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第60話 封印

 一瞬だけギュッとウィルフレッド様に抱き着いて離れると、テイバー様が

「僕は、一刻も早く一つ身に戻りたかった。菜々に守られる側ではなくて、いつだって守る側になりたいんだ」

 と言った。

 その言葉にウィルフレッド様が頷く。

「うん、俺もだ」

「だろう? でも、昨日日本に戻ってからの僕は不安定で、美鈴に頼んで君達が僕のそばにいないようにしてもらった。とても、事情説明なんてできなかったから」


「一人で苦しませてごめんなさい」

 私がのんきに過ごしている間、タキはずっと苦しんでいた。

 そのことが、とてもつらい。

「謝らないで、菜々。苦しんでる姿を見せることが嫌だっただけなんだ。――じゃあウィル、もう一人に戻ってもいい?」

 テイバー様がそう言うと、ウィルフレッド様は強く頷いた。

「もちろんだ」

 二人の若君が手のひらを合わせ……


 でも――若君たちは二人のままで、一人には戻らなかった。



「やはり、この身に魔獣を抱えたままじゃ無理か」

 テイバー様が眉根を寄せた。

 ネアーガと一体になってるとは言っても、けっして溶け込んでるわけではないんだよね?

「どうすれば引きはがせるんですか?」

 分離すれば元に戻れるの?

 でもどうやって?


 テイバー様は、その身に十四年も魔獣を封じていた。はがせるものならとっくにはがしていたはずだ。

 逡巡したのち、テイバー様はウィルフレッド様に頷きかけ、決意したように私を見た。

「……菜々、手伝ってくれる?」

「勿論です」

 私にできることなら。ううん、できなくてもやる!

 

「この方法が正しいかはわからない。でも一度、ゲシュティへの道を開く。そしたらネアーガを引き出すから、ウィルが封印してくれ」

「道、開けますか?」

 だってさっきは無理だった。

「今の、ネアーガの力を抑えてる状態ならいけると思う。今はウィルが僕に近い状態だからなんとかなってるけど、正直言うと、これ以上抑えられる自信があまりないんだ」

「わかりました」

 あんなに苦しんでたタキを、テイバー様を見るのはもう嫌だ。どれだけの力で抑えてるのか考えると、胸の奥がキリキリする。テイバー様がこれだけ急いでいるなら、多分一刻の猶予もない。


 私は大きく深呼吸をして気を静める。私はまだネアーガを見たことがない。私が知ってるのは可愛いタキだけだ。十四年間も獅子のような魔獣がそばにいたことに、まだピンと来ない。でもタキが特別だったのは確かなのだ。

 その子を引きはがす。若君が元に戻るために。


「じゃあ、開こう」

「はい。おばあちゃん、ちょっとゲシュティに行ってきます」

 あえて軽い調子で祖母に声をかける。

 そして、靴を履くために玄関まで行ったところでハタと気づく。

 いつもならタキの頭にキスをする。そのほうが安定して道が開けるから。でも相手がテイバー様だとどうしたらいいの?

 一瞬の戸惑いに気づいたのかテイバー様はクスッと笑い、一瞬ウィルフレッド様を見た後、私の唇に軽く口づけた。

 情けなくも顔が赤くなってしまい、オロオロしてしまう。

 タキには何千回何万回とキスをしてるのに!

 というか、別に唇じゃなくてもよかったですよね?

 ちゃんと、人里離れたところに道は開けましたけど!



 三人でゲシュティ側に移動すると、私は意識を切り替えて、即座に三人を囲む大きなバリアをドーム型に作り上げた。本当は服飾の補助なしで力を使っているため、力の制御に思った以上の負担がかかって脂汗が出る。けど、二人に気取られないよう平気な顔を続けた。事が終わったら日本に戻れるよう、細く道を開いたままにしている今、万が一にでもネアーガを外に出すわけにはいかないのだから。


 バリアが完成したのを確認した途端、再びテイバー様が苦しみだした。

「う……ぐああああ……」

「テイバー様!」

「タビィ!」


 テイバー様が、猫の姿と人の姿に目まぐるしく変化する。

 それは、そのまま彼がグシャグシャになってしまうんじゃないかと思うくらいの恐ろしい光景で、私は恐怖で頭の奥がくらくらして、胃の中のものを全て吐き出しそうなほど苦しくなった。

 だめだ、しっかりしなきゃバリアが保てない。ちゃんと彼を守らなきゃいけないんだから!


「タキ!」

 彼が猫の姿で苦し気な叫び声をあげたとき、私が叫んだのはタキの名だった。

 タキ、テイバー様、死なないで。お願い!


 若君が光の帯を作り上げ、冷や汗を流し始めた。

「ウィル!」

 テイバー様が叫ぶ。次の瞬間彼の背から黒いものが飛び出し、ウィルフレッド様がすかさずそれを光の帯で包みこんだ。

 暴れるそれにテイバー様も飛びつき、二人で押さえつける。

 永遠のような時間が過ぎた。

 静かになった光の玉はだんだんと黒色になっていく。


「……!」


 声にならない声を聞き、私はふらりとそちらに足を踏み出した。

「ナナ、まだ駄目だ」

 黒くなるそれを見ながら、私は首を振った。

「タキ」

 私はそれに呼び掛ける。そして、二人の腕の間から黒くなっていく玉を一瞬抱きしめ、素早く口づけた。

 驚いた二人が黒い玉を私から遠ざけようとすると、はじけるようにコロンと玉が地面に落ち――そこには一匹の黒い子猫がみーみーと鳴いていた。私はその子をそっと抱き上げる。


「菜々、それは……」

「タキ……テイバー様から離れた、元ネアーガです。今、彼の力を全部もらっちゃいました」

「は?」「なんだって?」

 二人が素っ頓狂な声を出す。

「だからこの子は何の力もない、ただの子猫です」


 タキが私を呼んだのだ。怖いよって。助けてって。

 魔獣は人に懐かない。でもタキはテイバー様とずっと一緒だった。私と一緒だった。

 たくさんたくさん愛した。だから、この子は普通のネアーガではなくなったんだ。


「助けてってタキの声が聞こえたんです。私のことが好きだよって。私もタキが大好きだから、彼が持っていてはいけない力を、私が取り込んじゃえばいいやって思ったんです」

 だって、タキが大きな力はくれると言った。

 僕はいらないから菜々に上げるって。

 私は、それを受け取っただけ。


「体調は? どこかおかしなところはない?」

「全然。テイバー様の耳は人のものになりましたね。私の耳は大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

「尻尾も……うん、なさそうですね」

 念のためお尻に手を当てて確認。

 姿に関しては問題なし!


「じゃあ、二人は一つに戻れます?」

「そうだな」


 二人が顔を見合わせ、手を合わせようとした時、

「ちょっと待ってください」

 つい止めてしまった。

 だって、テイバー様はタキだよ? いいところも悪いところも、小さいころから全部見てるんだよ? 一つに戻るってことは、二人が記憶を共有しちゃうってことで……。

「いやぁぁぁ」

 なんだかとてつもなく恥ずかしいんですけど!


「大丈夫だよ。全部含めて、俺たちはナナを愛してるんだから」

 チュッと二人から両頬にキスをされる。

 そして二人は頷くと、次の瞬間には一人になっていたのだ。

大事な人も猫も失わなくて済んだナナ。

一方、シレッととんでもないことをするナナに、呆然の若君たち。

何はともあれ、まずは一つ身に戻れた……のですが?


次は「目覚め」です。


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