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第12話 王様

 祖母に促され、ゆったりと腰かけた王様の前に緊張しつつ座る。

 そのあとは、祖母と王様の二人でちょっとした近況などの雑談が交わされ、私は微笑みだけは絶やさないよう気を付けつつ、黙って座っていた。


 思った以上に親しそうな雰囲気だけど、あくまでそれは二人の培ってきた信頼関係によるものなのだろう。

 今回のテーマなど確認したりする二人は、すっかりビジネスといった雰囲気だ。

 一人前の上級仕立て士になるということはこういう事なんだ。そんな一面を垣間見た気がした。

 ――技術だけを上げてもダメなんだって……。


 今の時期はゲシュティの夏期にあたり、いわゆる社交シーズンになる。

 もちろん集まる人はそれぞれに衣装を仕立ててやってくる。当然よね、パーティーなんかもあるんだし。いわゆる社交界デビューなんてのもあるのだろう。


 で、私達は「式典」のための衣装を仕立てるためにここに来てるわけなんだけど、式典が行われるのは社交シーズンの終わり。つまり秋なのだ。

 初めて社交シーズンというものを聞いたときは、なんで服を作るはずの上級仕立て士が、そのシーズン真っただ中に王都に行くのかしら。行くならシーズンより前じゃないとおかしいんじゃない? と、不思議で仕方がなかった。

 まだこちらの生活というものがよく分からなかったからね。


 社交シーズン用の服は、いつもの工房で作っている。ほしい人は仕立て士の元までくる必要がある。でも注文状況によっては、必ずそれが叶うわけではない。


 でも私達は、この社交シーズンに行われるいくつかのイベントの勝者にも服を仕立てることになっているのだ。つまりある種特典扱いなのね。

 貴族の人にとっては、わざわざ時間をかけて確実とは言えない注文に出向くより、勝てば、王都にいながら王族と同じレベルの最高のものが手に入るという利点があるのだ。


 それは秋になると行われる式典と、そこから狩りシーズンになるから、そのために必要になる。


 狩りと言っても、おそらく大抵の現代人がもつイメージとはずいぶん違うはずだ。

 秋になると目覚める魔獣たちを、王侯貴族たちが封じたり、倒したりする。それがこちらの狩り。

 最初にそれを聞いたときは、王侯貴族って、つまりハンターなの? と思った私の第一印象は間違っていなかったと思う。

 だから王侯貴族は特別な力が必要なのだ。命がけで領民を、国民を守るのが上の人の仕事。力がなければ、普通の平民になる。そんな世界らしい。

 力が血で受け継がれることが多いとはいえ、厳しいなぁって思う。能力などにより細かい身分もあって、私にとっては余計に難しいと思うところだ。

 領地の運営もするわけだから、ハンターで領主、もしくは、ハンターで王様。

 だからこそ、生まれついての特別な資質が必要なんだけど、これ、絶対ビックリすると思う。私はまだ見たことがないんだけど――


  ☆


「え? 王様って分身するの? そんな方法があるの?」


 すごく当たり前のことのように祖母に言われ、めちゃくちゃ驚いたのは中学三年生の時だっただろうか。たしか、進学するしないで両親ともめてて、夏休みに入ったのをいいことにゲシュティに来ていた時だったはず。誰もここまで追ってこられないから、いい家出先くらいの気分だったんだよね。

 あの時は、やることもやりたいこともたくさんあって、「体一つじゃ足りないのー」とぼやいてたことがきっかけだったように思う。


「国王たちみたいに、分身でもするのかい」

 と笑われたのだ。

 頭の中には忍者スタイルの王様の姿が浮かんでくる。分身が実在するとか、びっくりするじゃない?

 いいな、私も分身したーい。


「分身するよ。領主様だってする。それが出来なきゃこなせない仕事だからね」

 私が甘い期待をしたのがばれたのか、祖母は、そんなに甘いものじゃないよというような顔になった。


「そうなんだ、すごいね! 自分が増えるなら色々できて便利だよね。片方は日本で学校に行ってても、片方はこっちで仕立て士の勉強もできるんだもん」

 その厳しい表情にめげることなく、私が勢い込んでそう言うと、

「ああ……、そうだね。そうできたら、どんなにいいだろうね」

 と、フッと表情を緩めた。


 そこで教えてもらったのは、分身は「方法」ではなく元々持った「資質」なんだという、なんともがっかりな情報だった。

 生まれ持ったものじゃ、私がどんなに頑張っても分身はできないってことなんだよね。一瞬期待しちゃっただけにしょんぼりだ。


「でもね、同じ親から生まれても全員に引き継がれるわけではないんだよ。これは私たちも同じだけどね」


 暗に、おまえには上級仕立て士になれる力が受け継がれていると言われた気がした。

 お母さんは一人っ子だったらしい。

 それでもきちんと力を引き継げたし、本人も跡を継ぐ気でいたから何の問題もなかった。なかったはずだった。

 でも十五歳になったばかりのとき、素材の採集に行った先で季節外れの魔獣に遭遇してしまったそうだ。そのとき、何らかの力で日本に行ってしまい、母はゲシュティに帰れなくなってしまったのだという。


「おばあちゃん、私がお仕事を継いだら嬉しいよね?」


 当時の私は、正直迷っていたのだ。

 自分には上級仕立て士になるための力があることは、初めてここに来た時に判明していたし、当時も服を作ったり考えたりするのは楽しかった。

 でも、祖母のようにはもちろん、母のような魔法の手ともいえるお裁縫の腕になれる気がしなかったんだよね。あまりにも特別過ぎて、私はお裁縫が苦手だなと感じるようになるくらいには。それでも、ゲシュティに来られるのは自分だけだから、祖母は私が跡継ぎになることを望んでいるのだと、心から信じて疑ってなかった。

 だから、迷うことなく言った祖母の答えにめちゃくちゃびっくりしたのよ。


「いや? そんなことないよ。ナナは好きな場所で自分の思うように生きたらいい。それができるんだから、そうしなさいな」

「へ?」


 ぽかーんとした。

 しばらく身動きもできないくらいの衝撃だった。


 私は、あまりにも間抜けな顔をしてたらしい。吹き出した祖母がしばらく笑い転げてたくらいだもの。――でも、あまりにも想定外のことを言われると、頭の中真っ白になるものなんだねぇ。


 その後も私は、ずっと「好きにしたらいい」「自由だ」と言われ続けた。

 一時は、私には上級仕立て士になるのは無理だと言われた気がして、悔しいやら悲しいやらで泣いたこともある。私が純粋なゲシュティの人間ではないからという理由で、他人から心無いことを言われたこともあったしね。


 あの頃の思い込みと被害妄想は、今思い出しても恥ずかしい。


 そして私は、母の希望通り高校に進学して、普段は母に、長期休みの時は祖母に技術を学び、母が亡くなる前に自分の意志で跡を継ぐことを決めたんだ。


  ☆


 物思いにふけってた間に、そろそろ二人の話もキリがいいところになったようだ。

 内心陛下に、「今日は何人に分身してるんですか?」と尋ねたいのを我慢しつつ、初めての謁見は終了した。


「また後でゆっくりな、ナナ」

 という、バチンと音のしそうな派手な陛下のウインクと共に……。

一度は生で分身を見てみたいナナでした。

でもチャラい王様や、ご飯ご飯言ってくる若君がナナの周りに何人もいたら、それはそれで大変かも?


次は「タキ」。

兄弟分にして大親友の黒猫タキとのイチャイチャタイムです。


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