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異世界ハーフの仕立て士見習いですが、なぜか若君の胃袋を掴んだようです  作者: 相内 充希
本編

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第14話 お兄さん

 部屋から城門まではわかりやすい。

 今なら人の流れと逆に行けば城門だ。


 どこかからおいしそうな匂いがしている。

 城内でも、元々働く人のための食堂はもちろんあるんだけど、社交シーズンの間臨時で開かれる食堂もあるらしく、ここにいる間は私もそこで食事ができるらしい。

 でもそっちはいつでも利用できるけど、仕事が始まったら観光どころではなくなるだろうから、王都を見て回れるのはこの半日がチャンスなのだ。

 もちろんお散歩はタキと一緒。今は籠ではなく私の肩にいる。あまり体が大きくないタキは、器用に私の肩に乗るのだ。

「タキ。もし私が迷子になったら助けてね」

 もっとも、お城までなんて迷いようがないと思うので心配はしてないんだけど。


 一応自由時間は明日の午前にもあるけど、そちらは城内を回りたいと考えている。

 なぜ今日じゃないかと言うと、うちと同じで今日はお城に入ってくる人が多いから。少し落ち着いた頃で、あまり人がいなそうな朝の方が分かりやすいかなぁ、と思ってのことだ。


 それでも、一応部屋の周りの道くらいは覚えておこうかなと、グルッと散策を始めた時だった。建物の間の細い道だからか、それとも昼時のためか、その道には人がほとんどいない。歩くにつれてざわめきが遠くなり、今までの人混みの騒音がうそのように静かになる。

 そこに男の人の声が聞こえ、私の心臓はドキンと大きく高鳴り、痛いぐらいにドキドキし始めた。

 それは耳に心地の良いバリトンボイス……。

「うそ……」

 警邏のお兄さんの声だ。


 ずっと警邏のお兄さんと呼んでいるけど、警邏隊の人ではない。たぶん違う。

 初めて私を助けてくれた時、警邏待機所に連れて行ってくれたから、でも名前も聞いてないからそう呼んでいるだけだ。

 警邏の人たちもお兄さんのことは見ていないという。

 待機所入口で

『迷子です。お願いします』

 と声がして、そちらを見たときはもう私一人だったらしい。

 その時子どもの声だったというから、年も私よりは年上だけど、そんなに離れてはいないのではと思っている。もしかしたらお兄くらいかな、と。


 夢うつつのときにしか会えない、夢のような人。声と温もりだけなのに、彼を想うだけで切なくなるし、強くもなれる。

 葉月には、『その理想の彼は二次元?』なんてからかわれたこともあるけど、それに近いのかなぁ。

 でもずっと好きなんだもの。

 顔も知らないのに、今もずっと心を掴まれたままなんだもの。


 でも今、私ははっきり起きているのにその人の声が聞こえて、ドキンドキンとなる心臓の音がうるさい。

「タキ……。いま、警邏のお兄さんの声、聞こえたよね?」

 思わずギュッとタキを抱きしめると、タキはするりと腕から抜けて声のするほうへトコトコと歩き出してしまった。あわてて私も追いかける。

 この先にあの人がいるのかもしれない。

 初めて顔を見られるのかもしれない。

 そう思うと、緊張で足がガクガクしてしまう。

 歩いてるはずなのに、なんだか心もとないなんて、こんなこと初めてだ。


 角でピタリと止まったタキの後ろで私も立ち止まり、大きく深呼吸する。

 まだ声が聞こえる。誰かと話しているみたいだ。

 そっと覗きこもうと思ったとき、私は別の意味で心臓がドキンとなった。

「――エイファルのくせに!」


 さげすみを隠さないその言葉は、こちらの言葉で「中途半端」とか「出来損ない」を意味する。私自身、何度か言われたことがある言葉だった。


 思わず自分が言われたのかとキョロキョロするけど、この道には私とタキしかいない。ということは、言われているのはお兄さんなの?


 そっと向こう側をのぞき込むと、二人の男性が立っていた。

 一人はツンツンした黒い髪の男性で、先ほどの言葉は彼が吐き捨てたらしい。半分笑いを含んだあざけりの表情が浮かんでいる。

 もう一人は背を向けているけど、ゆったりしたその立ち方は余裕を感じさせるもので、言葉の攻撃などどこ吹く風という感じ。背が高く、明るい茶髪の男性はふっと笑って

「だから?」

 と言った。


 私は三度みたびドキッとした。

 その軽やかな一言が、胸に深く突き刺さった気がした。

 私が何度も言われ傷ついてきた言葉を、なんて軽く流せるんだろう。

 きっと彼は実際、なんらかのハンデがあるのだろう。でも「だからなに? それが何か問題でも?」と言ってるようなその声に、私は心底クラクラした。

 今まで周りからは「気にしなくていい」と言われてきて、実際気にしてないつもりだった言葉が、実は私の中でこんなにも傷をつけていたことに初めて気づいたのだ。私にとっては父と母をバカにされたも同然だったから。

 そしてその心に気付いた瞬間、彼の言葉が、その声が、温かく傷を覆って守ってくれた気がした。

 胸がぎゅうっと締め付けられ、思わず浮かんだ涙を慌ててぬぐう。


 ああ。やっぱりお兄さんだ。

 大好き。

 本当に好き。


 自分の気持ちを抱きしめるように、私は胸に手を当てる。

 葉月、この恋は二次元なんかじゃなかったよ。


 再びそっと向こう側をのぞき込むと、ツンツン男はギリッと歯ぎしりの音が聞こえるんじゃないかという顔をしていた。


 ま、まさか、ここで喧嘩なんか始まらないよね。


 人を呼んだほうがいいか考えたとき、突然タキが飛び出し、お兄さんを守るようにツンツン男の前に悠然と立ちはだかった。

 タキの立てた尻尾が、ユラリと揺れる。


「なんだ、この猫は」

「タキ!」「タキ?!」

 思わずタキを呼んだ声がハモる。

 ――え? うそ。若君?

やっと好きな人の姿を見ることができる!

期待に胸を膨らませたものの、声の主はなんと若君でした。

あれれ? どうゆうこと?


次は「声」です。


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