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第57話 告白

 朝から散々遊び倒し、午後四時すぎに解散。

 葉月達はこの後もデートだけど、私たちはタキの所に行く。おばあちゃんから、家ではなく自分ちに寄るよう連絡があったので駅前でおろしてもらい、若君と二人で祖母の家に向かうのだ。


「ナナ、少し話してもいいかな」

 まだジリジリと暑いためか、住宅街なのに道にも公園にも人影がない。

「おばあちゃんちに着いてからでは」

「二人で話したいんだ」

「わかりました」


 静かな住宅街のため、周りを見渡してもカフェなど涼めそうなところが近くにない。自動販売機はあったので、冷たいお茶を買って公園の木陰で話を聞くことにする。

「この箱にはお金は入れないの?」

 ICカードで購入したので、若君が目を丸くする。

 昨日もそうだったけど、店員がいないのに物が買える自動販売機に興味津々だ。

「電子マネーって言って、このカードにお金が入ってるんですよ」

「お金が? こんな小さなものに?」

「データ、って言ってもわからないですよね。ごめんなさい。ちょっとうまく説明できないです」

 自分のあたりまえを、あらためて説明するのって難しいな。


「……なんだかずっと、ナナにはお金を出してもらってばかりだな。ゲシュティに戻ったら必ず借りを返すから。今は、ごめんな」

 心底申し訳ないって顔をする若君に苦笑する。元々若君に何かしてもらいたいなんて思ったことないし、気にしなくていいのに。

「そんなのいいんですよ」

 そんな約束は、いらないんです。

 先の約束なんて、何もしたくない。


 風が吹いてるせいか、木陰はいくらか涼しかった。蝉の声がうるさいし、空には大きな入道雲が見えるし、ほんと、日本の夏だなって感じがする。

「本当は、昨夜話したかったんだ」

「はい」

 若君の固い声に、緊張がすごく伝わってくる。

 どうしたんだろう? 何を言われるのかと、こちらまで緊張してくる。怖い……。


「昨日の朝は、本当にごめん。悪かった」

「それは、もういいですよ」

 私はふうっと息を吐いた。

「昨日も言いましたけど、あれは、私が悪いんです。本当にごめんなさい」

 思い出すと身がよじれそうになると同時に、プリクラの時のことを思い出してどうしていいか分からなくなる。だからできることなら、

「全部、忘れて下さい」


 若君が忘れても、私が嫌われた事実はなくならないかもしれない。

 でも若君は謝ってくれた。あれは私が悪かったのに。

 だから忘れよう。忘れてほしい。また、前みたく気楽な関係になれたらいい……。そうなれるよう、いっぱい努力するから。


 若君はしばらく目を伏せた後、じっと私を見つめた。

「俺は弱い」

 えっ?

「昨日ナナから半身がないことを指摘され、自分でもどうしようもないくらい動揺した。君の前ではカッコつけていたかった。エイファルだって、ナナにだけは知られたくなかったんだ。馬鹿だろ。カッとして、いっそ嫌われたくて、あんなひどいことをした。とても、後悔してるんだ」

 その途方に暮れた顔に、私は俯いてお茶を一口飲む。嫌いになんて。そう言いたくなってしまうから。


白蛇レシュールの前で俺が動けなくなったとき、ナナの指輪があの冷気から助けてくれたことは分かった。それでも何かに力を吸い取られ、白蛇レシュールがこちらに向かってきた時、もう終わりだと思ったんだ。まさかナナが俺の盾になるなんて考えもしなかった。あの時俺がどんなに絶望したかわかるかい? 君が俺のために傷つき血を流し……」

 ギリッと若君が歯ぎしりをする。

「ナナに退けって叫んでた。でも声にならなくて、指一本動かせなくて気が狂いそうだった。このままナナを失うんじゃないかって、怖くてたまらなかったんだ」

「ウィルフレッド様」

 同じ想いでいてくれた。そのことが胸が震えるほど嬉しい。

「私も怖かったです」

 あんな風に彼を失うこと以上に、怖いことなどあるのだろうか。

 そっと若君の手が伸びて、おずおずと私の髪を撫でた。

「怖い思いをさせてごめん。――きれいな髪だったのにな」

「髪なんてまた伸びますよ」

 私は一歩後ずさって、若君の手から逃れる。

 お願い。優しくなんかしないで。あなたの前で笑えなくなってしまうから。


「ナナ……」

 若君の目が思いつめた光を深めた。声が更に緊張を帯びて、私は息を飲んだ。

「俺は君を守る者になりたかった。俺がついてるから大丈夫だって言える――あの男の立場になりたかった」

 若君が、お兄さんのことを言ってるのが分かった。

 そんなことを考えてたなんて、思ってもみなかった……。


「彼は、幼いときから私を守ってくれる人なんです」

「うん」

「でも、ウィルフレッド様は、私が守りたい人なんです」

 私の告白に、若君の目が複雑そうに震える。

「俺は……」

「ウィルフレッド様は、そのままでいいんです。カッコつけてるところも素敵ですけど、私の前ではカッコよくなくていいんです。私のことなんて、守ろうと思わなくていいんです」


 でも若君は、そんなことは望んでいないのだと悲しそうに笑った。


「俺は、色々なことに縛られてきた。だが、戦ってるつもりで一番大事なことから逃げてきたんだ。――ナナ、俺にチャンスをくれないか?」

「チャンス?」

 私が若君に?

「絶対に君を守るから、ずっと一緒に生きられるよう共に戦ってほしい。俺はナナと生きたい。他には何も欲しくないんだ。――愛してる。ナナ、愛してるんだ」


 絞り出すようなその言葉が私を縛り付ける。

 なんて言ったの?

 愛してる? 若君が私を?


「嘘……」

「嘘なんかつかない! お願いだ。俺の前から消えないでくれ。テイバーが見つかっても、ゲシュティに戻ってきてほしい」

「私は……」

 そうだ。私はすべてから逃げたかった。何度も冗談めかして考えたけど、日本に逃げてしまいたかった。この人と二度と会わなくて済むように。

 ただ傷つきたくなくて。


「俺には、まったく希望はない? まったく好きではない?」

 好きに決まってる! そう叫びたかった。

 嬉しくて幸せで、このまま彼の胸に飛び込んでしまいたい。

 でも同時に心の奥で、こんなのきっと夢だよと、ささやく声がする。


 言葉がのどに張り付いて出てこないまま、私は涙をこらえてうつむく。私には、まだしなくてはならないことが残っている。


 セミの鳴き声が、やたら大きく響いていた。

プライドをすべて投げ捨て、不器用に本当の気持ちを吐き出したウィルフレッド。

でもナナは、何も言うことが出来ません。


次は「タキ!」。

祖母宅では苦しみもがくタキの姿が!


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