第29話 チカラ
本来の目的を思い出し、騎士様に窓際にテーブルを移動してもらう。
会場見学をしながら食事をしようと思ったのだけど、騎士様はすごく楽しそうにテーブルと椅子を動かしてくださった。彼の名前はライアンだそうだ。
私は部屋の中に設置してある水場で、丁寧に肘まで手洗いをした。
本来飲み水を汲むための場所なので、ちょっと狭いんだけど、そんな私をライアン様はやはり面白そうに見ている。
「ご依頼のものをお持ちしました」
さっき追加で頼んだものを、メイドの一人が持って来てくれたので、礼を言って受け取る。プロだから顔には出してないけど、たぶん、なんでそんなに皿がいるんだろうと思ってるんだろうなぁ。大きさや色形の違うものを数種類と頼んであったので、余計だと思う。ゲシュティではほとんどが白い陶器だから、他の種類を見たことがなかったんだけど、さすが王宮! 言ってみるもんだね。
「じゃあ始めますね」
「うむ」
私は持って来てもらった大きな布を一枚テーブルにかける。
ハンカチをランチョンマット代わりにとも考えたけど、夕食なのでそれも変だなと思ったのだ。食事のルールが違うわけだから、別に気にしなくてもいいところなんだけどね。
それから私は食器と料理を見比べ、それぞれの盛り付けを始めた。
ゲシュティには珍しい四角い皿や藍色の皿。それらと元から用意されていた、一般的な白い食器やグラス、器を組み合わせる。
二種類の肉詰めは、彩を考えてならべる。
サラダの一部は平皿にうつしてふんわり高さを出し、焼き鳥もどきを添えた。
豆のスープは若君と食べたのと同じもの。あの時彼は粒コショウを混ぜてから取り分けてくれたけど、私はひとなめしてから、一つまみだけ砂糖を入れて混ぜ、器に盛ってから黒コショウを振る。
サンドイッチは少しカットして食べやすく、且つ断面がきれいに見えるように並べ、サラダの残りのグリーンを置く。どんと無造作に乗っていたハムは、なんとなくバラの花に見立てた形に整えてみた。白い皿だと、こういうのが映えるよね。
出来上がったのはせいぜいホームパーティレベルだけど、その出来に私は満足した。とってもおいしそうだ。そして、すごく力になりそう。
その成果を確認して、私はふと不思議なことに気が付いた。
「ライアン様、この食器って王宮のものですよね」
「そうだが、それがなにかあったか?」
私は小首をかしげ、目をすがめてみる。
今までの食器では気付かなかったけど、
「この器には、力がありますね」
「なに⁈」
ライアン様は私の言葉に食器を見た。けれど、何も感じないのか
「今までより、料理はダントツにうまそうには見えるが……」
と、戸惑ったように私を見た。
「食事は体を作るものですから、おいしく食べられるのが一番なんです。目でも楽しくは基本なんですけど……」
これは、仕立ての時に素材を組み合わせて、お客様の力を引き出す手伝いをするのに似ている。
「まあ、今は冷めないうちに頂きましょう。ね、ライアン様」
「ああ。これは、食べるのがもったいないくらいだな」
さっきの私の言葉が引っかかってるだろうに、ライアン様はさっそく食事に取り掛かった。それを見て、私も食べ始める。
うん、保温器のおかげで冷めてもいないし、昨日の五割増しで美味しい感じがするわ。
会場の方の料理もそこそこ減ってるように見える。
減っていけば追加されていくみたいだから、皆さんがどれだけ召し上がったかはわからないけれど。
「ふーむ。これは、王妃達が食べているものよりもうまいかもしれないな」
「ふふ」
私はつい嬉しくなってライアン様に目を戻した。
「これを食べて、今夜はゆっくり休まれるといいですよ。明日にはきっと疲れが取れてると思います」
「なに?」
「ライアン様、お疲れでしたでしょう? 今食べてるものはしっかり活力になりますよ」
「……それはさっき言っていた力か?」
「そうですね。それもありますし、今日の食材はビタミンが豊富なんです。器との相乗効果で、いい気の流れを作れました」
自分が得意な「料理」を扱ったせいだろうか。
