通信
「けほっけほっ、済みません船長」
「はっはっは、なーに良いって事よ、積荷は無事なんだ、いい土産話が出来たぜ」
俺はまたしても船員さん達に助けてもらい、船へと戻った。ドラッゴの奴も探した意所だったが、元よりあまり透明度の高くない大河に加え、戦闘の余波でその濁りを増した中ではとてもじゃないが見つけることは不可能だった。
「あー、アデムくーん、お疲れ様でしたー」
コレットさんは甲板に寝っ転がったまま、疲れ果てた声で俺を出迎えてくれた。それも無理はない、船ごと光壁魔術で防御すると言う荒業を行ったのだ、あの状況にありながらスカルドラゴンの魔弾を打ち返せたのが奇跡みたいなもんである。
この戦いの最大功績者は彼女である事は間違いない。
「コレットさんもお疲れ様」
俺はそう言って彼女を起こそうとするが。
「重っ! やっぱ重!」
片手でひょいっと引っ張り起こすとはいかず、しっかりと足を踏ん張って彼女を起こす。まったくよくこんな鉄の塊を着て動き回れるもんだ。
「むー、あまり重い、重い言わないでくださいよー、私が太ってるみたいじゃないですかー」
「いや、太っていたらまだ説得力があるんですがね、なんでその体格でこんなもの着られるんです?」
「さてー、意識したことないので分かりませんねぇ」
いやそれは、人としてどうなんだろう?
さて置き取りあえずの脅威は去った。とは言え、魔女のくそ野郎が何処かで俺たちを見ていることが判明したんだ。これからどうするか考えなければならない。
「どうしようか、コレットさん」
「んー、私はアデム君のお守なんで、言う事に従いますよー」
コレットさんは気だるげにそう返事をする。なんだろうこの主体性の無い人は、魔力不足で頭が回っていないんだろうか?
「まぁいいや、奴が手を出してきたのはあの時っきり、あまり積極的に介入して来るつもりはなさそうだ、取りあえずは予定通りネッチアの町まで行きましょうか」
船の予定を変える訳にもいけない。俺たちはひーこら言いながら客室に戻り、疲れた体をベットに横たえた。
「おやおや、やられちゃったね、ドラッゴ君」
此処でなないどこか、真っ黒な空間から魔女は大河での戦いを眺めていた。
「召喚シーンに茶々を入れるのはマナー違反だから手出しさせてもらったけど、やっぱり即席じゃこんなものだね」
魔女はやれやれと肩をすくめる。
魔女の使う召喚術は、召喚に掛かるコストを外部に求める。即ち生贄を用いての召喚である。
最も、それ以外にも大きな違いは在るのだが。
「くすくすくす、まぁ誰にでも失敗は付き物だ。今回の事を糧に、次回にチャレンジすればいいよ」
「もっと僕を楽しませてくれよ」魔女はそう言って、昏倒しているドラッゴの頭を優しく撫でた。
アデムたちが河下りをしている間、アデルバイムでは大きな動きがあっていた。
何時までもエフェットを匿っているアデミッツ家に対し、騎士団、いや国家が強権を使ったのである。
「大旦那様、これを……」
「ふむ」
フィオーレは、髭を一撫でした後、王家の蝋印で封をされた、書類を開封する。
「書類には何と」
「ふむ、一週間以内にエフェットを引き渡さなければ、我が家を取り潰すと言う勧告書だ」
「そうでございますか」
そう淡々と答えるフィオーレに、執事長は苦虫を噛み潰したような表情でそう答える。
「御爺様! 騎士団の連中が書状を送って来たのですって!」
バンとノックもせずにフィオーレの部屋に駆け入って来たのは、渦中のエフェットであった。余程急いで来たのであろう、彼女は息を乱しながらそう言った。
「おや、エフェット。レディが無暗に走り回っていてはいけないよ」
フィオーレは、悠々と椅子に腰かけつつ、ゆったりとした口調でそう話す。
「御爺様! 今はそんな場合ではございません!」
エフェットは、フィオーレの机上にある書類に気付き、手を伸ばす。
「いけません、お嬢様」
それを見た執事長が重みのある言葉で、制するも。フィオーレは逆に執事長を目で制する。
「……お爺様」
「エフェットよ、可愛い我が孫よ。私は何があってもお前の味方だよ」
フィオーレはそう言って、彼女にその書類を差し渡した。
彼女はゴクリとつばを飲み込んだ後、震える手でそれを手に取る。
「御爺様……これは」
青ざめ震えるエフェットを、フィオーレは優しく抱き留め、もう一度先ほどの台詞を繰り返した。
「けど、お爺様!」
「いや、エフェット、これはお前が負った咎ではない。元々は騎士団と我が家の諍いにお前を巻き込んでしまったのだ。遅かれ早かれこう言った事は起こっていただろう。
