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第63話 混乱

 ゲシュティは表面上は平和だったけど、王宮の中は大混乱だった。

 町も含め白蛇レシュールによる被害は少なかったけど、若君を呪った犯人が見つかったり、王太子をどうするかで揉めていたのだ。


「啓示を得たのはクララ様ですし、クララ様が王太子でいいのでは」

「いや、女が王になるなど前例がない。ましてや王女が子を持った時は魔獣討伐もできないのだぞ」

「そうだ。二年連続の総合優勝者であるテイバーと添わせたらどうだ? 王配には申し分ないだろう」

「だが、彼は優秀だが単身ではないか」

「いっそ上級仕立て士自身は? 前代未聞の力だぞ」

「それこそ単身だわ、女だわでどうにもならんわ」



「……ということになっているのだ」

 私たちがゲシュティに戻ると、陛下はげんなりした顔でそう教えてくれた。

 十三時に直接自分の所にくるようにとの連絡を受け、日本から直接陛下の指定した部屋へと道を開いた。できるだけ内密にとのことだったので、この方法なら誰にも会わないと思って試してみたのだ。一応事前に許可も取ってある。

 できる可能性は五分五分だったとはいえ、いきなり現れた私たちを見ても平然としている陛下は、さすがだと思うわ。

 単純に、疲れて何も考えたくないだけかもしれないけど。


「テイバー、こちらにいても体は何ともないか?」

 カメラも写真も押収したという陛下は、厳しい表情で若君を上から下まで見た。

「はい。なんともありません。万が一写真が残っていたとしても、今は一つ身なので問題はないでしょう」

「そうか」

 写真に写っていたのはウィルフレッド様だけだから、テイバー様と一つになってる限り大丈夫らしい。そうは言っても不安は残るんだけど……。

「ナナ、これがそのカメラだ。どうだ?」


 陛下が出したカメラを受け取ってじっくり検分する。

 若君も一緒になってそれを調べ始めた。もしかしたら、私より詳しく分かるかも。

「これ、やっぱり焼き増しはできないタイプの写真ですね」

「そうだな」

 それは、撮った写真がその場で現像されるインスタントカメラだ。フィルムカードをセットして写真を撮ると、カードに写真が現像される。使っていないフィルムは三枚残っていた。

「これで全部ですか?」

「今のところ見つかったものはな」


 若君を呪ったのは、ロドニー様の姉だった。つまり若君のお父さんの今の奥さん。

 ラミアストルの領主様に長いこと恋をしていた彼女は、やっと念願かなって妻の座に就いたのだという。だが月日が経つに連れ、離婚されることへの恐怖から、子ができないのはすべて若君のせいだと思い込んだという。

 若君の母親が死んだのは若君のせいだと父親は考えている。なら、子ができないのも若君のせいなのだと。

 カメラは偶然手に入れたらしい。元々写真の存在も禁止された理由も知ってたらしいが、呪う方法までは分からなかったので、使用人に命じて写真を撮らせそれを訓練場に紛れ込ませたという。


『テイバーが自分で自分を殺すなら、こんな愉快なことはないじゃない』

 と。


 それでも何も起こらないことに焦れた彼女は、偶然昔の記録を見つけ、若君の体の自由を封じ徐々に力を奪い取る方法を知った。

 それを実行したのが白蛇と戦っている正にその時だ。そのため市民さえも危険に晒したことになり、罪が増えたのだという。


「ラミアストル領主夫人は、禁忌を犯した罪人として幽閉が決定した。だが、まだ正式な刑ではない。そして同時に、ラミアストル領主は貴族籍剥奪となった。今ラミアストル領は領主不在だ」

 陛下の言葉に、若君は少し表情を固くしただけで何も言わなかった。

 実の父とその妻の処罰だ。かける言葉が見つからない。

「父は、そこまで俺を憎んでいたのですね……」

 感情のこもらない声で若君がそう言った。

 領主様が貴族籍剥奪となったのは、夫人が禁忌を犯したからだけではないという。

 すでにすべき仕事を若君に押し付けていたことも、今回のことで明白になったのだそうだ。守るべきものを守らず、恨みに凝り固まった人……。おそらく夫人のしていたことも分かっていた、もしくはそう誘導していた節があると陛下ははっきりと言った。


「では、次の領主はテイバー様ということでしょうか?」

 おずおすと私が尋ねると、陛下が答える前に若君が首を振る。

「ナナ、それは違う。俺はまだ貴族籍ではあるけど、もう姓はラミアストルではなくなった」

「若君は被害者ですよね」

 連帯責任の対象にはならないでしょう?

