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彼女を苛々させるものはケチャップ


 爆炎と美少女というセンセーショナルな構図に、玲於奈は思わず息を呑んだ。


 少女は美しかった。理想の彼女だけを追い求めてきた玲於奈をして心に訴えかけるものがあるほどに。

 肩にかからない程度のところで切り揃えられた黒髪は艶やかに光っており、低く慎ましやかな鼻や薄い唇など全体的に控えめな顔立ちだが、大きな目だけははっとするような力強さを持っている。出で立ちは白色のパーカーと黒のパンツ。しかし小柄な彼女にはパーカーがあまりに大きすぎるため、着ているというよりは着られているようだった。太ももまでパーカーで隠れてしまっている。しかしそう言ったアンバランスが余計に見る者を惹きつけていた。


(ま、まあ、俺の理想の彼女の方がもっと可愛いけどな、たぶん)


 一瞬でも他の女子に目を奪われ、精神的な浮気をしてしまった気まずさを誤魔化すように彼は眼鏡を触る。

 それから気を取り直して声をかけた。


「あのさ」


 声に反応して、少女が顔を上げた。

 目と目が合い、ドキッとさせられる。

 玲於奈が言葉を失っていると、先に向こうが口を開いた。


「それ、怪我したの……?」


 耳からイヤホンを取り、こちらを指さしてくる。

 先ほどまでの毅然とした態度とは打って変わって、どこか怯えたような震える声だった。


「へ、怪我?」


 怪我などした覚えのない玲於奈も慌てて、少女の指さす手首を確かめた。

 そこには、よくよく注意して見ていなければ見逃してしまいそうな小さな赤い染みが付いていた。ナゲットの時のやつだ。


「ああ、これ。ケチャップ」

「は? ケチャップ?」

「うん、そう。ケチャップ」


 玲於奈の答えに少女は心配して損したとばかりに舌打ちをすると、踵を返して歩き始めた。どこへやったのか、刀はもう持っていない。


「え、ちょ、ちょっと待って」


 まさかこれで会話が終わりだとは思っていなかった玲於奈は慌てて呼び止めた。


「見ての通り何も分からないんだけど、何がどうなっているのか教えてくれないか」


 とにかく一人にしないで欲しかった。またあの謎の虫たちに襲われたらひとたまりもない。


 しかし返ってきたのは想像以上に冷たい返事だった。


「自分で調べれば」


 少女は足も止めずにそれだけを言った。


「え……」


 その冷酷極まりない対応に思わず玲於奈は固まる。

 いきなり右も左も分からない状況に置かれて、命の危機まで感じて、彼女は助けてくれると思ったのだが。そんなにケチャップが気に入らなかったのだろうか。


「ちょっと待ってくれよ!」


 再度駆け寄り、肩を掴む。


「俺が襲われてるの見たんだろ。もしまた襲われて、君に助けてもらえなかったら、今度こそ死ぬしかないんだって。そしたら俺が死んだ責任が君に全くないと言えるだろうか。助けられる命を見捨てたんだぞ。仮に責任が無かったとしても、ベッドで横になった時に気持ちよく眠れるか? いつまでも死んだ俺のことが気になって眠れないんじゃないか」


 命がかかっているため、彼も必死になって説得を試みる。

 しばらく一方的にまくし立てた後、玲於奈は少女がうつむいてしまっていることに気が付いた。


 もしかして責めているように受け取られただろうか。

 いつまでも肩を掴んでいたことに気が付き慌てて離すと、彼は狼狽えながら言った。


「もちろん、助けてくれたことには感謝しているよ。本当にありがとう。ただ、俺もやっぱり死にたくないからさ」


 すると少女は顔を上げた。

 何度見ても綺麗な顔立ちだ。ただ今度は、不愉快そうにいくらか歪んでいたが。

 少女は一瞬玲於奈の顔を見たかと思うとすぐに顔を横に反らし、チッと小さく舌打ちした。


(また舌打ち……)


