陰キャの矜持編-3
こういう時、大人である豊が頼りになりそうかとも思ったが、今日はやたらとアプリのゲームに熱中している。豊に期待するのは、やめて置いた方が良いかもしれない。
「坊ちゃん、夕飯出来ましたよ」
麗美香が優の部屋に夕飯を持っていくといない。あのミステリー小説を集めめた部屋にいると思ったら、本当にいた。亜傘栗子という作家の「保護猫カフェ探偵!」という小説を読み込んでいた。よっぽど小説の世界に感動したのか、涙まで浮かべている。「やっぱり村の平和を守らなきゃ!」と小説の中の決め台詞まで呟いている。水をさすようで悪いが、夕食がのったお盆を机の上においた。
「いや、今はあんまりお腹空いてないんだけど」
「ああ、そう」
案の定の反応である。こんな反応されても時給の範囲でやっている事なので、意外と腹は立たない。
「それより聞いてよ、麗美香ちゃん! 座ってよ〜」
「何よ」
「この小説が…」
麗美香はこの部屋にある椅子に座らされて、優から延々と「保護猫カフェ探偵!」感想をきかされた。すっかりこの作家のファンになってしまい、今度サイン会にもいく予定なのだという。
「栗子先生の家の近所のカフェでサイン会と読書会をやるみたいなんだけど、今はコロナじゃん? 抽選なんだよ。しかも5人しか当たらないから、すごいラッキーだったよ」
自分の好きな事を語る優はいつもよりワクワクした顔で楽しそうである。
「ところでその亜傘栗子って作家は人気なの? 聞いた事ないけど、抽選するほどなんだ」
「そうだよ。栗子先生は、少女小説家出身なんだけど、かなろ熱心なファンを抱えているっぽい。SNSでもサイン会の抽選に落ちたファン達の嘆き声がすごいんだよ」
「へえ…」
正直そういったイベントや抽選などに無縁な麗美香はわからない世界である。しかし視界から見えるミステリー小説の数々を見て思う。どこの世界にもファンがいるし、麗美香が価値のないと思っているものでも、ファンにとっては貴重なものも多いのかもしれない。
そういえば聡美もイベントに当選したと言っていた。もしかしてこれがあの嫌がらせと関係あったりする?
ふと、閃いた。
聡美もこの事が原因で嫌がらせされた?陰キャが嫉妬される理由もそれぐらいしかない。
「麗美香ちゃん、何か悩んでる?」
麗美香と向きあって座っている優は身を乗り出す。そしてじっと麗美香の顔を見つめる。
麗美香も少しドキッとししまった。こんな風に真っ直ぐに見つめられると、恥ずかしいというか、ムズムズした気分にもなる。優のこういう人との距離感の無さは、美徳なのか、そうで無いのか麗美香はよくわからなくなってしまった。
この妙な状況が気恥ずかしい。麗美香はこの状況を誤魔化すように早口で事情を説明した。
「は? それってイジメじゃん! ひどいな、そんな事するヤツいるのかよ」
優は自分の事のように怒っていた。こうしてみると、本当に真っ直ぐな心の持ち主だと思わされる。やっぱりすぐにあの事を先生に言わないのは、悪かっただろうか。今更ながら後悔しはじめた。やっぱり臭いものに蓋をして、誤魔化すのは良くないかもしれない。
「聡美は、声優のイベントに当選したみたいなの。たぶそれを知った犯人が嫉妬してやったと思うのよね」
「なるほど。その可能性もあるな。栗子先生のファンも熱狂的だし、俺も刺されたらどーしよう……」
「そこまでなの?」
どんなジャンルでもヲタクの熱狂ぶりに麗美香はドン引きする。
優はお腹が減ったのか、炊き込みご飯だけはポソポソと食べ始めた。まあ、あまり味は気に入っていないのか美味しそうには食べていないわけだが。
「だったら犯人は絞られるじゃん? その声優のファンでうちの学校のヤツが犯人だよ」
あっさりと犯人像は優によって特定できてしまったが、どうやって探せばいいのだろうか。
「俺が友達に聞いてみるよ。リア充人脈舐めるなよ!」
優はニコニコ笑いながら、スマートフォンをしばらくいじっていた。
こうしてみると優はちょっと頼もしかった。もちろんおバカではあるが、こんなリア充人脈は麗美香には無い。さすがというか感心する思いである。
「わかったぞ!」
優はスマートフォンをポケットに入れると、嬉しそうな声をあげる。
「誰?」
「月村日菜子ってヤツらしいよ。声優のレン様の熱狂的なファン」
あまり意外ではなかった。そういえば星川アリスが日菜子が趣味に熱中していると言っていた。それに日菜子に良い印象もないし、ああいった嫌がらせをしていても全く不思議ではない。
意外とあっさりと犯人がわかってしまったが、別に麗美香は優のように謎解きがしたいわけではない。むしろすぐに犯人がわかってホッとする。
問題は、どうやって日菜子が罪を認めるか?という事だ。麗美香の憶測では、簡単に吐くと思えない。むしろ、逆ギレしている光景がありありと浮かぶ。
「どうしよう。犯人はおそらく日菜子だと思うけど、証拠がない。あの性格だと絶対本当のことは言わないはず」
麗美香は頭を抱える思いである。
「だったら俺が現行犯でとっ捕まえるか?」
「そんな事出来るの?」
「たぶん明日もやるぜ、この様子だと。俺が掃除サボって下駄箱で見張っていたら捕まえられるかも!」
「だった私もやってもいいけど」
「やめといた方がいいぜ。麗美香ちゃん、リア充に勝てるか?」
そう言われてしまうと、何も言えない。あの日菜子も学校のイケメンの優にだったら、素直に認めるかかもしれない。
「そうね。この場合は坊ちゃんに頼った方がいいかも。でも私の事、学校でバレない?」
「まあ、大丈夫だろ。それより麗美香ちゃんの友達がいじめられる方がダメだろ」
「そうね。やっぱり、このまま静観するのは良くなかった…」
静観という言葉だけは立派だが、単に面倒臭い事をさけて見て見ぬフリをするだけだった。やっぱり優が言っている事の方が筋が通っていると思わされた。
「ありがとう、坊ちゃん」
「そう、素直に言われると照れるな!」
優は頭をちょっとかいて、花が咲くように笑った。




