04.笑いが止まらなくなってしまった。
笑いが止まらなくなってしまった。
笑いが止まらなくなってしまった。
無理はない。誰もわたしを責められないはず。
一生遊んで暮らせるどころか、この村を幾つも丸抱えできるお金だって?
世界各国の中央銀行が機能を停止して……っていうか国自体全部なくなって。でも都市銀行のサーバーが結構生き残ってて。おまけに現ナマ重視の国だったことが幸いした。
要するに、我が資産を構成する通貨単位は生き残ったのである。預金残高は権利を保留されたけど価値を認められ、現ナマを借りる際の担保となった。
とはいえ高度な印刷技術を用いられた紙幣の増刷は叶わず――苦肉の策で導入した新しいデザインは偽造が絶えず。かくして通貨と預金残高の間に為替が設定される。預金残高の価値が一度暴落したのだ。これには従来の資産家が反発、ついに経済は歴史の階段を後ろ向きに降りることを覚悟する。
兌換紙幣の復活――通貨を無条件で一定量の金と交換すること。僅か二世紀の爛熟時代を経て、世界は再び金本位制に戻ったのである。しかし現ナマ不足は相変わらず、偽造紙幣よりマシということで預金残高は価値を取り戻した。我先に現ナマ化する動きがひと段落すると、預金残高は使いきれない資産を持つ者特有の価値保存機能となってゆく。
現ナマが足りなければ、物々交換に頼るしかない。
物々交換華やかなる新世界では、モノの値段が上がりにくい。妙なことを言ってる自覚はあるが、事実そうだったというのだから仕方ない。ここまで説明すれば、賢明なる諸氏にはお分かりだろう……額面は変わらなくとも、お金の価値が上がったのである。
とりあえず生活の不安はなくなった。すると現金なもので、他のことが気になってくる。たとえば……この時代の文明レベルが激しく偏っていること、とか。
「え?電子レンジあるのにマッチはないの?」
「マッチが何なのか分かりませんが……火をつける道具なら○ャッカマンありますよ」
「あるんかい!…いやダメじゃないんだけどさ」
小首を傾げるお弟子ちゃん。この子にとっては生まれたときからそうなのだろう。
まあ説明はつくよ?要は工場が動いてるから。何が役立つかは状況次第、裕福な時代の経済学者には一生かかっても弄りきれない贅沢なネタじゃなかろうかと思う。
……で。
住む場所を見つけてもらって。まともな不動産市場なんてないから、結局は村人総出で建ててくれたんだけど。神様という誤解は解けなかった。ていうか今の状況で解いたら、どんな状況に陥るか知れない。とりあえず神様は、みんなの中で暮らすのをお望みなのです――ということにしておいて。それと華美にならないよう釘を刺す。村人の恨みを買ったり、有事の戦略目標にされても堪らないから。
「…これから、どうしようか」
数日――本当は、百年越しの独りの時間。
働いてくれた人にお給金、家具を用意してくれた人に代金を払って。落成記念のお祝いも終わって。お弟子ちゃん親子と村人達もそれぞれの家に帰った後。
「これから、どうしようか?」
今度は明確な意思を持って呟く。
お金はあるから生きてゆくに困らない。しかし、それで本当に大丈夫か。
かつてのわたしは大学を辞めた。けれど研究まで投げ出したつもりはない。
生き甲斐が必要だ。それは大袈裟にしても、気長にやれる何か。最先端の科学を追うのはできなくなった。この時代の最先端は、わたしにとって時代遅れもいいところで……
(待てよ?時代が合わないなら、また同じことをすれば)
どれほど遠い道のりか分からない。もしかしたら、あいつと同じ結果になるかもしれない。仮にそうなったとしても、この村の人達には世話になった。少しでも暮らしを豊かにできたら……それはきっと、いいことなんだろう。
次の日から、お弟子ちゃんは内弟子ちゃんになった。これから忙しくなるため、身の回りの世話や研究助手、不在時の留守番など。やってもらいたいことは沢山ある。
もちろん払うものは払う――神様の詐称に恥じない、高額なお給金を。
「……こんな金、何だってのよ」
預金通帳を放り出し、すぐ思い直して抱き締める――ほとんど見知らぬ今の世界で、わたしを生き永らえさせる唯一の命綱を。
でも。だから。やっぱり。
ただの数字。ただの記録。ただの……希望。
「……………」
別に、寂しかったわけじゃない。