 このまま拒否されるかと思ったが、一応教えてくれるらしい。彼女は「スマホ」と小さな声で言った。


「スマホ出して。早く」

「あ、ああ、分かった」


 慌ててポケットからスマホを取り出す。


「DCWを起動して、最初の画面を開いて」

「D、DCW……?」

「ドリームキャッチワンダーランド!」

「あ、ああ。なるほどね」


 指示に従うと、六つの項目が出て来た。『ミッション』、『スキル一覧』、『ランキング』、『マップ』、『プロフィール』、『ルーレット』の六つが縦長に並んでいる。


「左上のミッションからメインミッションを開く」


 ミッションの項目を開くと、メインミッションとサブミッションの二つがあった。素直にメインミッションをタップする。


『メインミッション:10─5付近に巣くう荒神 オオクサレアラシを退治しろ』


 玲於奈がメインミッションを読み終えると同時に、少女から説明が飛んできた。


「そのメインミッションを達成すれば毎回のゲームはクリア。元居た場所に帰れる。あと、メインミッションを二十回クリアすれば最初に設定した願いが叶うらしいよ」

「そうなのか。この荒神ってのは?」

「化け物の種類のこと。さっきお前が襲われていたのは荒魂で、荒神はその親玉みたいなもの」


 口を挟む暇もなく、少女からの説明は続いた。


「一つ戻ってサブミッションを開いて。それはクリアには関係ないけど、毎回用意された三つ全てを達成すると、2ポイント貰える」


 サブミッションは


『1-8へ行け』

『ヨリイト虫を10匹倒せ』

『ゴゴ草を採集せよ』


 の三つだった。

 三つとも何のことだか玲於奈にはよく分からなかったが、少女はいちいち説明するつもりは無いようだった。

 淡々と次の説明に移動してしまう。


「ポイントの使い道はホーム画面に戻って右上のスキル一覧を開いて」


 ホーム画面に戻り、『スキル一覧』を開くと様々なスキルがズラリと表示された。優に百はあるだろう。


「ゲームクリアで全員に10ポイント、荒神撃破で6ポイント、サブミッションクリアで2ポイント。最大18ポイントを毎回のゲームで貰える。ポイントはスキルを得るのに使う。スキルにはレベルがあって、レベル1で3ポイント、それ以降はレベル2で5ポイント、レベル3で10ポイントと五の倍数ずつ増えていく。スキルの最大レベルは10。前のレベルを持っていないと次のレベルは手に入らなくて、例えばレベル1しか持ってないのに、一気にレベル5とかをゲットすることはできない」


 一気に内容が複雑になって混乱しそうになりながら、玲於奈はなんとか怒涛の説明についていった。ポイントの計算が面倒だが、基本的にはシンプルに作られているようだ。


「次に真ん中左のランキングを開いて。これはほとんど意味がない。これまでに獲得した累計ポイント数順に世界中の参加者を並べただけ。ただし載っているのは参加している生存者だけだから、願いを叶えたり死んだりして急に名前が消えることもある」


 ざざざっと出てきた名前の数に玲於奈は驚いて尋ねた。


「こんなに居るのか?」


 ランキングはトップ百位までしか乗っていないが、恐らくそれ以上に参加者は居るのだろう。上位者の名前には漢字や英語など様々な国籍の人間の名前が乱立している。


「らしいね。けどほとんどわたしたちには関係ないよ。ゲームには毎回固定されたチームで参加することになっていて、このチームにはわたしとお前だけだから。他のチームと関わることはほぼないね。じゃあ次。真ん中右のマップ」


 マップを開くと、碁盤目状の地図が出てきた。左から右と上から下へそれぞれ1から10の番号が振られている。左上の方に赤い光点が二つあり、どうやらそれが自分たちの居場所を示しているようだ。メインミッションに書かれていた荒神の場所からはだいぶ遠い。


「見ての通りそれは今回のステージの地図。基本的に自分の位置を確認する以外に使うことはない。位置情報は将棋と一緒で横、縦の順に読む」

「これに敵の位置が表示されることはないのか?」


 仲間の位置が表示されるなら敵の位置が表示される機能があってもいいと思った玲於奈が質問すると、ペースを乱されたと感じたのか少女は再びめんどくさそうな顔をした。


「ない。今回はたまたまメインミッションに居場所が記されているけど、荒神もどこに居るか分からないのが基本だから。それより早く次のプロフィールを開いて」


 言われた通り玲於奈が素直にプロフィールを開くと、そこには初めに登録した秋山玲於奈というユーザーネーム以外何も書かれていなかった。


「そこはお前のスキル帳みたいなもの。手に入れたスキルとポイント残高が確認できる。今後のスキル獲得の計画を立てる際に活用できる。じゃあ次は」


 そこで玲於奈は次に進もうとする相手の話を無理に打ち切って言った。


「なあ、そのさっきからお前お前って止めてくれないか。俺には秋山玲於奈って名前があるんだ」


 危ないところを助けてもらい、さらに今もいろいろと教えてもらっている身ではあるが、ずっと気になっていた。

 これから一緒に協力してやっていくのなら、こういうのは早いうちに言っておいた方が良いだろう。


 玲於奈の言葉に少女はきょとんと可愛らしい表情を見せた後、「ああ」と頷いた。


「いいよ、名前とか。お前もすぐ死ぬかもしれないし。そしたら覚えただけ損だから」

「は?」


 あんまりな言葉に玲於奈は不快感をあらわにする。誰だってお前は死ぬと言われていい気はしないだろう。


「そんな言い方ないだろ。確かにさっきは逃げ回ってばかりだったけどさ、今度はもう大丈夫だって。俺だって君みたいにスキルさえ手に入れば」


 玲於奈はグッと握り拳を作って言った。

 状況から察するに、これは不定期に参加メンバーが増えていくシステムらしい。ならば恐らく次かその次あたりで理想の彼女が参加してくるのだろう。その時彼女を守るためにも自分は強くなっておかなければいけない。


