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第56話 デート

切りのいいところまで書いたら、少々長くなってしまいました。

 葉月は本当に九時ぴったりに迎えに来た。今日は本原君が車を出してくれるそうだ。

「本原君、久しぶり! 元気だった?」

「おう、菜々。その頭可愛いな。夏休み帰省だって?」

 そう言って破顔した本原君は、若君の姿を見ると驚いたように口をパクパクする。途端、私の肩にガシッと手を回して後ろを向かせた。

「何あの人、かっけー! 葉月から写真は見せてもらってたけど、実物のほうが迫力あるな!」

 本原君、まるで有名人に会ったかのような興奮ぶりです。


 本原君は、絶対に悪口を言わない。ノリも高校時代のままだ。なんだかそれがすごく嬉しい!

 私達が笑い転げていると、葉月にベリッと引き離されてしまった。

(たすく)、あんたの彼女はここ」

「なんだよ、葉月。やきもち?」

「そう」

 うわぁ。そうだって! 葉月が可愛すぎる。

 思った以上にお似合いな二人に、ついついニヤけてしまうわ。

「ウィルフレッドさん、紹介しますね。彼は葉月の彼氏で、私の友達の本原佑君です」

 大好きな友達を紹介すると、若君はニッコリと笑った。


  ☆


 本原君の車はコンパクトなので、若君は後部座席では窮屈だろうと助手席に乗せてもらうことになった。私は運転席の後ろで、葉月はその隣。にこやかにポーカーフェイスを崩さない若君は、葉月たちからはとても余裕に見えていたみたい。

 でもね、目がキラキラしてるのよ。

 斜め後ろから見える若君は、尻尾があったらパタパタ振りまくってるんじゃないかってくらい、めちゃくちゃ楽しそうなの。その抑えきれない感じが可愛くて、笑いをこらえるのが大変だったわ。


  ☆


 フロントで水着を選んで、更衣室でいったん分かれる。

「葉月。やっぱり私、ビキニはちょっと……」

 葉月が選んでくれた水着は、普段は着ないような赤いビキニだった。顔色がよく見えるし、すっごく可愛いのよ。可愛いんだけどね……。

「大丈夫。その形なら、新しい傷もほとんど隠れるでしょ」

「んー、でも……」

「絶対似合うよ。私が選んだから間違いないって」

「分かってるんだけど……」

「けど?」

「向こうの国、ヒップラインとか足とか見せない文化でしょ? ウィルフレッド様、ドン引きしないかなぁ」

 そんなこと、プールの時点で気づけよって感じだけどね。

「向こうでは水着ってないの?」

「わからない。見たことないんだもの」

「大丈夫、大丈夫。きっと水着くらいあるよ。なんか言われたら、日本はこれが普通だ。文句ある? って言っておけばいいじゃない」

 強気に笑う葉月は、私と色違いの黒地のビキニ姿だ。

「それもそうよね」

 まわりも水着なんだから、私なんか目に入らないでしょう。でもやっぱり気になるから、ラッシュガードとショートパンツを上に着込んでしまった。



 水着に着替えてプールサイドに行くと、

「ウィルさん、ナンパされてるね」

「ねえ」

 女性に囲まれてる若君が目に入った。

 若君が頭一つ分は高いから、余計に目立つ気がするわ。


 本原くんが私達に気づいて大きく手を振ると、若君がこちらを振り返ってニッコリ笑った。ブレスレットも指輪もしたままで、まるでモデルの写真撮影みたいだ。というか……

「なんだかアイドルコンサートみたいじゃない?」

 そこかしこから聞こえる黄色い悲鳴に、葉月が突っ込む。

「だよね」

 同意しかないわ。

 日本でまでキラキラか。


「ナナ!」

 まっすぐに若君がこちらに歩いてくる。

「ここは面白いな! 空に浮いてるみたいだ」


 ホテルの片翼の屋上にあるこのプールは、空に浮いてるみたいに見えることで人気だ。中学生以下は入場不可だし、値段もちょっとお高いから、学生は少なめかな。その代わりカップルやOLさんみたいな女性のグループが多くて、落ち着いた雰囲気がある。私も来るのは二回目なんだけど(前も葉月パパにチケットをもらったのだ。太っ腹!)、若君がここの雰囲気に妙に馴染んでいて葉月と笑ってしまった。変な話、やっぱり年上なんだなって感じがするわ。


 水着姿の若君は、実戦で鍛えているだけあってすごい筋肉で、目のやり場に困ってしまう。普段どれだけ着やせしてるの、この人。

 ふと私の足を見た若君が、一瞬ギョッとしたのが分かった。

「水着ですからね」

「あ、ああ。そうだな」


 若君は周りを見回し、もう一度私を見て「ああ」と言った。

 納得したのかな?

 もしかしたらカルチャーショック受けてるんじゃ? なんて一瞬思ったけど、若君はポーカーフェイスがうまいんだよね。水着のお姉さんたちを見ても平気な顔してるの。もう慣れたのかしら?

 なのに、私の足にだけ不満げな視線を送るのはやめてほしいです。

 なんだか、お見苦しくてすみませんて、謝りたくなる。


「ウィルさん、ナナの水着も可愛いのよ。私とお揃いなの」

 葉月がなぜか挑発的な笑みを浮かべた。

「葉月、可愛いぞ」

 すかさず本原君が褒めると、葉月がニッコリ笑う。

「ありがと、佑」

 はは、イチャイチャしてる。


「ああ、ナナ?」

 それを目の当たりにした若君が、チラッと私を見て口を開くけど、

「ウィルフレッドさんは、何も言わなくていいです」

 お願い、黙ってて下さい。なんだか怖いから。よくわからないけど、ここで苦言とか、万が一あり得ないお世辞とか言われたら、恥ずか死ぬ自信があるわ!

