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地味な初戦闘とナイフの効果

 日本のどこかも分からない住宅街の中、玲於奈は馬鹿みたいに一人で立っていた。目の前には大きくえぐれた道路と半壊した家々が広がっており、まだ所々熱を帯びてプスプスと音を立てている場所もある。


 これだけのことができる人間も世の中に入るのに、自分は一生そんな人間にはなれないのだろうか。そしたらあの娘からも必要とされないのではないか。そう考えると世界一の間抜けになった気がした。


 玲於奈はナイフを取り出して眺めた。

 どうやら武器は念じればスマホから出て来るようだった。投げ捨ててもしばらくすると勝手にスマホに戻っている。捨てることのできない、まさに呪われた装備だ。


(こんなものがあるばっかりに……)


 その時、はぁと疲れたようにため息を吐く玲於奈の足を、誰かが急に切り裂いた。鋭い痛みが走り、思わずうめき声を上げる。


 見るとそこには、玲於奈を散々追い回してきたのと同じ種類の荒魂がいた。先ほどの生き残りだろうか。名前は分からないが、鋭い爪で再び玲於奈の足を突き刺そうとしている。


「うわっ!」


 玲於奈は反射的に脚を振って蜘蛛を蹴り飛ばした。そして急いで逃げようとしたのだが、直前で思いとどまった。

 なんだか蜘蛛一匹に脅かされることに急に腹が立ってきたのである。呪いの武器を掴まされたと言っても、自分は人間であり、相手は虫である。


(そうだ、たかだか蜘蛛一匹。何を恐れる。こんなに小さいんだ)


 相手は決して小さくないのだが、彼は自分自身にそう言い聞かせると、ファイティングポーズを取った。起き上がって威嚇してくる蜘蛛へと駆け寄り、再度蹴り飛ばす。

 蜘蛛は宙を飛び、まだ赤く焼けた地面に当たったかと思うと、「キュ、キュー」という悲鳴を上げて動かなくなった。

 案外あっけない幕切れである。


「どうだ、思い知ったか」


 玲於奈は地面に転がった蜘蛛の死体を見つめて勝ち誇った。特に生き物を殺した罪悪感はなかった。

 それよりも蜘蛛の身体から覗いた黒い球体が気になっていたからだ。


 蹴った時に何か硬い物にぶつかる感触があったが、恐らくそれがあの球体だろう。玲於奈の知っている蜘蛛は体内に黒くて硬い球など持っていない。

 恐る恐る近づき、取り出したナイフで球体を叩く。コンコンと硬質な音がした。感触から言って金属ではないらしい。そして、中に何か入っているようだった。


「中に討伐ボーナスがあったりして……」」


 覚悟を決めた玲於奈はすぐそばまで歩み寄り、ナイフを振りかぶって思いっ切り突き刺した。

 結果から言えば、特に期待したようなものは中には入っていなかった。ただドロリとした濃い紫色の液体が出てきただけだ。


 しかし失望するにはまだ早い。ここで彼は、二つの重要な情報を得ることになる。


 まず一つはナイフを突き立てた後、球体を残して蜘蛛の身体が急激に色を失い、白くヒビ割れたものになったかと思うと、ぼろぼろと崩れ始めたことだ。どうやら球体が蜘蛛の心臓部らしい。もしかしたら全ての荒魂に共通する弱点かもしれない。


 そしてもう一つは、彼のスマホが教えてくれた。

 崩れていく蜘蛛の死体を眺めていると、玲於奈の耳にピコンという音が届いた。スマホの通知音だ。だがネットが繋がらないここで通知来るのはおかしい。

 不思議に思いながらスマホを取り出す。そしてそこに映った文章に彼は目を丸くした。


 そこには『ナイフの効果により、スキル【糸Lv1 粘着糸】を獲得しました』とある。

 急いでロックを解除し、神アプリのプロフィール画面を開く。


『プロフィール』

名前 秋山玲於奈

性別 男

武器 ナイフ

スキル 糸Lv1(0/2)


 スキルの欄に確かに糸スキルの名前があった。後ろのカッコ内の数字は意味が分からないが、確かにスキルはそこにあるのだ。

 どうやら、ナイフでこの黒い球体を突き刺すことによって、玲於奈はスキルが手に入れることができるらしい。


「う、噓じゃないだろうな」


 彼は興奮に震える指でどうにか糸の項目をタップし、詳細を見た。


【糸Lv1】

・粘着糸:指先から粘性の糸を出し、飛ばすことができる


 試しに指先に力を入れて見ると、にょろにょろと何かが出てくる感覚があった。見ると指と爪の間から細い糸が垂れている。


「おぉ!」


 思わず歓声を上げる。

 糸には粘着力があり、触るとベタベタとくっついた。まるで蜘蛛の糸のようである。説明文には飛ばすことができるとあるが、どれだけ踏ん張っても指から出て来る速度は遅く、とても飛ばせるとは思えなかった。アメコミヒーローごっこはできないらしい。だがそれもレベルを上げれば変わるかもしれない。


