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異世界ハーフの仕立て士見習いですが、なぜか若君の胃袋を掴んだようです  作者: 相内 充希
本編

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第54話 サロン

 微妙な空気は、おばあちゃんの「もう出かける時間よ」という言葉で破られた。

 美容院サロンまでは一駅しか離れていないけれど、たしかにここ三十分程度で出ないとギリギリになってしまう。

「菜々、カフェも予約しておいたから、夕飯一緒に食べようね」

「でも」

「私が葉月ちゃんにお願いしたのよ。ゆっくりしてらっしゃい。ウィルさんも一緒に行ってらっしゃい」

 驚く私におばあちゃんは笑った。


「着替えは健人のを出したし、新しい下着もおろしておいたから。一緒に行ったほうが、ウィルさんの片割れも探しやすいでしょう」

 なるほど!

 しかも葉月ママの美容院はモデルのカットなんかもしてるし、お客さんも多いから情報が集まりやすいかも。


 祖母に有無を言わさずシャワーに放り込まれた若君は、十分程度でお兄の服を着て戻ってきた。まだ髪が濡れたままだ。

「ドライヤーの使い方がわかりませんでしたか?」

 目をそらしたまま、もう一度洗面所に若君を戻す。

 やばい、今までと違う意味で直視できない。


 お兄のジーンズはぴったりだけど、上半身はお兄よりずっとたくましかったみたいで、ただのTシャツなのに若君の色気が半端ない。濡れた髪も石鹸の香りも、何もかもクラクラする。

 何これ、反則でしょう。いつもの服に近いシャツにしてくれたらよかったのに。


 ドライヤーの使い方を教えていると、若君が私を呼んだ。

「ナナ、その恰好で外に行くの?」

 その戸惑った声に

「変ですか? 日本ではいつもこんな恰好なんですけど」

 と答えると、なぜか耳を赤くして目をそらされた。

「ほかに服はないの? いつもみたいな」

「すみません。今日着てたのは切り裂かれちゃって……。他のはゲシュティですし、あとはミニスカートしかないんですけど」

「ミニ?」

「葉月が履いてるみたいなやつです」

「……」


 ああ、ズボンを履く女なんて信じられない、みたいな感じなのかな。

「ゲシュティでは女性はズボンをはかないですけど、こちらでは普通ですよ」

「……」

 小声でボソッと何か言われるけど聞き取れない。そこにおばあちゃんが顔を出してくすくすと笑いだした。

「それじゃあ、菜々のお尻の形がはっきりわかるだろってさ」

「はっ?」

 洗面台の鏡を振り返って自分の後姿を見る。お尻の形? え、なにそれ。だから向こうではズボンが「はずかしい」だったの?


「若君のエッチ!」


  ☆


 結局私はトップスだけ丈の長いものに着替えてお尻を隠し、三人で出かけることにした。

 ミニスカートのほうがマシかと一瞬思ったけれど、なんだかそれも腹が立つんだもの。


 こちらでも若君は注目を浴びてるのを感じる。でも私は恥ずかしさで気が立っていたので、そんなこと全然気にする余裕もない。

 若君のために切符を買って電車に乗ると、中はかなり混んでいた。でも一駅だけなので立っていてもほんの数分だ。若君はポーカーフェイスだけど、電車に興味津々なのが分かって、その様子に少しだけ落ち着いた。王都のトロッコとは、早さも大きさも段違いだもんね。


