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第2話 夜の散歩(後編)

 日本ならナナは普通の女の子として生きていける。そのほうが陸人や美鈴たちも安心だろう。葉月も喜ぶだろうしな。

 だがナナがゲシュティに残るなら、確実に彼女を守るためそれ相応の力を持つ者、あるいは周りを納得させられる者がそばにいる必要がある。

 もしあのまま、ナナの力と相性がいい俺とクララ様が結婚ということにでもなれば、おそらくナナは王子のどちらかと結婚することになっていたはずだ。陛下はどんな手を使ってでもそうしただろう。そして、それが必要だと理解すれば、彼女はきっと黙って受け入れた。きっと誠心誠意、夫になる男を愛する努力をしただろう。それもこれもすべて、俺たちを守るために……。


 絶対だめだ!

 有り得ない。無理だ、無理!

 耐えられるか、そんなこと!

 考えるだけでも腹が立つ!


 再会のハグが長すぎたチェイス様を、引き離したい衝動を我慢することさえ一苦労だったんだぞ! あんなにがっちりナナを抱きしめるなんて!

 チェイス様はナナを心配してただけだ。そんなことは分かってる。

 それでも一歩間違えてたら、求婚していたのは俺ではなくチェイス様だったかもしれない。


 ――だがナナは気付いてない。

 あったかもしれない未来になんて、気付かなくていい。そのまま何も知らないでいてほしい。


 雑事は俺がすべて引き受けるから。君には心から笑っていてほしいんだ。もう二度と傷つけたくないし、悲しませたくない。

 俺だけを見て。俺のことだけを考えて。

 自分がこんなことを考えるようになるなんて、夢にも思わなかった……。


 ナナは自分の悲しみや苦しみを隠すのがうますぎて、もしタキとしてそばにいなければ、彼女がウィルフレッドを好きになってくれたことなんて、気づくことさえできなかったかもしれない。彼女はきっと鋼のような自制心で、永遠に気持ちを隠し通しただろう。そうならなくて、本当によかった。



「若君?」

「ん? 落ち着いたかい?」

「はい。突然ごめんなさい。なんだか胸がいっぱいになっちゃって」

 ナナは恥ずかしそうに笑うと少しうつむいて、もう一度抱き着いてくる。俺の胸に頬ずりする姿に愛おしさでいっぱいになった。

 ああもうっ、めちゃくちゃ可愛いな!


 このまま力いっぱい抱きしめようか、それとも口づけようか考えていると、

「夢じゃないんですよね。私、ずっと貴方と一緒にいていいんですよね」

 囁くような声に胸が熱くなる。

「夢なんかじゃないよ」

 それを選んでくれたのはナナだ。

 テイバーもウィルフレッドも、何度もナナとの未来を諦めようとしては、結局諦められなかった。好きで好きでたまらなくて、苦しくておかしくなりそうだった。でも諦めなくて良かったと心から思う。自分の幸福は、ナナなしにはあり得ないのだから。


 結局、ぎゅっとナナの小さな体を抱きしめる。

 壊れそうなほど華奢なのに、誰よりも強くて優しいナナ。

「もう俺を諦めない?」

 耳元でささやくと、ナナはくすぐったそうに笑いながら

「もう、ぜったい諦めてあげません。テイバー・ウイルフレッド様、大好き!」

 と、はっきり言った。

 そうだ。ナナの差し出す愛情は、いつだって明確でおおらかで温かいんだ。


「あ、そうだ。ナナ、これをもらって」

 ナナを怯えさせないよう気をつけつつも丹念に口づけた後、俺は本来ナナに渡すつもりだったブレスレットを外す。前に交換できるものがないと言っていたからあの場では渡さなかったが、誰の目にもナナが俺のものだという印はつけておきたいのだ。

「これを着けてくれるのは二度目ですね」

 クスクス笑うナナの顔は、夜目にも赤いことが分かる。

 だがさすがに俺のブレスレットはナナにはブカブカだし、五連は多いと苦笑いされてしまった。ナナのサイズになおすと、多分一・ニ本は確実にブレスレットが増えてしまう、と。

「若君に贈るブレスレットは、これから作りますね」

「くれるの?」

「嫌ですか?」

「まさか。作ってくれると思わなかったから驚いて……」

「だって、ゲシュティでは交換するものでしょう? 私からも贈らなきゃ結婚できないかもしれないじゃないですか」

 あくまで習慣だからそんなことはないのだが、少し唇を尖らせてそんなことを言ってくれるナナが可愛い。

 ナナがくれる守り石なら、俺にとってどれほどの価値があるか。


「明日材料を買いに行く?」

「そうですね、行きたいです。でも若君は忙しいでしょうし、一緒に出掛けるのは無理ですよね……」

 寂しそうにそんなことを言ってくれるなんて、ちょっと前の俺に見せてやりたい!