試しに器に力を注いでみたが、驚くほど簡単に、思い通りにそそぐことができたのだ。
「僕は……弱っていた?」
目を真ん丸にしてこちらを見るライアン様に、私は微笑んで見せる。
「お疲れだろうな、とは思いました」
力の流れが、少し弱い。まるで不眠不休で働いてきた人のようだ。
「分身は疲れますか? ――――陛下」
☆
しばらく沈黙が流れる。
でも別に怖いものではなかったので、私はもくもくと食事を続けつつ、会場のほうの陛下を眺めた。
あちらの陛下は、あまり食事を召し上がってないように見える。しばらく動きが止まっていたこちらの陛下は、やがて気を取り直したように食事に戻り、いつしかもりもりとご飯を完食した。見てて気持ちがいいくらいの、いい食べっぷりである。ニンニクなど、香辛料の利いた肉詰めは食欲をそそりますよねぇ。うん。いいことだ。
「いつ気が付いた?」
料理をすべて平らげ、私が淹れたお茶を飲んだ陛下は、大きく息を吐いてそう言った。
力の流れが滑らかになり、すごく安定している。
満足げな顔は、まるでミルクをたっぷり飲んだ後の子猫みたいだ。
「そうですね。最初は会ったことがある人だと思ったくらいなんですけど、はっきり気付いたのはこの食器を受け取って、力を見たときに、ですかね」
食器イコール素材だと感じたとき、ライアン様の力が普通の人と違うことに気が付いた。
陛下だとピンと来たときは色々合点がいったのだ。
私の事情をよく知っていることも、許可証を出してくれている本人なら当然よね。おばあちゃんと親しげだったのも、その関係なのかもしれない。
なにより、あのタラシ属性は、そうそういないよね? いや、この点に関してだけは希望的観測かもしれないけど。
「ナマ分身、初めて見ました。そのヒゲは本物なんですか?」
「いや。一応ナナに会うために変装したのさ」
ぺりぺりっと顔を半分覆っていたヒゲを外したライアン様は、やっぱり陛下だった。
「分身は疲れますか?」
さっきの質問に答えてもらっていなかったので、もう一度聞いてみた。
「そうだな。年を取って力が弱くなったこともあるが、今日は四人になっているからな」
「四人!」
忍者ですね! という言葉はしっかり飲み込む。日本という存在を知ってても、さすがに通じないだろう。
「みなさん、そんなに分かれられるものなんですか?」
うらやましい。いやでも、それだけ体力消耗するなら大変かしら。
「いや。領主たちも、うちのものも皆二人だな。この国には今、二人より多く分かれられるものは他にはいないんだ。――僕はこの力のせいで王になったともいえるんでね」
陛下はクスリと笑いながらも――自分の望んだことではない。――そう言われたような気がした。
午前中に調べて私なりに出した結果は、王というのは大統領のようなものだ。親から子へ継がれるものではなく、一過性のもの。しかも選挙などで選ばれるものではない。抜きんでた先天性の能力と、よく分からなかったけど、なんらかの天啓が必要らしい。その能力が子供に受け継がれることもあるそうだが、今の王子王女たちは全員領主レベルなので、いずれどこかの領に下るだろうという話だった。
魔獣と戦えない領主は平民になる世界だ。王の力がない王子王女もそうなることなど、考えなくてもわかることだった。
そして国王本人に確認した結果、私の考えは正しかったことが分かるけど、正直あまりうれしくないなと思った。王が不在になったら、この国ってどうなるんだろう? 日本というか、地球と違いすぎて想像がつかない。
「あと二人の陛下は、今どこにいるんですか?」
一人は下の会場で王妃様とダンスをしている。
このあとは皆さんが踊られるのだろう。
チラリと若君とガブリエラ王女が目に入って、そっと目をそらす。
「どちらも辺境だ。一人は南、一人は北に行っている」
なぜ? と、目で促すと、淡々と話してくれた内容は衝撃的なものだった。
いったいどんなことが語られるのでしょうか。
次は「魔獣」です。
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