クラス転移でもらった能力が本当に弱かったので魔王討伐は他の誰かにまかせようと思う
石造りの街並、コンクリート舗装などない剥き出しの地面、いくつも通りすぎて行く馬車。およそ中世ヨーロッパのようだと誰かが評した風景だが、排泄物の異臭に顔をしかめずに済むのは魔術の恩恵らしい。実に都合の良いファンタジー設定だ。
「お城の外ってこんな感じなんだね。なんか…なんかすごいね。ファンタジーって感じ」
「あぁ。なんかすごいな。あっちはもっとなんかすごかったぞ。んじゃ俺こっちだから」
「なんか馬鹿にしてない? あとなんか撒き方雑過ぎない? ちょっとくらい良いじゃん、私外出るのはじめてなんだけど。どうせなんかある訳じゃないんでしょ?」
誘った訳でも誘われた訳でもなかったが、城から出て数分、俺達は城下の街を二人並んで歩いていた。独り言にしては大きな声だったので返すだけ返したが、やはりというか残念ながらというか、この「なんか」多い系女子は俺の散歩に便乗するつもりだったらしい。偶々同じ方向に、ということではなかったようだ。
「訓練はいいのかよ」
「私の能力もなんか頭打ちみたい。討伐隊になる気もないから戦闘訓練もしないで良いし」
この異世界にクラス丸ごと転移してきて半年になる。この世界を破滅に導かんとする魔王を倒すべく、女神様の力を借りて国のお偉いさん方総出で勇者召喚の儀式を執り行った結果、俺達が出て来たらしい。
勿論、ただの高校生に魔王なんか倒せるわけがない。しかしそこは実に都合の良いファンタジー、召喚された一人ひとりに女神パワーで強力な能力が与えられた。そのうえで王城の使用人の居住区画の部屋を与えられ、来る日のため能力や戦闘の訓練をして過ごしている。
「ていうか君はどうなの? なんか二ヶ月くらい前から訓練にいなかったよね? 確か『エンチャント』? だっけ? なんか騎士の人はよく使うって言ってたけど。強いの?」
「…聞くなよ。そういうことだろ」
「えっと、どゆこと?」
「…はぁ、弱いんだよ」
「えっ何で? 女神様パワーどこ行ったん? 見放されたん?」
「見放されてないわ…とも言えないんだよなぁ。すごさのベクトルが迷子というか。…『エンチャント・火』」
明らかに説明して欲しそうな顔に負けて能力を使う。文字通り火を出す効果を人差し指にエンチャントすると、指先から3cmほどの火柱が立った。
「これが限界なんだよ」
「火しかつけられないの?」
「いや、水とか電気もつけられるし、固くしたり切れ味を増したりもできる。ただ威力が超弱い。水ならチョロチョロ流れるくらいしか出ないし、電気も静電気より少し痛いくらい。他も推して知るべしだ」
「くそ雑魚じゃん。女神パワーどこよ」
「ただエンチャントできる幅が広い。『エンチャント・なんとか』って言えばその通りにエンチャントできるんだが、色々試してエンチャントできなかった効果は今のところない。『不死身』すらエンチャントできた」
「えっ強いじゃん」
勿論動物実験で効果は検証済みである。どんな致死ダメージを受けても逆再生するかのように回復、というか復元するのだ。ただ一秒と保てず効果が消えるので実用性に乏しいのだが。
他にも試したが、強力な効果は軒並み効果時間が短かった。
「あとエンチャントできる数も多い、二つの意味でな。まず、ひとつのものに大量の効果をエンチャントしておける。同じ効果の重複は出来ないが。チョロチョロ水を出しながら、ライターがわりになって、触るとバチッときて、心なしか頑丈で切れ味の良い剣を作れる」
「最後のだけで良いんじゃない?」
それも普通に良いもの使えば良いだけだ。
「それで次にだが、同時に大量のものにエンチャントしておける。能力を貰ってこれまでかなりの数のものにエンチャントしているが、今のところ限界を感じたことがない。城の魔術師に聞く限りじゃ、普通は弱い効果でも五、六個別のものにエンチャントするといっぱいいっぱいだそうだ」
「それならなんか使えるんじゃないの?」
「まとめてエンチャント出来ないから時間がかかるのが難だけどな。対象のものひとつひとつに『エンチャント・あれ』、『エンチャント・これ』…と繰り返さないといけない」
その結果が「ちょっと良いもの使えば良い」程度だからやるせない。
「まあやったんだが」
「えっやったの?」
「能力の検証自体は一ヶ月もかかってないんだよ。あとは訓練がてらひたすら軍の武器とか城のあれこれにエンチャントし続けてたんだ。で、城にはもう目ぼしいのがないから街に出ている」
そう、俺の散歩はあくまで訓練なのだ。街に出て人々に頼んであるいは頼まれて、エンチャントして廻る。故に目的地はエンチャントする許可を取りやすいものが多い、居住区域や工業区域となる。
