分岐する未来
(まったく、なんでそんなに一人にこだわるんだ)
全体の雰囲気がバラバラだと、いつか来るあの娘も居心地が悪いだろう。
やれやれとため息をつくと、改めて玲於奈は今回のミッションを確認した。
メインミッション
『2-2に位置するツチゴモリたちの巣を壊滅させよ』
サブミッション
『5-7へ行け』
『チヒモ虫を10匹倒せ』
『ヨリイト虫を10匹倒せ』
すぐに彼は直観した。恐らくメインミッションの巣の中に最上級の荒神が居て、サブミッションで指定された5-7に上級の荒魂が居るのだろう。そこに五匹全部いるかどうかは分からないが。
(じゃあ、まず5-7に行くか)
マップを開くと、現在の位置は8-3だった。ステージは前回から変わっており、今回は左上の辺りが山になっている。だがその他は平坦で歩きやすい道のようだ。
一頻り周囲に罠を設置した後、玲於奈は目的地へ出発した。ちなみに、重くなるのでカバンはその辺に置いて行くことにした。どうせ戻って来るのだから構わないだろうという判断だ。
前回同様に荒魂を倒しながら歩く。エンカウント率は高めで、ヨリイト虫一匹に目玉一匹、ネズミ二匹だった。安全第一を心がけている玲於奈としては、もう少しネズミを退治して回復のレベルを上げたいところだ。
「あと、チヒモ虫とかいうのも居ないな」
今どうしても欲しいスキルというのも無いのでポイントは貯めてあるが、今回もサブミッションはクリアしておくつもりだった。有事の際に回復か生命か状況に応じて一気に振るつもりである。余裕はしっかりと持っておきたい。
歩きながらゴゴ草のようなデートに良さそうな場所をそれとなく探したけれど、特に見つからなくて残念だった。
そんな風にして歩くこと約一時間、玲於奈は目的地5-7に到着した。が、
「居なくね?」
そこには何もいなかった。平坦な道が続いているだけでネズミ一匹居ない。危険な荒魂を想定していたのに、これでは拍子抜けである。
「まあ、居ないならそれでいいか」
もしかしたらあの少女が先に倒したのかもしれない。その可能性は大いにある。
サブミッション『5-7へ行け』を完了したことを確認すると、玲於奈は罠の結果を見るために戻ることにした。
だが、これから彼は予想外の形で強敵に着け狙われることになる。
来た道を戻る途中、彼は腕に妙なものが巻き付いているのを見つけた。
薄黄色をした太い輪ゴムのような何かがぎゅうぎゅうと腕を締め付けてくる。それは玲於奈の血を吸って太く硬くなっていっているようだった。
いつの間に付いたのだろうか。まったく気が付かなかった。
徐々に締め付けがきつくなっていく。
「どうやったら取れるんだ、こいつ」
指でつまんで引きはがそうとするが、そいつはぴったりと吸い付いて離れようとしなかった。
このままでは血を奪われ、貧血になってしまう。そうして弱っているところにさらに同じ荒魂に襲われたりしたら最悪だ。
その時になってこいつがチヒモ虫だと気が付いたが、名前が分かっても対処法が分からないのではしょうがない。
「この、離れろ……!」
ナイフを召喚し、腕を切らないように水平に差し込む。
チヒモ虫の一部を傷つけると、そこから血が噴水のように吹きだした。玲於奈の血だ。チヒモ虫が細くなって、締め付ける力も弱くなっていく。
しかし玲於奈が指でつまみ上げようとした瞬間、チヒモ虫は彼の腕を離れ、ミミズのように地面を這って、思いがけない速さで逃げ出した。
「待て!」
咄嗟に足で踏みつけようとするが、チヒモ虫はさささと巧妙に躱して逃げて行く。そしてそのまま近くの住宅の庭に隠れてしまった。わずかな血の跡も芝生に紛れて見つからない。
貴重な新スキルを取り逃してしまった。
玲於奈は頭を掻いてため息を吐いた。
残念だが、逃げたものは仕方がない。あの一匹を追うよりも糸で罠を量産してチヒモ虫がひっかかるのを待った方が効率的だろう。
この判断が正しかったのかは分からない。だが、仮に強敵に襲われないということを第一の目標としていたならば、彼は無理にでも探すべきだった。探し出して、確実に殺しておくべきだったのだ。
しかしそれも結局は先を知っているから言えること。
何も知らない玲於奈は治癒で血を止めると、再び歩き始めた。
「おお、大量だ!」
罠のところまで戻って来た玲於奈はその結果に歓声を上げた。
チヒモ虫を主とした荒魂たちが糸から逃げ出そうともがいているのだが、その数がかなり多い。五十匹はいるのではないだろうか。
