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第11話 仕立て士レスリーと呪詛

 陛下と父が同時に部屋に入ってきた。

 ドアは開けたままだけど、ガブリエラ様とロドニー様が野次馬とテイバー様を部屋から少しだけ遠ざけた気配がする。

「お父さん……」


 真っ青になって、はた目にも震えているのが分かる父。

 襟もとから一直線に切り裂かれたドレスは簡素でありながら、総刺繍の施された青い花のようで、父の力作だったことがうかがえる。ドレス以上にズタズタにされたナナのモデルを見て、陛下が息を飲んだ。ナナはモデルを平らに戻し、ドレスを隠したけど、次の瞬間陛下の手には黒い長弓が現れ、一瞬にして矢が母を檻のように取り囲む。

「アビー、起きろ」


 厳しい陛下の声に目を覚ました母は再び暴れたものの、矢の檻は頑丈でびくともしない。外にいる父に気づいた母はハッと息を飲み、場違いなほど嫣然(えんぜん)と微笑んで父の名を呼んだ。それは普段通りの毒々しくも美しい笑みで、私はぞっと粟立った腕を無意識にさする。


 母の言葉は支離滅裂だった。

 でも分かったことは、陛下がサラ・モイラの息子だということ。

 天啓を与えたモイラさんを私の祖母は憎んでいたこと。その影響か、陛下の妹であるケイを母は嫌いだったこと。父がケイに恋をしていたことを知り、余計に憎しみを強めたこと。

 そして、母の前でケイがレシュールに飲まれたこと。本当は自分が飲まれるところだったのを、ケイに突き飛ばされ自分は助かったという。


 驚く話ばかりに、部屋の外がざわめく。


「そういういい子ちゃんなところが嫌いだった。グレッグがケイを愛おしげに見るのも許せなかった! やっと消えてくれたのに、なんでまた現れるのよ! 私がほしいものは何でも持ってるくせに! なんであんたばっかり。あんたばっかりーっ!」


 目を血走らせ、髪を振り乱し、叫ぶ言葉はあまりにも幼稚で愚かだ。

 陛下の声も、ましてや父の声も届いていない。違う世界に行ってしまったような母。

 その半分は祖母が母に吹き込んだ呪詛だと気づき、体がガクガクと震える。私も、あと少しでああだったのだ。あれは私がなっていたかもしれない未来だ。

 陛下が苛立って何か言おうとしたのを、ナナがスッと手で制した。そして母の前に立ったナナは

「アビー?」

 と母に呼び掛けた。まるで古い友人に会ったかのように。

 ビクリとした母の言葉が止まり、ゆっくりと焦点があっていく。

「アビー」

 もう一度ナナが母を呼ぶ。


「つらかったねわね。ごめんね? あなたが苦しんでたなんて知らなかったの」

「なっ!」

 ナナを守ろうとしたのか、一歩踏み出そうとしたチェイス様とセシル様を陛下が手で制する。


「ねえ、アビー。私、レシュールに飲まれて遠い遠い国に行ったのよ。おどろきよね」

「ケイ?」

 母が幼い子供のような声を漏らす。彼女が見ているのは、ナナではなくケイ。ナナのお母さんだ。


「あの日夢を語ったよね。二人で上級仕立て士になろうって。結婚式には、私はアビーの、アビーは私の花嫁衣裳を仕立てようって約束したわね。アビーのお母さんは私のこともお母さんのことも嫌ってたけど、私たちは仲良しだったじゃない。アビーはただ一人、私の苦しみが理解できる友達だった。だから私は、あなたを失うなんて考えられなかった。かわりにレシュールの前に飛び込むことなんて、怖くなんかなかったのよ」

「何言ってるのよ! 私は! 私だって怖かったに決まってるでしょう! なんであんなことしたのよっ? 私がいなくなっても、お父さんもお母さんもグレッグも悲しまないわ! でもあなたは違うじゃない! なんで帰ってこなかったのよ! ずっと、ずっとあなたは死んだと思ってた。生きていたなら、無事だったなら、さっさと帰ってきなさいよー!」

