スプラッタ系ヒロイン
ふらついた彼女は、そのまま地面に倒れてしまう。
「おい、大丈夫か!」
玲於奈は慌てて駆け寄った。
息はしている。気絶しただけのようだ。
気絶ぐらいするだろう。ダメージのある中、一気に体力を消耗する大技を使ったのだから。
「身体を冷やすとよくないよな」
彼は少女を背中に負ぶると、近くの屋根のあるところまで連れて行く。
そして爆発のあった一点をじっと見つめた。
あれだけの熱量だ。たとえ荒神でさえも倒せるのではないかとわずかながらに希望を抱いていた。倒すことができてもおかしくないと、希望的な観測を抜きに感じた。
しかし希望は空しく摘み取られる。
雨で晴れた煙の中から、荒神が姿を現した。身体からプスプスと煙を立てているものの、目には気勢をみなぎらせている。
「ギョオオオオオオオオ!」
怒りをあらわにして吠えてくる。
相手は健在だ。まだ、ミッションは終わっていない。
(どうする……?)
玲於奈は、空き家の玄関先で死んだようにぐったりとしている少女の様子を盗み見た。逃げるか、戦うか、選択しなければいけない。
彼は駆け寄り、少女を揺り動かした。
「頼む、起きてくれ。逃げなきゃならないんだ」
これで少女が目を開けなければ、玲於奈自身が戦うつもりだった。残念ながら彼には少女を背負って五十メートル以上を走る体力がない。
奇跡的に少女はすぐに気が付いてくれた。
彼女は目を開けると、何よりもまず先に荒神を視界に入れた。だがもう身動きを取る気力は無いようだ。後ろの壁に背を預けたまま、じっと荒神を見ている。
「聞いてくれ。逃げるんだ」
ふるふると首を横に振った。寒さに体が震えており、もう喋ることも困難なようだ。
「嫌だって、他にどうしようもないだろ。一度引いて、体勢を立て直そう。俺も次は協力するから」
しかし少女は頑として首を縦に振らなかった。彼女はただじっと、口からヨリイト虫を吐き出す荒神を睨みつけていた。
「まだチャンスはある。今回だけじゃない」
玲於奈がどうにか説得しようとしたその時、少女が荒神を指さした。
「ああ、あの化け物はあそこにいるけど」
直後、後ろで地響きが起こった。驚き振り向くと、巨体が崩れ落ち、地へと突っ伏すのが見えた。荒神はその後、白く染まり、ぼろぼろになって崩れていく。
ただ彼は呆然とするしかなかった。
いったいどうやったのか分からない。もしかしたら玲於奈の知らない第三のスキルを使ったのかもしれない。そうでなければ、爆発で荒神が弱っていたのか。
そこで徐々に雨足が弱まり、ついには止んでしまった。あっというに雲が散っていく。スキルはレベル1では効果が弱い。
雨によって澄んだ空気のおかげで、月が輝いていた。
「たお、した、のか。そっか、これで帰れるな。全部君のおかげだ。ありがとう」
月明かりと静寂の中、どうにか言葉を発するも、礼を言った先の少女はイヤホンをつけて膝に顔をうずめていた。完全に心を閉ざすモードだ。
「イヤホンつけるの早すぎじゃないか。俺なんてさっきの爆発でまだ耳が馬鹿になっているんだけど」
めげずに声をかけると、少女が目だけで玲於奈を見上げてきた。
顔には先ほど頭から流れた血の跡が残っており、月の光に照らされて光っていた。よくよく見れば白いパーカーの赤い染みが先ほどよりも大きくなっている。
先ほど一度使用したが、玲於奈は念のためにもう一度治癒を使おうと手を伸ばした。
すると、威嚇するような声で少女が言った。
「触るな、変態」
「ちげえよ、医療行為だ!」
回復に伴う白い光を見せる。彼女はそれに眉をひそめた。イヤホンをしたまま、少し大きめの声で尋ねてくる。
「スキル取れたの?」
「どうにかな」
彼は詳しく説明しようとしたが、それより先に少女は「ふうん」と言って会話を打ち切ってしまった。玲於奈が治療しようと手を伸ばすが、それも拒否される。
「メインミッションからリーブできるから」
それだけ教えて、彼女は懐からスマホを取り出した。この世界から脱出するつもりなのだろう。
「ま、待ってくれ!」
玲於奈は慌てて少女を呼び留めた。
だが呼び留めてしまってから、自分が何を言おうとしていたのか考えていなかったことに気が付いた。いったいなんで今、自分は声をかけたのだろう。分からない。
ほとんど反射で彼は口を開いた。
「俺は秋山玲於奈。そっちの名前は?」
その質問に対し、一瞬、彼女の顔が悲痛に歪んだ気がした。
それきり、少女は何も言わず逃げるように姿を消してしまった。
玲於奈「正直、『いや、名乗らんのかい!』って思った」
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