糸スキルのレベルが上がったことで楽に罠を設置できるようになったため、とりあえずめちゃくちゃにばらまいたのが正解だった。
早速一体ずつとどめを刺していくことにする。
全ての荒魂を退治した後、玲於奈のプロフィールはこうだ。
『プロフィール』
名前 秋山玲於奈 ☆
性別 男
武器 ナイフ
保有ポイント 12P
スキル 糸Lv5(1/32)up、探知Lv2(0/4)、水Lv1(0/2)、回復Lv3(3/8)up、生命Lv1(1/2)、悪食Lv5(4/32)new
ヨリイト虫十二匹、ネズミ五匹、カエル一匹、チヒモ虫三十五匹で合計五十三匹だった。
糸と回復のレベルが上がったほかは、やはり新しく入った悪食が目立つ。一気にトップの糸に並んでレベル5になった。ヨリイト虫だって七匹もいたわけで、決して少なかったわけではないのだが。
詳細を見るも、糸と回復では新たな技が得られていなかったので、やはり予想通り、レベル3ごとに新たな技が手に入るのかもしれない。
試しに鋼糸を使ってみると、少し出しても疲労感がやってくることはなかった。こんなことで生命の貴重な一回を使用するのもバカらしいので限界まで試すことはなかったが、コストはかなり軽減されているようだった。回復の方も例によって効果が上がり、使いやすくなったようだ。
鋼糸は今のところ使い道が皆無の技だが、玲於奈は糸スキルのことをちっとも役に立たないとは思っていなかった。一つ目の粘着糸があれば、あの娘のサブミッションを手伝ってあげることができるからだ。彼女がなかなか荒魂を倒せなくても、玲於奈が捕まえてきてあげられる。それだけで彼は満足していた。
それから彼は今回の本命である悪食の調査に取り掛かった。
レベル5になったことで二つの技が使えるようになっており、新たな主戦力として期待できる。
「さあて、その効果は」
【悪食Lv5】
・大口 身体中に口を作り出す
・強胃酸 口から強い酸性の液体を出す
「ゲロじゃねーか」
玲於奈は二つ目の技を見て思わずツッコんだ。
口から出て来る酸性のものは胃液かもしれないが、言いかえればゲロである。
ゲロを吐くくらいなら彼にだってできる。スキルとして使うだけの効果を発揮してもらいたいものだ。
順番に、一つ目の大口の方から試してみる。
筋肉を動かすような感覚で、手の平に口ができた。手の平以外にも腕、肩、額、腹、足と全身に作ることができた。
口だらけになった手や足を見て、若干気持ち悪いと思った。口は全て玲於奈の統制下にあるので、一斉にガチガチと歯を鳴らすこともできる。実際にやってみたところ想像以上に不気味だった。
「これさあ……」
次に彼は二つ目の技を使おうとし、あることに気がついて躊躇った。
強胃酸は恐らく、本来の口か身体に新しくできた口から溶解液を吐き出す技なのだが、使った場合自分にかかってしまうのではないだろうか。
糸スキルの場合、自分が粘々の効果を受けないことも可能なので、この悪食も出した液体で自分が溶けてしまうことは無いだろうと思われる。彼が心配しているのはそこではない。
彼が心配しているのは、例えば手の平の口から液体を吐き出した時、手がぬるぬるのゲロまみれになるのではないかということだった。
それはシンプルに嫌だ。たとえ自分が生成したものであったとしても。
仕方なく彼は、手を大きく広げた状態で手の平の口から少量を出すだけにとどめた。
一応出たが、その酸性がどれほどのものかはもう確かめなかった。この技は今後封印しようと思ったからだ。
「うわ、これなんか臭いな。においまでゲロなのかよ……」
玲於奈は鼻をつまんで渋い顔をした。
そのチヒモ虫は路地裏を全速力で蠢いていた。
己の使命を果たすために。
あれほどの良質なエサは見たことが無い。あの存在を早く一族に知らせなければいけない。あの栄養たっぷりのエサを食べれば、種族はきっと新たなステージに進むことができる。こちらをじっと見つめる『ヤツ』に打ち勝ち、新たな支配者になることだってできるかもしれない。
そのためにも、自分のお腹に残っている血を早く届けるのだ。
小さなチヒモ虫は狭い路地裏で必死に身をよじった。
ヒロイン「ゲロとか気にしてる場合じゃないだろ……」
玲於奈「反省してる」
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