怖い思いをさせてすまないね、エフェット」
フィオーレはそう言って彼女を撫でる。
その時だった、部屋にノックの音が響いて来た。
フィオーレが指示する前に、執事長が用向きを聞きに行った後、豪華な箱に入った通信石を持ち帰って来た。
「なんだそれは?」
「使い物が寄越してきたと言う、通信石でございます」
通信石や通信符は、決められた相手通しの会話を通信する魔道具であり、通信符は単距離、通信石は長距離通信に使用される。
他にも通信符は距離が短い代わりに通信制限は無く、通信石は距離が長い代わりに一日の使用回数に制限がある等の違いは在るが、今重要なのは、誰から送られてきた通信石かという事だ。
「フィオーレだ」
彼は、それが誰からのものかも聞かずに、落ち着いた口調で通信石に話しかける。暫しのタイムラグの後聞こえて来たのは、豪快な笑い声だった。
「くはははははは、ついに貴様も年貢の納め時らしいな」
「ふむ、相変わらず、顔によらずに耳が早いなゲルベルト」
その名前に、エフェットは目を白黒させる。ゲルベルトと言えば、国王派の筆頭。アデメッツ家とは不俱戴天のライバルである。
この機に乗じて、我が家へと宣戦布告を告げに来たのではと身を固くさせるには十分な名前であった。
「余計なお世話じゃ貴様。それで? 大人しく王命に従うと言うのであれば、貴様の領地儂が貰ってやるぞ?」
「ふっ、ご心配ありがとうだね、ゲルベルト。だが、私の事は貴様も知っておろう。こんな寝言に付き合うような暇人じゃないよ」
「はーっはっは、王家からの書状を寝言とは大きく出たなフィオーレ。貴様は昔からそうじゃッた、気に食わない事なれば、相手が国王であれ食って掛かる。一見大人しそうな外見をしておいて、儂以上の狂犬じゃよ貴様は」
フィオーレは王室に密偵を忍び込ませているが、ゲルベルトはその必要はない。彼は国王に最も近い貴族である、王室の情報など隣室に耳を傾ける程度の手間で手に入る。
「狂犬とは聞こえが悪いね。私はただ、間違っていることは間違っていると言っているだけだよ」
「そこが狂犬じゃと言うのじゃ。相手も見ずに咬みつきおって」
静かに、だが鉄壁の理論を持って生きて来た。そうしていたらいつの間にやら反国王派の筆頭等と呼ばれるようになってしまったのが、フィオーレである。
「それで、窮地に陥った我が家を笑いに、態々騎士団の囲いを藪って通信石を届けに来たと言う訳かい?」
「はーっはっは、儂が貴様にどれだけ苦い思いをしているか分かっているだろう?」
「それは私の台詞だよ。君の感情論に込められた熱量に、私の言葉が幾つ遮られてきた事か」
水と油の関係。二人を言い表すのにこれ以上の言葉は存在しなかった。
フィオーレの落ち着き払った言葉に、通信石から歯ぎしりが聞こえてくる。
「……魔女め」
「ああそうだ、魔女だ」
暫しの沈黙が流れる。
「済まなかった、フィオーレ。儂が付いていながら、こんな愚策を通してしまった」
そして、血を吐くような苦み走った言葉が通信石より漏れて来た。
「……一度目は奇襲だった。我々は魔女の存在すら知らなかった」
「そして逃げられた。儂らが奴の存在にたどり着くころには奴は嘲笑を残し消えていた」
「二度目は、不意打ちだった。我々は蚊の存在を知りつつも手をこまねいていた」
「そして先送りにした。儂らの力では奴を滅ぼす事など出来ない事を思い知った」
「そして三度目だ。二度あることは三度あると言うべきかね?」
「否、三度目の正直じゃ。今度こそ奴を滅ぼして見せる……儂らが罪を押し付けてしまった、あの少女に報いるためにも」
ギチリと通信石の向うから後悔と怒りの入り混じった歯ぎしりの音が聞こえてくる。そこで通信石の光が薄れる。通信時間が終わったのだ。
罰を背負うべきは自分だよとフィオーレは思う。大を生かすために小を殺す。あの少女に全てを背負わせ、全てを闇に葬るべきと献策したのは自分だ。
王家の権威と国の安寧の為に、才気あふれるか弱き少女に全てを押し付けたのはこの自分だ。ゲルベルトは苦渋の末にそれに賛成したに過ぎない。
だが、今更この生き方を曲げることは出来ない。そうすれば今まで犠牲にしたもの達が無意味なものになってしまう。
自分は冷血の鉄面宰相としてこの生き方を貫き通す。そして地獄に落ちるだろう。
フィオーレは輝きを失った通信石にじっと目を落とし続けたのだった。




