二回目のスタート
玲於奈が元居た世界に戻ると、すでに夜だった。時刻は夜中の十二時を過ぎている。
慌てて家に帰り、心配していた両親には駅で寝ていたと説明。それからシャワーを浴びてほとんど仮眠のような睡眠をとり、翌朝になると学校へ向かった。
「それって本当の話?」
学校にて昨晩の出来事を小野寺に話すと、やはりすぐに信じてはもらえなかった。
「本当だって。ほら、俺の指から出るこの糸を見ろよ。これがスキルじゃなかったら何なんだって」
指から糸を垂らして小野寺に見せると、彼は肩をすくめて言った。
「さあ、蜘蛛に噛まれたとか?」
「それならそれでもう少し驚いて! じゃあ、ほら! ナイフ!」
ナイフを取り出して見せると、小野寺が驚き飛びのいた。
「こわっ! それ、刃渡り三十センチあるじゃん。どこに持ってたの? 銃刀法違反だよ」
「法律に厳しい。手品じゃなくて本当にアプリの力で取り出したんだって」
「本当に? でも今やったことは全部手品でもできるからなぁ。やっぱりにわかには信じがたいよ」
「いや、俺は本当にでかい蜘蛛とか見たんだよ。俺のスマホにもDCWがインストールされているだろ?」
玲於奈がスマホの画面を向けると、小野寺は曖昧な笑みを浮かべた。
「でも動かないんでしょう、それ?」
その通りだった。あれから何度もアイコンをタップしてみたのだが、ローディング画面しか表示されなくなってしまったのだ。いくら待っていても永遠にロードしており、次に進まない。
信じようとしない友人は、最後にため息を吐いて言った。
「だいたい、でかい蜘蛛とか都市伝説のアプリが本当だったっていう話とかじゃなくて、何よりも秋山氏が女子に名前を聞いたって部分が怪しいんだよね」
「あれは別に、深い意味があった訳じゃなくて、ただ単に名前を知っておかないと不便だからってだけで……」
玲於奈は思わず口ごもった。
本当に、彼が名前を聞いたのは下心があったからではない。最初に名前など覚える気が無いと言われたことが記憶にあったから咄嗟に出てきただけで、決して少女本人に興味があったからではない。
ではその前に呼び止めたのはなぜかと言われたら、自分でもよく分からないが、恐らく彼女が心配だったからだろう。無茶なスキルの使い方を繰り返し使用し、立つのもままならないはずなのに治療も受けずに帰ってしまったから、一人の人間として心配しただけだ。
小野寺がそれほど興味なさそうに言った。
「まあ、なんでもいいけど、次にその夜の街とやらに行く機会があったら写真でも撮って来てよ。ヨリイト虫? の脚の一本でも持ってきてくれたら信じられるし」
「もしかしたらあれ一回で終わりかもしれないけどな。まだ一回しかクリアしてないけど特別に神様が願いを叶えてくれていて、例えば今日いきなり理想の彼女が転校して来たりして」
「はいはい」
あまり友人に信じてもらえず、玲於奈は寂しい気持ちでアプリを見つめた。
「お前がロードなんかしてるからだぞ」
もしかして今度は上手くいくのではないかと再度タップするが、やはりローディング画面が表示されるだけだった。
しかし、
「あれ? これ、進んでいる?」
ロードしたパーセントを表すバーが今朝は一センチほどしかなかったのに、今は二センチに増えている。
このペースで行けば一週間後には完了しそうである。
完了したらどうなるのだろうか。そう考えると、玲於奈は心臓がドキドキしてきた。
十日後の土曜日の夕方、玲於奈のスマホに例のアプリから通知がやって来た。
『ダウンロードが完了しました。アプリをご使用いただけます』
ついに来たと思わず前のめりになる。
ここでアプリをタップすれば、また前回と同じようにゲームに飛ばされるのだろう。
しかし玲於奈は、はやる気持ちを押さえて椅子に座り直した。
ここで飛ばされてはまずいのだ。前回はカバンを地面に置いていたため持っていけなかったが(駅員に忘れ物として届けられていた)、身に着けてさえいれば物を持ち込めるようなので、今度は役に立ちそうな物を持っていくつもりだった。
「ええっと、必要になりそうなものを書きだしたメモ帳はどこに行ったっけ?」
