召喚の儀
「アデムさん、大丈夫ですか?」
「いや、何ですか? その鈍器は?」
俺が意識を取り戻すと、そこにはモーニングスターを構えたカレンさんの姿があった。
「いえ、貴方が正気を失った場合、これでコツンとやって目を覚まさせてあげようかと」
流血沙汰では済まないし、コツンと言う可愛い擬音も似合わない。奇妙な黒い滲みの付いた凶器だった。
「ふむ、残念です」とカレンさんは言いつつ、それを床に投げ捨てる。
「ところで、アデムさん。何か見て来たのですか?」
「ああ、魔女に合って来た。と言うか今も魔女に見張られているだろう」
あの空間にあった無数の鏡、奴はアレ越しに、現世を覗き見しているのだ。
「ふむふむ。それで彼女に合って真名でも聞き出してきたのですか?」
「残念ながらそんな暇は無かった、肘打ち一発放つのが精いっぱいだった。
……外れたけどね」
「それは残念」
カレンさんは無表情のまま肩をすくめる。
しかし今の会合で確信できた、あの空間はアリアさんが居た空間と似た雰囲気を感じた。やはり魔女の本体はあの空間にいるのだろう。
「それでは、新なる召喚術は可能でしょうか?」
魔女の余裕ぶった態度が気になるが、やはりこのワンドは魔女の遺物として十分な繋がりを持っていると言う事が分かった。
真名で魔女を縛る事は出来なくても、奴を呼ぶこと位なら出来る可能性が高い。
俺は、カレンさんの目を見て頷いた。
「それでは、治安維持に当っている執行機関の方を呼んでまいりましょう。魔女を前にして、ロバート神父抜きと言うのは心細いですが、現有戦力で何とかするしかありません」
そう、魔女を現世に引っ張り出してからが本番だ。俺たちは神父様抜きで冗談みたいな化け物と戦わなくてはならない。
可能ならば、世界最強の戦力を集めてから魔女を呼び出したいが、内戦が始まってしまった今、そんな悠長な時間は残されていない。
「遅れましたわ、現在どのような状況になっていますの」
アンジェロ神父他、執行機関の方達がアデルバイムの端々から集まって来たころ、シャルメル達も教会へとやって来た。
「おやおや、これはミクシロン家のご令嬢ではありませんか、アデムさんは、アデメッツ家のご息女だけでは飽き足らず、方々にその薄汚い触手を伸ばしているのですね」
「人聞きの悪い事言わんで下さい。彼女は学友です」
「うふふふふ、決戦を前に皆の緊張をほぐすための冗談ですわ」
冗談を言うのなら、その無表情を止めて欲しい。
「初めまして、皆様、聖教会のカレンと申します。
とは言え、時間が差し迫っております。面倒な足札は抜きに皆様に問います。
覚悟と力の無い人は今すぐここから立ち去って下さい」
カレンさんはそう淡々と述べる。
言い方はきついが、それは単なる事実だ。魔女との戦いにおいて、非戦闘員を守りながらと言う余裕はない。
「チェルシー、アプリコット……」
「ええ、分かっているわ。私だって足手纏いになりたくはないもの。どこかで大人しく待ってるわ」
「アデムさん、シャルメルさん、気を付けて」
せっかくここまで来てもらってなんだが、彼女たちは足手纏い。探索面では頼りになるが、戦闘面では重荷でしかない。
「すまない、チェルシー、アプリコット、この埋め合わせはいつかする。カトレアさんは二人の事をよろしくお願いします」
こうして俺たちは教会中庭にて、魔女召喚の儀式を行う事にした。
「どうだ、行けそうか、アデム」
「はい、大丈夫ですアンジェロ神父」
素材自体は何処にでもある普通のワンドだが、魔女が取り扱った品ともなれば特別な逸品となる。
怖いぐらいに魔力の通りがいいそれに、俺は慎重に力を込めた。
「魔女よ、魔女。どこかでこの様子を見てるんだろ?
数多の時間を経て、俺たちはついにお前の影にたどり着いた。
そろそろ年貢の納め時だ」
俺はワンドを使ってゆっくりと召喚陣を描く。執行機関の皆さんも俺に魔力を預けてくれ、俺を中心に、ワンドに力が集中して来る。
「俺を育ててくれた神父様。俺の学生生活を支えてくれたシエルさん。
お前を封印するための犠牲となったアリアさん、その他数多の犠牲者の、祈りと願いを絆にこめて、今ここにお前を召喚する!」
ワンドが描く光の召喚陣が、どす黒く変色していく。そこから流れ出る力の奔流はまるで嵐のような激しさだ。
教会の中庭は、召喚陣から吹き荒れる、激しい風と漆黒の稲光により、まるで異界の様な様相となる。
「魔女よ! 魔女よ! 聞いているな! 今すぐとっとと出てきやがれ!
暗躍の時間はもう終わりだ!
人間の力! なめるんじゃねぇ!」
パスが、なにか巨大で異様なものと繋がった感触があった。
腐ったドブ側に落っこちてしまったような、腐肉の中に手を突っ込んだような、酷く不快な感触が魂を汚染していく。
ゾワリと、何かに引っ張られる。それは、ちっぽけな人間では抗いようのない大きな力、そのあまりに大きな力に、俺は――。
「「アデム!」」
俺の両肩に暖かい温もりが乗せられる。
「ここが踏ん張りどころだぞアデム!」
「アデム! 貴方は独りじゃありません!」
アンジェロ神父と、シャルメルの声が聞こえてくる。そうだ、1人の人間には抗えなくとも、俺には大勢の仲間がいる。
「負けるかーーー!」
召喚陣を介しての俺達と魔女の引っ張り合い。真名による縛りが無い以上力技で何とかするしかない。
不意に、嵐が収まり、静寂が中庭を包む。
「うふふふ、良いだろう人間達よ。君たちの頑張りに免じて、同じ土俵で戦ってやるさ」
そして、召喚陣の中から不吉で不快な声が響いて来た。
そして、どろりと黒い粘液が召喚陣から溢れてくる。
そして――。
「今だ! 出鼻を叩く! 出し惜しみするな!」
そして、アンジェロ神父が待機している執行部隊に合図を出す。手加減など無用、そんな余裕は一つも無い、相手は人外魔境の怪物である魔女。奴が現世にその体を少しでも出したなら一斉射撃で粉砕する。
轟音と雷光が鳴り響き、中庭に大穴があく。
執行機関数十人の一斉攻撃だ、その総力は神父様の一撃に勝る。まともに食らってしまえばいかに魔女だろうが跡形も残らない――。
「うふふふふ、登場シーンでの攻撃はマナー違反じゃないのかな?」
その不吉で不快な声は俺達の上から聞こえて来た。
「魔女め」
魔女は教会の尖塔の上に立ち、俺たちを見下しながらそう言ったのであった。




