お嬢様の秘密編-4
結局、優は22時ごろに帰ってきた。「名探偵クリスティ!」の主人公に似せた格好をしている優は、ちょっとイケメンっぽさは隠れているが、背筋がピンと張り、目に力もあり、一つも陰キャ要素がない。陰キャが化粧や服でリア充になるのが難しいのと同様に、リア充そう簡単に陰キャになれないらしい。とは言っても隠キャの麗美香からすると、今の野暮ったい優はちょっと親しみが持てる。
「全く坊ちゃんどこ行っていたんですか」
「せっかく夕飯に豚の角煮作ったのに」
豊と麗美香がガヤガヤとうるさく優を出迎える。
「豚の角煮は後で食べるよ。尾行は成功した! みんなで推理しよう!」
優はいつもよりドヤ顔になる、そんな事を言っていた。
麗美香は、再び紅茶セット一式を準備して、リビングに向かう。優と豊からのリクエストだった。夜なのでカフェインレスのティーバックであるが。優は豚の角煮は食べたいと言うので、小皿に適当に盛って持っていった。
紅茶の準備が整うと、優は再びドヤ顔になり話し始めた。
「星川アリスの尾行に成功したよ!」
「それはわかったから、坊ちゃん。何がわかったか教えてくださいよ」
豊が少々呆れながら言う。すでに麗美香は、優のドヤ顔にすっかり呆れているが、とりあえず話を聞く事にした。
優が言うには、星川アリスは放課後、リア充達とカラオケを楽しみ、その後繁華街をウロチョロしていたらしい。バイトや勉強に追われる麗美香の生活とは正反対のようである。聞くだけでもリア充すぎて別世界の話に思えて仕方ない。同じくリア充の優は、星川アリスの行動にはさほど疑問に思っていなかったようだ。
「坊ちゃん、繁華街で星川アリスは何してたの?」
ただ、繁華街でウロついていた事は気になった。非行というほどではないが、真っ直ぐ帰らないのは麗美香気になる。
「なんか、駅ビルの本屋にいたね」
「本屋?」
麗美香は、星川アリスと本がちょっと結びつかない。漫画や小説が好きなタイプにも見えない。ファッション雑誌も最近はネットで読めてしまうので、最近は付録頼みで売り上げも落ちていると聞くが。
「これ、画像」
優はまるで印籠のように星川アリスの隠し撮りを見せた。
「ちょと坊ちゃん! 隠し撮りはダメですよ」
豊が大人らしく注意する。優は、ミステリ小説に隠し撮りの方法が書いてあって真似したようだが、麗美香もいい気分はしない。二人で怒って注意すると、シュンとなり画像を消そうとする。
しかし、何もわからないまま消すのもちょっともったい気が麗美香はした。画像を消す前に優からスマートフォンを受け取り、内容を確認する。
星川麗美香は、本屋では参考書のコーナーのいたようである。成績は普通だったはずだが、意外と勉強熱心なのだろうか。
他の画像は、繁華街で外国人(おそらくアメリカ人)らしき男性に声をかけられているものだった。外国人はスーツケースを持っていて、旅行中である事がわかる。
「坊ちゃん、この画像は何?」
麗美香が聞く。
「なんか、外国人に道尋ねられたよ」
「へぇ」
星川アリスは、外国住まいだったと聞く。きっと英語もできてすぐ対応できた事だろう。星川アリスは、見た目はハーフだ。自分がアメリカ人だったら、比較的顔の作りが近い人物に声をかけたくなる気持ちもわかる。
「それで星川アリスさんはどうしたんです?」
豊も優のスマートフォンの画像を眺めながら言う。早くも優は飽き始めたのか、豚の角煮をがっつきはじめていた。無表情で食べていて美味しいのか不味いのか、よくわからない。おそらくただお腹が減っているので食べているものと麗美香は判断する。偏食気味の優が、こう言った家庭料理が好きな感じがしない。
「どうもしないよ。ただ、ヘラヘラ笑って頷いていただけ」
その優の言葉を聞いて麗美香はピンときた。確か日本人の愛想笑いが何を考えているのかわからなくて不気味だとテレビに出ている外国人が言っているのを思い出した。
「星川アリスは、英語話してた?」
優は豚の角煮を食べ終えて首を傾ける。
「あれ? そういえば英語は話していなかったな。あの子って帰国子女って噂聞いたけど、違ったの?」
優も核心に気づいたようだった。
「もしかして、星川アリスさんは帰国子女というわけでは無いんですかね?」
豊も気づき、麗美香も頷く。麗美香はカフェインレスの紅茶を口に含む。カフェインが入っていないせいか、いつもより味がまろやかに感じる。
「たぶん、星川アリスは普通の日本人だと思う」
麗美香は思い切って自分の考えを言う。ちょっと緊張したが、カフェインレスの紅茶のおかげで、そんな気分も薄まる。
「じゃあ何で帰国子女とか言われてるわけ?」
「坊ちゃん、それはたぶん噂に尾鰭がついたのね」
「ああ、わかった! だから、麗美香ちゃんと友達になりたかったんだよ。たぶん、英語の勉強教えて貰いたいんじゃない?」
今日の優はさえていた。麗美香は、そこまで考えてはいなかった。
「噂っていうか、パブリックイメージを維持したいんだな。そういえば五月ごろにうちの学校英語のスピーチコンテストがあるじゃん。あれにも出たいんじゃない? だから英語できる麗美香ちゃんの力が欲しいわけだよ」
驚いた事に優の推理には、全く矛盾がなく豊も頷いていた。
「でも星川アリスが本当に英語が出来ないか証拠はないわね。いくら英語ができても、突然道を聞かれたら、咄嗟に対応出来るかと言われたら微妙なところね…」
優の推理に穴があるとすれば、証拠が無いという部分である。麗美香は再び紅茶を口に含んで考える。
「だったら証拠をあげれば良いじゃない」
呟くように麗美香が言う。
「明日、星川アリスとちょっと話してみるわ」
「へえ、どうやって証拠あげるの?」
「私も気になるますねぇ」
優も豊もとものんびりと紅茶を啜りながら聞いてくる。
「まあ、カタカナ英語を使って確かめてみるわ」
「カタカナ英語?」
優も豊もピンとこないようで、お互い顔を見合わせていた。
麗美香はちょっと苦笑して言う。
「日本人に馴染みがあるカタカナ英語も、実際の発音は大分違うのよ。星川アリスが英語が出来ないなら、本当のネイティブの近いカタカナ英語は聞き取れないはず!」
謎は解けた。あとは、星川アリス本人に確かめるだけだ。