「大分話が戻るが、観光したいんだろう? あっちは商業区域で色々見てまわれるし、教会なんかの見所もある。でも売り物だとか観光名所のものはエンチャントの許可が出にくいから、あんまり俺が行く意味ないんだよ」
「むぅ。あっ、でもほら女の子の独り歩きとか危ないし!」
「女神パワーあるだろ」
「私の能力『クッキング』だし!」
「知ってるよ。岩石をスライスできる『包丁』とか鋼鉄を溶かせる『コンロ』とかその高温に耐える『フライパン』とか出す能力だろ。何食う気だよ。頭打ちってのも信じてないからな」
他にも高圧水流を発生させる『シンク』とか強酸をはじめ様々な液体や粉末を出せる『調味料』とかもあったはずだ。『錬金術』辺りの間違いだと信じている。
名前で騙されるかと呆れ混じりに返すと、悪食女子は言質を取ったと言わんばかりにニヤニヤしだした。
「ふふん。君ってそういうとこあるよね。一匹狼気取ってるけどしれっと周りのこと見てるっていうか。そういうのあれだぞ、一周回って恥ずかしいやつだぞこのこの」
とてもうざいので無視して歩き出す。勿論商業区域など向かわないが、依然ニヤニヤしながらついて来る。ごねる必要はあったのだろうか。
「こっち来た時もそうだったじゃん。下手したら私達すぐに全員で魔王討伐に行かされてたかもなんでしょ? 君がなんかあれこれ言ってくれたから、ちゃんと準備出来てる訳だし」
「なるようになっただけだろ」
「んー? 教室で一言も喋んない君が珍しく口を開いた結果を、なるようになったってのは無理じゃない?」
「そうじゃない。あそこにいたのは国のお偉いさんだろ。いくらなんでもすぐに魔王討伐なんて迂闊な結論は出さなかったはずだってことだよ。そも俺は保身に走っただけだ」
「照れるな照れるな。魔術師さん達からも色々聞いてるんだぞ。みんなの能力の訓練方法とか戦い方とか考えてくれてたんでしょ? …ね、私もなんか大分お世話になってたみたいで、ありがとね」
「でも…あー…まあいいか。どういたしまして」
でも――魔王討伐に行かないなら意味無かったな、という言葉はなんとか飲み込んだ。
魔王討伐がなされなければ俺達は帰れないようだし、そうなれば魔王に世界ごと消されて終わるだろう。必ず魔王は倒さなければならない。しかし俺はどうあっても戦力たり得ない。であれば他の誰かに倒してもらわなければならない。自分の非力を理解してからは、ずっとそのために動いてきた。武器にエンチャントしたり、クラスメイトの強化を考えたりと。
正直、彼女の能力『クッキング』には大きな可能性を感じていたのだ。しかし彼女が魔王討伐に行かないというのなら、俺はそれを尊重する他ない。俺自身が戦わないのだから、戦わない誰かをどうこう言う権利はない。
それにこんな風にはにかんだ笑顔で礼を言われてしまえば素直に受け取るしかないのだ。自分のために他人を利用しようとしている罪悪感など、わざわざ広める必要はない。
「ところで君的にはいけると思う?魔王って強いんでしょ。あと半年で倒せるようになるんかな」
「なんとかなってくれないと困るんだがな。なるようになるだろ」
異世界に来て俺達を召喚した国からもぎ取った準備期間が一年、つまり残り半年だ。魔王の実物を見ていない以上断言は出来ないが、話に聞く限りでは十分にいけるのではないかと思っている。
なんとかする他ないので返事は適当にしておくが。
「…私、戦わないとダメかな?」
小さく漏れた彼女の呟きは聞こえなかったことにした。
半年前の勇者召喚の顛末はすでに街に広まっており、二ヶ月ほど前に街に出るようになった時からそれほど邪険に扱われなかった。ほぼ毎日出歩いているので今ではそれなりに顔が知られており、頼めば大体エンチャントさせてくれる。勿論許可されそうなものを選んでいるという事情もあるが。逆に最近ナイフの切れ味が落ちたとか女神パワーが欲しいとか言ってあちらから頼んで来ることもしばしばある。
街の人々も、王城の暮らしや勇者達の様子、魔王討伐の首尾なんかは気になるらしく、世間話をしに寄ってきてくれる。こちらも市井の生活や巷の噂話を仕入れる良い機会なので、ただの雑談でも大歓迎なのだ。
「なんでそのコミュ力を教室で発揮せんの?」
「異世界の生活よりも面白い話ができる奴がいないからな」
当然そんな高尚な理由なんかじゃない。コミュ障だからだ。下手すれば三年間悪評と付き合わなければならなくなる超閉鎖的空間で、人との距離感を正しく掴むのって滅茶苦茶難しいだろ。 対して異世界の名前も知らない人々だ。しかもこちらは王城暮らしの勇者の一人とあって、あちらも協力的だ。難易度ベリーイージーである。
