10年前のあの日
「って俺が召喚されるのかよ!?」
俺は召喚陣に吸い込まれる。体がバラバラに分解されていく感触、意識は雲の様にフワフワと頼りなく、足元の感触なんてとうにない。
だが、この感触は知っている。転移門を潜る際に感じたあの不安感だ。
気が付くと俺は真っ黒な世界にいた。
「……何処だ? 此処は?」
そこは、上も下も、右も左も何も分からない。俺と言う個人を証明できるものがなにも無い空間だった。
「おお凄いね、この場所に来ておきながらそうも自分を保てるなんて、中々のものじゃないよ」
「誰なんで…………いや、アリアさんですね」
俺は虚空に向けてそう呼びかける。
「ピンポーン、大正解」
パチンと指が鳴る音がして、世界は光に包まれた。
「うぉ」
闇が光になっただけだ、何も分からないのは変わりない。
「あっとごめんごめん、やり過ぎちゃった」
その言葉と共に、光は収まっていき、白一色の世界から、いつも通りの様々な色彩溢れる世界へと色を取り戻していく。
「って此処は」
その場所は、さっきまで俺が居た場所、様々な瓦礫と化した石が並ぶ名も無き遺跡その場所だった。
「ドラッゴ!」
そしてそこには先ほどと同様にカースドラゴンの上に立つドラッゴの姿があった。カースドラゴンは今にもブレスを吐き出さんと口を大きく開いていく。
「ん?」
だがおかしい、奴の姿は半透明で、曇りガラス越しに奴の姿を眺めているかのようだった。
「ああ、大丈夫。こちらと彼方では次元が違う、こっちからは手出しできないけど、あっちからも手出しできないよ」
その言葉に俺が振り向くと、そこには顔半分に罪人の刺青を刻まれた1人の女性が崩れそうな遺跡に腰掛けていた。
「アリアさん、ですよね」
「あははー、いやー私も有名になっちゃってー」
俺がそう言うと彼女は照れくさそうに頭を掻く。
「大罪人の汚名を着させられたアリアさん」
「うん、全くだよね。酷いと思うよ実際、うら若き乙女にこんな刺青なんてさ」
「隠された聖女のアリアさん」
「うひゃー、聖女なんて止めて止めて恥ずかしい。私はただ思うがままに行動しただけだよ」
「魔女を封じるために、人柱になったアリアさん」
「うん、アレが私の精一杯だった。けどあまり時間は稼げなかったみたいだね。ごめんねアデム君」
うん、想像したのとは大分性格が違うが、間違いなく彼女のようだ。俺はその目に覚えがあった。
「そして、10年前、俺の村を救ってくれたアリアさん」
「うんそうさ。私は確かに君の呼びかけに答えて、君の村を救った」
「俺の呼びかけに答えて?」
「ああそうとも」彼女はそう言って指を鳴らす、すると風景は一気に書き換わり、土砂降りの村が広がった。
「これは……あの時の」
「そう、あの時のあの村だ」
夜も暗い、雨の降る村、あちこちで悲鳴が上がり、野盗連中が我が物顔で動き回る。
俺は近くにいた野盗に殴り掛かるも。
「あれ?」
その拳は空を切った。
「ああ、無駄だよ、これはあの時の再現映像、何も手出しは出来ないさ」
彼女はそう言って、遺跡から降り俺の近くに現れた。
「ふむふむ、それよりも、君の傷は大丈夫そうだね」
言われて気が付く、俺のへし折れた左腕は元通りに戻っていた。
「再構築の際に、元に戻るかなーと試しにやってみたけど無事成功したようだ。良かったよかった」
「いま、試しにって……」
「こほん! そんな事はどうでもいいさ。それより、お目当ての時間だよ。君は不思議に思ったことは無かったかい? 言っちゃ悪いけど、何故あの野盗はこんな辺鄙な田舎村を態々襲いに来たのかって?」
「……?」
何故も何も、野盗とはそう言った生き物じゃないだろうか?奴らの掟は弱肉強食、弱い所を狙ってその日の食事を探りに来たのじゃないのか?
