

「「×××!」」


「セレスはいいんですか?」

「私は鍛えてるもの」

「さすがですね」

「でもやっぱりお願い」

「はい」

「×××!」


 スカート越しではあるものの、脚を揉んでいるアンネリーゼ。そして、うつろな顔をしている少女たち。大衆の目に消音魔法の効果はなかったかもしれない。


 カローナは復活して、再び歩き始める。中心部から離れると出店はなくなり、店の建物もまばらになってきた。


「もう何もないんじゃないかしら?」

「そうですねえ。引き返しますか」

「「「はーい」」」


 カローナの返事だけ聞こえなかった。


「また同じだけ歩くなんて…、わたくしもう…」


 カローナの運動神経が低いのを抜きにしても、貴族令嬢はこんなに長く歩かない。

 しかし、ヒルダもシンクレアも、田舎の下級貴族。それなりに鍛えられている。セレスタミナは剣士志望なのでこれくらいでは根を上げない。アンネリーゼに至っては、驚異の身体強化に自動疲労回復である。


「それならカローナは私が抱いていきます」

「ちょっ」


 アンネリーゼはカローナをひょいっとお姫様だっこした。

 カローナは抗議の声を上げかけたが、アンネリーゼにだっこされるのは、なんだかんだいって嬉しいことなので、顔を赤らめながら、声を上げるのを思いとどまった。


「アンネ…、あなた、力あるのね…」

「それくらいなら、私にもできるのよ」

「えっ、あっ、ちょっと」


 アンネリーゼの怪力に呆れの言葉をかけたヒルダ。

 それを聞いて、セレスタミナはヒルダをお姫様だっこした。ヒルダもまんざらでもないようだ。


 アンネリーゼほど軽々しくはないが、セレスタミナも光の精霊を付けて光の魔力を鍛えた結果、身体強化の魔法でそれなりの怪力を出せるようになったのだ。セレスタミナはもともと感覚的に身体強化を使っていた。しかし、魔力を鍛えていなかったので、使えるタイミングはあまり多くなかった。

 しかし、身体強化の魔法は、力を出す瞬間にだけ発動させるのが基本。さもないと、あっという間に魔力が尽きてしまうし、身体への負担も大きい。持ち上げたり支えたりする用途には向かない。

 とはいえ、アンネリーゼの光の魔力は普通の者とは何桁も違う。胎児の魂百までなのだ。さらに、身体への負担は精霊に自動回復してもらえる。おかげで、ものを持ち上げ用途にもかなり使える。


「ご、ごめんなさい、私の力ではここまでよ」

「そう…」


 少し歩いたあと、セレスタミナはヒルダをゆっくり下ろした。ヒルダはちょっと残念そうだ。ずっと抱えられているカローナをうらやましそうに見ている。


「あなたたちは、その綺麗な細腕のどこにそんな力があるのかしら」

「みなさん、明日は王都散策ではなくて、お庭で魔法の練習でもしましょう」

「また急ね」

「私もセレスも、魔法のサポートで力を出しています。カローナだって、これでも少しはサポートされているんですよ」

「はい…、わたくしも光魔法の身体強化を使っていますが、それでも皆さんに追いつけないほど地の体力がないです…」


 カローナは火・水・風の魔法の天才だが、光魔法は全く習得していなかった。アンネリーゼに出会い、光の精霊を付けてもらってから光の魔力を育て始めて、やっとこんなレベルである。


 帰りのあいだ、カローナはずっとお姫様だっこされたままだった。同じ体格の美少女が美少女を抱きかかえている姿は、平民街ではかなり異様に写った。




 王都邸のお風呂にて、


「皆さん、昨日から歩きづめなので、今日は念入りにマッサージしますね」

「「「「はーい」」」」

「お母様にもぉ!」

「リーナもぉ!」

「お母様とリーナは歩いていないでしょう」

「じゃあ、明日はお母様もお散歩するわ!」

「リーナもぉ!」

「明日はお庭で魔法の練習をします」

「えー?」

「お母様も一緒にやりましょう」

「リーナもぉ!」

「はいはい、リーナもやりましょうね」

「はーい」

「それではっ」


「「「「「はあああん…!」」」」」

「あははははっ!」




「それでは、今日は魔法の練習をしましょう」

「「「「「「はーい」」」」」」


 まず、ヒルダとシンクレアにも精霊を付けた。領民全員やっていることだ。友達にやらない理由はない。むしろもっと早くやっておけばよかった。ただし、電気と闇の精霊は後回しだ。