「分身するから大丈夫だよ」

「任務じゃないのに、そんなことして大丈夫ですか?」

 残念。分身は私用で簡単にするものではないと知ってしまったようだ。

「上級仕立て士の護衛っていう仕事でしょ」

「ふふ、たしかにそうですね」

 ただし、テイバーが行くか、ウィルフレッドが行くかで悩みそうだけどな。すぐに記憶を共有できるとはいっても、それとこれとは話が別なのだ。分かれていた期間が長かったことと、生きてきた環境があまりにも違うせいか、二つの思い出や意識がまだ完全には融合しきっていない感じがする。

 さらに五人増えたとはいえ、その場合ナナの力も利用することになるから、そうそう使いたくはない。ナナには内緒だが、以前のような一人の自分として完全に馴染むのに、もう少しかかりそうな気がする。


「陸人たちにも、婚約の報告をしないとな」

「あ、お父さんには伝えました」

「早いね。陸人、なんだって?」

「なんだかあっさりしてましたよ。文字だからかしら?」


 ナナが首をかしげている。

 だが陸人には、日本にいる間にナナと結婚したいと伝えてあった。男が女へ結婚の申し込みをする前に父親に許可を求めるのは、ゲシュティの貴族の慣習にのっとったものだ。

『ナナと将来を共にしたい。心からの誠意と愛を捧げ、必ず幸せにすることを約束する。だから、どうかナナに求婚することを許してほしい』

 と。日本ではなじみがないことだろうが、きちんと手順を踏んでおきたかった。本人より先に伝えてたことを知ったらナナがふくれそうだから内緒だけどな。

 陸人からは複雑な表情で、

『まあ、どこの馬の骨かわからん奴よりかは、お前のほうがずっといい』

 と言われ、頭をガシガシと撫でまわされた。実際事情をすべて承知している俺が相手なら、ナナは今まで通り絶対日本に帰ってくるし、気も楽だってことらしい。息子のように思っていると言ってもらえ、どれだけそれが支えになったことか……。

 近いうちに俺用の通信機も作っておくことを決める。


「さ、そろそろ帰ろうか」

「えっ、もうですか?」

 ウィルフレッドには絶対にしてくれなかったような反応に、思わず笑みがこぼれる。こういう身内にしか見せない素直な反応を、婚約者として見ることができる事実に頬が緩むのが止められない。他の人間がいたら、こんな表情(かお)は絶対に見せてくれないだろうからなぁ。


「もう夜も遅いからね。サラも待ってるだろ?」

 クシャッと頭を撫でると、くすぐったそうな顔をして笑うナナ。体中すべてで、大好きだって伝えてくれているのを感じる。こんなかわいい顔を見せてくれること。それ自体が、本当に宝物だな。一つ身に戻れてよかったとしみじみ思う。

 願わくば、できれば人前でもこういう姿でいてくれたらいいんだけど。婚約が発表される前に、よけいなちょっかいを出されたくはない。

 明日頼んでみようか。俺のためにって頼めば、頑張ってくれるかもしれないし。

 うん、我ながら独占欲が強いが、恋する男なんてこんなもんだ。


「明日はデートなんだから、早く休もう」

 このままだと、帰したくなくなるからね。

実の父親からは冷遇されてきた若君にとって、ナナの父親の存在は大きいものでした。

さて、婚約してはじめての王都デート。いったいどちらが行くことになったのでしょうか?

ちなみに守り石はゲシュティ式に、若君が主になる石を買ってナナにプレゼントし、それをナナがブレスレットに仕立てることになります。

以前オロオロしていた店の主人も、今度は安心して売ることが出来るでしょう(^^)


次は、仕立て士レスリー視点でのプチ連載。

レスリーって誰? ですよね。

彼女は以前食事会で、ナナの悪口を言っていた仕立て士です。

はたから見たナナってどんな感じなでしょうか。


明日1日お休みして、明後日11時に投稿します。


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