「凄いな、これ」


 けれどその後も糸を出して遊んでいると、やがて腕が疲れてしまった。

 糸をひねり出すために手に強い力を込め続けなければいけないので、かなりの体力を消耗するのだ。

 とても戦っている最中に、にょろにょろ出している暇はないだろう。

 だがその糸を使って、玲於奈はある作戦を思いついた。




「そろそろマジで疲れてきたな」


 玲於奈は手をプラプラと振りながら呟いた。


 今、彼は糸を使った罠を絶賛設置中である。粘着質の糸で地面に直接ぐるぐると円を描き、踏めば身動きが取れなくなるような仕掛けを作ったのだ。一度自分で踏んでみたところ、糸の量が少なく簡単に脱出できてしまったため、何重にも糸を重ねて粘着力が高まるように工夫している。


 そのせいで、まだ三つしか作っていないが腕が痺れてしまった。

 近場の住宅(調べたがどこも無人だった)の玄関先に腰掛け、スマホを開く。


 『糸Lv1(0/2)』


 あれだけスキルを使ったのに後ろの数字が変化していないということは、0/2というのは熟練度を表す数字ではないらしい。


「じゃあ、これ何なんだろうな」


 玲於奈が呟いた時だった。

 何かがゴンと頭にぶつかった。


「痛っ!?」


 顔を上げたところへもう一発、後ろから肩にくらう。


「なんだよ!」


 立ち上がって三発目を躱し、ようやくぶつかってきた何かを見た。

 それは一匹の宙に浮く目玉だった。これも荒魂だろう。黒い体に黄色い虹彩を持った不気味な奴だ。

 バスケットボールのような身体を何度もぶつけてくる。大したダメージではないが痛いことは痛い。


「くそっ!」


 空中の敵では罠は意味がない。彼は手に持ったナイフを振り回して突撃してくる目玉を威嚇した。


(負けねえ。俺だってさっき蜘蛛を倒したんだ)


 こうして、戦いが始まった。

 そしていきなり膠着状態に陥った。玲於奈がナイフを振っても目玉はふわりと飛んで避けてしまう。目玉が隙をついて激突してきても、玲於奈には大したダメージにはならない。


 しかし何度かそれを繰り返した後、ようやく玲於奈のナイフが当たった。彼が敵のパターンを読んで作戦を立てたからだ。まずわざと空振りし、隙を作る。敵が突進してきたところで身をひるがえし、思いっ切り突き刺した。

 ナイフが肉を切り裂き、血が噴き出す。そして玲於奈はナイフの先に硬い感触があるのを確かめた。もう一度、動きの遅くなった目玉に対してナイフを突き出す。

 三度目の刺突の後、急に力を失ったように目玉の重さが手にかかった。そして白くなり、ボロボロと崩れていく。


 球体を突いたようだ。これで黒い球体が荒魂共通の弱点であることが証明された。

 そしてまた、待ち望んでいたピコンという音がした。ナイフが新たなスキルを獲得したのだ。

 玲於奈はウキウキと新しいスキルを確認する。


【探知Lv1】

・望遠:意識を集中することで遠くを見ることができる


「なんだ、また攻撃系のスキルじゃないのか」


 画面を見た玲於奈はわずかにがっかりして呟いた。

 スキル一覧を確認したところ、もっと他に殺傷能力の高そうなスキルがたくさんあったはずなのだが。


 それはそれとして、スキルの性能を確認するためにメガネを外し、遠くに目を凝らしてみる。すると、まるで近くにあるように景色が鮮明に映った。

 まるで望遠鏡を覗き込んだみたいに、どこまでも見通すことができた。掌を見れば、顕微鏡のように拡大してみることもできる。


「へえ、これ便利だな」

 その後も色々と試した結果、このスキルも使っていると非常に疲れることも分かった。ただ景色を見ているだけなのに、徐々にものすごい集中力を要するようになっていったのだ。

 スキルとは全般的に使うだけで疲れるものなのかもしれない。


「いやぁ、本当にすげえな。最初は呪いの装備かと思ったけど、普通にSレアだった」


 休憩中、玲於奈は例のナイフを取り出して話しかけた。

 敵を二体倒しただけで6ポイント分のスキルを得られた。通常ではありえない効率の良さだ。やはり格率数パーセントのシークレットは伊達じゃなかったのだ。これならばどうにかあの娘に良い所を見せることもできるだろう。


 玲於奈が刀身をハンカチで磨いてやると、ナイフはギラギラとした輝きを増した。その姿はまるで、まだまだ俺はやれると血気盛んに叫んでいるようだった。



あの娘≠ヒロイン ※第一話参照


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