 それから、毎日寝る前に全種の魔力を精霊に与えることを教えた。精霊も育つし魔力も鍛えられる。魔力を使えば鍛えられること知られているが、専業の魔術師でもないかぎりあまり鍛えないものである。筋力だって、毎日鍛えているのは専業軍人くらいのものである。

 精霊に魔力を与えれば、何も魔法を発動させることなく魔力を鍛えられる。毎日寝る前に羊を数える感覚で魔力を与えるのを習慣づけるのだ。


 貴族というものは、何かしら優れた者を伴侶に選ぶ権利がある。見目の良い者、頭の良い者、そして魔力の高い者である。魔力の高さは遺伝する。後天的に身につけた魔力もいくらか遺伝する。ヒルダとシンクレアは、平民と比べれば魔力は高いようだ。まあこの程度は貴族のたしなみだ。男児が剣術をかじるように、女児は魔術をかじる。もちろん、魔術をかじる男児もいる。


 火・水・風の魔法は、天才のカローナが教える。光魔法と土魔法はアンネリーゼが教える。まあ、一日でできることは、そう多くない。


「ヒルダとクレアは、パーティが終わって帰ったら、私の領の学校に留学しませんか?」

「「学校って何?」」


 そこからだった。家庭教師もは一人一人に教えることはあっても、多数に教えるなんて初めてだと。知識を全員で共有しようなんて考えはとにかく初なのだ。

 王都って学校とかあるかなと思ったら、そんなものはなかった。貴族が知識を得る手段は親から学ぶか家庭教師を雇うだけ。武人や職人が技術を得る手段は、親から学ぶか弟子入りするだけ。そんなことでは、知識や技術の継承はできない。多くの研究者は車輪の再発明をするだけ。なにも発展しない。


 アンネリーゼは、この国大丈夫か?と不安になった。ロイドステラ王国の周辺国の情報は、ほとんど得られない。周辺国が富国強兵を目指していたら、ロイドステラはあっという間に蹂躙されてしまうのではないか。

 どこに位置するのか正確には分からないけど、ロイドステラ王国のある大陸より南にあるヒストリア王国のことをセレスタミナとカローナに聞いてみた。すると、学校なんてものは聞いたことがないという。他の人と一緒になって勉強をするなんて、なんて斬新なんだと関心していた。


