34話 呪眼のシスター
「さあ、今日からまた気を取り直して魔法の練習を行っていきましょう!」
「はい、先生!」
王都での公爵令嬢エミーシャの誕生日パーティから1週間ほど後のこと。ホムラ達の姿はレーミング領にあった。
パーティの3日後には、実家に向かって帰ってきていたのだ。パーティ後の2日間は特に何もなかった……とは言えず、少し、いやかなり厄介なことが起きたが、まあレーミング領に帰ってきている。
現在、魔法の練習のためにホムラ達は森の中にいる。そこでひたすらに魔法を撃っていた。
「コントロールが乱れています。集中してください」
「すみません!」
周囲の木に当てない様に魔法を放つ練習をしている。単純にコントロールする力を養っているのだ。木が生い茂っている森の中では、木に当てずに魔法を放つのも一苦労だ。この様な細やかな操作ができることも必要らしい。
単純に、馬鹿みたいな火力で放てば良いというわけではなく、最小限度の魔力で的確に敵を仕留めるイメージを行う。
「ふぅ……いつもより疲れる……」
「再開初日ですから、いきなり飛ばしすぎもいけませんね。休憩にしましょう」
と先生に言われて魔法を撃つ手を止める。集中力を維持して魔法を放つのはきつい。
練習を終えて森から引き上げる。火球を森で飛ばしていたが、数が多いとまだコントロールにムラがある。これからもチビチビと行うしか無いだろう。
「先生、あの人達は誰でしょうか?」
街の方に戻ると、馬に乗った一団が移動していた。特に、周囲の人々も恐れている様子はないので悪い人たちではないのだろう。
「ああ、彼女達は王都の教会から派遣されてきた教会騎士です。ワイバーンのことがありましたからね、一度森の調査を行うために来てもらっています」
「あ、父様がなんか言っていたかも」
森を一度調査するための人員を雇ったとかなんとか……
「見てください、彼女が今回の教会騎士を統率しているシスター・ハーヴェリアです」
先生が示す方を見ると、馬に乗る両目を目隠しで覆っている女性が見えた。
「へー、あの人は目が見えないんですか?」
盲目の戦士なのだろうか。
「いえ、あれは呪眼を隠しているのです。呪眼は生きている者に影響を及ぼす厄介なもの。ある意味でその所有者は有名人です」
「呪眼かぁ。なんか、格好いいな」
ちょっと憧れてしまう。
「ホムラくん、呪眼について説明しましょう。名前の通りですが、あれは呪いです。見たものを蝕み、本人自体も徐々に呪っていくもの。シスターの呪眼は、目から放たれた黒い影が目の前の者を無差別に襲うものです。目から黒い影が出てくるため、彼女は世界を肉眼で見ることは出来ない……あれはですね、あってはならないものです」
「そうなんですか……、僕は悪いことを言ってしまいましたね」
「いえ、今学んで理解しました。充分ですよ、ホムラくん。もしも、呪眼持ちに合う時は私が話したことを忘れないでくださいね?」
話しを聞く限りとてつもなく恐ろしいものだとわかる。どうにかならないものなのだろうか。
「はい、先生。あの治療……呪いなら浄化系統で治せるんじゃないですか?」
「そうですね、実例はあります。ですがあれは……ガレオン君には会いましたよね?」
王都であったSランク冒険者のヒーラーだ。
「はい、白属性も使えると聞きました!」
「ええ、その彼をして駄目だったのです。彼は実際にそこまで強くない呪眼を解呪したこともあります。長い時間をかければ彼女のものも可能かもしれません。しかし、出来なかった。解呪のためには、目を開いていないといけない。そうすれば、呪眼の攻撃を喰らいつつの解呪になります。ガレオン君でも、解呪まで力が持ちませんでした。であれば、誰にも無理だと言えましょう」
帝国などにもしかすると腕の良い浄化系統の使い手もいるかもしれない。しかし、国を挟んでの取引となると腕の良い魔法使いを管理している国がどんな要求をするかもわからないのだ。
「ガレオンさんでも……」
「もしも、私に浄化系統の才能が有れば治せたのかもしれません。私の魔力を持ってすれば。ですが、そんなものはない。魔法にも限界はあるのです」
魔法は便利だ。だが、出来ないこともある。全てを救うというのは不可能なのだ。
「もしも、僕が浄化系統が使えたら出来たでしょうか?」
「ええ、きっと。ホムラくんの私よりも凄い魔力なら出来たと思いますよ」
先生が頭を撫でてくる。それがいつも以上に優しく感じるものだった。
夜、屋敷をホムラは抜け出す。安定の森での夜間修行だ。
魔力を使って全身を覆うことで、気配を遮断することが出来る。エルメティア先生の魔力探索にも悟らせない位の性能が出せると予想している。だが、不安なのでエルメティアの前で使ってはいない。
「ファイヤ……浄化」
ホムラが唱えると、手から出ていた火が白くなり神聖な光を放つ。そう、ホムラは浄化系統が使えるのだ。
「火、回復、生命、浄化、妨害……」
紅、蒼、緑、白、黒とそれぞれ色が違う火が現れる。
「はぁ……考えないようにしてたけど。これから良く考えないといけないな」
と呟く。実際に実験も何度か行なっている。蒼い炎を使えば傷を治せた。緑の炎で植物を燃やすと成長した。
「これって……僕は、存在しない5属性魔法使いってことだよな」
と若干顔を青くしながらホムラは言うのだった。その言葉は、誰にも聞かれることなく。いな、小さい魔物は聞いていたかもしれないが、暗い森の中に溶けていった。




