第9話 王都
「ほわぁ……」
王都の光景にぽかーんと口を開け、思わず変な声が漏れてしまう。
私はゲシュティの中の、ほんのわずかな地方しか知らない。元々おばあちゃんの工房があってお母さんが生まれ育ったのがソラという町で、数年に一度仕事で移る出張所みたいなところがラミア。領主の城かある、いわゆる城下町ね。若君がフラフラと来るのがラミアのほう。
ラミアも都会だと思っていたけど、王都に比べたらのどかな地方都市だったんだなぁと感心する。
建物が高いよ。密集してるよ。
何より人が多いよー。
建物のデザインはまるで違うけど、渋谷のスクランブル交差点に初めて行った時を思い出す。あのときも思ったんだけど、
「どこから湧いてきたってくらい、たくさん人がいるねぇ」
そんな私に、あのときは親友の葉月に「ポカンと口を開けないの」と笑われたのを思い出し、開いてた口を慌てて閉じる。
葉月とは三日前にも会ってきた。
王都にくると、少なくとも二か月は帰省できないので、その前に遊んできたのだ。
高校を卒業して四か月。私は、自由登校になったころには活動拠点がゲシュティになってたから、普通に二人で遊ぶのは久々だったんだ。
卒業式のあとはクラス全員でカラオケ大会だったしねぇ。あれは盛り上がった!
表向き、私は海外に住む祖母の元で修行していることになってる。あながち間違いではないよね。
私以外にも、留学したり遠くに進学する子がクラスに多かったから、たぶん送別会も兼ねてくれたんだろうなぁ。男女問わず仲のいいクラスだったんだよね。
葉月は、家族以外で私の秘密を知る唯一の友達。
見た目はちょっと派手だけど、姐御肌で頼りになるし、口も堅い。大好きで自慢の親友なのだ。
久々にあったら、爪が派手になってて似合ってたな。
ジェルネイルって、普通のマニキュアと違うんだね。UVライトで固めたりするのが面白かったし、私にもしてくれるって言ってくれたんだけど、日本にいるわけじゃないから断った。
「クリアとか薄いピンクで、清楚な感じにもできるよ?」
葉月は少し残念そうにそう言ったけど、
「向こうで悪目立ちすると、色々めんどくさいし」
としか言えない。
そのかわり、遊びに行く間限定ってことで綺麗にマニキュアとペディキュアをしてもらって、テンション上がって楽しかったんだけどね。あれは落としたくないくらい可愛かったから、何枚も写真に撮っちゃったわ。
ゲシュティでの私は、異国に迷い込んでそこで腰を落ち着けたケイ・モイラと異国人とのハーフってことになっている。さすがに「異世界」アピールはできないのだ。ゲシュティでも、私がハーフってことで、変な目で見る人もいるしねぇ。見た目は変わらないのにさ。
私が完全おのぼりさん状態でキョロキョロしてるので、おばあちゃん達にクスクス笑われてしまった。王都までの船旅も珍しかったけど、王都の風景は遠くから見るより近くで見るほうが迫力なんだから、仕方がないじゃないねえ?
「そりゃあ、今は全国から人が集まってるからねえ。普段よりもさらに人が多いから、迷子にならないようにするんだよ」
「はーい」
この時期は王都で様々なイベントが行われる。その仕事でうちもここに来てるんだから、この人混みの何割かも当然そうなんだよね。
ゲシュティの建物は、基本的にパステル調で華やかだ。
絵本の世界に来たみたいで、見ているだけでも楽しい。
王都ともなると建物の立派さも段違いで、できることなら写真に撮りたいくらい。
できないけどね。
そんなことをしたら、めんどくさいことになるのは目に見えてるし。
実はゲシュティには昔、「カメラ」も「写真」もあったらしいのだ。お母さんの話だと、白黒だったそうなんだけど。
でも今は禁止されている。
なぜかって? これが怖いんだよ!
昔の人は、写真を撮られると魂をとられると思ってた人がいる、なんて話を日本でも聞いたことがあるんだけど、ゲシュティだとマジでそうなるらしい。
姿を写しとって、その相手のいろんなことを奪ったりできるし、下手すると命まで危ういってことが分かって、禁忌になったらしいんだよね。
その分「絵画」の技術はすごいことになってるんだけど。
まあ、そんな世界なので、スマホやデジカメなんか使ったら「なにそれ」って人の目を引いてしまうだろうし、写した画面を見られたら大ごとになってしまうのは確実。人のいないところなら、何度かレンズ付きフィルムで写真を撮ったことがあるんだけど、私、あれだと絶対指が入ったりぶれたりするんだよ。現像は美鈴おばあちゃんがしてくれるけど、出来上がるまでどう写ってるかわからないから苦手なんだ。
もちろん、こんなに人の多いところでは、それだって出せないし。
あとでお土産用の小さな絵だけでも買おうかな。
次回は「お城へ」。
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