 やっぱりこの世界は、前世の世界と比べると何千年も前の文化レベルだ。魔法があるおかげで家電みたいなものは少しあるけど、人々の理念や思想が古すぎる。


 ヒルダとクレアは友人だ。せっかく仲良くなったのだから、生きていく助けになる知識や技術を分けてあげたい。なんて、私もたいした知識はないけどね。 


「みんなで一緒に勉強するところですよ」

「一緒に?私、家庭教師に文字と算術は習ったけど」

「私は文字だけー」

「ふふっ、学ぶべきことは文字と算術だけじゃないですよ。それに、みんなで一緒に勉強すると楽しいです」

「ふーん、アンネたちと一緒に勉強できるなら行きたいわ」

「私も一緒に勉強したーい」

「セレスとカローナは通っていますけど、私はときどき講師をやるだけです」

「えっ?アンネが教えてくれるの?」


「そうなのよ、アンネの教えてくれる理科という学問は、この世の真理のような学問なのよ」

「おかげで、わたくしの魔法の効率が格段に上がったのですわ!」


「へー…、なんか…、私、アンネに与えてもらってばかりで申し訳ないわ…」

「私はみなさんが幸せになってくれればそれでいいですよ」

「ふふっ、アンネはほんとうに、おとぎ話に出てくる聖女みたいなことを言うね」

「だから、そんな立派なものではなくて、みんなが幸せになると、長期的に見て私の利益になるってことです」

「もう、そういうことにしておいてあげるわ」

「そうだねっ!」




 しばらくは魔法の特訓をした。


 みんなは平民街の散策は飽きてしまったけど、私はまだ回ってないところが気になる。みんなには魔法の練習をしてもらい、私はエミリーとダズンを連れて、馬車で少し遠くの平民街に赴いた。馬車は影収納のコンテナではなく、中身は普通のもの。


 しかしそこは平民街よりもさらに下層。スラムだった。こんなところを通る馬車はいない。途中、何度も御者のダズンを襲ってくるやつがいたけど、私が馬車の中から電撃を発射して追い払った。


 窓を開けて電撃を発射するときに、外の匂いが漂ってきた。汚物の匂いだ…。私が小さい頃メタゾールで臭っていたものと同じ…。

 メタゾールではおまるでした汚物を、裏路地に捨てたのが、表通りまで臭ってきていた。ここでは、表通りに汚物が捨ててある…。というか、野ぐそだ。おまるでした汚物をまとめて捨てたという感じではない。


 メタゾール領は全部見て回ったけど、スラムなんてなかった。孤児院すらなかった。親を失った子は近所の人が育ててくれているようだ。これは、贅沢を何もしないお父様が税率を低くしていたおかげで、食べ物に困っていなかったからだと思う。素晴らしい風習だ。

 それに対して王都のスラムは思ったよりかなり広かった。メタゾール領くらいあるかもしれない。ちょっとショック。

 私はみんなのいうような聖女ではないので、今すぐスラムに手を差し伸べるということはできない。でも、何か良い使い方がないかは考えておこう。




 さて、この国の闇は置いておいて、


「今日は貴族街のお店を見に行きませんか?」

「貴族街ってことは、この付近のことでしょ?つまり伯爵家以上の集まりじゃない。子爵家の私が行っても恥ずかしくないかしら…」

「そうだね、私なんて男爵家だからなおさらだよぅ」

「それなら、私のこの普段着ドレスと同じのを着ていきます?」

「ええっ?そのドレスを貸してくれるのかしら?」


 アンネリーゼが着ているのは、侯爵令嬢としても恥ずかしくないくらいの普段着用ドレスだ。アンネリーゼがデザインしたものではあるが、あまり奇抜なデザインにはしていない。しかし、シルクでできており、若干光沢がある。

 セレスタミナとカローナも、同じクラスのドレスを着ている。


「もちろんです」

「「やったー」」


 私は友達にあまあまだなぁ。


「お二人とも、所作の練習をたっぷりしましたし、上級貴族のご令嬢といっても差し支えないでしょう」

「ああ…、そうね…」

「うん、そうだよね…」


 ここ数ヶ月のお泊まり会は、カローナによる所作の強化合宿となっていた。そのときのことを思い出して、ヒルダとシンクレアは遠い目をしていた。


「それでは、ドレスを脱いでくださいね」

「「はーい」」


 ヒルダとシンクレアが今まで着ていたドレスを脱いでいる間に、アンネリーゼは自分のスカートの影に影収納の扉を開き、予備のシルクを取りだした。そして、土魔法を使って、ヒルダとクレアの身体にまとわせながら、自分とほとんど同じ形状のドレスに形作った。