 血を吐くように叫び、一心不乱にナナを見つめる母は、迷子になった幼子のように涙を流し、不安そうに手を伸ばす。


「だって私、運命の人に出会っちゃったんだもの。たった一人の人に」

「はっ?」

 何を言われたのかとキョトンと首をかしげる母に、ナナはにっこりと微笑んだ。

「私の運命の人はその国にいたから。だから不思議な力は私を遠くの国に送ったんだと思う。私はもうゲシュティに戻れなかったけど、それは、私が一番ほしいものがゲシュティにはなかったせいのよ」

「ここには――なかった?」

 幼子のように尋ねる母に、ナナは快活に「うんっ」と頷く。

「ケイは、しあわせ、なの? 私を恨んでないの?」


 ナナは心細そうな母の手を少し握った後、彼女は両手を広げ、大きなものをすくい上げるような仕草をした。目をすがめてみると、何かモヤモヤとした灰色のものをナナがくるっとまとめるのが分かる。多分、私とお父さんしか気づいてないだろう。あれは何?


「そう。お母さんは幸せでしたよ、アビーさん」

 夢からさめたような母に、ナナはナナとしてそう言う。

「……あなたはケイではないの?」

「私はナナ・モイラ。ケイの娘です」

「ナナ……。娘……」

「アビーさん、お母さんの、ケイの親友でしょう? 私、あなたの話を何度も聞いたことがあります」

「え……?」

「お母さんは幸せでした。確かに母は、ゲシュティには不思議な力で帰ることが出来ませんでした。帰りたくなかったわけじゃない。家族や友達にも会いたかったでしょう。でも、どうしても無理だったんです」

 ナナは寂しそうに目を伏せる。ケイについて話すことがすべてが過去形であることを、母は気付いただろうか。

「でも、じゃあ、あなたは……」

「私の運命の人はここにいたから」


 そう言ってナナはドアのほうを向き、テイバー様を呼んだ。

 一直線に走ってきたテイバー様は、ナナを守るように彼女の肩を抱く。その固い表情とは裏腹にナナの表情はどこまでも穏やかで、彼に大丈夫だと頷きかける。


「母は父に会うために世界を超え、私は彼に会うために生まれたんです」


 愛おし気にテイバー様を見つめるナナは、とても幸せそうに微笑む。

 彼に会うために生まれたと言い切るナナに、どこかからホォッという吐息が漏れる。なぜかセシル様が涙を流しているのが見え、いつのまにか自分も泣いていたことに気づいた。


  ☆


 その後母は連行され、色々なことを知ってしまった私たちは、いくつかのことを式典まで他言しないよう命じられた。

 陛下がサラ・モイラの子だということは、ある程度年のいった人たちには公然の秘密だったという。ナナの母親が魔獣に飲まれた原因が自分の母であることに私は動揺したけれど、ナナは必要なことだったと笑った。ナナが語ったことはケイが実際に話していたことで間違いなく、テイバー様もご存知の内容だったらしい。

「レスリーのお母さんだったことは知らなかったけど」


 ナナのドレスは式典用だった。

 天啓を下ろしたのはナナだったらしい。しかも、二人分!

 なにそれ?


「だが、次期王太子妃に殺意を向けた罪は重い」

 実際に向けてたのはケイにだけど、事実母はナナを刺そうとした。罪悪感と祖母の呪詛が作り上げた亡霊は、母の精神を少しずつ壊していたのだろう。でも刃物を向けた相手がナナじゃなかったら、ぜったいタダではすまなかったのだ。あの人間離れしたとしか思えない母の力は、とても恐ろしかった。ナナは服飾の実験を自らしているとかで、風の力で自分の身を守る膜のようなものを作っているのだという。強い上級仕立て士になるとそんなことが出来るとは、ついぞ知らなかったわ……。

 そして、

「あの、次の王太子はテイバー様で、ナナは婚約者、ということでしょうか」

 腕の手当てを受けた悪口軍団の一人が、おずおずとそう尋ねると、陛下はそれをあっさり肯定した。彼女が真っ青になっているのは、きっと傷のせいよね?


 ナナたちの恋は叶っていた。ブレスレットの交換は刹那的な恋人ではなく、正真正銘婚約のあかしだったのだ。

 それがとても嬉しくて、でもお披露目のドレスが台無しになったことが、とてもとても悲しかった。

次は「仕立て士レスリーと仕事」。

切り裂かれたドレスを前に、何ができるかを考えるレスリー。

彼女はある決断をします。


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