第18話 確認
「何か食べたいものはある?」
周囲を見渡しながら若君にそう聞かれたけど、残念ながら私にはこちらの名物もいい店もわからない。
「ウィルフレッド様はこの辺のお店、わかりますか? 私はこちらに来るのが初めてですので、もしよろしければお任せしてもいいでしょうか?」
「ああ、もちろんいいよ。そうだな……」
彼は少し考えて、人ごみの多い大通りから一本入った道のオープンカフェのようなところに案内してくれた。
木陰にあるテーブルは居心地がよさそうで、とても素敵だ。
あえてカジュアルな店を選んでくれたのだろうか?
ペットOKのお店らしく、タキにベンチも用意してくれて、かなりいいお店。
席につくと、給仕係の男性が注文を取りに来る。
メニューもないのにどうするのかなと思っていると、若君は何も聞かずにいくつかの料理を注文した。
ゲシュティは基本的に料理の種類が少ない。
季節ごとに四~五種類のメニューが、各家庭どころかレストランでもローテーションしている感じなんだけど、王都でもそれは変わらないようだ。どの家庭でもレストランでも、メニューはほぼ一緒。なので若君も今の季節の定番料理を頼んだのだろう。
せっかく小麦も米も使う文化だし、魚介も肉も野菜もそこそこあるので勿体ないとは思うんだけど、そういう文化だから仕方がないか、とも思う。
私が色々な料理を作るのを祖母や若君なんかは喜ぶけれど、毎日違う献立を食べることを「疲れるから」という理由で嫌がる人もいるしね。作るほうじゃなくて、食べるほうに疲れるって不思議な感覚。
逆に私は日本での食事になれているから、毎日同じ献立のほうがつらい。
そう考えると、将来の旦那様は、毎日違う献立でも喜んでくれる人のほうがいいのかなぁ。お兄さんは好き嫌いとか、あるのかしら。
そこまで考えて、ふとさっきの出来事を思い出す。一応、あれを確かめてみたほうがいいかしら……。
「ウィルフレッド様?」
「なんだい?」
食事が楽しみなのか、目の前で目をキラキラさせている若君に、私は少しためらった後
「ソラへは行ったことがありますか?」
と聞いてみた。
ソラは、ラミアストル領の中でも辺鄙なところにある職人街だ。
いくら領主の息子でもそうそう来ないと思う。
でも一応ね。確かめておきたいのよ。
「ソラ? ナナの本宅があるほう? そうだな。五・六年前に一度行ったことがあるよ」
「そうですか」
その答えに、私はにっこりと笑った。
若君は警邏のお兄さんではない。そのことが分かったから。
私が初めてゲシュティに来た時は十四年近く前だ。五・六年前に一度だけなら、私を助けてくれたお兄さんであるはずがない。しかも若君がソラを訪問したらしい時を知らないから、私はその頃日本だったんだろうな。
もし若君が警邏のお兄さんだったら、この瞬間、私は完全に失恋だった。
顔を知った瞬間初めての恋を失うとか、それじゃあ、あまりに悲しいもの。
とりあえず、恋が始まる前に終わらなかったことにホッとする。
ずっと想ってきた人が若君だったら、それはそれで複雑な気もするんだけど……。
若君はすぐ嫁に来いとか冗談を言うけれど、それは完全に面白がっているだけだ。聞く人によってはマジ洒落にならないと思うのよ。
こっちでは、貴族と庶民の刹那的な恋愛はあるかもしれない。聞いた話だと、結婚は視野に入れない、遊びとか、ノリとか、そんな感じの軽い付き合いらしい。それは私の思うところではないけどね。
ただ若君は、私の作るご飯が好き。
私自身を好きと言ったことは一度もない。実際、そんなこと言われても困るけど。
でもって、ほかの女の人みたいに彼をうっとり見つめたりしないから、安心して私をからかうという、妙な遊びを覚えてしまったのだろうね。
今日はつくづくそれを実感したわ。実際うっとりしたことは、一度もないしね。
――ん? もし私が若君にうっとりする振りをしたら、もう来なくなったりして?
いや、若君は食いしん坊さんだから、ご飯目的に来るかも……。
そうなると、なんだかややこしくなりそうだから、やめておこう。
何となしに、お城で若君を見つけたときのことを思い出す。
あのとき見た若君の後ろ姿は、お兄さんだと勘違いしたこともあってドキドキしたなぁ。葉月は男の人の二の腕や手の甲にときめくって言ってたから、私は背中萌えタイプなのかも。
考えてみると、私は子供のころ、父や兄におんぶしてもらうのが好きだったわね。
適当に会話をしつつそんなことを考えていると、思わずにやけてしまったのか
「なんだか楽しそうだね。どうした?」
と若君に聞かれてしまう。
なので私は少し考え、素直に答えることにする。私が少し褒めたところで、若君にとっては日常茶飯事で聞き飽きた程度のことだろう。今日はお世話になってるし、たまに褒めたところでバチはあたるまい。
「いえ。ウィルフレッド様は、後ろ姿がかっこよかったんだなぁと考えていたんですよ」
「え? 後ろ姿?」
私の答えが予想外だったのか、若君の目が戸惑ったように揺れる。
その姿が幼く見えて、私はクスクス笑ってしまった。
「はい。父みたいでした」
ちょっといたずら心で付け足すと、若君は
「そ、そう」
と、なぜかキョロキョロした後タキの背中をなで始める。
父に似てるでは、さすがに褒め言葉にはならないか。
そう思いつつタキと遊ぶ若君の姿を見ると、自然と笑みがこぼれる。
その姿はいつもの色気がぐっと抑えられ、どこか子供っぽくてかわいく見えるのだ。
もしかしたらこんな姿、若君の恋人たちは知らないかもしれないなぁ。
ナナとしては、褒めたような褒めてないような? 程度の軽い言葉ですが、若君からすると――?
次は「食事」です。
若君の選んでくれたお料理を待ちながら、こちらの風習について考え始めます。
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