05.「ここから先は、先生おひとりで
「ここから先は、先生おひとりでお願いします」
暗さが和らぎ、見覚えのある景色も増えてきた頃。建物の陰から通りの様子を窺っていた騎士ちゃんは、小声で背中越しに囁いた。
「え……それって、どういう」
かつて目覚めた村の近くということは分かる。ここなら毎日歩いてたから、目さえ開けてれば迷わない自信はある。でも。
「異端狩りです。仙道派よりも性質が悪い」
おたからが一杯詰まった袋を押しつけてくる。聡明な内弟子ちゃんは、今の状況もお見通しだったのかもしれない。それに多分、これならいつの時代でも十年は遊んで暮らせる。言いつけを守ってくれた証だった。
「場所は火薬の爆発事故があった工場。お分かりになりますでしょうか」
「は?」
真に残念ながら、全っ然覚えがない。
「え?」
この反応は予想してなかったようだ。
もう一度、よく考えてみる。つまりわたしになら、わたしにだけは必ず通じる符丁だったはず。工場、事故、爆発、誤解……
「あ」
「……思い出していただけましたね」
それは黒歴史。わたしと内弟子ちゃんが、巫女ちゃんと出会ったきっかけの。
あのときのことを、騎士ちゃんはどこまで伝え聞いてるのか。まあ美化されまくりなんだろう……多分だけど。
「では行ってまいります。先生、どうか御無事で」
「あっ。ちょ、ちょっと待って!」
ぐぐいと腕を摑んで引き止める。
いや、だから。どうして不思議そうな顔をするかなあ?
「……何か確認洩れでも?」
「大事なこと。今からわたしが行く場所には、騎士ちゃんも来るんだよね」
「……………」
そこ、黙らない!護衛対象に不安を感じさせるようじゃ、悪いけど騎士失格だよ!
「…すみません」
騎士ちゃんは、こっちを振り返らない。
「でも、行きます。戻ったら、必ず」
止める間もなかった。他の人達も、わたしに会釈をして走ってゆく。
映画やドラマのヒロインなら、呆然と見送るところ。でも、そんなことしてる暇ない。わたしは走らなきゃ。ここは全力で走らなきゃ。
大した距離じゃない。大した時間はかからなかった。
新しい隠れ処。廃墟の村に溶け込む、ビール工房の親父さんの家。勝手知ったる何とやらで地下の酒蔵に下りると……懐かしい寝床が運び込まれていた。
およそ千百年前の匂い。故郷を胸いっぱいに吸い込む。さすがに寝具は、全部新しいものに取り換えられてたけど。安住の地を求めて、再び永い眠りに就く。
待つことはできたかもしれない。あるいは一緒に行かないか、と。
でも、もし来なかったら。敵のほうが現れたら。全部無駄になってしまう。
だからわたしは、あの子がどうなったのかを知らない。




