第3話 仕立て士レスリーの不満
普通の仕立て士レスリー視点です。
人々を守る「力」が絶対であるのは上級仕立て士界でも同じ。上級仕立て士の娘でありながら、普通の仕立て士である彼女の目から見たナナとはいったい?
今年の式典はいつもと違うらしい。
「そんなの納得がいきません!」
私は父であり師匠でもあるグレッグ・ヴァーナーに噛みつく。
「黙りなさい、レスリー。去年とは状況が変わったのだ」
静かにそう言う父は、私とは反対に少し嬉しそうに見えた。特別な仕事が増えて嬉しいのか、まさかと思うけど、助っ人が入るのが嬉しいのか……。
父は国で第三位の上級仕立て士だ。王宮に招かれ、王族や上級騎士の服を仕立てられる希少な立場にいる一人。それだけの立場の人間が、なんで、なんで!
「だからって、なぜナナ・モイラが助っ人なんですか? あんな」
魔獣娘!
ギリギリでその言葉を飲み込んだものの、師匠には丸わかりだったのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をされる。師匠は普段口数が少なく表情があまり変わらないため、わずかな変化でも動揺してしまうが、それでも納得がいかないものはいかないのだ。
どうして、あんな半端な小娘に助っ人に来てもらわなければならないの!
みんな知っているはずだ。あの娘が、魔獣に飲み込まれたものの、なぜか助かって外の国で生き延びていたケイの娘だということを。魔獣に飲み込まれたのは目撃者がいるから確かだ。でも生きてても一度も帰ってこないなんて、絶対何かあるに決まっていると母がよく言っていた。私もそう思う!
ナナは国一番の上級仕立て士サラの孫だ。だから師匠たちも大っぴらに言わないだけで、あんな半端な小娘に上級仕立て士なんて務まる筈がないと思っているはず!
今年初めて見たけど、おとなしくて地味で、その辺の石ころみたいな女。なのに最初の食事会の時私たちに向けてきた笑顔は妙な迫力があって、全身に鳥肌が立った。
本当に気味が悪い!
なのにナナのやつ、何をしたのやら陛下に気に入られて、王子様方の妻候補とも噂されているらしい。もっとムカつくのは、あのテイバー様までナナにベタ惚れだなんてありもしない噂が流れていることだ!
ありえない、ありえない!
本当にムカつく!
「これは決定事項だ。わかったら仕事に戻りなさい、レスリー」
☆
「レスリーのところもナナが入るんだ。うちにも助っ人に入るらしいよ。忙しい娘だね」
昼食を食べながら愚痴っていると、第二位の上級仕立て士であるタリーニさんところの仕立て士ユナが、笑ってそう言った。
何よ。最初は私と一緒にナナの悪口を言ってたくせに! ナナのギョーザを食べたあたりから? 前とはコロッと態度が変わっちゃうなんて、信じられない!
ユナだけじゃなく、いつのまにかまわりのナナを見る目が変わっていて奇妙な感じだ。ギョーザは騎士様受けが良かったこともあり、つられた女性もだんだん喜んで食べるようになっていった。女性騎士のセシル様がすごく気に入ってたのも大きいかもしれない。
だけど私は食べていない。あんな得体のしれないものを、よく食べる気になるわね。
「もう意味が分からない。モイラさんの所だって仕事が多いはずでしょう。うちらよりはるかに人数だって少ないんだし。ほんと、なんなの、いったい」
モイラ・チームは国王陛下とクララ王女、それから総合優勝者であるテイバー様の仕立てがある。スタッフが、うちやタリーニさんの所の半分くらいしか人がいないんだから、それこそ助っ人が必要な立場ではないの?
「あれ、聞いてない? あの時、天啓が下りたんだよ」
「噂には聞いた」
あの時とは騎士様たちの試合最終日のことだ。
手に汗握る試合に本当にドキドキしたし、テイバー様の二度目の優勝もうれしかった!
でもその後襲ってきた、空を覆うほどの巨大なレシュールの群れは、今思い出しても全身に鳥肌がたつ。あの巨大でおぞましい魔獣! 本当に死ぬかと思ったのだ。
でも、あの時素早く逃がしてくれた騎士様たちは、本当に勇敢で素敵だった。次々分身して私たちを守ってくれた騎士様たちを思い出し、思わずうっとりする。
あの戦いで天啓が現れたのは噂で知っている。そのおかげで死者が出なかったのは本当に幸運だった。逃げるのが遅れた人に聞いたところ、相当激しい戦闘だったらしい。ただ、天啓を見た人は一様に口を閉ざして詳細を語ってはくれないのだ。だから発表まで、次の王太子がどなたかは分からない。ただ、私たちは仕事上大体の予想をたて、噂話に花を咲かせているんだけどね。
「でもそのせいで、今までより求められる水準がはるかに高いのよね……」
ユナの横でターニャがため息をつく。彼女もタリーニ・チームの仕立て士だ。
彼女がため息をつくのももっともだ。
いまや、あらかじめ準備していた王族の者たちの仕立ても数段上の力を求められているし、試合上位者の騎士様たちの仕立ても例年よりはるか上の水準であることを命じられた。正直、そんな力をどうやって? と疑問に思わないでもないが、やらないわけにはいかない。
「しかも、求められるのがモイラさんレベルだもんねぇ」
私の横で、私と同じチームのカーラがため息をつく。
私とカーラ、ユナとターニャは年が近いこともあって、社交シーズンはよくこうやってつるんでいる。ユナは秋に結婚するので、来年は三人になってしまうかもしれないけれど。
「だったらいっそ、モイラさんが助っ人に来て下さったらいいのに」
ナナは嫌いだが、サラ・モイラは憧れの女性だ。彼女の手で仕上げられた服は、上級の力がない人の目にさえ違いが分かるほど水準が高い。私には、残念ながら上級仕立て士の力がほとんどないけれど、それでもあの力の色は父とは比べ物にならないことを知っている。いえ、ドレスのデザインに関してなら、父の右に出るものはいないのだけれど、上級仕立て士としては、それはあまり役に立つものではない。
サラ・レベル。
あれを我々が求められてるというのは、ちょっと無理があるのでは……。そんな風に腰が引けてしまう。だけど師匠はやたら楽しそうだし、なぜか魔獣娘が助っ人に入るし、訳が分からない。
季節外れの魔獣が出たことで、狩りの装備はより強いものが求められるから――なんて言われたけれど、あんなことが秋冬も続くなんて冗談ではないわ。
次は「仕立て士レスリーと幼馴染」です。
幼馴染のエースはレスリーの1才年下で、テイバーの友人でもあります。
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