第35話 選定式
初めて見る選定式に、私は胸がドキドキしていた。
今は会場の中央があけられていて、そこに王族の六人が歩み出る。それぞれの手には野球ボールくらいのガラス玉のようなものが乗っていて、光に反射しているのか、キラキラと光っていた。
次に、おばあちゃんたち三人の上級仕立て士が前に進み出た。おばあちゃんのイヤリングが揺れてキラキラしている。会場のお嬢様方がそれに注目しているのを感じて、少し誇らしい。
さすが、おばあちゃん。綺麗だわ。
仕立て士の三人が膝をつくと、王族皆が玉を頭上に掲げ、陛下が朗々とした声で儀式の言葉を天に捧げた。さっき私と漫才もどきの会話をしていた人と同じ人だとは思えない、圧倒的な力を感じる堂々とした姿だ。
その言葉が終ると、王族の手の中にある玉がフッと天井の方へと浮き上がった。よく見るとそれぞれ色の違う玉は淡い光を放ちながら、踊るようにくるくると回りだし、スーッと仕立て士のもとへと降りてきた。
タリーニ氏のところにはシエラ王妃とチェイス第二王子の玉が。
ヴァーナー氏のところには、ブライス第一王子とガブリエラ第一王女の玉が。
そして、おばあちゃんの所には、国王とクララ第二王女の玉がそれぞれ降りてきて、まるで遊んでいるかのように跳ね回るとスッと小さくなり、仕立て士それぞれの手のひらに収まった。
想像以上の美しい光景に私はホッと感嘆のため息をついたんだけど、なぜか会場内は緊迫し、しばらくするとドヨドヨとおさえながらも動揺した空気になる。
「なに? なにかあったの?」
隣に立っていたトマスに小声で聞くと、彼は表情を硬くしつつも少し苦笑いのようなものを浮かべると、「ちょっとな」と言った。
「いつもだったら、うちは国王一人分なんだよ」
力の関係で、うちは国王陛下一人分の仕立てになっていたという。
陛下の服を仕立ててたのはさっき知ったけど、一人分だったとは知らなかった。
そして、今年はそこに第二王女が入った。
私は単純に、クララ様の服を作れる! と喜んだんだけど、どうもそれが、このどよめきの原因らしい。
「サラの力が落ちたのでは」
「いや、これは陛下の力が」
漏れ聞こえる会話から考えてみると、不安の原因はどうもクララ様のようだ。
私と変わらない年の、それも弱々しく見える女の子の持つ玉が選んだのがうち。陛下の玉が選んだのもうち。
誰も、クララ様の力が強いとは考えてはいないのだ。
クララ様本人も、顔を引きつらせているのが分かる。
でも陛下はなんでもない顔をして、「天の意向により決められた仕事を頑張るように」と声をかけ、儀式は終了した。
そして、この微妙な空気を飛ばすためなのか、締めくくりに演奏者たちに明るいダンスの曲を演奏させた。
「さあ、新しい未来のために今宵は踊りあかそうではないか!」
そう言って王妃様を伴い会場の中央で踊り始めると、ぽつりぽつりと参加者が増えていく。曲が盛り上がるにつれて奇妙な空気もどこかに行ってしまったようで、少しほっとした。陛下、カリスマ性も高いようです。
曲が変わると陛下は私たちの方をさし、お前たちも踊れと、大変いい笑顔でのたまってくださった。
次の曲は、大きな輪になって踊るダンスだ。
一分ずつくらい一人の人と踊って次の人にバトンタッチする、いわゆるフォークダンスを難しくしたような踊り。もちろんみんな踊れるから、貴族たちとは違う輪になって楽しそうに踊り始めるのを私は見学しているつもりだった。踊れないわけじゃないわよ? こっちのおじいちゃんに仕込まれたし。でも、どさくさに紛れてそっと退場しようと思っていたのだ。
なのに……
「さあ、新しい上級仕立て士はこっちにおいで。若い娘は大歓迎だ」
なんでもない顔で陛下自ら迎えに来られ、王子様にバトンタッチされてしまった。もちろん失礼に当たってはまずいので、軽く陛下をにらみつつもバリアは解除してある。