「「えっ、えーー?」」


 まるで魔法少女の変身シーン。脱ぐシーンは省略されているが。以前リンダにもやったやつである。

 ちなみに、アンネリーゼの指導により、二人は普段からブラジャーとパンツを着けている。全裸ではない。


「あ…、これ肌触りが良いわ…」

「パーティドレスと同じ生地かな?」

「それは、私の領で育てている魔物から取れる生地なんです」

「また魔物の飼育…」

「魔物さまさまだね」

「そうなんですよ。世の中には魔物から取れる素材でできているものがたくさんあるんですよ」


「ふふっ、アンネとおそろいだわ」

「色とかちょっと違うね」


 アンネは、伯爵本人であることを示すバッジを付けている。緑の円の中に船のマークである。海に面している領だから船のマーク。安直すぎである。そしてダサい…。


「それは、持ち合わせの染料の違いによるものです」


 染料も魔物から取れるものらしいが、他領から輸入しているものである。


「お二人とも、可愛いですよ」

「そ、そんなでも…あるわよ」

「アンネに可愛いって言ってもらえると嬉しいよっ!」


「それでは行きましょうかね」

「「「「はーい」」」」



「ふーん、貴族街って静かね」


 貴族街には屋台などない。当然食べ歩きなどできない。

 貴族はドレスを仕立てるときは仕立屋を自分の屋敷に呼ぶものだが、店を構えているところもある。また、技術力やデザイン力を示すために、ドレスを展示してある店もあったり、中古のドレスを置いている店もある。

 ところが、前世のように、外から見えるガラスのショーケースに展示してあるような店など存在しないので、いちいち中に入らなければならない。なので、ちょっと仕立て屋に入ってみたのだが…、


「当店にようこそ!」


 当然、店員に声をかけられた。


「ごきげんよう。少し展示品を見ても構いませんか?」

「はい、もちろんでございます」


「これは綺麗だね」

「だけど…、アンネの仕立ててくれたドレスの方が素敵だわ…」


「お気に召しませんでしたか…」

「すみません、今日はおいとましますね」

「またのご来店を…」


 まあ、予想できたことである。



 昼食は貴族向けのレストランで取ったが、メタゾール家王都邸の料理人に作らせたものと同程度。アンネリーゼの玉子料理には敵わない。


「平民街と比べると、あんまり面白くなかったわね」

「そうだね。綺麗なものはあるけど、アンネがくれたものにはかなわないよね」


 ヒルダとシンクレアは、憧れていた上級貴族のイメージが崩れてしまった。

 セレスタミナとカローナは、母国のヒストリアと多少違うところはあるものの、どこの国もだいたい同じだと納得している。




「今日はどうしますか?」

「今日はお母様もいきた~い!」

「えっ…、リーナは…」

「リーナもぉっ!」


 リーナは爆弾娘である。アンネリーゼに近い身体能力を持っているのにもかかわらず、アンネリーゼとは違って、見た目どおりの精神年齢なのだ。市場になんて連れていったら、歯止めがきかない。


「では、私がリーナとお留守番していますので、お母様と四人で行ってきてください」

「えー?リーナもおしょといくぅ!」

「リーナはねーねと遊びましょう。お庭で水遊びしましょう」

「おみじゅー!」

「うーん、じゃあアンネちゃん、リーナをよろしくね」

「ダズン、護衛を増やしてください」

「はい、かしこまりました」


「リンダお母様とお出かけも良いわね!」

「また食べ歩きする?」


「あ、お母様はその格好ではダメです」

「えー?」


 お母様いつものドレスで外で歩いていたら確実にポロリしてしまう…。


「これを着るのー?いやよぉ」

「じゃあお留守番です」

「アンネちゃんの意地悪…」


 エミリーの用意してくれた平民向けのワンピースは、胸の大きすぎるお母様には不格好だ…。


「これってどうなの?」

「んー、調整します」


 土魔法で余っているウェストの布を胸の部分に継ぎ足した。ウェストがきゅっと締まって、そして、乳袋ができてしまった…。


「うーん、まあこれならいいわ」


 露出してないのに、乳袋が揺れてかなりエッチぃ…。


「ダズン!お母様を守ってね!」

「はい!」


 こうして、王都をぶらぶらしたり、ときどきアンネリーゼとリンダが交代したり、魔法の練習をしたりして、あっという間に日は過ぎていった。

■オーク串焼き露店の店主


■アクセサリ露店の店主


■仕立屋の店主

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