「うん、不思議に思うのも訳はないか、こんな乱れた世の中じゃやありふれた事だからね、けど彼らには彼らの明確な目的があって此処に来たのさ」
「それがあれ」そう言って彼女は指さした、そこには奇妙な文様の刻まれた短剣があった。
「あれは……」
俺はそう言って、自分の手の中にある短剣と見比べる、細部は違うがそれはフェニフォート人の短剣だった。
「この村は、名も無き遺跡の近くだろ、あの頃都会ではフェニフォート人の遺跡ブームが起きていてね、遺跡周辺の村は狙われる頻度が高かったみたいなんだ。
もっともそのブームとやらは、私が彼らの遺跡に目を付けたのが遠い原因みたいだから、遠回りなマッチポンプになっちゃうけどね、本当にごめんね」
彼女はそう言って頭を下げる。つまりはアリアさんが魔女に対抗する手段の為にフェニフォート人遺跡を研究していた事で掘品に高値が付き始め、その事が10年遅れで俺の村近辺にまでやって来たと言う事か。
「まぁ、全ては過去の事だ、幸い亡くなった方はいなかったし大目に見てくれないかな」
彼女はそう言って、合した手の影から俺の事を覗き見る。って今重要なのはそんな事じゃない。
「それで、俺が貴方を呼んだってのは」
「ああ、見ていな、ちょうどその場面だ」
それは、幼き日の俺だった。逃げる際に親とはぐれた俺は、敵う訳もないのに、野党の一人に掴みかかっていき。
「ああ見ているだけなのがもどかしい」
今の俺ならば、余裕でかわせる一撃をまともに食らい吹き飛んでいく。しかしそこは俺、唯ではやられないとばかりに、奴らから武器、即ち例の短剣を奪い取っていた。
「あの短剣は鍵なんだよ」
アリアさんがそう呟く。
「鍵……ですか」
「そうさ、次元の扉を開く鍵。誰にでも使えると言う訳じゃない。とは言え、波長が合った人ならばひょんなことで使えてしまう危なっかしい鍵であるけどね」
幼き俺は無我夢中で短剣を振るう、そしてその短剣から光が溢れる。
その先は幾度となく繰り返した記憶の通りだった。顔半分を仮面で覆ったフードの召喚師、即ちアリアさんが、とびっきりの召喚術を駆使して野盗どもをバッタバッタとなぎ倒していく。
「波長が合った、って言いましたけど」
「そう、例えば私や君みたいにね」
彼女はそう言ってウインクをしてきた。
「それは、フェニフォート人の血を引いているとか、そう言った話なんですか?」
「んーん、違うと思うけどなぁ。だって彼らが居たのは数千年も昔の話だよ。それよりも私と君との間にはとびっきりの共通点があるのさ」
そんな事を言われてもよく分からない、俺が疑問符を浮かべていると彼女が答えを言ってくれた。
「君、同調能力が高いって言われなかった?」
「アリアさんもそんなんですか?」
「ああそうさ、何の因果か分からないけど、私達は偶々そう生まれついてしまった。召喚獣との同調能力の高さは即ち世界との親和性だ。
それは、人を超え、魔獣を超え、世界と繋がる力だよ」
彼女はそう言って向日葵の様に微笑んだ。
「世界と……繋がる」
「そう、召喚術はただ単に魔獣を使役する術じゃない、世界と繋がる為のとっておきの方法なのさ」
そう言って、彼女はびしっと俺の胸を指さした。
「例えば君は感じた筈だ、サンダーバードの空の広がりを。例えば君は感じた筈だ、魔猪が踏みしめる森の暖かさを。例えば君は感じた筈だ、グミが感じる世界の怖さを」
彼女は指折りそう語る。まるでずっと誰かと共有したかった、とっておきの思い出を語る様に。
そうだ、そうなのだ。召喚術とは単なる攻撃魔術なんかじゃない。彼女の言う事は俺の胸に素直に溶け込んでいく。
それは魔女の言う所の真なる召喚術、生贄を用い、強力な手駒をそろえるものとは正反対の事だった。
そして彼女はこう付け加える。
「残念ながら今の私にも魔女を倒す手段は無い、いや、それどころか、君が私を呼んだおかげで魔女の封印のたかが外れ、魔女がこの世に復活してしまった」
「なんですって!?」
「だがそう悲観することは無い、この立場になって初めて分かった事もある。魔女は正真正銘君たちとは別世界の存在だ。つまり、今のままではどれだけやっても魔女本体にはダメージを与えることは出来ない」
魔女は別世界に居る、カレンさんの予想は当たっていた。
「ならば……」
「決まっている、私達は召喚師だ、魔女をこの世界に召喚してやればいい。
舞台裏でゲームマスターを気取っている魔女にスポットライトを当ててあげるのさ」
彼女はそう言ってウインクをした。
「だがまぁその前に、眼前の危機をどうにかしないとね」
アリアさんはそう言って俺の手を取った。
彼女の柔らかな指が俺の手を優しく包む。
「武骨な手だ、まったくロバートも無茶をするよ」
彼女はそう言って、俺の手を自分の頬に当てる。それは俺の手越しに、神父様の存在を確かめている様だった。
そうして、彼女は目を閉じたまま、俺に語り掛ける。
「君に新なる召喚術を授けよう。魔女の言う、野蛮極まる奴じゃなく、私がこの境地に至って、ようやく編み出した、新たな世界との接触方法だ」
彼女はそう言って目を開けたのだった。




