お嬢様の秘密編-2
「疲れた…」
麗美香は、一ノ瀬の本邸内のキッチンでぐったりと疲れていた。
キッチンの端にある小さなテーブルの前の椅子に座り、ゆで卵が出来上がるのを待っているだけだが、星川アリスの事を思い出すたびに疲労感が襲ってくる。
あれ以来星川アリスは、頻繁に麗美香に声をかけ、一緒に昼食を食べるように誘ってきた。それは良いのだが、何故かくっついてきて色々と聞いてくる。正直、リア充を具現化したような星川アリスに話しかけられると居心地が悪くて仕方がない。
リア充が何故陰キャに話しかけるのか?
その謎もさっぱりわからない。普通リア充は陰キャに興味を持ったりしない。したとしても一時的な興味というか、からかってくる事が多い。
まあ、それは偏見かと思い、星川アリスについて色々と調べてみた。
聡美はああ見えて噂を収集している耳年増。聡美と一緒にしばらく星川アリスの噂を調べた。
すると、星川アリスはかなりの人気者のようだった。ハーフで帰国子女。家も金持ち。成績は普通だが、外国での生活が長く、こちらの勉強にもまだ慣れていないんじゃないかという話だった。
「星川さんは、あれで日本語がペラペラだからすごいわよね」
隣のクラスの陰キャもうっとりとした表情で語っている。
どうも校内では憧れのお嬢様として人気がありそうで、なんとファンクラブも存在しているらしい。
さっそく麗美香と聡美はファンクラブの会長という一学年上の生徒に会いにいった。串本という男子生徒だった。
絵に描いたような隠キャ男だった。
でっぷりと太り、見かけはほとんどおじさんであるが、肌はニキビだらけで同年代である事がかろうじてわかった。向こうは、麗美香や聡美も「仲間」だと判断してくれたようで、とくに不審がられなかった。陰キャでいて初めて良かったと麗美香は思った。
「アリス様について知りたいの?」
「うん、なんか気になる事ない?」
麗美香は、同じ陰キャでも色んなタイプがいるなぁと思いながら聞いてみた。
「そのアリスさんって、ウチらみたいな陰キャにも優しい人?」
聡美も聞く。成り行きとはいえ、この事にも好奇心を隠せ無いようだった。
「いや、むしろ逆だね。俺は何度も『キモい!』って言われてるんだけど」
串本は若干うっとりとしてつぶやいている。星川アリスに嫌がられば嫌がられるほど興奮するんだそうだ。妙な趣味ではあるが、そういう性癖なのだろう。
聡美も明らかに串本を気持ち悪がっていたが、むしろ喜んでいる。この男には過剰に反応せずに対処した方が良いのかも知れない。
「なんか私、星川アリスに友達になろうって付き纏われているんだけど、心当たりない?」
「そうなんだ?」
串本は麗美香から聞いた事をかなり驚いていた。
「そんなのおかしいね。アリス様は、陰キャについてはいつも悪く言っているのにさ」
「あなたはそんな扱い受けていいわけ?」
聡美は白けた目で聞くが、串本は全く気にしていないどころが、ちょっと興奮気味だった。
意味がわからない。
串本に会ってますます疑問が深まってしまった。
そんな釈然としない気持ちを持ちながら、一ノ瀬の屋敷に戻りバイトの仕事をし始めたわけだが、星川アリスが何を考えているのか分からず、彼女の意図を想像する度にどっぷりと疲れてしまった。
ちょうどゆで卵が出来上がり、冷水に浸し終えた後、皮を剥く。
麗美香はあまりゆで卵の卵の殻を剥くのが好きではないので、さらに疲労感も感じてしまう。綺麗に殻が剥けるコツは実績するが、人間の技術がいくら進歩しようとも卵の殻は消える事もないだろうと思えて仕方ない。
ちょうどそこに優がやってきた。
「どうしたわけ? めちゃくちゃ顔が暗いんですけど!」
優は、無邪気に笑いながら言う。
