06.話を元に戻そう。今は
話を戻そう。今は水不足の問題だ。
直接雨を降らせるのは難しい。なら少し目先を変えてみるか。
「あの。生活用水は井戸ですよね」
「セイカツヨウスイ?ああ、飲み水か。そうだよ」
「洗濯は?」
「川に行ってる。着るもん持ってくほうが軽いから」
「…畑は?」
そういえば、まだ一度も足を運んだことない。
「昔は雨水を貯めてた。でも最近、やっと水路ができたんだよ」
心底驚いたら、心外そうな顔をされた。
「…先生。さすがに俺達でも、それくらいできますよ」
馬鹿にしたつもりはないんだけど。まあ不安に思ったのは事実だし。
水利の問題でも、土壌の問題でも日当たりの問題でもない。病害虫や冷害でも。だとすると、他に考えられることは……?
「水争いなんでさ」
「水?さっき水路は大丈夫って言ったばかりじゃ」
「水路は、いいんです。ただ……隣村の奴らが」
「……………」
天を仰ぐ。頭を抱える。万国共通、永遠不変。人類の敵は人類なのか。いろいろ失くして始まった新時代の彼らも、さっそく同じ轍を踏んでる。
「あー……要するに、戦争?」
「そこまで大袈裟じゃありません。怪我なんかさせたら大事になります」
端的に言うと、正面衝突は避けつつ出し抜ければいいらしい。
「路線図とかは?」
「これです」
御丁寧に作られていて。無駄に縮尺入り、精度は結構高い。誰か旧時代の技術を受け継いだ?――後で聞いたら、内弟子ちゃんの先祖たるあん畜生の設計だとか。まあ、そんなことはどうでもいい。水路の分岐点に同じ印が沢山。水門みたいなものだろうか。
「…これは?」
「流れを切り替えるんです。入れっぱなしも作物に悪いですから」
まあ、そうだろう。ある程度育ったら中干がどうとか。農家出の知り合いに苦労話を聞かされたことがある。
「じゃあ、ここに双方の見張りがいるのね」
「は?」
「夜は回り番……って、誰もいないの!?」
「みんな寝ますよ。明日の仕事に響くじゃないですか」
「……………」
まさか、旧世代人のヨゴレな心が役立つとは。
夜討ち朝駆けは戦の基本。理系全開のわたしでも知ってる。それくらいで目的を達成できるなら安いもの……のはずなんだけど。何か釈然としない。
再び天を仰ぐ。ある意味、これは簡単に片づくかもしれない。
要は、子供の喧嘩。
次の日の朝、内弟子ちゃんに頼んで村のナイスガイを集めてもらう。
「あの……集めて、どうするんですか?」
「決まってるでしょ。こういうのはね、あなたみたいな子に言われたほうが効くのよ」
叱るためだ。
あいつの血を引く内弟子ちゃんの家は、村長ではないけど神主とか相談役みたいな立場になってる。権力がない分だけ、逆に権威は高い。
「…こういうことしたらダメだと思います。お水は、ちゃんと足りてるんですから……」
内弟子ちゃんのお母さんに連絡してもらう間、わたし達はひとまず現場を見にいった。疑うわけじゃないけれど、不確かな情報を元に主張できない。これ理系と文系、学問かそうじゃないかによらず誰かと話をする前提。
水路はきちんと管理されていた。切り替えは水門なんて大層なものじゃなく、分岐に大きめの石を何個か置いて、そちらへ水が流れにくくなるようにしている。完全には堰き止めないところが、何とも嫌がらせ的というか中途半端で意地が悪い。相手を干上がらせるつもりまではないのだろう。
あんなものは文明に対する冒涜だ。科学の力で生んだものを、政治の未熟が邪魔してる。
「…というわけで皆さん。今から先生の、ありがたいお話をいただきます。心して聞いてくださいね」
「……へ?」
間抜けな声が出た。
いやいやいやいや。
待って待って待って待って。
政治が幼稚とか思ったけどさ。
そもそもわたし、選挙に行ったことすらないんだよ?
ううう。うううう。
うううううう。
「……ま、まあ。とりあえずさ」
声が震えるのを我慢した。
こんなに緊張するのは、小学校のクラス替えで知り合いが誰もいなかったとき以来。
「あちらさんと話……してみない?」
中学校からは、人の頭がカボチャにしか見えなくなった。




