第32話 力を見る
「テイバー・ウィルフレッドは、去年の総合優勝者だってことは知っていたかい?」
陛下の言葉に、私はふるふると首を振る。
総合優勝者の仕立ての担当は毎年うちなのだそうだ。
そうか。若君は去年の勝者だから、おばあちゃんの仕立てた服を着てたのね。
「ナナ。彼は、どのように見える?」
その質問に、
――ああ。私はここに、なんでもないおしゃべりをしに来ているのではないのだと、改めて気を奮い立たせる。
観察して来いとおばあちゃんは言ったけど、そうさせたのは陛下で、それも何らか目的があってのことだろう。ダメだな、私。注意力散漫だ。
深く息を吸い、ゆっくり吐いてじっと若君を見つめると、なぜかまた若君がちらりとこちらを見上げたのでドキッとする。
「陛下。ここって、下から中は見えないんですよね?」
「もちろんそうだが、それがどうかしたか?」
「いえ、なんでもないです」
そうよ。見えない相手と目が合うわけがないのよ。
のぞき見してるってだけでも少しばつが悪いのに、今は彼の秘密も知ることになってしまった罪悪感と、生れたばかりの使命感がある。ホント、今日のあの人は心臓に悪い。
「彼がどのように見えるか、でしたね。こう言っては語弊があるかもしれませんけど――普通の男の子ですね」
「普通?」
「えっと、やたらモテる方だと思います」
王女様始め、女性からは年齢問わず。というか、男性の視線も女性とはまた違う意味ですごいのだ。尊敬とか憧れの視線もすごいほか、ときに憎悪のようなものも見えてぞくっとする。
でも。
「彼の力は流れも安定していて、今も強い力を放っています。……というか、半分で、あのキラキラなんですか……」
つい後半、思ったことをボソリと呟くと、陛下のツボに入ったらしく声を抑えながら笑われてしまった。
でも思うわよね? 一緒に歩いてたときの、まわりの視線のあの凄さ。ハンデなしならどうなってたんだろうと思うと、なんだか恐い。
「でも、やっぱり普通の男の子です」
年上だし、男の子って年ではないけれど、男というと生々しくていやなので、あえて男の子と言ってみる。
彼は何か特別だろうか。やたら食いしん坊だという点では、ゲシュティでは変わり種かもしれないけど……。
もっと集中して雑念を払うと、種類は違うけれど、クララ王女を見た時のような清涼な力を確認できる。そのせいか、一瞬にして彼に合わせた素材が、私の頭の中ですごい勢いで組み立てられていった。
もし彼が半身を失ってなければ、何か見えるものが違ったのかしら。少し泣きそうになってうつむくと、タキが首を伸ばして頬ずりをした。
その後も次々と問われるままにたくさんの男性たちをみて、思ったまま見えたままを答えていく。目をすがめ、集中し、力を見続ける。
普段の仕立てのときには見えない力まで見えて、とても興味深い。
最後に陛下は王子二人について尋ねたが、やはり特別には見えないので正直にお答えした。
「そうか……」
予想通りと言った感じで陛下は息をつき、ゆったりと背もたれに寄りかかった。
その姿に、私は申し訳ない気持ちになる。
こんな小娘の言う事なんて、それほど重要ではないだろうに。
どうしてそこまで私に細かく見させるのか尋ねようとすると、陛下はふうっと息をつくと私をじっと見つめ、
「今年こそ、王太子が決まるのではと世間が考えていることは知っているかい?」
と言った。
「はい。噂程度ですが」
「それは今年、ここに君がいるからでもあるんだよ」
「私がですか?」
これでもかというほど目を真ん丸にした私に、陛下はしばし逡巡するように黙り込んだ。
「あの……?」
「君は、どうして僕が王になったか知っているかい?」
「いえ、まったく」
「そうか」
また沈黙。
私は居心地が悪くなって、会場のほうを見下ろした。
疲れた頭の中を一度まっさらにして、色とりどりのドレスを見つめるとホッと心がほぐれる。力を見極めることなく、ただ単純に美しさや可愛さだけを見るのは楽しい。
ただ、ガブリエラ様が目に入った時はなぜか胸の奥がちくりとして、そんな自分に首をかしげる。どこから見ても完ぺきなお姫様であるガブリエラ様が、少し羨ましいのだろうか? ないものねだりかな、と自分を戒める。
会場の隅の方で女の子同士でお話しているクララ様を見たときは、胸の奥が温かくなる。その温かい笑顔に、お姫様じゃなければ友達になりたい女の子だな、と思った。学生時代を思い出し、自然と笑みが浮かぶのを感じる。
「陛下、女性の力は見ないのですか?」
私が見させられたのは二十から四十代になるかならないかの男性ばかりだった。
「私が力を見させられたのは、王になる可能性のある人ってことですよね?」
「そうだよ。だから女性は見なくていいんだ」
呆れたような弱々しい微笑みで、陛下はそう答える。
「ゲシュティには女王はいないんですか?」
「じょおう?」
「女性の王様です」
歴史的に見れば、地球でもそこそこ存在するんだけど。
「いや。この国で女が王になったことはないな。日本にはいるのかい?」
「うーん。国の作りが違うので何とも言い難いですが、領主に当たる知事とか市長なんかは女の方もいますよ。そもそもこの国の王様にあたる地位の人と考えると難しすぎます」
こちらの王侯貴族の人は、分身できるからって一人で抱え込む仕事が多すぎるのよ。もう少し分担とかすればいいのに。
そんなことを考えていると、陛下は突然
「ナナ。君は上級仕立て士だ」
と、かみしめるように、もしくは言い聞かせるように言った。
「……はい」
話の流れが見えなかったこと、それから陛下が私を見習いと言わなかったことで、ゾクリとプレッシャーが襲い掛かる。
「君は、自分が後継ぎを残さなければいけないことは、わかっているだろう?」
予想外の言葉に一瞬戸惑う。
上級仕立て士は世襲制。しかも人数は減っている希少種。となれば……
「そう、でしたね。あまり考えたことがありませんでしたけど」
自分が子どもを産んで、能力を引き継いで貰う。そんな当たり前のことを、自分が受け継ぐ立場であることばかりを考えていて、受け継がせる立場であるを想像したことがなかった。
「まあ、ナナにしてみたら、色々なことに対して赤子のようなものだから、仕方がないか」
陛下に自分の無知を揶揄されて、頬が熱くなる。
だって、結婚以上に子どもを産むことなんて、夢みたいで現実味がないんだもの。
「僕の息子たちは、おそらく王の資質はないだろうし、今後も顕現しないだろう」
「それは」
まだわからないのではと言おうとしたのを、スッと遮られる。
「うちの息子を婿にと言ったのは、半分は本気なんだよ」
「えっ……」
「君は婿をとらねばならない立場だ。それも力のないものでは無理だから、相手もよく吟味しなくてはいけない。親ばかだと思ってくれて構わないが、うちの息子たちだったら、どちらが君の伴侶となっても、きっと上級仕立て士の力を残すことが可能だろう。無理にとは言わない。だが、もしうちの息子のどちらかと、自然に恋に落ちることがあったら考えてみてはくれないか? その時は、僕はもろ手を挙げて賛成するよ」
まじめな顔でそんなことを言われ、私は自分が真っ赤になったことが分かった。
自称非リア充女子のナナ、婿とり以前の問題でプチパニックです。
でも今回はおばあちゃんがいないため、一人で立ち向かわなくてはいけません(汗)。
次は「なんですって?」。
ナナの知らなかった事実が次々と語られます。
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