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第59話 半身

 おばあちゃんの淹れてくれた麦茶の氷が、カラン……と音を立てた。

「私は向こうの部屋に行ってるからね」

 笑いを含んだおばあちゃんの言葉に、私はコクコクと頷く。

 心臓がバクバクして、顔を上げられない。


 テイバー様は、そんな私の髪を優しくすいて、昔話を始めた。


「僕が菜々と暮らし始め、段々と人の意識が優勢になってくると、菜々は誰よりも守りたい女の子だってことに気が付いたんだ。菜々は素直に猫の僕に愛情を注いでくれたし、同時に人である僕のことも好きだと言っていた。すごく嬉しかったけど、僕が人になるときは菜々の力をかなり奪ってしまうらしい。日本でなら全く影響はないけれど、ゲシュティではいつも意識朦朧で目も見えていなかったよね。ごめん、僕のせいなんだ。」

 申し訳なさそうな顔に、私はフルフルと首を振る。

「でもそれは、いつも私を守ってくれたからですよね」

 見えなくてもそばにいてくれた。それがどれだけ心強かったか、彼はわかっているのだろうか。


「うん。でも無意識とはいえ君の力を奪うのはつらかったよ。できれば僕だけの力で戻りたかった。ちゃんと人の姿で君の目を見たかったし、僕のことも見てほしかった。

 やがてウィルのことも完全に思いだしたのは、菜々が中学生の時だ。菜々が高校に行かずゲシュティで仕立て士の修業をすることを考え始めたとき、僕は小躍りしてた。ウィルと一体に戻れる機会チャンスが増えるからね。

 でもケイ達は菜々に普通の日本人として、高校への進学を望んでた。しかも恋をしてほしいって。

 僕があの三年間どんな思いをしてたかわかるかい? 好きな女の子が常に隣にいるのに、その子を男の群れに毎日送り出すんだぜ? 健人には大丈夫だろって笑われたけど、平静でなんかいられなかったよ」


 何も知らないまま気付かないまま、能天気に高校に通ってた自分に少しだけ腹が立つ。

 でも高校は、私には必要な時間だった。だから、少しだけごめんなさい、だ。

 私は、貴方以外の誰にも、恋をしなかったもの。


「今年に入って、ようやく菜々の拠点がゲシュティに移った。どうしたらいいか毎日考えていたよ。

 ウィルにはもう大切な人がいるかもしれない。そうしたら、このまま一体には戻らないほうがウィルのためかもしれないと思った。それならネアーガだけを封印して、どうにかして人に戻ろう。そして改めて、菜々のそばにいられる方法を探そうって決めた。それができるかどうかはわからなかったけど。

 そしたら、あっさりウィルをみつけて驚いた。

 でも、あの山で何度も呼びかけたけど、ウィルが僕に気づかないことに絶望した。僕を覆うネアーガの力のほうが強いことを思い知らされたんだから。

 でも、ウィルが一目で菜々に恋に落ちたのは僥倖ぎょうこうだったね」

「嘘……」

 ウィルフレッド様が私に一目ぼれ?

 まさか。


「嘘じゃない。タビィの言ってることは本当だ。タキが半身だってことには気づかなかったけど、ナナは……。ナナのことを初めて見た瞬間、「このだ」って思ったんだ。やっと会えたって」

「それは、ウィルフレッド様とテイバー様……お兄さんが同調してたから……?」

「いや、それは」


「それは無理だよ、菜々。離れているときは僕らは何の共有もできないんだ。できてたらこんなに離れてるなんてこともなかっただろう?」

「それも……そうですね」

「うん。ましてや僕らは十四年も離れてたんだ。それは、本来あり得ない状況なんだよ。離れたまま生き続けるなんて、前例がないんだからね。ウィルが生きてることは分かっていたけど、もしかしたら僕たちは、考えも好みも違ってる可能性は高いと考えてたんだ。

 でも大丈夫だった。

 僕は雪が降り積もるように少しずつ君を愛していったけど、ウィルは割と一気だったね。でも、菜々を本気で想うようになるまでは触らせる気はなかったよ」

 その言葉に、隣に座ったウィルフレッド様が苦笑いになる。


「テイバー様、悪い笑顔になってます」

「そう? でも、いい加減な僕なんて絶対菜々は好きになってくれないだろ?