 意気込む玲於奈に対して呆れたようにため息をつくと、少女はそれ以上口出しすることなく次の説明に入った。


「最後のルーレットっていうのはお前みたいな初ゲーム参加者のために用意された項目で、一度しか使えないけどボーナスポイントが手に入る」


 ルーレットの画面を開くと、円グラフのようなパネルが出て来た。

 六割程度を『5ポイント』が占めていて、残りの約三割を『10ポイント』、約一割を『20ポイント』、ほとんど誤差のような小さな隙間で『シークレット』という項目が用意されている。

 20ポイントと言うと一回のフルスコアである18ポイントより多いためかなりの量な気がするが、実際は最大でもレベル3までしか得られない。


 レベル3で先ほどの少女のような大爆発が使えるだろうかと玲於奈は疑問に思った。とてもそんな気はしない。


「早く回しなよ」

「今やろうと思っていたところだよ!」


 少女に促され、玲於奈はルーレットを回した。

 回し始めてから、これからを決める重要なルーレットなのだからもう少し緊張感を持ってやりたかったと思ったが、迷っていても敵に教われる危険が増すだけだったのでこれで良かったのだろう。


(20! 20! 最低でも10! 5は嫌だ!)


 5ポイントだとレベル1のスキルしか取ることができない。そこで外れスキルを引いてしまったら目も当てられなくなる。10あれば別のスキルを試すこともできる。


 少女の視線も忘れて玲於奈はくるくると回るルーレットを凝視した。スマホを握る手にも力が入る。

 徐々に回る速度が遅くなり、そしてルーレットは停止した。


「よっしゃああああ!」


 最良の結果に玲於奈は思わずガッツポーズをしてしまった。

 針がシークレットの間を指していたのだ。

 シークレットが何か分からないが、確率が小さいのだからきっと良いものだろう。ガチャで言えばSレアだ。


「見てくれ、シークレットだった!」


 興奮のあまり、子供のように少女に見せびらかす。

 彼女もこれには感心したようだった。


「へえ、シークレット引いたんだ。詳しい効果はプロフィールから確認できるよ」


 いそいそと言われた通りにプロフィールを開く。

 やっと自分にもツキが回ってきたと思った。これで一気に強くなって、いつか来るあの娘を颯爽と助けるのだ。


 しかしそこに現れた効果は彼の期待を大きく裏切るものだった。

 プロフィール画面を開くと、一振りのナイフの画像があった。刃渡り30センチほど。左右対称の両刃型で、刀身は磨かれていないようにギラギラと乱暴に輝いている。下に効果が書かれていた。


『スキル獲得に必要なポイントが倍になる』


 玲於奈は首を傾げつつ少女に尋ねた。


「なあ、効果っていうのはここに書いてあることだけか? 『スキル獲得に必要なポイントが倍になる』としか書かれていないんだけど」


 それを聞いた少女も怪訝な顔になる。


「それだけ? 他に何もメリットになるようなものは無い?」

「いやいや、本当に何も無いんだって」


 スマホの画面を見せると少女は顔を近づけ、画面を覗き見て呟いた。


「本当だ……」


 驚いたような顔だった。

 だが玲於奈にしてみれば驚くだけじゃすまない。最初からこんなハンデを背負わされて一体どうしろと言うのだ。


「何がシークレットだ。こんなの呪いの装備じゃないか……」


 うなだれる玲於奈に、少女は気を遣ったり慰めたりしなかった。彼女はただフンと鼻で笑って言った。


「メインはわたしがクリアしてやるから、お前はせいぜい邪魔にならないところで隠れてろよ」


 玲於奈は何も言えなかった。

 通常であれば一回目のゲームを生き残るために必要なスキルが手に入るはずだったのに、何も無いどころか二回目以降もろくに得られそうにない。こんなのでどうやって理想の彼女を助けられるのだろうかと不安になる。


「ああ、色々と教えてくれてありがとう。勉強になったよ」


 最後に放心状態になるのを堪えてお礼を言ったが、その頃には彼女はもう居なかった。


「はは、雑魚には用はねえってか……」


 乾いた笑い声と自虐的な言葉が自然と口から出てきた。



 だがしかし、まだ運命は玲於奈のことを見捨ててはいなかった。これからそのことが証明される。


玲於奈「いや~、後から考えるとこの時の俺は偉かったな~」

ヒロイン「はいはい、そうですね」


評価・コメント等お待ちしておりますm(__)m

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