「それでも父が領主でなくなったなら、継ぐ立場だった俺の資格はなくなるんだ」

「そんなのおかしいです」

 どうして。若君はあんなに頑張っていたのに。

 足元が崩れ落ちるような思いがする。私でこんなにショックなのだから、若君の気持ちはどうなの……。



「今回の騒動の時、天啓が現れたな」

 ぼそりと陛下が呟くように言った。

「そうなんですか?」

「そうなんですかって、お前が天啓を与えたんだろう」

「私が?」

「クララに杖を与えただろう」


 そう言われてやっと思いだす。

 そうだ。私はクララ様の力を最大限に使えるものを考えた。そのときグイっと何かを引き出したんだ。それを使ってくれと。

 あれが天啓?

「陛下も……杖を持ってるんですか?」

「いや、俺のはこれだ」

 そう言うと、陛下の手に長弓が現れた。

「天に与えられるものは王によって違う。そしてこれは、与えられたものが役割を終えると天に帰るんだ」

 黒く艶めく弓は、矢が無限に現れるのだそうだ。

 体の成長に従って共に大きくなった弓は、今では陛下の一部のようなものだという。

「これは、どこから来たんでしょうね」

「出した者が分からぬのに、俺に分かるわけがないだろう」

 それもそうですね。

 あまりの非現実さに、妙に冷静にそう思う。

 そっか。それでクララ様を王太子にするかもめているのか。


「だが、テイバーに関しては、お前を王にしたいって意見も多くてなぁ」

 もし長年新しい王が立たないとき、三年連続優勝したものが中継ぎの王になるのが慣例らしい。

 若君は二年連続だから一年足りないけど……。


「それは、クララ様と結婚をして、ということですか?」

 声が震えないよう気を付けて確認をする。

「まあ、そういうことだ。ナナも、どうせ天啓を与えるならテイバーにしておけばよかったものを」

 陛下の顔は苦々しい。

 若君は無表情を装っているけど、一瞬頬がピクリとしたのが分かった。

「私、そのことをあまり覚えていないんです。ただ夢中で……。でもあれはクララ様のものです。彼女の持つ保護の力も、ほかに類を見ない強さです」

「だが、女だと子を宿す前後は分身ができない。防衛を考えれば、どうしても無理があるんだ」

 そういう意味だったのか。


 陛下は私と若君の顔を見比べ、もう一度ため息をついた。

「ナナ、もう一つ天啓を得ることはできないのか?」

 私は色々思いだし、できることならやってみたいと思った。でもどうやったかなんて思いだせないし、何も気配は感じない。天を開くなんて、私は何をしたの?


 もし若君が王に立つなら、混乱はあっさり収まるらしい。一つ身に戻り、かつ連続優勝者であるテイバー様なら反対の声は出ないだろう、と。

 でも啓示が出ているのはクララ様。

 それを差し置いて、ほかの誰かが王に立つのはありえないことなのだ。

 だから、クララ様、もしくはその伴侶が王に立つ以外の方法はない。


「そこで、なぜ私の名前が出たのですか?」

 どうにもならないと一刀両断されたとはいえ、なぜ私が王太子候補だと一瞬でも思われたの?

「もしお前が男で、かつ分身が出来たなら、この国でお前以上の力を持つものなんていないからだ。レシュールを一撃で粉々にし、かつ自分の力を騎士に分け与え高めるやつなど、ほかにありえん」

「そうですか……。それなら私がクララ様と結婚をして、丸く収まったんですね」

 そして、私を手元に置きたいという陛下の希望も叶う、と。


「俺は、おまえがゲシュティにいてくれるなら、伴侶がだれであっても構わなかったよ。テイバーがお前の初恋のお兄さんだったんだろう」

「はい……」

「それを知った時、俺は、テイバーよくやったと思ってたよ。テイバーがナナにベタぼれなのは噂になってたしな」

 そう言って陛下は、若君にニヤッと笑いかけた。でもその後、厳しい顔に戻って深く息をつく。

「タイミングが、悪かったな……」



 体の中が冷たくなっていく。

 私は、何もできない……。

数日日本にいる間に、事情ががらりと変わっていたゲシュティ。


次は「会議」。

王太子、つまり次の王について話し合いが始まりますが、その場にナナはある人の姿を見つけます。


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