でも、この状況はいろんな意味でいたたまれないわ。
綺麗なドレスのお嬢様の中で、綺麗目とはいえ私は普通のワンピースだし、庶民だし、なんだか注目浴びてるし。
実は会場に入った時、たまたまオリバーさんと目が合って手を振る代わりにニコッと笑ったのだ。そしたらそのあたりの人たちがシンとしてしまい、まだ少し落ち込んでいる。泣いたあとは消したはずだしメイクも直したけど、よっぽど不細工な笑顔だったのかな(自慢じゃないが、私は写真写りが、時々とてつもなく悪いのよ!)。
はあ、でも愛嬌くらいないと色々まずいよね。
なので、頑張って引きつってない笑顔をどうにか作り、第一王子のブライス様を見上げた。
この方が、お兄と同い年の従兄かあ。とはいえ、ブライス様はこのことは知らないんだよね。失礼がないように気を付けよう。
ブライス様から優しい笑顔で名前を聞かれ、
「ナナ・モイラです、殿下」
と答える。うん、緊張はしてるけど震えてないわ、大丈夫。
声も優しいし、とても気遣い上手なお兄さんのようだ。腰に手を回され抱き寄せられるようなダンスに内心動揺しつつ、心の中で「相手はおじいちゃんと同じ、あくまで身内!」を呪文に乗り切った。
次のチェイス様も同じ呪文で乗り切る。
実は二回も足を踏んでしまったのんだけど、チェイス様はおちゃめな笑顔で許してくれた。私を従妹だって知らなくても、いいお兄ちゃんでいてくれて嬉しい。
それで少し緊張がほぐれ、次の次で、この前若君を侮辱していたツンツン頭の人に当たってしまった。
「上級仕立て士だったんだな」
意外と優しい声でそう問われる。
「はい。突然このようなことになっててすみません」
陛下が連れてきたことはみんな知ってるので突込みはしないけど、皆さん紳士的に相手をしてくれるのはさすがだと思う。
名前を聞かれたので普通に答え、ターンをしたときに、数人後に若君がいることに気が付いた。
――なんだろう。
すっごくきれいな笑顔できれいなご令嬢と踊ってるし、一分の隙も無い紳士さなのに、何かに怒ってるのが分かる。
え、やだ、こわい。
なに? 私がこのツンツンの人と踊ってるから? いや、そんなことないよね。
次のパートナーにチェンジし、若君が次の次にいる。
うわー、なんか逃げたいんですけど。
次の人とチェンジ。
若君が隣だ。すごく上手だなぁと目の端で見ながら感心する。
でもこわい。
「緊張しているの?」
ダンスの相手が面白そうにささやいた。
「はい、すみません。場違いなもので」
「そんなことはないさ。楽しもう?」
うう、良い人。
でも、緊張してる本当の理由はそれではないのです。
最後のターンをし、とうとう若君と手が触れたとき、一瞬電気が走ったような感じがして視線が絡み合う。そして、若君の手が腰に回る前に――曲が終わった。
助かった……。なんだかよくわからないけど、助かった。
なぜか処刑を免れたような気分でそっと息をつき、私が離れようとすると
「ナナ」
硬い声で若君が私を呼んで、グイっと手を引っ張った。
「えっ?」
勢いで胸に飛び込んでしまい、抱きしめられるような形になったことに焦る。
「ちょっと来て」
うわ、やっぱり何か怒ってる。
逃げたいのに、なぜか私は手を握られたまま、会場の隅にズルズルと連れていかれてしまった。なぜこういう時に限って誰も気にしてないの? なにか変な術でも使ってるんですか?
若君はいったい何に怒ってるの?!
ワンピースでドレスのお嬢様方の中に放り込まれるわ、ダンスは踊らされるわ。
目まぐるしさに、もうナナは訳が分かりません。
次回は「ダンス」。
二人きりの時間です。
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