 必死で黙れと目で訴えると、若君は少し苦笑いをした。

 周りにきれいなお姉さんがたくさんいるので、どうぞ私はモブとして扱って下さいね。


「そういえば、ウィルフレッド様って、泳げるんですか?」

 葉月達がプールに入るのを見送りながら、ふとそんなことに気づいて尋ねてみる。

「泳げるよ。訓練場なんかだと、濁流に放り込まれることもあるし、狩りのときには、泳がざるを得ない時もあるからね」

 けっこうハードなんですね。狩りって秋冬だよ? 寒いところで泳ぐこともあるのか。知らなかった。

「泳いで遊ぶなんてことは?」

「んー。ファラのほうだと、そういう娯楽施設があるな。あとは川で子供が遊ぶことはあるけど、施設はあまり聞いたことがないよ」

「そうなんですね。まあ、こちらより夏が過ごしやすいからってのもあるかもしれませんね」

「ん」

 若君が、何か考え込むように首を傾げて私の顔を見た。

「なんですか?」

「いや。文化の違いはなかなか面白いなと思ってるだけだよ。発想が違うはずだな、と」

 一瞬視線が下に降りて、慌ててそっぽを向かれる。

「流れるプールに行ってみましょうか」

 水に入ってしまえば足は見えないものね。



 浮き輪を借りて、それに捕まりながらプカリと流れる。

 若君は隣を歩いたり、たまに泳ぎながら、まわりに見えるものや、若君の学生時代の話なんかを聞いた。

「こんな話、面白いかい?」

「面白いし楽しいですよ? 今までこんな雑談したことないじゃないですか」

 友達みたいでしょ。その言葉はそっと飲み込む。

 だって私達は友達じゃない。

 ただの……上級仕立て士と次期領主。平民と貴族。そう。ただそれだけの関係だ。

 若君は、隣にいてもとても遠い人。

 私はもう二度と、自分を特別だなんて勘違いはしない。ただ、彼を守れる方法をこれからも考えていく。それだけの存在だ。


  ☆


 昼食後、葉月と若君はそれぞれ泳ぎに行ってしまった。元気だねぇ、なんて言いつつ本原くんと休憩していると、

「ウィルさんてさ、菜々以外見えてなくね?」

 半分呆れたようにそんなことを言われてしまう。水から上がると視線を感じていたたまれないんだけど、多分そのことなんだろうなぁ。


「向こうの国では私、地味なロングワンピースばかりだから。女性はズボンも履かないし、こんなに肌も見せないの。私というより、こういう髪とか恰好が、よっぽど珍しいんじゃないかな?」

 短い髪もだけど、女性の足なんてまず見ないもの。私がきれいで魅力的な女の子ならともかく、傷だらけで髪の短い女の子なんて、珍しい以外の何があるのよ。

「もしくは私に、見苦しい恰好してって言いたいのを我慢してるってところかな」

 肩をすくめる私に、本原君は首をかしげる。

「そうかなぁ」

「そうでしょ」

 むしろそれしかないわ。本原君は日本人だから分からないんだよ。


 ふいに、何度もフラッシュバックする昨日の朝のことを、頭から振り払う。

 もし、私が本当に若君を好きだなんてバレたら、きっとまた、あの冷たい目を見ることになってしまう。それだけは嫌だ。絶対に嫌。

 せっかく仲直りできたんだから、絶対に隠し通す。


「菜々も泳ごう!」

 プールからザバッと上がってきた葉月が手を振る。

「もうっ、菜々ってば、いい加減ラッシュガード脱ごうよ」

「やだ、焼きたくない」

「えーっ。せっかく可愛い水着選んであげたんだよ? お揃いだよ? 一緒に写真撮りたいなぁ」

 葉月のおねだりに、奥のプールで本気で泳いでるように見える若君をチラ見。今ならいいかな。

「ちょっとだけだよ」


 上に着ていたものを脱いで、高校の時のように葉月とのツーショットを山ほど撮る。隠しきれなかった新しい傷のあたりは、葉月がさりげなく隠してくれたり、本原君が上手く撮ってくれるので楽しい写真がたくさん撮れた。

「ありがとう、本原くん。やっぱり写真撮るの、めちゃくちゃ上手だよね」

 葉月がとっても可愛くとれてるのは「愛」だね、ふふ。私まで普段の二割増しで可愛く写ってる気がするわ。昔から、本原君に撮ってもらった写真で、私の顔がひどかったことってない気がする。

「でしょ?」

 なぜか葉月が返事をするのが可愛い。とても雰囲気が柔らかくなったのは、彼の影響なんだね。いいな。


 そこへ水を滴らせながら若君が戻ってきたんだけど、なぜかまたクルッと踵を返して泳ぎに行ってしまった。

「プールが気に入ったんだね。何メートル泳ぐ気かしら」

 私はラッシュガードを着なおしながら、首をかしげて若君を見送る。

「あー、うん。大変だよな」

 なぜか本原くんが、生ぬるい目で若君を見ていた。

葉月たちのおかげで楽しい時間を堪能したナナでした


次は「告白」です。

誰が、何を?


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