「そっか。麗美香ちゃんは調子悪いのか。今日の勉強は中止だな!」
「ちょと勝手に決めつけないでよ、坊ちゃん。今日もちゃんと勉強しますよ。今日こそアルファベットを全部暗記して貰いますからね。いい加減qとpの違いを理解してよね」
信じらてない事に英語の勉強はここでつまづいていた。国語、数学、世界史などは教えたらそこそこ出来るのだが、英語が壊滅的だった。それでもこうして生きていられるのだから、やっぱりイケメンは得だとしか思えない。
「今日は、ゆで卵?」
「ゆで卵は好き? 豚の角煮のあえる煮卵にしようと思っているけど」
「そうなの? 僕はゆで卵は好きだよ」
優は麗美香の隣に座り、ゆで卵の殻を剥いてもぐもぐと食べ始めてしまった。実に美味しそうに食べている。殻を剥くのもうまい。よく見えると指もほっそりとしていて形が綺麗だ。イケメンは細かいパーツも美しいらしい。
思わず自分の手をみる麗美香だが、ゴツゴツとした骨っぽい指である。ブスは、細部もブスらしい。結局こういう所もブスな雰囲気を形づくっているような気もする。指は整形できないし、こういった細部は誤魔化しようがない。
「ところで麗美香ちゃんは何を悩んでいたわけ?」
「別に大した事はないんだけど」
星川アリスについて言うべきかちょっと悩んだが、リア充の事はリア充に聞くのが一番だと気づく。
「っていう事なんだけど、ああいったリア充が私みたいな存在に友達になりたいっていう意図ってなんだと思う?」
「確かに妙だな…」
「やっぱりリア充からしたら陰キャと仲良くなりたいと思うのは変なのね…」
「うん。そうだね。別にこっちは何とも思っていないけど、向こうの方が壁作ってるし、あー、話にくいなーっていうのはあるよね」
優のその言葉を聞くと、やっぱり壁を作っているのは自分の方だと痛感してしまう。星川アリスについては謎だが、優はこちらに悪口を言ったり、壁を作る事はなかった。まあ、おバカな優だから何も考えていない可能性も高いが。
「よし! 次は星川アリスって子の謎を調べてみるよ!」
優はこの謎を解くとかなり乗り気だった。
「それはいいけど、どうやって? 学校では星川アリスについてはあらから調べたけど」
「尾行だよ、尾行!」
「尾行?」
これは本格的な探偵のような言葉で、麗美香は思わず顔を顰める。それに尾行なんてどうやってやるのだろうか。
「変装して尾行するのさ。時には家族連れやカップルのフリもする」
優はドヤ顔だ。おそらく趣味で集めているミステリー小説にそんな描写がある事は透けて見えるが、優は自信満々だ。
「何で家族連れやカップルのフリするのよ?」
「ターゲットもまさか集団で尾行されているとは気づかないだろう?」
「確かに」
優の言う事は一理ある。確かに複数人だと尾行しているとは思えない。
「という事で僕は星川アリスって子をこれから尾行してくる!」
「これから? ちょとどうやって星川アリスについて知ってるのよ?」
「俺の人脈を舐めたらダメだよ」
優と星川アリスには共通の友達も複数人いるらしい。さすがリア充人脈である。
しかし、関心している場合ではない。これから優に勉強を教えなければならないのに。
「麗美香ちゃんも来る? まあ、カップルには見えないけど、兄弟には見えるかもしれないと思うけど」
「ちょっと勘弁してよ。行かないわよ」
尾行を一緒に行こうという優に麗美香は頭を抱える。外でこの男と一緒にいたら、どんな誤解を受けるかわかったものではない。
「えー、ノリ悪いな!」
「あなたがチャラすぎるのよ!」
「ま、いっか。俺だけで行ってくるよ」
「ちょっと待ってよ、勉強は?」
そんな言う事は聞かず、優は本当に変装して出かけてしまった。変装といっても「名探偵クリスティ!」の主人公のコスプレ風のあの格好ではあったが。