どたばたと机を漁り始める。
もしかしたら今回で理想の彼女と同じチームになれるかもしれないと思うと、待ちきれなかった。
しばらくした後、コンビニで魚肉ソーセージを数本買い、ペットボトルの水と傘と懐中電灯と寝袋を持った彼は、部屋の中でスマホを構えた。
「よし、行くぞ」
心の準備をする。
覚悟を決めてアプリをタップすると、一瞬、目の前が真っ白になった。
視界が晴れると、そこは予想外に明るい街だった。空を見上げると雲が太陽にかかっている。ステージは毎回夜なのだと勝手に考えていたが、どうも違うらしい。
気がつくと、この間の少女がすぐそばの家の壁を背に座っていた。前回とは別の水色のものだが、今回も厚手のパーカーを着ている。
「また会ったな。もしかして待っていてくれたのか?」
声をかけて挨拶すると少女がちらりとこちらを向いた。
「チームが揃わないとミッションが始まらないんだよ」
「そうなのか。待たせて悪かった」
玲於奈は素直に謝罪した。
準備には三十分ほどかけていた。少女がすぐにこちらへ来たとしたら、三十分は待っていたことになる。
そこで玲於奈は提案してみた。
「じゃあ、今度からは入る時間を決めるか?」
そうすればロスは少なくなるだろう。
だが少女の対応は前回同様に冷たいものだった。
「必要ないよ。どうせお前は今回で死ぬし」
まるで早く死んで欲しいような口ぶりである。彼が死ねば好きな時にゲームを始められるから気軽でいいということだろうか。
玲於奈はむきになって反論した。
「死ぬ死ぬってなんでそう思うんだよ。俺は前回だってちゃんと生き残ったぞ。まあ、確かに荒神は君に倒してもらったわけだけど」
それでも今回スキルのレベルを上げれば、自分だって荒神とやり合えるようになるかもしれない。前回とは違い、最初から大量の罠を仕掛けられるため、効率よく敵を捕まえることができるはずだと彼は考えていた。
しかし少女は玲於奈の言葉を鼻で笑い、ある物を指さした。
「そこに看板があるでしょ?」
振り返って見てみると、六枚の交通標識のような看板が立っていた。の一枚は赤丸にバツが描かれており、残りの五枚は黄色の逆三角形である。
「毎回スタート地点に置かれた看板は敵の強さを示していて、丸とバツのやつは荒神。黄色の逆三角形は上級荒魂。前回は最上級と中の上が一枚ずつだったけど、今回は上級荒魂が五匹もいる。前みたいにその場所から動かないとも限らないし、あんまり甘くないよ」
「そんなルールがあったのか」
言われて気が付いたことだが、このステージには交通標識が無い。元々物音がちっともしない現実感のない街なので特に気にならなかったが、だからこそスタート地点に置かれた看板が意味を持っていると分かる。
そして、そんなことまで知っている少女のことが気になった。いったい何度このゲームをクリアしてきたのだろう。最初の頃はどうやって生き残ったのだろう。ずっと、一人きりだったのだろうか。
だがこう言った疑問に彼女が答えてくれるとは思わなかった。
彼女はスマホを確認すると、
「今回もメインはわたしがやるから、お前は来るなよ」
そう言ってさっさと一人で歩きだしてしまったからだ。今回も一緒に事に当たるつもりはないらしい。
薄々感づいていたことだが、彼女は玲於奈から距離を取ろうとしている。極力関わらないように。そのために治療さえも拒む。
玲於奈はスタスタと去っていく少女を追いかけて声をかけた。
「なあ、俺と協力しないか。俺のシークレット武器の効果で、敵を倒すとスキルを手に入れるんだ。まず俺のスキルを育ててから、一緒にメインに挑戦した方がそっちも楽だろ」
やはり少女は首を縦に振らなかった。彼女はイヤホンを取り出し、それを耳にはめながら言った。
「それってわたしが一人でやるより早い?」
そのまま、少女は一人でミッションへと向かった。
彼女の姿は遠いところにあった。
今日の夜からは妖怪人間ベムのリメイクが始まりますね。広い地域で放送されるようなので調べてみてください。
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