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第45話 玉子サンド

 心臓の音がうるさい。

 今朝の若君は、居合切りのような事をしている。円を描くように立っている丸太のようなものを次々と切っていく若君の姿は、今日も怖いくらいに鬼気迫っている。

 若君の使うクレイモアのような両手剣は、日本刀のように鋭いものではないはずだ。にもかかわらず、熱したナイフでバターを切るように丸太を切っていく。私は息をつめながらその様子を見ていた。


 一通り済んだのか、若君が剣を下ろし飲み物を飲み始めたところで、私はタキを抱いたまま広場に入った。

「ナナ!」

「おはようございます」

「うん、おはよう。来てくれたんだね」

「約束しましたから」


 私は何でもないふりをしながら、手にしていた籠を若君に渡す。

「これは?」

「簡単なものですけど、朝食にと思って」

 ご飯の恨みは恐いって、昨日しみじみ思ったもの。

 でも今の部屋では設備も材料も限られている。なので今朝は玉子サンドを作った。食パンに似たパンはあるけど、マヨネーズはこちらにないので手作りだ。

 ああ、いっそパンも焼きたかったな。こねたり叩きつけたりするから、かなりスッキリするし。


「本当? ありがとうナナ!」

 見えない尻尾をぶんぶん振ってるみたいに喜ぶ若君を見て、やっと少し緊張がほぐれた。若君にご飯を出すのに、こんなに緊張する日が来るなんて思わなかったわ。

「オリバーさんの分もあるんですけど、今日は?」

「今日は俺だけ」

 オリバーさんの名前に、ちょっとムッとするのはすでにお約束ね。本当に若君は食いしん坊だな。


 今朝の若君は、コートもベストも脱いでシャツの袖もまくっているのがちょっと新鮮だ。

 おしぼりで手をふいて、嬉しそうに玉子サンドを頬張る姿につい笑みが溢れる。

 半熟ゆで卵を粗みじんにして、ふんわりマヨネーズで和えた具は、柔らかめのパンとのバランスが絶妙だ。

「これうまいな。はさんでるのは卵?」

「そうです。これにハムなんかをあわせても美味しいですよ」

「ああ、それもいいな。照り焼きとも合いそう」

「ふふ、そうですね。その内作ってみましょうか」


  ☆


 昨日若君に送られて部屋に戻った後、メイビスたちの黄色い悲鳴を無視して私はガレンとクララ様の靴について話し合い、午後の仕事をした。そして夕食後自室で寛いでいたときに、ようやく拾ったカードのことを思い出したのだ。

 それは白黒の若君の姿絵だった。一瞬動揺したものの、よく見るとそれは隠し撮りされた写真だと気づく。ゲシュティでは写真は禁忌のはずなのに、なぜ?


 白黒の絵がないわけではないだろう。でもこれはごく最近、王宮内で撮られた写真だ。隠し撮りとはいえ顔もはっきりわかるし、彼の魅力は損なわれていない。一瞬欲しいと思ってしまい、一人で赤くなった。

 でも写真の角が少し焦げている。もしかしたら、クララ様の雷にやられたものかもしれない。


 ――もしこれに気づかないでいたら、私が粉々にしてしまったかも。


 不意にそのことに気づきゾッとする。

 こちらで写真を傷つけることの影響は分からない。でも、万が一彼を傷つけることになってたかもしれない恐怖に私はしばらく動けなくなった。


「これは日本に送っておこう。ね、タキ」

 カード一枚くらいなら、こちらから日本の部屋に直接送るのは造作もない。日本ならゲシュティの力はすべて無効化されるから安全なはずだ。それに、

「日本に戻った時、テイバー様を探す手掛かりになりそうだしね」


 私はその写真に少しだけ保護の力を送って口づけをすると、日本の机の抽斗に写真を送り込んだ。

 そして葉月に「今度そっちに帰ったら人探しをするの。手伝って」とメッセージを送る。

 通信機は名刺サイズで、いつも国王の許可証と一緒に首から下げている。見た目は薄い電卓で、父からは「ポケベルもどき」と呼ばれているものだ。文字を表示する小さな液晶と0から9までの数字で文字を入力する形で、実はゲシュティのおじいちゃんが用意してくれたものを、日本の美鈴おばあちゃんが改造してくれたものだったりする。


「探すのってイケメン?」

 間もなく葉月からきた返信に、思わず吹き出した。

「そうだよ」

 多分、テイバー様も無駄にキラキラしてるよ。

穏やかな朝食タイムですが、ナナの心の中は色々な意味で穏やかとは言えません。

次は朝食タイムの後編で「手に入れたいもの」。

ナナは若君から、手に入れたいものについて聞かれます。


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