第21話 うちの若君(2)
「オリバー、今戻った」
机で書き物をしていた私に、町からお帰りになった若君が声をかけてきた。
「お帰りなさいませ。今日の仕事はいかがでしたか」
若君からは、『ナナと会った。これから一緒に町に出かけてくる』という、まるで蝶や花が舞っているんじゃないかという浮かれた伝言を受けてはいた。だが、あえて「仕事」と言った私に若君は顔をしかめて見せるので、つい吹き出しそうになるのを慌ててこらえる。
どうせ「仕事じゃない、デートだ!」とでも言いたいのだろう。
王都で早々にナナと会えたうえ(その時の顔を見たかったものだ)、共に城下町に出かける機会を得るとは!
若君が、内心どれだけ浮かれていただろうと思うと、私はついニヤニヤしそうになるのを抑えるのが大変なのだ。
若君は、彼女が絡むと急に表情豊かに子どもっぽくなるので面白くてたまらん。
「ああ、そうそう。ブリューネから、若君は今日来ないのかと、何度か伝言が来てますよ」
ブリューネは城下町にある茶屋だ。
毎回王都に着くと、若君は大抵そこに顔を出す。
今日は町でも多くの人が若君を目撃しているので、なぜ来ないのかと不思議に思われたのだろう。
「行くわけがないだろう。ナナが一緒なんだぞ」
分かり切った答えに、私は我慢できずにニヤリとしてしまう。
そりゃそうだ。
店の女性だけではなく、町の女性を何人もはべらせた光景なぞ、惚れた女の前では見せられまい。もっとも本人ははべらせているつもりなどないのだろうが、はたから見ればそうとしか見えないのだ。
ましてや皆が差し出す守り石を受け取るところなど、一番見せたくないだろう。完全に誤解を招くに決まっている。
実際にそういう想いをのせた女人のほうが多いのだから、誤解も何もないのだが。
「では明日の午前に行かれますか」
「そうだな……」
ふむ。あまり乗り気ではないようだ。
「若君」
「ん」
「若君は、多くの守り石が必要なのです。得る機会を逃すわけにはいかないのですから――」
「わかってる」
心の奥で、何かを押さえつけるような表情で、若君は私の言葉を遮った。
「……ナナからは貰わないのですか?」
ふと思いついてそう聞く。
彼女からもらえれば、一番問題はないだろう。本物であれば、何よりの力になるのは間違いない。もっとも、その可能性は低そうだが。
「ああ。なぜか町でくず石を大量に買い込んではいたぞ」
「くず石を?」
なんにするんだ、そんなもの。
一瞬そう思って、彼女と以前話したことを思い出した。
「ああ。ナナの育った国では、守り石を贈る習慣はないんでしたね」
だから何か違うものに使うのか。
外の国では、ゲシュティでは当たり前の様々な力が消えるという。
力のない国でどうやって生活をしていくのかはわからないが、ナナを見ると、当たり前のことが色々と違っていて驚かされるのだ。
「そうなのか?」
「ええ。だから彼女はブレスレットはしていないはずですよ」
「それは知っているが……」
知ってたか。
何かを思い出そうとしている若君に、ついいたずら心がムクムクともたげてくる。
「あちらでは、恋人には指輪を贈るらしいですね。ネックレスもそうだったかな? こちらとはまた違うようですよ」
「指輪⁈」
彼女の手にそれがあったのかを思いだそうとしているのだろう。
彼女は細い鎖のネックレスはしていたはずだが、指輪に関しては私も覚えてはいなかった。
そこで話題を「デート」に切り替えることにする。
「それで? 今日はナナとはうまくいったんですか?」
絶対ないなと確信しつつそう尋ねると、若君は何か思いだしたのか、ニヤついてみたり落ち込んだりと百面相を始める。
本当にナナが絡むと面白いな。
これはなにか脈があったか?――そう思って無理やり聞き出した私は、聞き出したことを後悔するレベルで脱力した。
後ろ姿が父のようでかっこいいって言われたって――。
それ、完全に男として見られてないじゃないですか!!
言いたい。めちゃくちゃそう言いたい。
でも、こうも嬉しそうな若君に水を差すのもつまらない。
ナナ、やるな。
ほうほう、食事は奢らせてもらえなかったと。
それは仕方がないですね。若君は護衛としてついていったのだから、ナナのほうが払うのが当たり前だ。
しかも大荷物を持っているのに、代わりに持ってあげることも護衛の仕事ではないから拒否されたと。
ナナ、マジでよく分かってるな。
「護衛としてついていったのでしょう。そりゃあそうなるでしょう」
「くっ。はじめからデートと言っておけば……」
「ぜったいに、一緒に町に行ってはくれなかったでしょうね」
「……わかってる」
涙目にならんでください。
「ああ。でもな、オリバー。ナナはウィルフレッドと呼んでくれたんだ」
「え?」
虚を突かれて、思わず言葉を失う。
彼女は若君が半身を失っていることは知らないはずだ。
「自分で呼んでくれとおっしゃったんですか?」
「いや、名前で呼んでほしいと言ったら、ウィルフレッド、と」
「そうですか」
――十四年前に領主の資質であった半身を失った若君は、平民同様単身でしかない。体一つではとうていこなせない仕事を、若君は身一つでこなしているのだ。
若君の努力と、多くの守り石でそれを補っているが、それを快く思わないものも当然多い。普通だったら次期領主の資格はないのだから。
ただ、若君は“セレイズ”だった。
稀に世に現れる、魂の力の強き者。
だから半身を失ってなお、あたりまえに分身できるものよりも上に立っている。
彼が本来の姿だったら、どれほどの強さを持っていたのかと考えるとつらいものがある。だからこそ、人の何倍も努力し続ける若君を私は尊敬しているのだ。
隙を見せない若君が、素に戻れる相手を見つけたことも、本当は喜んでいる。
私は、最近できたばかりの恋人の顔を思い浮かべた。
自分の恋がうまく行っているときは、人にも優しくなれるものなのだ。
ただ、若君にとって、ナナが結ばれる相手ではないのが惜しいだけだ。これが、普通のご令嬢、もしくはただの仕立て士であれば……。
「さあ若君。おしゃべりはこのくらいで晩餐の支度をしましょう」
私は頭を振って、よけいな考えを吹き飛ばす。
ナナは若君を男として見ていないのだから、今それを考えても仕方がないだろう?
領主になるという事には、いろいろな条件があるようです。
それを努力でまかなってきた若君。
若君の恋を面白がりながらも、真剣にどうにかできないものか、ついつい考えてしまうオリバーでした(自分の恋がうまくいってると、優しくなるようです)。
次は「スタッフ」。
今回のモイラチームになる、仕立て士や造形士が集合しています。
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