そんな事情はわざわざ説明してやらないが。俺なんかについてきているが、この女子はあの魔境でサバイバル出来る方の人種なのだ。いやだからこそ俺なんかについて来るのか。なんにせよコミュ障の苦労なんか分かるまい。
本当にただエンチャントと雑談をしているだけで時間は過ぎていく。コミュ力女子もさすがに飽きてどこか行くだろうと思っていたが、何が面白いのか俺から離れようとしなかった。
いや、理由は察している。言いたいことがあるのだろう。その内容も大概分かっている。ただそれを俺が聞くということに面倒があるわけで、だから俺も安易には尋ねることができないのだ。
必然的に同道することとなった帰り道で、嫌々ながらに俺が口を開いたのは、明日以降もこうして付きまとわれては面倒だという諦念に達したからだ。
「…えぇと、それで今日は何の用だったんだ?」
「今更!?…えっ、もしかしてあれ聞こえてなかったん?」
「………『戦わないとダメかな』ってやつだよな?」
「…うん」
彼女はどういう意図で言っているんだろうか。
俺は戦えない。でも魔王は倒さなければならない。だから誰かに倒してもらわなければならない。そのためには脱落者は少ない方がいい。戦える力が多くあるべきだ。
女神パワーはきちんと強力だ。俺以外は。俺以外は戦える強さがある。だから俺はまず城の魔術師を通してそのことを示してきた。『力が無いから脱落する』道を塞いだのだ。
クラスメイト達が身を置くのは教室という魔境だ。魔王を倒さなければならないなんてことは皆分かっていて、だから日々訓練に励んでいる。幸い力なら女神にもらっている。それなのに一人だけ手を抜くなどできはしない。戦いへの忌避感から逃げ出す訳にはいかない。そんなことをすればどうなるか、俺のようになる。教室の片隅で灰色の青春を送りたくなければ、皆と並んでいなければならない、そうなるように誘導した。まあ俺の青春が灰色なのは元々だが。だからこそ人柱として都合も良かった。
繰り返すが俺は戦えない。能力がまともに使えないから、戦えるやつに戦わせるために、他に使えるものを使って場を整えた。
それで、彼女の話だ。
「どういう意味だ?」
彼女の目指すところが分からない。踏み留まりたくて相談に来たのか。それとも脱落することの懺悔か言い訳をしたいのか。あるいは戦わないのに戦わせようとしている俺を糾弾したいのか。
クラスメイト達への負い目はあった。だからせめてもの誠意として直接その意図を質問したのだが、少なからず緊張が滲んで、少し声が震えたのが自分でも分かった。まるで今にも泣き出しそうなのを堪えるような声の震えで、さすがに恥ずかしかったので彼女には伝わっていないことを祈っていたが、コミュ力女子は伊達ではないらしい、バッチリ聞いて慌てていた。
「いや、えっと、なんかごめんね。君が頑張ってくれてるのは分かってるんだけどさ。えっとグロいのとか駄目っていうか。…ホントごめん!泣かないで!」
「いや泣かんけど。結局なんなんだよ」
「ごめん、って謝りたくて…」
「なんで俺に謝るんだよ」
「だってなんか色々してくれてたでしょ? なのに私戦わないとかさ…ほんと…ぐすっ…ごめん」
「意味分からん」
今度は彼女の声が震え出した。というか泣き出した。意味分からん。
「えぇと、つまりなんだ? 戦わないことが俺に申し訳ないと」
「…ごめんなさい」
「もう謝るなバカ」
「なんでよ!謝らせてよ!ごめん!」
まさかの逆ギレだった。いやこれは逆ギレなのだろうか。
「言ったろ、俺の能力は超弱いんだよ。戦わないと謝らなきゃいけない、となると俺が面白くない。俺は謝りたくないからな」
「なんでよ!謝ってよ!」
「おい楽しくなってきてるだろ。…そもそも俺が色々やってたってのも、俺が戦わずに済むようにするためだ。だから戦わないことで俺に謝るってのはお門違いなんだよ」
「…そうなん。女神パワーでなんかいい人になったんじゃなかったんだ」
「俺はずっと保身第一だ。…戦わないのが申し訳ないって思うんなら、後方支援でもやればいい。魔術師に聞いてみ」
逆ギレ女子はまだ話したがっていたが、俺はそれ以上口を開く気はなかった。それからすぐに城に帰り着き、とっとと自室に逃げ込んだ。
彼女が後方支援を望めば追従するクラスメイトもいくらか出るだろう。それでもうまく誘導すれば討伐隊希望も一定数確保できるはずだ。指導役の騎士や魔術師達と打ち合わせをしないとな、などと考えながら妙に長かった一日を終えた。
魔王は他の人たちが頑張りました。
裏から手を回してクラスメイトを戦うように追い込んでいたけど、ヒロインには「頑張ってくれてるなあ」くらいに思われていたという話。