抜擢
俺とアベルは最前列に立たされた。
あのうるさいミモザとやっと離れられる。
大広間の吹き抜けの二階に国王と大魔導士二人が並ぶ。
少し離れたところに大魔導士二人の一人娘…名前はリルと言ったか。
俺たちよりも年下だが同じタイミングで入隊するらしい。
騎士団新兵代表は俺、竜騎士団新兵代表はアベル、魔導士団新兵代表はリルってことになってるらしい。
国王が長々と話し始める。
国の理想のためとか平和のためとか打倒ウォルソルだのなんだの…。
聞いてるフリするのも楽ではない。
面倒で無駄な時間だ。
やっと終わったかと思ったら次は大黒魔導士のゼド殿の激励。
「死ぬことは忠義ではない。」
簡潔で明瞭。
たった一言を残して下がった。
その通りだ。
死ぬことで誰かが代わりに生きられるなんて大間違いだ。
泥水啜ってでも生きなければいけない。
「続いて、新兵代表の挨拶。騎士団新兵代表レイド!前へ!」
呼ばれた。
俺は一歩踏み出し国王らに敬礼する。
「この度は誇り高き騎士団の新兵代表として選出いただいたこと、至極光栄に存じます!我ら新兵共々、一丸となってこの美しきセントルを守るべく尽力することを誓います!どうかご期待くださいませ!」
「うむ。おぬしらの剣術、頼りにさせてもらうぞ。」
まあ上手く言えた方か。
カイン兄さんの弟ってことで期待されてるのはわかってる。
ハードル上がりすぎて、どんな内容でも期待を上回ることはできないだろうな。
「竜騎士団新兵代表カイン!前へ!」
次はカインが呼ばれた。
俺と同じような当たり障りのないことを言う。
国王も中身のない返答をする。
この時間に意味あるんだか。
「魔導士団新兵代表リル!前へ!」
二階にいたリルが俺たちのいる広間に降り立つ。
なら初めからこっちにいたらよかったのに。
「魔導士団新兵代表、リルと申します。この度は特例での飛び級入団を承認くださり、誠に光栄に存じます。父上、母上の名に恥じぬよう、私のみならず新兵共々全力を尽くして参りますので、どうかよろしくお願いいたします。」
俺たちより小さいのに俺たちよりしっかりした内容。
なんだかさっきまでの自分が恥ずかしくなる。
式は一通り終わって次は兵舎や城内の説明だ。
騎士と竜騎士と魔導士は別々に行動するからカインとはしばらく話せない。
しかもうるさいあいつは騎士団だから早く終わってほしい。
「レイド!さすが首席卒業のスピーチって感じだったよ!普段から考えたらありえないような声量出てたね!練習いっぱいしたんでしょ?」
「お前がやればよかったのに。」
「やだーレイドを差し置いてそんなのできないよ!成績ギリギリだったんだから。」
確かに練習もした。
普段からは考えられないほど大きな声も出した。
だがこいつの声がこれだけ大きいなら、俺が書いた原稿をこいつが読んでくれたらよかったのに。
城の案内が終わったら俺は団長達に呼び出された。
同じようにミモザとアベルとリルも呼び出されたようだ。
さすがに三団長を前にしたら何か悪いことでもしたかと考えてしまう。
「君たち四人は期待の新兵だ。特にレイドとリル、君たち二人は成績と実績を兼ね備えた、次代を担うべき人材だ。そんな君たちに命令だ。普通、初めは城内、城下町の警護の任務に当たるんだが、君たちの能力の高さから国境警護の任務についても問題ないとの見解が出ている。なのでいきなりだが、国境警備隊の斥候部隊として君たち四人を派遣する。」
「い、いきなりの抜擢ですね!でもなぜ私が?私は三人と違って成績は良くなかったのに…。」
「レイドとアベルと仲が良さそうだったからな。良好な人間関係は円滑な任務の遂行に欠かせない。」
それを聞いてミモザは飛び上がって喜んでるが、俺はこいつと仲良しと見られてたなんて甚だ疑問だ。
「その命、謹んでお受けいたします。必ずやお役に立って見せましょう。」
俺とアベルは敬礼した。
それを見て慌ててミモザも敬礼し、リルは深く頭を下げる。
「明日詳しい説明をする。今日はゆっくり休んでくれ。慣れない所で長々とご苦労様だった。」
団長たちは去っていく。
それにしても願ってもない躍進だ。
ミモザほど馬鹿みたいに飛び上がらないが、心の中はそのぐらい喜んでいる。
アベルもそうだろう。
あの時の国境で敵兵と戦う。
それが俺たちにとってどれだけの意味を持つか。
「改めまして私はリル。大魔導士様、ゼドとロゼを両親に持つ魔導士です。皆さん、共に頑張りましょう。」
「俺はレイド。同期なんだから敬語はいらない。戦場に立てば皆ただの兵だ。」
「俺はアベル。言い方はともかくレイドの言う通りだ。分け隔てなくいこう。」
「私はミモザ!リルちゃん、よろしくね!」
「よ、よろしくお願い…します。」
ミモザのせいで困ってるじゃないか。
あいつは人の気も知らないで心の中にずけずけと入りすぎる。
「そういえばもうすぐご飯だね!まずは親交の第一歩として一緒にご飯食べよ!」
ミモザを先頭にして俺らは食堂へ向かう。
食堂以外に向かうところがないから仕方ないが、非常に不恰好で人に見られたくないような行進だ。
食堂でもあいつばっかり喋ってリルが苦笑い。
アベルは少しだけフォローするけどそれのせいでどんどんミモザがヒートアップする。
俺は静かに飯を食べたいんだが団長たちがああ言うなら仕方ない。
「三人はずっと一緒にいる…の?」
初めてリルから言葉が出る。
敬語をやめろと言ったからか知らないがぎこちない話し方になってしまっている。
些か不憫だ。
「俺とレイドは物心つく前から同じ家で兄弟同然に育てられた。ミモザは養兵学校で知り合った。」
「兄弟同然…ということは…。」
「ああ。本当の兄弟じゃない。大魔導士様から聞いてなかったか?」
「はい。お二人ともカイン殿の弟君であるとだけ…。」
微妙な空気が流れる。
ミモザは黙ったままだった。
こういう時だけ空気が読めるんだな。
「俺は拾われた。アベルがカイン兄さんの本当の弟だ。俺の親は知らない。だが気を使うことはないぞ。」
「は、はい。ですがお兄さんのことは…。」
「ああ…。俺たちの原動力とも言うべきことだ。あの日の出来事は忘れられない。」
そうだ。
俺たちの非力が原因となった悲劇。
俺とアベルはその日を境に本気で兵になることを目指した。
リルとミモザが気まずそうにしている。
少し申し訳ないことをしたか。
「それよりも国境警備隊に抜擢されるとはな。俺ら三人はまだしもミモザは…。」
「なによ!私じゃ実力不足だっていうの?」
「レイドは心配してるんだ。だろ?すぐ城へ泣いて帰らないかってな。」
「全然フォローになってない!レイドも頷くのやめて!」
「…ふふ。」
まあこんなメンバーも悪くはないかな。
だがあくまで俺はあの日の後悔を注ぐために戦う。
慰めは期待しない。
生きる意味は俺が決める。