 君はタキの前では何でも話してくれるから、サラの質問に素直に返事してくれたあの時、どんなに嬉しかったか僕の胸の中を見せたいくらいだ」

 きらめく目で微笑まれ、サリーおばあちゃんに打ち明けた夜を思い出す。


「あの時?」

「いえ、あの……」

 いや、ちょっと待って。


「菜々はウィルを大好きだって。とても可愛く言ってくれたんだ」

「テイバー様!」

「本当? 本当に? ナナ」

 ウィルフレッド様が私の両肩をつかんで、顔をのぞき込んでくる。

 顔! 顔が近いです!


「だって、本人がそばにいるなんて考えてもいなかったんですもの。絶対、絶対言うつもりなかったんですから」

「どうして……」

「まずはテイバー様を探さないといけないと思ってましたし、貴方には立場がありますし……」

 もしあなたの前で認めてしまったら、すべてが終わってしまうような気がしていた。


「でも俺はさっき、ナナと生きたいと言っただろ? 本気だよ。一緒に道を探してほしいし、戦ってほしい。だめなのか?」

「ふーん。ウィル、そんなことを言ったんだ」

「言った。ほかには何もいらないって」


 その言葉に、テイバー様が満足げに微笑む。


「だって……さっきまでは、テイバー様と一つになったときも同じ気持ちだなんて、わからなかったじゃないですか……」

 それこそ、テイバー様には大事なものがあったかもしれなかったんだから。


「じゃあその点に関してはクリアだね。僕のほうが菜々を愛してるもん」

 顎を上げたテイバー様にどや顔でそんなことを言われ、思わず耳をふさぐ。めちゃくちゃはずかしい。

「タビィ、その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 嫌そうな顔をしたウィルフレッド様に、テイバー様は「ふふん」と余裕の笑みだ。でも、ひと呼吸後まじめな顔に戻り、私の手をそっと耳から話して私の顔を覗き込んだ。


「でも菜々がウィルを想うにしたがって、僕の体にも変化が訪れた。ネアーガが強くなったり、僕が強くなったり。多分僕達の力のリズムが変わっていたんだと思う。

 白蛇レシュール戦で菜々が傷ついているのに人に戻れなくて、なのに君は僕までその身でかばって。半狂乱になったよ。あんな局面なのに僕がすぐ人に戻れなかったのは、菜々がウィルに傷つけられたせいだと思った」


 怒りを込めたテイバー様の言葉に、つっ……と涙がこぼれる。

「あ、あれ……? すみません、やだ……」

 自分でも驚いて涙をぬぐう。

 しまったという顔をしたテイバー様に抱き寄せられ、私は迷うことなく彼の背に手を回して、その胸に顔をうずめた。温かな胸と、少し早い心臓の鼓動に心が落ち着ついていく。

「ごめんなさい。昨日の五分じゃ足りなかったみたい……」

 姿は違うけど、この人はタキなんだと思った。この温かさに、この鼓動に、本当にお兄さんなんだって実感した。私はタキの前でもお兄さんの前でもウソはつけないし、虚勢を張ることもできない。それは、彼がどんな姿でもそうなんだわ……。


「ごめん……」

 二人の若君が同時にそう言った。

 ウィルフレッド様が、そっと私の髪を撫でてくれる。


「ウィルには本気でムカついたからね。もっと引っ掻いてやりたかったよ。おかげで菜々は、ウィルに嫌われたと思い込んだんだから」

「まさか。嫌われたのは俺の方だと……」

「嫌いになんて、なってません」

 顔を上げて、ウィルフレッド様を見る。

「さっき、本当は嬉しかったんです。でも、また冷たい目で見られるかもって、……怖かったんです」


 ――あの声が、あの目が、どうしても消えなかった。


「ごめん、ナナ……。バカなことをした」

 途方に暮れたようなウィルフレッド様に微笑む。

 私の心を縛ってた鎖が、今きれいに溶けてなくなった。


「ナナ、俺のことを……テイバーだけじゃなくて、その……好き?」

「好きです」

 だからもう、隠すなんて無理。


「じゃあ、俺も抱きしめていい?」

 ウィルフレッド様におずおすとそう言われ、テイバー様を見るとニコッと笑われた。

 でも、テイバー様に抱きつくことにはためらいはなかったのに、ウィルフレッド様相手だと、

「それは、ちょっと恥ずかしいです」

「なんで」

「なんでと言われても……」


 脳裏に、以前お姫様だっこされたあと、膝に抱かれたときのことがよみがえって顔が熱くなる。

 これ以上、心臓が持たないです。

同じ人だけど、分身が長かった分、ナナにとってはまだ少し違うようです。


ウ(テイバーだと大丈夫なのに???)

テ(まずい。恋人になりたいのに、すでに家族枠になってる)


これは早くひとりに戻らないと。

次は「封印」です。


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