第51話 第二王子
「遠回りして帰ろうか」
まだ朝も早いし誰かと会う可能性は低い。ゆっくり歩いて気持ちをリセットしよう。そう思っていたのに、なぜか途中で呼び止められてしまった。
声の主を探すと、以前若君といたツンツン頭の男性だった。
「おはよう。一人かい? やあ、猫くん」
彼は私に声をかけつつ目線はタキだ。やっぱりこの人猫が好きなのね。確か名前は……。
「おはようございます。ロドニー様こそお一人ですか?」
私が名前を呼ぶと、彼はニッコリと笑った。
初めて見たときの印象とずいぶん違う人だ。年のころは若君と同じくらいだろう。今はチェイス様の従者をしているはずだ。
「いや、チェイス様もそろそろ来られるよ。ほら」
自分が来たほうに顔を向けるロドニー様。その視線をたどると
「ロドニー、おいていくなよ。やあ、ナナじゃないか」
ニコニコと陽気なチェイス様が現れた。
チェイス様、おいていかれてたんですか。
「昨日は餃子をご馳走様。とてもおいしかったよ」
「ありがとうございます、チェイス様。たくさん召し上がれましたか?」
「もちろん。父がわがままを言ってすまなかったね」
いやいや、あなたも相当でしたよ? 何度試食に混ざってたんですか。
でもそんなこと口には出せないので、かわりにニコニコ笑っておく。
彼は昨日の昼間も料理人に紛れ、ひたすら皮づくりや餡を包む作業をしていたのだ。器用で手早いので、みんなもあえて突っ込まなかったのが面白い。
もし彼が日本に住んでいたら、まず間違いなくお兄と仲良くなったと思う。もしかしたら、共に料理の道に進んでたのではないかしら。
ここにきて最初の一か月ちょっとの間に、私はなぜか王子達と個人的に会う機会があった。もちろん陛下の計らい。意図はわかっているけど、私としてはイトコ会かなぁという感じ。だけど立場の関係上、最初はすごく緊張した。
母親似のブライス様は、顔立ちも髪や目の色も違うのにどこかお兄と似ていて、あまり他人の気がしない。
一緒に散歩をしたり音楽を聴いたりと、常に私が委縮しないよう気遣ってくださる。最初は口説き文句に聞こえるような言葉に警戒してたけど、彼に関してはまったくの杞憂だった! 感動的なくらい紳士なの! 若君も外では紳士だけど、ブライス様は本当に王子様なんだよね。
でもずっと何か憂いてるような感じがして、思い切って聞いてみると……
「ナナは、もしかして私の……妹では?」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまったわ。
話を聞いてみるとブライス様はとても勘がいいようで、私を陛下の隠し子では? と思っていたことがわかった。
陛下ってば、息子を無駄に悩ませて。
否定はしたものの、お見合いだってことも認めたくないから(絶対認めないから!)、陛下に三人で会う機会を設けてもらった。勝手にばらしていいとは思えないから、とりあえずちゃんと否定してもらおうと思ったのだ。
でも結局隠さないほうが得策だと思ったらしく、陛下はブライス様にだけと念を押してから、私が陛下の姪であることを打ち明けたの。
そんな経緯から、彼だけは私が従妹だと知っている。ほぼ会うときは二人きりだったり、従者の方が一人ついているくらいだけど、いかにもお兄ちゃんって感じが一緒にいてすごく気が楽な人だ。
「ナナはうちの妹たちより女の子らしいな」
という、謎の口ぐせだけは解せないんだけどね。
一方チェイス様は、一言でいえば面白い人だと思う。
彼は「女の子が大好きだ」と公言してはばからないんだけど、私はその突き抜けた感じが清々しくて結構好きだ。しかもその「女の子」は、年齢も容姿も関係ないのだから。相手が女の子ってだけで可愛くて仕方がないらしい。ほとんど犬猫に対する愛情と同じではないかしらね? なので最初は警戒してた口説き文句みたいなことを言われても、冗談として流せる。
もちろん彼にはガールフレンドも多くて、私と会うときは従者の方やお友達も多く、大勢でわいわいするって感じだ。その中にロドニー様もいた。
ロドニー様は、今年に入ってチェイス様の従者に引き立てられたらしい。
貴族だけど次男で家を継ぐ立場ではないそうだ。驚いたのは一番上のお姉さんが、ラミアストル領の領主様の今の奥さんだってこと。若君の義理のお母さん、ということは、彼は義理のおじさんになるのだろうか。
彼が若君を憎々しい目で見ていた理由はわからない。
彼もかなり優秀な人なので、もしかしたらライバル関係とかなのだろうか。
「なんだかいい匂いがする。ナナ、何を持ってるの?」
「えっと……」
チェイス様の言葉に思わず目を見開く。そんなに匂うかな?
「何か作ったの?」
「えっと、サンドイッチなんですけど……」
「ふーん?」
チェイス様、興味津々らしく目がキラキラです。これは……。
「よかったら召し上がりますか?」
こう言わないわけにはいかないわよね。
「自分用か、誰かのために作ったんじゃないの?」
「……そのつもりだったんですけど、必要なくなっちゃって。代わりにと言っては何ですけど」
誰かの代わりなんて、王子様相手じゃなくても失礼だよなぁとも思うけど、彼は気にしないだろう。
どちらかと言えば、ロドニー様がどこか痛いみたいにわずかに顔をしかめた。気づかわしそうに私を見るので、何か勘づいてるのかもしれない。でも私はそれに気づかないふりをした。
「じゃあロドニー、町に行くのはやめてナナのサンドイッチで朝ご飯にしよう! 決定!」
「ですが」
「別に約束はしてないから、今度行けばいいって。ナナのサンドイッチだよ? 餃子以外の料理だよ? 興味あるだろ」
やっぱりチェイス様、食いしん坊だし、料理が好きそう。
王太子が立ってどこかの領主になったら、自分の台所を持つんだと笑っていたのは本気だったのかもしれない。暇になったら料理を教えてよと言ったのも――え、本気だった?
「じゃあナナ、行こうか。一緒に食べよう」
「いえ、私は」
「今日仕事は休みだろ。あ、観覧席は俺たちの近くに用意したらしいよ」
「でも」
「ちゃんとおいでよ? 弟たちもナナと話したいってさ。ふふん、ナナの料理をまた食べたって自慢してやろう」
ああ、小さな王子様たちもくるのかぁ。
自分の下に兄弟がいなかったから、めちゃくちゃ可愛がりたい。
陛下、あの子たちに会う機会は作ってくれなかったんだもの。
そんな気持ちを見透かされたのか、チェイス様のペースに乗せられて一緒にサンドイッチを食べることになってしまう。で、結局観戦にも行く約束をさせられてしまった。
どうも私、おねだり上手のチェイス様に弱いんだよね。
はあ。これはもう、人ごみに紛れて若君から見えないことを祈るしかないわ。
強引な第二王子に振り回されて、ほんの少し気持ちが上昇したナナ。
ここにも一人、胃袋をつかまれた人がいるわけですが……。
次は「戦闘」。今季最後の試合です。