 サロンでは葉月ママが直々に出迎えてくれる。おしゃれでかっこいい葉月ママは、若君を見て目を真ん丸くして「あらイケメン」と葉月のようなことを言っている。

「葉月、双子のお兄さんを探してるのってこの人なの?」

 同じ姿なので、生き別れた双子を探してると話してあるそうだ。

「そうなの。ママ、見たことない?」

「こんなかっこいい男の子、一度見たら忘れないと思うわ。ねえ君、モデルとか興味ない? 事務所紹介するよ」

「あの、彼外国の人で、すぐ帰っちゃうんですよ」

「そうなの? じゃあ写真だけ撮らせて。皆に見せるから」


 機関銃のようにしゃべる葉月ママに唖然としていた若君は、写真の単語に眉根を寄せた。

「ウィルフレッドさ……ん、こっちの写真は大丈夫ですよ」

 外で「様」はおかしいよと葉月に言わたので「さん」に直す。

 葉月と二人で説得し

「じゃあ、菜々と一緒に撮ったら?」

 という提案で納得してもらう。せめて髪をカットしてからのほうがよかったなと思いつつ、私が一緒に写れば若君の心配も軽減されるだろう。おそらく彼が凍り付く前に動けなくなった原因は、白蛇ではなく写真のせいだと私たちの意見は一致していた。

 葉月のスマホで写真を撮ってもらい、それを葉月ママに転送することにする。

 私にも送ってとこっそり頼んでおこう。


  ☆


 初めてのショートカットは不思議な感じだ。

 サクサク髪を切られていくのを鏡越しに見ていると、その向こうに見える若君が青い顔をしているので少しだけ笑いかける。ピンを取ってバラバラになった私の髪に驚いたのかもしれないし、女性が髪を短くすることに嫌悪感があるのかもしれない。

 大丈夫、こっちで女の子のショートカットなんて普通なんだから。


 あまりにこわばってる若君の顔に苦笑していると、葉月がそれに気づいたのか、彼を連れてティーコーナーへと移動していった。


 顔の傷が目立たないよう、ふんわり丸くカットされた髪は短いけれど女の子らしくて、思ったよりもずっと似合っている。でも襟足が短すぎて、しばらくは結ぶことはできそうもない。

「菜々ちゃん、頭の形がいいからショートも似合うと思ってたのよ。可愛いわ。大きなイヤリングとか絶対に映えるわね!」


 なぜかウキウキとした葉月ママにブローで仕上げてもらった私の顔は、ちょっと違う人みたいだ。

 ついでにと、なぜかメイクまでなおしてくれる。傷もほとんど目立たなくしてくれてびっくり!

 プロの技ってすごい!


「ん。これでよし! イケメンの彼氏とお似合いよ」

「彼氏じゃないですよ」

「そうなの? じゃあ、あっちの彼氏の片思い? 切ないわねぇ」

「それも違いますって」

 散々笑わせてもらい、葉月たちのもとに戻る。この後は二階のカフェで夕飯だ。

「襟足がスースーするよ。夏でよかったわ」

「めちゃくちゃ可愛いよ! ね、ウィルさん」

 葉月までウィルさんになってるわ。少しは仲良くなったのかな。

「うん……」

 若君ってば、そんな顔でむりやり頷かないでもいいですよ。

 苦笑いしながら二階に移動する。


 髪がすっきりして、気分もずいぶん上昇した。新生菜々ってことでちょうどよかったかもしれない。髪型を変えるのって、こんなに気分が変わるのね。


 二階はサロン併設のイタリアン・カフェだ。こちらは葉月パパが経営している。


「ウィルフレッドさんは、パスタ初めてですよね。どんなのがいいですか?」

 考えてみると、向こうには麺料理がない。

 初めての麺料理に若君はどんな顔をするのかしら。

 久々のパスタに、私は悩んで茄子とベーコンのスパゲティセット、葉月はカルボナーラセット、若君は魚介のトマトソーススパゲッティのセットにした。いつも葉月としているように小皿をもらって少しずつシェアもする。

 トマトソーススパゲッティは、王都で食べた豆のスープの味に少し似ていた。

 結果は、とてもお気に召したようです。

髪を短く切ったナナに真っ青の若君。

実はティーコーナーで葉月に説教されてしまいましたが、素直に頭を下げることしかできません。


次は「プリクラ」。

一駅なので歩いて帰ることにした二人です。


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